ワニワニ学級 本校

子ども達や自然や日常から生きるヒントを考える



このホームページでは

人類にとって生命の指標(ライフインデキス)である子供達の活動のようすや、

「太陽(Hアルファ画像)」や「お星さま(冷却CCD他)」の写真、

「みんなのペット」「顕微鏡でとった写真」・・・などの自然、

そして日常生活のすべてが生きる上で示唆してくれているものを共に探っていきたいと思っています。

☆★☆ おとなも子供もみなさんどうぞ ☆★☆

はじめての方はこちらからどうぞ

開設日 平成10年6月25日

現代の「新感覚稚児」である(?)
がきんちょ三人組(有安杏果さん・美山加恋さん・鈴木理子さん)や
週末ヒロイン「ももいろクローバー」を、ホームページ内で応援しています。



たぬき先生が開いている別のホームページ

環境ホームページ


ふるさと・地球環境などの実践記録です
上のマークをクリックすると行けます。

NEW  平成22年 4月9日~  8日撮影の桜画像(分校跡地 赤塚駅近く)

http://www.geocities.jp/neverland1660/index.html

 



  あなたは 人目の参観者です。

祝50500人突破!(H22,2,7
(最新更新日 平成28年8月25日 朝

金環日食特集 太陽のお部屋に新設


学習会だより

「すぐ役に立たない」=「いろんな役に立つ」  ・・・6月3週目号

あるビジネス雑誌に「数学」を勧める特集がありました。単に実務上で計算力が必要だから、というのではなく、数学的に考えることなどが様々な場面でいかされるという趣旨です。本音をいえばこうした取り上げ方はまるで数学を学ぶことが投薬のようで嫌なのですが、私がいつも強調している「類化性能」とも直結している話題だったので特集しました。

「思考のジャンプ」と「遊び心」-①  ・・・6月4週目号

理数的に「思考のジャンプ(類化性能)」を鍛えるためのネタは案外どこにでも転がっています。今回はある小学校の5年生、6年生とのやりとりの内容を紹介しています。

「思考のジャンプ」と「遊び心」-2  ・・・6月4週目号

同じ思考のジャンプ力を鍛えるのでも日本人が古くから行ってきたものには「掛け言葉」などもあります。和歌でも大切なポイントですよね。技巧として古典ではならいますが、本当はもっと深いところに意義があります。今回は和歌での書け言葉ではなく、笑点などでも時折やっている「・・・とかけて・・・と解く。その心は・・・」という方を例にしています。

*一見地震とは関係ない話題のようなタイトルでもしばらくは「今のこの時期」を意識してテーマを決めています。なので地震関連の特集として先週設けた欄に、前の週の特集も順次移しています。読み落としのある方は、ぜひ地震前の「ナマズ絵」のものも含めて最初のものから読み返してみてください。


予告

  たぬき流勉強法コーナー  現在「数学編」についてを作成中です・・・体調不良で進んでいません
(今出来ているのは「歴史編 年表つくり」)
 

 

最新更新への直行通路

入れ替えアルバムなどの定期更新以外で更新された場所への直行通路です。(各お部屋の入り口を飛び越して直接その場所へ行くので、ご注意を!それぞれのお部屋に入っていろいろ巡りたい場合は下の方の「お部屋ご案内」からどうぞ)

料理コーナーにレンコン料理コーナーとブリ大根の朝日新聞風レシピ平成22年1月25日
             キンピラごぼうについてのコメント&画像(1月27日)



個人的関心からのミニ情報



NHKミニ番組 日めくり万葉集 HP
今まで放送された和歌と口語訳も載っています

http://www.nhk.or.jp/manyoushuu/bangumi/index.html



がきんちょメンバー3人組関連情報
たぬき先生は がきんちょ3人組&ももいろクローバー の皆さんの生き様そのものを応援しています!

美山加恋さん
公式ブログ
 



有安杏果さん & ももいろクローバーZ
セーラームーン連載20周年記念の一環として今年公開予定のアニメ主題歌をももクロが担当
ももいろクローバーZの活動 スケジュールはオフィシャルサイトから  

左から 高城れに 佐々木彩夏 有安杏果 百田夏菜子 玉井詩織 早見あかり(現在は卒業)さんです
ももいろクローバーZ 各メンバーの公式ブログ
ありやす~http://ameblo.jp/ariyasu-sd/
れにhttp://ameblo.jp/takagi-sd/
かなこぉhttp://ameblo.jp/momota-sd/
あ~りんhttp://ameblo.jp/sasaki-sd/
しおりん
http://ameblo.jp/tamai-sd/


主として「Z」になる前のコーナーはこちら



鈴木理子さん

公式ブログ・・・H23,8月初旬に再びブログが閉じられました

鈴木理子さん主演
ふみ子の海 公開情報

平成20年 7月6日 主演女優 鈴木理子さん 茨城上映会舞台挨拶ルポはこちらです


この画像をクリックするともっと大きなサイズで出てきます

日本各地の上映情報は  ふみ子の海 公式サイト http://www.fumikonoumi.com/


更新時のひとこと&PR

大地震以降の分 その1(H23年 3月11日~)

 その2(3月18日~) 

その3(4月1日~)

母親他界連絡(前日)以降の分(4月22日)

5月1日以降の分

5月21日以降の分 

ももいろクローバー「未来へススメ!」より

「どんなどんな困難でも きっときっと立ち向かえる 一人じゃ挫けそうでも 助け合えば大丈夫! いつかいつか辿り着ける 夢に夢に描く場所へ 忘れないよいつだって 孤独じゃない強い智(きずな)まっすぐ未来へススメ!」


熱中症対策 「家庭で作る経口補水液」の一例
水1リットルに対して塩3グラム、砂糖20グラム 飲みにくかったらポッカレモンなどを数滴加える

腰痛がさらに悪化して寝返りをうつのも起き出す時も一苦労です。

先週のトリプル台風のうち、ひとつだけ西の方へ行って停滞していた台風10号・・・膨大なエネルギーを蓄積して現在非常に強い台風にまで発達・・・さらに発達しながら再びUターンしてこちらに向かっていると・・・今朝のニュースでの予想進路はしっかりと関東方面へ向いています。先週のは雨の被害がメインでしたが、今回はどんでもない風も吹き荒れそうで・・・地震でガタガタになっている我が家がちゃんともってくれるか本気で心配しています。

明け方、何故か自分が「声優のオーディション」を受けている夢をみました。一人ずつカウンターに呼ばれて担当者に試験されるのですが、渡された資料の「ここを読んでみてください」という指示も読もうとした瞬間、どのページだか分からなくなって・・・担当の人はどんどんイライラした態度になって・・・こちらも焦って、どのセリフも目茶苦茶。「本気で声優になろうとしているんですか?」と罵詈雑言を浴びせられて会場をあとにする・・・という夢でした。

どうしてこのような夢を観たんでしょうね????やはりたとえ今は風前の灯のようであっても自分にとって根幹である教育関連の仕事にこだわれという示唆なんでしょうかね????

あと夢の中とはいっても単純なセリフでもダメだしの連続になる体験をして、声優やナレーション等々のお仕事でも何でもそうですが、プロとしてやっていくというのは、どんなに簡単そうにみえることであっても裏側にはプロとしての裏づけがあるんだろうなという再確認になりました。

(24日 朝)22日の台風9号はしっかりと県内を北上していきました。夜、家庭教師があったのですが次の日に延期したいとの連絡があったのでそのまま家でじっとしていました。

・・・で、台風一過で晴天と思いきや・・・昨日は断続的な激しい雷雨でとんでもない一日。昼頃に本降りになったのですが、土砂降りの雨と雷がようやく去ったと思うとまた振り出す・・・この繰り返しが夜の10時過ぎまで続きました。

だいたい雷は1時間~2時間でおさまるもの・・・・という私の中の常識は昨日ひっくりかえりました。55年の人生の中で10時間以上雷雨の状態が続くのは初体験です。(県内では例えば昨年、大きな被害を出した台風の際に県西はそうなっていたそうですが)

家庭教師に8時開始の予定でいつもより10分早めに出かけたのですが(通常片道30分)まず水戸市街に入るまでが渋滞。何だと思ったら市街での事故渋滞でした。その先、相手の家に普通だったらあと3分弱というところで今度は国道6号が大渋滞。ほとんど動きません。(あとから聞いたらずっと先の方であちこち冠水していたようです)

ここを通過するのに約1時間・・・腰痛がさらに悪化・・・結局相手の家についたのは9時10分をまわったところでした。

昨日ほどではないということですが今日も大気の状態は不安定・・・午後にはところにより激しい雷雨だとか・・・・。


*中学受験をめぐってのことで父親が息子を・・・という事件。「勉強しないから」という趣旨の供述をしているようです。わが子の将来のためにという想いがあったのでしょうが・・・

この父親を非難することは簡単ですが、これを単なる教育熱心な親子間に起きた問題としてみるのではなく、「自分の考える理想の道」それ以外に幸せの道は皆無なのか?という根本的な問いかけが我々全員になされているような気がします。

そんなことを言うと「安易な妥協案なのか」と非難されそうですが、そうではありません。だいたい「これがベスト」と判断できるほどの能力を人間は持ち合わせていないと思うんです。「人知を超えた領域」とまでいかなくても、個々人の「あたりまえ」を超えた世界の方が、この現実世界にだって広大に広がっている・・・・それを素直に見ようとするかしないかの違い。

と書いている私ですが、私自身も将来を悲観していたり、運命を嘆いていることにどっぷりと浸かってしまって転落状態が続いているのは、周囲に広がる可能性の世界に目を向けていないから・・・・

(22日 午前)嵐の前の静けさとはよくいったものです・・・現在10時半ですが、水戸は曇ってはいますが雨も風もない静かな状態・・・でも予報ではあと数時間もすればほぼ直撃・・・・暴風雨域には確実に巻き込まれそうです。

台風より一足先に荒れまくっているのは私の精神状態・・・・土曜日の出先でも予想通りの嫌な思いをして・・・帰宅後も特にゆうべは断続的に腰に強い痛みが走りそのたびに呻いてしまうことの繰り返し・・・・そんな状態の中、先ほど先方からまた細かいことでああだこうだという電話。電話の終わりに「帰ったあとだって腰は平気なんでしょ」というので現状を言いかけるとこちらの言葉をサッと遮り「腰痛っていうのはそういうもんだから」と言ってさっさと切ってしまいました。

誰が原因を作ってんだよ!!!!!!!という煮えくり返るような想いがフツフツと再び湧いてきて制御不能になりかかっています。今も腰や足首がズキズキしていますが、そのたびに怨念にもどんどん着火されていく感じです。

・・・・と、ここまで打ったところで雨が降り出しました。荒れた念が呼び寄せてしまったかな・・・・・

(21日 朝)行きだけで特に腰痛が悪化。向こうではほとんど動けずに座っていました。痛みをこらえての帰宅後は特に右足首の腫れが悪化しはじめていて歩行が辛い・・・遠出のたびにこれではまいります。

台風9号も真っ直ぐ関東に接近中。明日は大変なことになりそう・・・・。このところは震度4レベルの地震も多いし・・・不安がつのります。

KOU君と前回の東京オリンピックの話になったのですが、開会式の雰囲気なんかは随分様変わりしたと思います。どの国もきちんと整列して行進していましたから。あの当時の関係者や日本国民が現代オリンピックの開会式をみたらさぞかし驚くでしょうね。

映画「東京オリンピック」のラスト「人類は4年に1度夢をみる」という字幕に込められた想いは現代でも変わりません。

(まだ閉会式が済んでいないうちにこのような話題を書くのも妙ですが)世界の関係が過度にギクシャクすればオリンピックは中止になります。あるいは中止にならないまでも大量ボイコットという事態になります。

次の東京オリンピックへのメダルの期待というのも随分と騒がれていますが、次のオリンピックが「世界の運動会」として楽しく(わだかまりなく)開けるようにするには、外交や文化交流を含めて日常的なレベルからの積み重ねが大切になると思います。

(20日 朝)家庭教師への移動中にラジオをつけていたらレスリングの吉田選手&お母さんのインタビューが流れていました。音声だけだったわけですが、余計に言葉の響きがダイレクトに伝わってきて・・・・何度も「ごめんなさい」を繰り返し「お父さんに怒られる」と泣き続け・・・・そしてまたお母さんの「『霊長類最強』と言われても、私のかわいい娘で人間です。いつかは負ける。この十数年、本当に一生懸命やってきて誇りに思う」という言葉には何とも言えない気持ちになりました。

率直に言って私はずっと以前から「霊長類最強」と讃える言い方に違和感を感じていたので・・・・「私のかわいい娘で人間です」というお母さんの言葉の裏にどのような想いがあったのか・・・・・

教育現場でもそうですが「褒める」「賞賛する」というのは場合によっては「叱る」より難しい面があります。

また、本人以外に与える影響・・・大会前の予想を上回るメダルラッシュと日本中が騒げば騒ぐほど期待に添えなかった選手や関係者は大きな罪の意識などを持ってしまう・・・・「その悔しさを次へのバネにすればいい」「オリンピックなどを目指した段階でそうした覚悟はしていたはずだ」等々の意見もあるようですが、ちょっとそればかりだと酷なような気がします。

「感動をありがとう」という賞賛を観戦する側が口にするのは簡単ですが・・・・。

今年は太平洋高気圧が二つに分かれていて、ちょうどその間を熱帯低気圧や台風がのぼってくるということで・・・・東日本から北日本にかけて次々と台風が発生しあっというまに近づいてきます。今日はいわきへ行くわけですが、その間にも熱帯低気圧が台風に成長しそうだということで、断続的に土砂降りになるとか・・・。また月曜には台風9号が上陸との予報・・・困ったものです。

(19日 朝)明日の遠出に向けての準備を今日こそはしなければならないのですが・・・・また今回の合宿での研究授業をDVD化して早めに送ることを頼まれてもいるのですが・・・・感情と切り離して体を動かそうにも全く動いてくれません。

こういうときに、鈍感とかではなく、負の感情などが湧きあがっていても、それはそれでパッと割り切って行動できる人が私の周囲にも何人もいらっしゃいましたが・・・私にはとてつもなく高いハードルに感じてしまいます。

(18日 朝)台風が去ったあとのため気温・湿度ともに急上昇。水戸の最高気温は35度だったそうですが、湿度が高かった分、先日の気温が高かったときよりも体にはこたえました。なるべくエアコンの除湿運転をしている部屋から出ないようにしていましたが、それ以外の場所ではまさに蒸し風呂状態の家の中・・・・一夜あけての今もかなり蒸し暑い熱気がこもっているという感じです。

卓球女子団体・・・準決勝は判定問題もあってかなり後味の悪い結末だったのに、よく気持ちを切り替えたと思います。3人が出演されたNHKの番組(録画)をつい先ほど観たのですが、いい顔をしていましたね・・・。

「死ぬ気で」というほどのプレッシャー・・・・人からすごい成果などを期待されたことのない私などには全く想像できない世界ですが・・・・

高みを目指すというのはそうした境地に自ら踏み込んでいくこと・・・・「目立ちたいけど努力などはしたくない」という人間が増えている傾向にありますが、卓球に限らず結果を出せなかった選手、あるいは長年頑張ってきたけど代表に選ばれなかった選手たちのことも含めて、しっかりと生き様を見つめて欲しいと思います。

ましてや自分が目立つために安易に他人を貶したりすることで、自分の位置が高くなった自己満足を得るような生き様の方々には、「無意識世界に存在している自分」に対しても大変に失礼なことをしているという自覚を持って欲しいと思います。

特に若い世代には・・・・

今日も足腰の痛みは悪化傾向・・・仕事はないし、何かをきちんとして過ごそうという意欲も全く湧かないので多分また一日横になっています。(土曜日には本当は私が直接行く必要はないんですが、それでも先方の我がままでいわきへ行かなくてはならなくて・・・行ったから本当に感謝されるわけでもなく、逆にまた文句ばかりを言われるだけで命を削る往復をしてくるだけ・・・正直暗澹たる想いです)

かろうじて残っている力を若者たちのために活かしたいというのが常に思っていることなのですが・・・それがかなわぬ日々。せめて児言態のことに協力したいという気持ちがこれまではあったのですが・・・・それも逆にやればやるほど違う方向になってしまうということを痛感しているので失せてきてしまっています。

何のために生きているんでしょうね・・・・こんなことばかりで月日がたち、年齢を重ねていっても虚しいだけ・・・・自己満足でもいいから何かに純粋に打ち込めればいいんでしょうが、気力体力の低下、各種老化現象の加速はそんな可能性への夢を抱くことも許してくれません。

(17日 朝)次への一手ということで精一杯発言をしてくれた4年生たちだったわけですが(ちなみに私は記録係で写真やビデオ撮影中心でした)・・・・私の方は次への絶望感ばかりが頭の中に次々と浮かんできてしまっています。

仕事に関しても・・・また児言態にの今後どう関わっていったらいいのかも正直分からなくなっていて・・・9月に大きなイベントがあるのですが、そこに何とかして参加しようという気力もどんどん低下中。今回の合宿が最後になってしまうかな・・・・という事が真面目に頭によぎっています。ここ数年間構想を練ってきている執筆予定の原稿も何とかして書こうという気力が失せてしまって・・・・。

なんだか4年生たちに叱られそうですが、こんな時って前向きな姿勢に触れても余計に自己嫌悪の連鎖になってしまうのがこれまでの私・・・・それをかえなければと思えば思うほど首を絞めてしまう。そうかといって思わなければいいのかといえば、そうもいかない・・・・所詮自分は生まれてきてはいけなかった存在・・・・周囲にとって迷惑になるだけの存在・・・それが今回のことでますます募っているというのが偽らざる本心です。

そんな想いでいるせいか未明に観た夢は観ている最中に激しく心が揺れ動いていたことは覚えているのですが不思議とほとんど内容を覚えていません。かろうじて何となく覚えているのは、4コマ漫画雑誌か何かの付録作製を何故か私が依頼されて、作るのですが、原作者から修整要求が何度も出て・・・さんざん苦労してやっと完成させたら今度は原作者から短い動画を明日までに作ってほしいという依頼がきて・・・これも何度も修整要求。時間切れで公開したものの、その後になっても細かい修整要求がきて・・・・そんなに修整させるなら何で素人の自分になど言ってくるのかとどんどん悲観的になっていく・・・たしかそんなのが後半だったような気がします。

そりゃこの夢の内容だって「修整要求が出ていても依頼キャンセルではないのだから、さらに良いものになるだろうという希望を向こうが持っている証拠」という受け止め方だって出来ます。でもそのように頭で思っても、近い将来この世をリタイヤするだろうという予感ばかりの自分にとっては、「諦めて欲しい」という方向へ意識が動いてしまいます。

スピリチュアル的にはそんな「いつアウトになるかわからない」と思いながら生きていると、本当にそういう運命を引き寄せてしまう」というようなことを言いますが・・・でも気持ちはそちらに動いていってしまうんです。

今日も明日も家庭教師はないのですが、若者と語り合える時間が極端になくなっている、あるいはかろうじて週に数回授業があっても、それはあと1~2年の間だけという現実が目の前・・・・そもそも体調の上でも経済的な面でも今月を乗り切るのもそうとうきつい・・・ましてや来月以降なんて・・・・。

自分達は楽をする為に私を何十年もかけてこのように踏み台にして追いつめている人間が何人かいるわけですが・・・・私がポックリいってもそ知らぬ顔をしてるんでしょうね・・・・自分の宿命(?)もそういった人たちのことも「○う」想いがますますフツフツとこみ上げてきてしまう今朝の私です。

台風による雨のピークは抜けてきたようですが、足腰などの痛みは悪化傾向なので、この更新後、また横になります。

(16日 朝)昨日までの疲れもあってか、ゆうべから足腰の痛みの悪化+偏頭痛が勃発。今朝は吐き気を伴った痛みに苦しんでいます。

昨日は伊豆からの帰りで水分補給はしたものの昼食はとらず・・・夜も食欲がなかったので何も食べず・・・なので今朝はちょっと無理をして軽く食事をとった上で鎮痛剤を飲みました。

台風は先日の予想より早く今夜あたり最接近のようです。とにかくじっとしているしかありません。

今回の児言態の研究授業は4年生だったのですが、上原先生が「中学年(特に4年生あたりから)論理思考の訓練を」とか「ぼけとツッコミで言葉の持つ知的体系につけて扱う」と言われていた真意に関連するような言動がたくさん見られました。

単に「理数のような分野・話し合い活動」等々があるからというような実利的な側面というのではなく、本当にこの世で生きる上で夢の世界をきちんと追い求めようとすると、現実意識や論理性が重要な武器になるんだということを4年生たちが示唆してくれたと感じています。

そこがあいまいだと、夢の世界を求めるのではなく「夢の世界(非現実の世界)」に単に逃げ込んでしまうだけの方向へ突っ走ってしまうのだろうな・・・という仮説の立証だけでなく、どうしたら「超現実の発想」がとれて「この世で日常を過ごしながら夢の実現を志向する生活」の日々が過ごせるか・・・ということへの具体的な枠組みまでも示してくれたと思っています。

(15日 夕方)やっとこさ児言態の合宿から帰ってきました。あと2駅で到着・・・というところで勝田駅上り電車での人身事故の影響で電車は上下線とも運転見合わせとのアナウンス。30分近く停まっていました。もうヘトヘトです。

痛み止めを持っていくのを忘れたためにそれなりに行動には難儀しました。(先輩の先生が持っていた漢方系の市販薬を頂いて何とかしのげました)

一休みしたら通常の家庭教師の仕事に出かけます。明日からは3日間仕事なし。(ちなみにこの夏休みも夏期講習や補講の依頼は現段階でもゼロ。もう家庭教師方面は今教えているメンバーが卒業したら終わりですね・・・どうしていけばいいんだろう?????体はますますガタガタだし・・・・・

(14日 朝)ゆうべ遅くにお盆で帰省中のMさんが手作りのスイカづくし料理のパック詰めを持ってきてくれました。いろいろと凝った内容で・・・全部ペロリとたいらげたのですが、今年はアルコール飲料を全く飲んでいないため買い置きもなく、それがちょっと残念でした。

疲労や痛み等々で寝てしまったので児言態に持参する資料は一行も書けていません。これから速攻で簡単に作って、8時半頃には出発したいものです。明日帰宅してすぐに家庭教師の予定。ちょっとシンドイですが何とか乗り切らないと・・・

*またまた台風が発生しました。18日以降に今度こそ関東を直撃しそうなコースで要警戒です。

(13日 朝)施餓鬼法要に出席のあと、ほとんど休む間もなく相手の都合で今日に変更になった家庭教師が1軒。そのあといつもの授業が1軒・・・以前だったら夏休み突入後はほとんど移動時間のみで朝から晩まで(お盆中も半日以上は)授業で埋まっていて昼食をとれないのも普通なくらいだったのですが・・・ここ数年は夏休みになっても夏期講習のような依頼はゼロ。

なので昨日の疲労感は半端ではなかったです。そのせいか足腰の痛みに加えてムチ打ちの再発+肩や首筋の強いコリからくる頭痛も起きはじめていて・・・・。お盆のお供えにするためにナスの味噌炒めを作ろうと材料は買ってあるのですが、ゆうべも調理できなかったし、今朝も無理そう。一応毎年恒例のナスを使った馬は半分ボーッとしながら作りました。このところ大変なのはシッポ用のトウモロコシのヒゲが入手しにくいこと。最近はどこでもカットされて売っているのでみつけるのに一苦労なんです。昨日もようやくカットされたのに混じってわざとカットしていないで数本並べてある店をやっとみつけて入手できました。

世間的にはキュウリでつくったのが馬。ナスは牛で、迎え盆の時は早く戻ってこられるようにキュウリの馬、帰りは名残惜しさの象徴でゆっくりと帰るようにナスの牛なんだそうですが、この家ではナスで作ったのを馬と称して用意するのが祖母の時からの習慣になっているので、今でもそうしています。

(12日 朝)昨日は以前家庭教師で教えていたねこ娘さんと妹のYさんがちょっと寄ってくれました。立ち話でしたが有意義なやりとりができました。こうしたやりとりを若者たちとする時間が増えて欲しいものです。

腰や両足の痛みが増加中なので山の日といっても特にどこかけ出かけたわけではないですが、録画していた番組のうち、まず日航ジャンボ機墜落事故に関する番組の再放送を観ました。あの事故の時にはちょうと今住んでいるこの元祖父母の家に帰省していて、お盆期間中はずっとテレビに釘付けでした。ちょうど今日が墜落した日にあたります。

私にとって毎年この日は、施餓鬼法要のため片道車で1時間ほどの雨引観音楽法寺に出かける日。そこで塔婆を頂いてお盆のお墓参りをしてきます。毎年我が家では一日早く迎え盆ということです。これは昭和55年に祖母が他界してからの習慣です。

今日も9時半頃になったら出かけますが・・・・8月1日の祖父のお墓参りも出かけた日の夜から急激に足の腫れが悪化38度以上の発熱をしたので、ちょっとそれが心配・・・今朝の天気予報では昨日書いたような台風の影響は薄らいだようですが、昨日夜からはっきり足をひきずるほど痛みが悪化中なので、あまりひどくなると児言態の合宿参加は厳しくなってしまいます。

(11日 午前)今年から8月11日の今日は「山の日」という祝日になったそうで・・・・実はそんなことになったなんて全く知らず、8月のカレンダーに切り替えたら「11」が赤い文字になっていて・・・よーく見たら「山の日」とあるのをみつけて・・・という次第です。東日本の気温は猛暑日というレベルほどにはあまり高くならない予報ですが、それでも「山の日」だからと山に出かけて体調を崩す方が出ないよう願いたいものです。

ちなみに私が治まりかけていた両足の関節痛がゆうべから再発しかけていて困っています。(腰はもともと痛いし)日曜日に児言態の合宿へ途中参加のため出かける予定なのですが、この前のような立ち上がるのも困難という痛みにまで発展したら参加は無理・・・そしてまた気になるのは台風の動き。まだはっきりとはしませんが、ちょうど合宿から帰宅して夜は家庭教師という15日の午後あたりにこちらに接近する可能性がかなりありそうで・・・・都内で足止めをくらうなんていうことがあったらどうしよう・・・

(10日 午前)昨日の水戸の最高気温は37度くらいだったようで・・・家の中のエアコンをつけていない場所はそれ以上の暑さ・・・ただ、湿度が若干低かったようで、蒸し暑さの不快感はややマシだったという感じです。

でも、近い将来、このままでは収入ゼロが見えているのですが・・・エアコンなどをつける電気代が確保できなかったらどうなるんでしょうね・・・・熱中症でアウトになって朽ち果てていき・・・発見されるんでしょうね・・・・。

まあ、今はいろいろな人に支えられて食生活も何とかキープできているので、そんな私が出来る何かをちょっとでも実行しながら日々を過ごしたいとは思っています。先ずは児言態の合宿に向けて・・・・・

(9日 朝)天気予報によれば台風は現在水戸市の東海上を通過して北上中のようです。大きな影響はなくまずは一安心。

ただ、今日は水戸でも35度以上の猛暑日になるような・・・油断して熱中症にならないようにしないと・・・。今日は児言態の資料を作成して郵送する予定。本当は夜中に執筆して気温が上がらないうちに郵便局に行こうと思っていたのですが、日曜の疲れなどもひきずっていたので無理でした。

ティク・ナット・ハン氏の特集、2回目を少しずつ観続けていますが「伝承体」「感情をエネルギーとしてみる」「物質の三態を例えとした人間の生と死」「自我というものは本来ない」・・・等々、父の思索や上原先生(児言態)の言葉を通してこれまで実感してきたことが「通性」なんだと感じるような内容が満載です。

(8日 朝)かろうじて感情的な大爆発はせずにいわきへ行ってきました。エアコンをつけていても直射日光が運転席に容赦なく差し込んで・・・腕などに日本手ぬぐいをまき、首には保冷剤、水分補給の自家製経口補水液でこまめにとって・・・・軽い頭痛程度で済みました。先週と今週、2回に渡ってNHKこころの時代はベトナム出身の禅僧の方の特集。一回目の「こころの時代アンコール 禅僧ティク・ナット・ハン 第一回▽怒りの炎を抱きしめる」・・・毎日少しずつ観ていたのですが、今朝観終わりました。

「怒り・人を恨む気持ち・呪う気持ち」そんなことに何十年も渦巻かれ続けている私にとって、非常に大きな意味を持つ内容でした。出発点はそれらの感情を消そうとする・封印しようとするのではなく、しっかりとそうした感情の存在を認めてあげて、丁寧に向かい合い・・・そして自ら抱きしめてあげる・・・・そうした境地になど慣れそうもないですが、どうしてもそう否定的に考えてしまうことで、より自己嫌悪のスパイラルに堕ちていってしまうという構えも、それこそがお釈迦様を含めて肉体を持つ人間が悟りを開こうとしていく最も大切な点だということを何度も強調されていました。

現在シリーズ後編「 こころの時代アンコール 禅僧ティク・ナット・ハン2 ひとりひとりがブッダとなる」を観始めていますが、ベトナム戦争で何の罪もない子ども達5人を亡き者にしてしまって深い心の傷に苦しみ続けていた帰還兵の話などが特に強く印象に残っています。

(6日 朝)今の生活水準からすれば極力電気代も節約しなければならないのですが、気温への耐性が著しく劣っている現状ではそうもいっていられません。ドライ運転の弱冷房をつけっぱなしの部屋で過ごしています。

ただ、弱めにつけていても例えばトイレや何かで部屋を出るとその温度の落差は相当なもの・・・昨日はこれでかなりまいってしまいました。今日はもっと厳しい暑さになるようで・・・・要注意です。

今日は広島原爆の日ですね。毎年紹介していますが、恩師の上原輝男先生が広島駅で被爆された際の体験談が「恩師の言葉」コーナーの中にあります。まだお読みになったことがない方は是非どうぞ。 学問(恩師の上原輝男先生・父の語録です・・・児言態コーナー追加) 

(5日 朝)感情が激しく渦巻き、夜中になっても寝付けず・・・かといって一応録画しておいた映画「男はつらいよ」(第1作)を観る気にはやっぱりなれず・・・・。そんな自分が、普段だったら録画予約もしないであろう番組・・・やはりBSプレミアムで放送された「ヒトラー 最期の12日間」を何だか録画してしまっていたのですが、それを観てしまいました。

だいたい刺激的な場面がありそうなものは夜・夜中・朝など精神的な世界が拓かれているような時間帯にはなるべく観ないように若い頃からしているのですが・・・この番組を録画しようという気になったことも含めて、やはり今の私の平常心は平常ではなくなっているんでしょうね。

映画の内容ですが私にとってはかなりきつい描写が次々と飛び出して・・・これまた普通だったら昼間でも一つ飛び出してくればもうそこで停止するのですが、結局約2時間半の全部を明け方まで観てしまいました。次々と人間が自決したり、また爆撃などで木っ端微塵になったり、麻酔なしで手足を切り取られる手術シーンがあったり・・・・これで余計に寝つきが悪くなり、現在にいたっています。

録画予約といえば、昨日あれだけ「男はつらいよ」の内容が辛いと書いておきながら、BSプレミアムカフェ「渥美清の“寅さん”勤続25年(初回放送:1995年)」の録画予約もしています。本日(金曜)朝9時からの放送です。(6日 午前1時45分からも放送されます)

さて、今夜は水戸黄門祭にちなんでの千波湖の花火大会。気が向くと(会場周辺は大混雑なので近づかず、)かなり遠くの見晴らしのいい場所で眺めに出かけたこともあるのですが・・・・足腰も痛いし、とても花火見物という気分にもなれないので、多分家にいます。今夜の家庭教師もこの花火大会の関係でキャンセルですし・・・・

本当はこんな精神状態の時こそ、花火大会のような非日常に触れて意識の転換を図ってみればいいのでしょうがね・・・・

(4日 夕方)ゆうべ録画しておいた「アナザーストーリーズ 映画“男はつらいよ”~寅さん誕生 知られざるドラマ~」を観たのですが、今日4日が渥美清さんの没後20年の命日だそうで・・・・自分が癌で余命があまりないことを周囲に全く知らせずに撮影にのぞみ、また亡くなるひと月ほど前には山田監督と次回作の打ち合わせもしていたというようなことも紹介されていました。映画の中での様子とは全く別人のような態度に、ロケを観に来ていたファンたちが失望している場面が印象的でした。

再放送はBSプレミアムで8月9日(火) 午後11時45分(60分)のようです。

ちなみに私は映画「男はつらいよ」はテレビで2本程度観たかな・・・という程度です。あの設定というかお決まりのパターンが、幼い頃からのいじめ体験をかなりフラッシュバックさせるので辛い思いでばかり浮かんで・・・・。

教室で脇を通るだけで「寄るんじゃねーよ」と冷たい視線をあびせられ続けたこと、あるいは常に自分より優秀な妹と比較され、出来の悪い長男・・・失敗作と言われたことも影響して・・・・だから寅が帰ってくると周囲が迷惑がるリアクションをとるのが見ていられない・・・・。「俺がいたんじゃ・・・」云々の歌詞の主題歌も聴いていられません。

映画内の寅さんはそんな状況を感じ取っているわけですが、それでも明るく自分の信じた人助けや恋の道を進んでいく・・・映画のファンの方々はその姿に元気を頂けるということなのですが、私の場合は若い頃から(今でも)余計に「それに比べて自分はさらに情けない・・・」と完全否定へまっしぐらという感じになってしまいます。

若い頃、あの映画は苦手とちょっとこぼした時、知人に「あの国民的映画の良さが分からないなんて!お前は日本人じゃない!!!」と罵られたのもかなり深い傷になっていますね・・・・・

BSで映画「男はつらいよ」も放送されていくようですが・・・やはり観る勇気は起きてきません。本当に自己嫌悪です。

ここ数年の親戚関係・家族関係のことに加え、仕事上でも(今教えている子たちとは違う件で)もう自分なんてお役御免なんだなと痛感することが昨日あり・・・・日々刻々と生きる気力や意味を見失う方向に転落中です。

(4日 朝)いくらか足の痛みも落ち着いてきて熱も平熱になってきたのですが、昨日はまた例のごとく不快極まりない電話がかかってきて・・・・こうした今の生活もそうですが、何十年にも渡ってどこまで人の人生を目茶苦茶にすれば気が済むのか・・・自分の損得のために本気で私の余力を奪い取り、この世から脱落しても知らん振りという姿勢が丸出しの内容でした。

まあ、予期したとおりといえば予期したとおりなのですが・・・でもこちらが足腰の激痛や発熱等々に苦しみながら、必死になってやっていることが、ことごとく全否定される・・・・今回のことばなりではありません、特に一昨年の10月以来、私のささやかな日常も犠牲にして何とか応じようとしてきた日々も全否定されるような・・・もっともそれをちょっとでも肯定してくれるような相手だったら私が学生時代の頃からの多々の怨念の積み重ねはないわけですが・・・・

私と同様に理不尽な無念さでという方々は、現代の社会構造では全くといっていいほど救われないシステムになっています。そして人間として真っ当な道を進まず、要領よく他人に都合の悪いことを押し付けまくっている人ほど、後になって強欲の塊のような振る舞いをし、いらなくなった人をポイ捨てする・・・・

選挙が終わったら公約など知らん顔で利権がらみの政策に走る、なんていうのも根底では同じような構図だと思います。

頭では、それでもかつての日本人のように目にみえない世界の価値観を軸足にして、上原先生の説く「本当の犠牲者」の道を貫けるかどうかなのですが・・・・やはりある人間の個人的な我がままや得のために、体調や身辺の状況を目茶苦茶にされた挙句に暴言を吐かれまくったら、怨念の固まりに化してしまいます。

(2日 朝)お墓参りのあとにいつも雨引観音様にもお参りしてくるのですが、足腰が痛いながらも何とかお寺の階段は通過できていました。それが夕方から両足首の腫れがみるみるうちに悪化。家庭教師を終えて帰る頃には玄関に降りて靴を履くのも一苦労。家についてから鎮痛剤を飲むためにかるく食事をとって服用したのですが、じっと横になっていてもかなりの苦痛。試しに熱をはかったら炎症のせいなんでしょうね・・・38度を超えていました。そんな状態で一夜をあかしました。現在は鎮痛剤が効いているのか激痛ではありますが何とかトイレなどにはたどりつけるレベルです。左足をかばっているせいでの右足の痛みが数日前の場合より明らかに強いというのがやっかいなところ。かろうじて動けるうちに尿もれパッドとか紙おむつを買っておいた方がいいのかという想いがチラッとよぎってしまいます。

近い将来・・・布団から身動きとれずに○物にまみれて○敗した状態で発見されるんだろうな・・・なんていう想いもかなりリアルに描いてしまいましたね・・・・。実際同居人もいないわけですし、何か病気になっても身元引受人も保証人もいないわけですから(そもそも先立つものもないし)病院で○を引き取るというパターンは可能性としては低いですから。

このような人たちが日本中で増えているんでしょうね・・・・。よく施設に入居されされた人が「姥捨て山に捨てられた」ような言い方で家族を責めるのを聞きますが・・・・確かに自由が制限される日々は大変だとは思いますし、質の悪い職員でいじめまがいな所も実際にはあるようですが・・・・多くの場所では食事・風呂・排泄の面倒をみてくれて日々を送れるというのはある意味では恵まれている部分です。

私のようにそんな施設に入るお金もなければ手続きをしてくれるような身内もいない場合なんて特に・・・・(知らん振りをする身内はいないわけではないですが)

教育や福祉や医療費など国民の日常生活のフォローにまわす予算は大々的に不足していると言いますが・・・そうでないいろいろな分野には億や兆の単位でポンポン予算の増額が認められる、どんぶり勘定でもOK・・・そんなのが今の日本です。

(8月1日 朝)ゆうべ、元横綱千代の富士さんの訃報を知り驚きました。特に相撲に関心のある人生を送ってきたわけではないのですが、千代の富士さんには結構関心があったので・・・・

今日は母方の祖父の命日です。骨折による入院で認知症になり一応私の事は分かってくれていましたが夢と現実が完全に混線していて・・・あと一日くらいで退院という時の朝、ちょど交代時で何故かおなじみの看護婦さんたちが病室に数名集まってご機嫌におしゃべりをしている最中に突然意識を失い容態が急変・・・私と母が見守る中、心電図が直線になっていきました。

マア不幸中の幸いというか・・・この世で記憶がある最後の瞬間がいよいよ退院できるという喜びと何人もの(4~5人いらしたと思います)若い看護婦さんたちに囲まれてのおしゃべりに笑顔いっぱいだったことは良かったと思っています。このあともう一眠りしてから1時間ほどかけてお墓参りに行ってきます。

月初め恒例の万葉集占い・・・今月出合った和歌は 

ただひとり寝れで寝かねて 白たえの 袖を笠に着 濡れつつそ来し (3123番) 

口語訳)独りだけで寝ていても眠れないので(白たえの)袖を笠にして濡れながらここにやってきました 

ここ数年、家庭教師の依頼もほとんどなくなり一日中ひきこもっているような生活が続いているわけですが・・・困難に遭遇している若者たちのもとへいよいよ飛び出していく・・・・という段階に来たという示唆なんでしょうかね?????

(31日 朝)ゆうべはうなぎどころか普通に夕飯をとらずに寝ました。かなり気持ちが不安定な状態で過ごしています。

児言態の資料を何とか作成し郵送しましたが、それも当初予定していた内容の半分くらいで挫折。マア、半分は作成して送ることができた・・・と考えた方が、せっかく作った分を肯定したイメージで包み込めるのでしょうが・・・・

昨日はそれなりに蒸し暑さが本格的になりましたが、朝から熱中症対策をとっていたので何とかそちらの方は回避できました。でも油断は大敵・・・特に気力が落ちている状態だとちょっと布団内で寝ている最中の室温上昇で体が予想以上にダメージを受けますから。資料作成で寝不足というだけではなく、無理して体を起こして最近にしては長時間パソコンに向かっていた反動が現在きているだけに要注意です。

(30日 朝)今朝起きてから先週録画しておいてまだ観ていなかった「こころの時代」を観ました。まだ半分くらいまでしか観ていないのですが、がんの患者さんやその家族の方々を自宅に招き、手料理でもてなすという活動をされている方が紹介されています。患者さんどうしが同じ食卓を囲んで本音で語り合ったり、がんで他界され残された家族の方々の大切な場になっている・・・

語られている内容は単にがんの方々の問題にとどまらず、誰もにとって、あるいは教育現場にとって示唆にあふれているような気がしながら観ています。今日の午後1時から教育テレビで再放送があります。

*今日が土用の丑の日ということでスーパーでは大量にうなぎが並べられていますが、とても手が出せるシロモノではありませんね。それを1回買うことで今の私の何日分の食費になるんだよ、という感覚です。(もともと自分でなどここ何年もうなぎなど購入したことがありません。)

(29日 朝)夜になって激しい頭痛と吐き気・・・夕飯などとてもとる気になれず・・・なので鎮痛剤も飲まず・・・。今はだいぶ和らいだもののまだ痛みます。足腰もそれなりにズキズキ痛み続けているし・・・特に足首は夜中になって再び痛みがひどくなってきています。

体を起こしているのが辛いので、ここ数週間にあれこれと考えたことをまとめて児言態の資料を作成というようなことへも全く着手のメドがたっていません。・・・実は今朝の更新でも書こうと思っていた話題があって、そのためにこうしてパソコンを立ち上げたのですが、刻々と悪化する痛みの方に気がとられて記述不可。もう作業を中止して、ここで更新し、閉じて休みます。

(28日 朝)先日、漫画家のやくみつるさんが今回の流行に対して否定的な意見をというのを紹介しましたが、その後ネット等々で集中砲火を浴びて大変な状態だそうです。

こうした異なる意見に対して大勢が一斉に叩き潰そうとする風潮は今に始まったことではありません。戦争中にこの戦争に対して意義や疑問を唱えたら「非国民」として社会に存在することが脅かされたというのも似たようなことですから。ただ、大きく違うのは批判してくる範囲が自分の生活環境の人々だけではなく、見ず知らずの日本中(世界中)の多くの人たちから一斉に浴びせられるという点です。そしてまた多くの場合は相手の意見をしっかりと吟味した上で理性的に自分の意見を述べるというのではなく、問答無用で感情的にねじ伏せようとする傾向が強いということ・・・。

アニメなどの感想が集まっているサイトをたまに見ても、多くの意見が「糞アニメ」と全面的に否定している雰囲気が強い中に、一部でも肯定するような書き込みがあると「へー、面白いと受け止めた人もいるんだ」ではなくて、「そんなの信じられない」とばかりに一部肯定さえも許してもらえない雰囲気。

もちろん違う意見を述べたらそうなることは承知の方が多いので、ネット上の空気を読んで、風当たりが強くなりそうだと感じた場合は敢えて何も書き込まない人も多いわけですが、そうすることでますます「偏った多数派意見」が「みなんなにとって当たり前」=「常識」として定着していきます。

その気になれば強烈な力を持った独裁者でなくても、世論を大きく誘導できる可能性が多くの人たちにある、というのが現在のネット社会。かく言う私もこうして持論をこの欄に書いていますが、閲覧数が極めて少ないので場が確保できていますが、いつまでこうして思った事を述べることが出来るか分かりません。

ちょっと前まではこうした頑固なオジサン・オバサン(爺さん・婆さん)が周囲に何人かいて、口うるさい事を若者にビシビシ言う風潮が当たり前だったのですが・・・・職場でもいい意味で厳しい先輩はどんどん姿を消しているようですね。

そうした自分と異なる意見を言う人が減るのは「ストレスなく思い通りに過ごせる」日々へのパスポートという感覚なのでしょうが、本当にそれが自分にとっても住みやすい世の中になるのか?????

自分に異なる意見を言うのは絶対許さないけど、自分は違う意見に対して全面的に叩き潰すのは自由に行なう・・・というのは単なるエゴ・ワガママです。

*左足の腫れはかなりひいてきたので痛いながらも何とか普通に近い状態で移動ができるようになりつつあります。このまま終息し、また新たにうずいている何箇所かも悪化しないで欲しいと切に願うばかりです。

(26日 朝)ゆうべ、仕事に向かおうと車を走らせ出してすぐ、住宅地内の路地で向こうから走ってきた自転車の若者がスマホを前方に掲げていました。しかも無灯火で。どうみても例のゲームをしながらの走行です。

実はあのゲームが配信されてという頃から足の痛みがひどくなり、ほとんど家の中にいたので、実際にやっている人を見たのはそれが初めてでした。あんな調子で走行していて曲がり角などで出会いがしらに他人や車とぶつかったらどうする気なんでしょうね????

日本で配信される前からあれだけ外国の事例で騒がれ、注意を呼びかけられてもこの状態・・・・スマホに限らずこういった他人のことを教訓にできない傾向は一向になくなりません。

・・・・と書いていながら、かく言う私も健康面等々では同じようなことをしています。あれだけ生活習慣病ということが騒がれていていて、教職員の毎年の健康診断でも異常がみつかり「要再検査」の判定が出てもそのまま・・・やがてそれは「要治療」という判定になって養護の先生からも再三のご注意を受けていたのに・・・・そうした結果が命の危険領域にまでいきこのままの生活を続けていたら1~2年の命と言われて退職という事態にまでなってしまったわけです。愚かなものです。

ただ、「自業自得」というのではなく、他人の生活や命にまで影響を与えてしまいかなないことは、理性で避けることをお願いしたいものです。

ネットで知っただけなので詳しくは分かりませんが、ある番組内で「やくみつる」さんが今回のゲームについて強く否定的な意見を述べられていたと・・・・その中でやく氏は 現実にあふれている面白いことに興味を持つべきと主張し、「路端の植え込みだって、その中にいる虫に興味を示せばいいものを、そこを見ながら(スマホを介して)現実的じゃないものを探す…。親はもっと楽しいことを子供に提供する義務がありますよ。一緒になって打ち興じたらアホな子にしか育たないですよ」と、否定的な姿勢を貫いた。 とありました。

勿論この意見に対しても賛否両論だとは思いますが、長い歴史の中で虫を含めて身近な自然との交流の中で豊かな感性や精神を培ってきた日本人が、虫を過度に恐れ、除菌などのことから幼い頃から生の自然と直接触れ合うのは害だというイメージを植えつけられている現実に大きな危機感を感じてきた私には、大いに頷ける意見です。

24日にも書きましたが、妖怪ウオッチにしても今回のスマホにしても、何かの機器を通さないと異界と交流できないという発想・感覚は日本人の感性・精神性などの衰えの象徴のような気がします。

同じポケモンGOで遊ぶにしても、時と場がわきまえられる段階に達している、あるいは、普段から目に見えない存在を含めて身近なものと交流できるような感性が磨かれる生活をしている・・・・なら問題になるような遊び方にはならないのでしょうね。

*私はスマホなど持っていないので問題外ですが、知り合いの高校生が持っているスマホは今回のソフトがダウンロード出来ないタイプということで大変に残念がっていました。そのスマホで友だちとやりとりしようとしても話題はこのゲームのことばかりで、話の中に入っていけないと。

子ども達や若者たちの間で「やっていない」ということが「疎外感」や「見下される」「いじめられる」という方向に突っ走る危険も周囲は十分に見守ってあげる必要がありそうです。

*自分のスマホを持っていない人だってそれなりにいるハズなんですがね・・・。とは言っても、そういった人に合わせてスマホを持つべきではないと主張したいのではありません。そういう人たちだって疎外感を感じなくて済むような配慮を誰かに言われなくてもできるような人間が増えて欲しいだけです。

(25日 朝)オリンピックが近づいているせいでしょうね、BSでの「新日本風土記」でブラジル関連のが2週にわたって放送されました。観ていて複雑な心境になる場面が多々あったのですが・・・ブラジルの日系人が集まっている地域の方が日本の伝統や文化の良い部分を大切にしているような雰囲気でした。

ある日系人の若者がそんな日本に憧れて・・・いつか本物の日本にと夢見て・・・やっとかなって来てみたら都市部などでは伝統的なこともほとんど行なわれていなくて、ブラジルよりも日本らしさを探すのが大変でショックを受けたようです。確かにそうですよね。

ブラジル生れの日系人は向こうでポルトガル語で日常を過ごしていてもずっと「日本人」とみられていて、自分は日本人なんだなと思っていたのが、日本に来たら「外国人扱い」をされて一体自分はどちらなんだと存在のよりどころを失った感覚になる方々も大勢いらっしゃるようです。

普通に日本に生まれ育っている日本人でいながら、幼い頃から英語が母国語であるかのように育てられている多くの子ども達も、きっといつか似たような深い孤独感というか・・・自分のふるさとの国って何処なんだろうと感じる瞬間があるでしょうね。

番組の中で日系ではなく日本に移り住んできたブラジル人が「ブラジル人としての誇り」というようなことを口にされていましたが、国々の優劣ではなく、やはり自分は「この国の人間だ」と誇れるような・・・別に胸をはらなくてもいいですが・・・この国がふるさとなんだという気持ちをみんなが持って、さらにそれをお互いの国民同士が尊重しあえて共存できることが本当の国際社会に生きる人間の姿だと思います。

決して言語(英語)を武器にして他国との競争に勝ってのしあがっていく「国際競争力」というのは「共存力」ではないと考えます。

*左足をかばって不自然な歩き方を続けていたら、右足のくるぶしのあたりもうずき始めました。こっちまでひどくなったらそれこそ完全に立てなくなります。(左足の膝も痛み出しています)

(24日 朝)脳科学などが明らかにしてきている内容のうち「脳が作り出す意識世界」については、日本人が古来から直観してきた「世界観」の方が事実に即していたと言えるのではないか・・・と思わせてくれるような気がますますしています。

数年前に放送大学での「錯覚の科学」で扱われていた内容にしても、本当に「錯覚」として良いのか再吟味すべき内容もあるような・・・。知覚の度合いも、その受け止めた情報をどのように脳に届けるのかも、それをどうやって脳細胞が受けとり、どうイメージ化(解釈・意味づけ)するのかも個々人によって千差万別ですから。

かつて「野口体操」で有名だった故 野口三千三先生(元東京芸術大学)は「理解は誤解」という名言を残しています。物事にしても自他を含めて人間の心にしても「分かった」ということなど本来はあり得ない・・・だから常に吟味し続ける必要があると。

「現実世界はうつしよ(見えない世界が実体であり、この目にみえる世界はそれが投影されているものにすぎない」という日本古来の見方・・・それは「言葉」が「ことのは」・・・所詮「物事の端にチラット表出している部分を言っているにすぎない」という言語観・・・・というのも、数学の世界でいう「複素平面」等々に現れている事柄からいっても自然な見方だと思えます。

「となりのトトロ」で「子どもの時には見えていた世界」というのだって、子どもにとっては大人からすれば「非現実な存在」と混在しているような感覚を伴う世界こそが「現実世界」であり、大人だって「かつては見えていた現実に生きてきた世界」という観点に立っていると思われます。そしてまたトトロでは描かれていませんが、大人でもそうした世界を持ち続けている、あるいは老人の域に達してきた時に、再びそうした世界が知覚できるようになる・・・・それを「錯覚」とか「思い込み」とか「妄想」「幻覚」で簡単に片付けていいのか・・・。

精神疾患とか薬物による病的なレベルは別として、深く吟味すればするほど、個々人は「自分の脳が作り上げた意識世界」を「現実」として認識しているにすぎない・・・真に客観的な世界は認識出来ない、というのが今の私の立場です。

*余談ですが、ポケモンGOについて「普段何もいないと思われるところにポケモンキャラがいるというのが面白い」というようなことをインタビューに答えていた男性がいたのですが、この感覚なども「トトロ」をはじめとしての古くからの世界観が呼び覚まされているのかもしれませんね。妖怪ウオッチが流行っているのも同様です。

ただ、大きく違うのは個々人の感覚の問題ではなく、「特定の眼鏡やゲームがダンロードされたスマホ等々の機器を使えば誰にでも見える」という点。これでは世界観の広がり・深まりはさほど進んでいかないような気がします。

*左足の激しい痛みは薬がちょっとは効いているようで多少マシになっています。(それでも立ち上がって歩く時には相当の覚悟が必要ですが)ただ、見た目の腫れは広がっているという感じなので決して治っているわけではないようです。あくまで薬がそうさせてくれているだけ・・・・でも「病は気から」を徹底的に信じて、痛みが和らいだことによって脳が「治ってきている」と心から認識したら、案外本当に腫れもひいてしまうのかな??????

(23日 朝)夜中に足首の炎症が急速に悪化。歩くどころか立ち上がるのも困難に・・・・。とりあえず炎症をおさえる塗り薬をたっぷりと塗ったのですが、どうにもこうにも布団の中でじっとしていても足の置き場がないくらい・・・おまめけに炎症による発熱(微熱ですが)で歯がガチガチなるくらいにガタガタ震えがとまらず・・・。

5時頃になって早めの朝食をとって鎮痛剤も飲みました。なかなか痛みが和らがなかったのですが、9時近くなった現在、激痛ながらもかろうじて立ち上がってからはじめの一歩を踏み出して杖をついて室内を歩けるまでの時間が若干短縮されたかな・・・という感じです。先ほど玄関先に「歩行困難なのでブザーをならされても出る事は出来ません」というメモをはりました。(これをはるために一段降りるのも一苦労)

「現実」「非現実」「超現実」の相互関係ですが、ある高校生が描いた自分はこう思うという単純な図が刺激となって、KOU君との間でこの前とは違った構造図の作成が盛り上がりました。

作成過程でいろんなアニメの内容などもいつものようにからんできたのですが、昨日特筆すべきはあの「ポケモンGO」。

彼もダウンロードしてみたそうですが、大学でもみんなスマホとにらめっこ。廊下の端ならいいだろうと壁際をスマホしかみないで歩いている学生もそれなりに多く、何度もぶつかりそうになったそうです。

今朝のネット上のニュースでは、あるweb広告会社で社員が数人しか出勤してこなかったので仕方なく社長さんは午前中で業務終了にしたとか・・・・。私は頭が固いのかもしれませんが、「社会人」としてその社員さんたちはどうなのかな?とは強く疑問に思います。

以前「たまごっち」がはやった時にも、昼時で混んでいたパン屋さんでバイトの学生らしいレジの店員さんが急にレジから離れて棚の中の自分のカバンからたまごっちを取り出しごそごそやっていてレジの行列がどんどん長くなっていてもそっちのけ、ということがありました。

自分など足元がしっかりとしていないので駅などに行った時には要注意ですね・・・ホームにいた時に歩きスマホをしている人に後ろからドンとぶつかられるというのはたまにありますが、これまで以上に画面に夢中になる人が増えたら、ぶつかってホームに転落して電車にはねられる・・・・なんていうこともますます現実味を帯びそうです。

(22日 朝)左足首が炎症を起こしていてちょっと歩行困難になっています。座っている時に足を伸ばしていても痛い・・・。

行動する気力が失せていて、昨日も朝に納豆で朝食をとって以外は昼も夜もまともに食事をとる気が起きませんでした・・・空腹はそれなりに感じていたんですが。

このところのキーワード「超現実」ですが・・・・今年の3月11日に震災にちなんでKOU君とやりとりした対話をテープ起こししたもの(途中で作業は中断しているままでした)をフト読み返したのですが、「死と再生」・・・トランスフォーメーション・・・のために「現実とどう向き合うのか?」という観点が自分の中で再浮上してきました。例えば「現実逃避」なんていうことはどうなのか?

フラッシュバックなどで「トラウマが刺激されすぎる」と精神に多大なダメージを与えてしまう危険があるのは勿論なのですが、そういったトラウマを完全に避けようとすると逆に無意識世界でダメージがジワジワと進行してしまう面もあり得ます。

そのあたりの「絶望的な現実」等々との向かい合い方も古代日本人や江戸庶民たちはどうしていたのか・・・気になるところです。

(20日 朝)昨日の遠出ですが、出発時はかなり雲があって助かっていたのですが、北上するにつれてどんどん日差しが出てきて、エアコンをつけて日よけなどをしていてもかなりのしんどさ。数値的にはバカ暑さではないにしても、首筋に保冷剤をまき付け、自家製の経口補水液をこまめに飲んでいて何とか熱中症は防げていたもののあぶなかったです。

おまけに走り出して1時間ほどたって腰痛が顔をしかめるほどに激化。運転席に座り続けるのが苦痛で苦痛で・・・・そんな状態でやっとのこと着いたわけですが、先方では私の心配よりも「私のことをこれまでのように自由に使えなくなる」ということでグダグダと嫌味等々を言われ続け・・・・正直思い切り怒鳴りたい気持ちになっていました。

帰宅ラッシュの渋滞を避けたいので少しでも早めに帰りたかったのですが、何だかんだと先を延ばされ、予定より30分ほど帰途につくのが遅れ多少渋滞に巻き込まれ・・・・やはり自宅についたのは6時過ぎになってしまいました。

すぐに寝たかったのですが、疲れすぎていて寝付けないような感覚に加えて腰痛や座席にずっと接していた太もも裏の痛みで眠れず、やっと寝られたと思ったら1時間程度で目を覚まし2時間程度寝付けないでの繰り返しで夜明けを迎えました。

1週間後にまた行かなければならないのですが・・・行けるかな??????


KOU君をきっかけに始まった「シュールレアリズム(超現実主義)」ですが、「現実世界」と「非現実世界」との関係をどのように位置づけているのか・・・「世界認識の構造図」というのを先日他の高校生になげかけてみたら、これまた「これも日本人のDNAのなせる発想?」と思えるような興味深い観点が出てきました。

家庭教師でも中高生に何人も教えていたり社会人クラスが盛況だった頃だったらさらに多様な意見と接して考察が深まっていっただろうに・・・やはり自分だけで考察していると、結局は自分の発想の狭い枠の中だけでしか考えられないので広がりや深まりが出ません。

またそういったことを補うためにも普通の学問探求では多様な参考文献を読んでいくのでしょうが、視力の関係で活字を読むのが極めてしにくい状況・・・・。それにまた、児言態というか心意伝承の探求は、上原先生の師匠である折口先生の言葉を借りれば「実感実証の学」・・・・子ども達(若者たち)の言葉や発想の中、あるいは上原先生が庶民文化である「江戸歌舞伎」を素材としたように、そういった「日常」「習俗」レベルのものを通して探求していくのが王道だと思っています。

KOU君ともよく話しているのですが、歌舞伎のかわりに「アニメ」、「型の文化」のかわりに「数学」をヒントにしてという感覚です。KOU君とやりとりしている時などは世間的な「理系・文系」の垣根などはとうの昔からなくなっています。ある意味で「超現実世界」の境地でやりとりしているとも言えるのかもしれません。

今年になって2回訪問してきてくれた元社会人クラスの面々とやりとりする時にもずっと以前からそんな感覚です。

こういったやりとりが出来る場がかつての子どもや若者の世界にはいくらでもあったと思うんですが・・・・大人の世界も生身の人間よりネットや情報端末を中心とした若者世界も・・・「現実・非現実世界」の境地でのやりとりばかりになっていて、それが古来日本人の持っていた強みを失い、どんどんと疲弊した日々へと追いやっているようです。

そんな場の提供だけではなく、現代社会にそうした場が復活していけるような取り組みを・・・という気持ちは学校勤務の頃からずっと持っているのですが・・・・ますます先細りで、このまま人生が終わってしまうようです。

(腰痛等々に耐えながら何とかここまで一気に打ちましたが、反動がかなりきています。これからすぐに横になります。今日も家庭教師の仕事はないので・・・・・)

(19日 朝)この前の日曜日、夕方5時からNHKBSでウルトラマン50年にちなんでの視聴者による人気投票上位だったものが再放送されています。初回はウルトラセブンから「超兵器R1号」

米ソ対立での核兵器開発競争をテーマにした作品です。地球防衛のために惑星破壊爆弾を作りある惑星に対して実験を行います。そのことに関して主人公のダンが「もし侵略者がさらに強力な武器を作ったら」と問いますが「その時はさらに強力なのを作ればいい」と・・・。「それは・・・血を吐きながら続ける、悲しいマラソンですよ・・・」

その他思わせぶりな際どいセリフがそれぞれの立場からいろいろと飛び交います。

特番でも「開発競争」がキーワードで紹介される回なのですが、今回久しぶりに観て素朴に感じたのが、惑星を木っ端微塵にする超兵器の実験、さらにはもっと強力な破壊力を持ったR2号、R3号の開発も進んでいるという内容についてでした。

よくロケットでも発射実験で失敗をすることがありますが・・・この超兵器で発射失敗や何らかの原因で誤爆が起きたとしたら・・・・地球を守るはずのものが地球そのものを粉砕してしまうわけですよね。

実際に核戦争などが起きたら勝者はないと昔から言われています。放射能汚染が広がれば敵国も自国もないからです。そういったこともふまえて作られているんでしょうね。


昨日はいつものように体調がいまひとつだったので昼間ちょっと睡眠をとったのですが、思った以上に室温が上昇。起きた時には激しい頭痛・・・どうやら熱中症。保冷剤をタオルにくるんで首にまいたりしましたがずっと大変でした。

今日はこれからいわきへ遠出です。熱中症対策はとりますが、この時期きついのは太陽の直射日光。いわきへ向かう時間帯は東よりの太陽から右手にずっとあたります。帰りは西よりの太陽からやっぱり右手に当たり続けます。薄手の日本手ぬぐいをかぶせ、首筋に日が当たらないような作業用の帽子も運転中にかぶるのですが、それでもかなりきついです。

(16日 朝)最近KOU君とは江戸庶民についての話題になることが多いのですが、今回は「江戸の妖怪文化」についてやりとりしている最中に彼がフト「シュールレアリズム」(「シュルレアリスム」他複数の表記の仕方があります)という言葉の検索をはじめました。美術の教科書などに載っている時計が溶けているような絵画を描いた「ダリ」なんていうのが有名ですよね。

日本語では「超現実主義」と訳されていますが「非現実主義ではないんですね」という彼の言葉から両者の違いについての考察になり・・・いろんな分野への話に飛び火して気が付けば4時間近くになりました。

そんな影響が無意識にあったのかどうか分かりませんが、明け方までに大きく分けて二つの夢をみました。前半は一応教え子ということになっているのですが病気で入院中の見知らぬ小学生が仮退院した際に、どうしても家族の方の仕事の関係で私が留守番中の面倒をみることになります。仮退院期間が終わって病院に連れて行くのも私が行なったのですが、病室から去ろうとした時、急にその子がグッタリして・・・熱を計ると体温計で計れるギリギリラインという危険な状態。ナースコールをするのですが応答もなく・・・・オロオロしている時に急に場面が変わり、私が教室から去ろうとしている場面へ飛びます。そこでもう私は先が長くないから作りかけのクラス文集の作成はみんなでよろしく・・・と教え子達に託していく・・・・という内容の夢。

一度目覚めてもんもんとしていたのですが、明け方近くやっと寝付けて、その際に観た夢は・・・ゴミの焼却をやっている民間の大きな清掃工場にいます。ある一画に大量の布団が山積みになっていて・・・それらは臨終や葬儀の際に使われていた為に廃棄されたものだと。中には、火葬費用が払えない方が御遺体と一緒にというのも混じっていてギョッとします。でもそうしたのも黙認して焼くから民間業者なのだという説明を受け、そのコーナーの手伝いをすることになったのですが、専用の炉に入れて火葬開始・・・次々とこなさなければならないため冷却時間を置かずに窯の石が真っ赤に焼けている状態で蓋が開かれて骨をひろい次の作業にうつらなければなりません。ところが私が履いているのは普通のクツ。そんな作業をしたらあっというまに足を大ヤケドしてしまいます。困っていたところサッと作業を代わりに始めてくれたのが、何故か平成8年に他界したはずの祖父。手際よく作業してくれて、私は次の御遺体を運ぶ作業へ・・・・というあたりで目が覚めました。

火葬場や葬儀に関する夢は幼い頃から繰り返しみていますが、その中でもリアル感いっぱいの部類に入る夢でした。

前半の夢と併せて考えても何か大きな転換期がくる前兆なんでしょうかね??????

(15日 朝)昨日夕方の雷雨・・・まあまあ通常よりは弱めのレベルかな・・・と思っていたら、我が家から車で数分程度しか離れていない水戸市街ではとんでもないゲリラ豪雨になっていたようです。場所によっては直径25ミリ程度のヒョウも激しく降ったとか・・・・本当に局所的なんですね。

知人は水戸駅のホームにいたということなんですが、15ミリ程度のヒョウが降っていて帰宅時の高校生たちは大騒ぎ・・・ホームに入ってきた電車の屋根に当たって跳ね返ったヒョウに当たって痛かったと言っていました。

そうした雷雨は全く関係ないのですが夜中あたりから両足首が腫れてきて、今朝はそれなりに歩行困難になっています。

(14日 朝)NHKプロフェッショナルでデジタルクリエイターの方の回を観ました。一人の天才よりもチームということを掲げていて・・・早い話が、一人だとどうしても自分の常識や思い込みに囚われてしまって発想の幅が狭くなってしまう・・・・だから様々な分野の専門メンバーの集団で議論を交わしながら創作していく・・・という内容でした。(再放送 NHK総合 7月25日(月)午後3時10分~)

私はこうしたことが個々人の中でもより活性化できないかとずっと考えています。江戸庶民などはそれがかなり出来ていたのだろうと・・・・。そうした柔軟性がある人たちが集団化すれば、さらに豊かな世界の実現につながるのではないかと。

教師をしていた頃、教室やクラブ・委員会活動で心がけていたこともまさにそうした世界の実現へのあれこれでした。それを形にしたのが例えばドラマ作りや集会などの行事。学校全体で取り組んだ平成3年の「大予言と希望集会」なんていうのもそうです。運動会の表現で平成3年や平成7年に実戦したことも・・・・。

とかく「強いリーダーシップを求める」という風潮が強い昨今ですが、それは一見合理的で自分達は楽できるからいいことづくめのようで、案外と大変な落とし穴がいっぱいあります。指示系統が明確でなくてもそれぞれの立場で精一杯のことをしていれば全体として有機的に機能しているというのがいざという時にも強い組織になるというのが古来日本人の発想。それを是非復活させることに余生を使いたいのですがね・・・・

(12日 朝)ある番組をみて改めて思ったのですが・・・自分は若い頃から「プラス思考」という言葉にずっと違和感を感じているというのは何度かこの欄にも書いてきたわけですが・・・・「前向きに考える」というのを決して完全否定するわけでもないわけですが・・・・でも少なくとも自分や身の回りには「プラス思考」等々のことを言われれば言われるほど(耳にすればするほど)「よし!」という頑張る気持ちになるどころか、逆に心の底では(人間の本体である無意識では)そうではないことへの自覚があるので「やっぱり自分ってダメだな・・・」という自己否定の気持ちがさらに強化されてしまいます。だいたい「思考」なんていう言葉がくっついているくらいですから、感情の自然な流れまでにはなっていない・・・。

無論「思考」というのがこれまでの意識や感情の流れる方向を変えることに大きな力があるという点では「数理思考」が俗に言う「文系人間」「芸術系人間」にも大切だという考えに立っているわけですが、でもそれは「プラスに(前向きに)考えなければいけない」式の構えでは逆効果になることも大いにあり得ることも配慮したいわけです。

「プラス思考」というような事をことさらに心がけなくても自然に意識や感情がこれまでよりも多様に流れ出るためには・・・・ということが今の私にとって大きな課題。自分自身にわずかでも兆しが実感できなければ、いくら理屈を並べても仕方ないという想いもあって、児言態への原稿執筆もずっと着手できずにいます。

アウトラインはとっくに固まっているのですがね・・・・でも、実際に気持ちは停滞の方へますます暴走中。この夏の合宿も無理すれば後半は参加できそうですが、無理する気力が低下するようなことばかり連日のように起きて・・・先月は2泊くらいは何とかしたいと思っていたのが・・・・ギリギリ一泊・・・やっぱり無理しても皆様のお邪魔になるだけだから今年も参加を見合わせようか・・・と、どんどんテンションが下がっています。我ながら本当に情けないことですが・・・・・。

(10日 朝)遠出の疲労があったのでウルトラマン特番はバラエティっぽい部分はほとんどとばしながらザッとみました。

ウルトラシリーズを振り返るコーナーがあったのですが、エースの途中から観なくなっていたので驚きの連続でした。正直、観てみようとは思いませんが・・・・

金城哲夫氏がウルトラマンを発想した原点に通称「折口学」とよばれる古代日本人の「まれびと信仰」がある・・・沖縄の信仰にもそれは色濃く残っている・・・という側面についてはふれられていなかったようです。

上原先生語録のコーナー「生きる姿勢編」でも紹介しているので是非お読みください。そうした観点をふまえながら「初代ウルトラマン」を見返すとなるほどと思えるような部分が多々あります。(7日にも書きましたが、ウルトラセブンになると「まれびと論」というよりは「沖縄問題」・・・金城哲夫氏の師匠でもある上原民俗学でいえば「犠牲論」との関わりが深くんっていると思います)

(9日 朝)相変わらずの腰や首筋のきつい痛みに加えて、精神的にひっかきまわされるような出来事も再び加わり、一晩中眠れませんでした。今日はこれからいわきへ・・・ただ、とても運転して行ける状態ではないので、これから電車で向かいます。各駅停車の椅子は正直言って腰にかなり負担なのですが、片道2時間で済むというのは大きなメリット。交通事故の心配もとりあえずはないですし。終点なので眠りこけて乗り過ごしということも・・・・

今日はNHKのBSでウルトラシリーズ50周年を記念しての特別番組が放送されます。録画セットはしたのですが、どんな内容の番組になるか・・・・バラエティ要素ばかりにならないことを祈るばかりです。

(7日 朝)今日は新暦の七夕・・・教師をしている頃だったら「七夕集会」に向けての準備で大忙しでした。

ゆうべNHKBSで放送されたアナザーストーリーズはウルトラセブンについての特集でした。ベトナム戦争を背景に「本当の正義とは?」という観点が探求された異色のシリーズという側面を紹介していました。

ウルトラシリーズの産みの親として、上原先生の愛弟子だった金城哲夫氏についてもかなりの時間が割かれていて、若き頃の上原先生と一緒の写真も出てきました。

ただ、観ていて不満だったことはベトナム戦争のことばかりが全面に出てきていたこと・・・・かなり前に同じNHKが金城哲夫さんについて特集した時に全面に出していた「沖縄問題」については軽くふれられていた程度でした。

今回の番組でも盛んにとりあげられていた金城さんがシナリオを担当した「ノンマルトの使者」は、根元には「琉球王国」の問題・・・さらには戦争時に本土の盾扱いされたこと・・・戦後、現代に至っても基地問題をはじめとして本土のための多大な負担を担わされてきている・・・・そちらの方がベトナム問題以上にあります。

ウルトラシリーズ50周年の流れの一貫としての番組だったようですが、沖縄問題を全面に出すのは意図的に避けているような印象すら受けました。本当は今だからこそきちんと目をむけて国民全体が考えなければならない問題なのに・・・・やはり本土側としてはこのまま沖縄にという本音が見え隠れしていて・・・・今回の番組の再放送は7月12日 夜11時45分からBSプレミアムの予定です。

もう一つ人間の根幹に関わる番組で「ママたちへ」という、最新科学が解き明かした育児等々の過程で脳内のホルモン等々から母親と父親それぞれの精神状態・感情の動きに根本的な違いが出てくるメカニズムを解説した番組の再放送もあります。こちらは7月10日 朝8時にBS1で。

女性は育児、男性は外で働く・・・というスタイルが基本というような結論になっているので、「男女平等」という主張からは反論が出てきそうな内容ですが、科学的事実として脳内の仕組みはそのようになっているというのは受け入れる必要がありそうです。

一例を出すと子供のぐずる声を聞いた時の受け止め方。脳内で働く部分が女性が母性本能を刺激されるようなのに対して、男性は極端な言い方をすれば「ノイズ」として受け止めている・・・・それが母親からみれば夫の育児に対する「気がきかないんだから!」等々の姿勢への不満鬱積となる大きな要因のようです。これも長い進化の中で、授乳することをはじめ密接な関係を持つ母親に対して、父親は外へ出て働くという関係をキープする摂理なのでしょう。子どものぐずる声などで「放っておけない」という感情が強く湧いてしまっては、わが子が心配で外に働きに出る事が出来ない、あるいは気になって仕事に集中できない、ということが起きるでしょうから。

ただ、社会のシステムが大きく変容している以上、女性だって外へ出る、男性だって育児に積極的に参加する・・・・というのも必要なのは事実。その上で脳内レベルの特性の違いを互いに理解した上で、自分と同じ質のことを求めるのではない姿勢を認め合うことをしないと、どちらも不満を溜め込んでしまって、子どもにも親自身にも多大な悪影響を及ぼすでしょう。

長い進化の歴史からみれば、男女のあり方のシステムがこれほどまでに多様化したのは、まだ一瞬にもなりません。そうそう簡単に新たなあり方が見出され定着はしないでしょう。

だからこそ「なんでこんな簡単な事をわかってくれないんだろう!」と互いにイライラをためるのは避けられなくても、当たり前と思っている大前提が脳内のホルモンレベルで決定的に違うのだということを知っておくことは大切なステップかもしれません。

男女に限らず現代社会ではあまりにも「自分の常識が絶対基準」ということで他人を完全否定という風潮が当たり前になりすぎています。他人を否定しながら自分は全面肯定されたいというのはあまりに我が侭ですよね・・・・

(6日 朝)相変わらず普通に腰痛やムチ打ちの再発の痛みはずっと続いているのですが、月曜の夜からは時折顔をしかめてしまうくらいの強い痛みが腰などを中心に襲ってきます。そんな状態の中、昨日は遠方からの電話でのことでいろいろと振り回されて車であちこちあるものを探して店まわり・・・・やっとのことで一応購入したのに、午後になって腰痛の中一生懸命になったことが心の底から馬鹿馬鹿しくなるような電話が再びあって・・・・

腰痛だろうが何だろうが今度の土曜日にもまた遠出しなければならないのですが、本当に行く気が失せます。(運転はきついので多分電車になると思っています。向こうでの自由はきかないし、滞在時間も短めになるので先方は私が電車でいくのは大変嫌がるのですが、私がそうせざるをえない根本原因はどこにあるのかを少しは考えて欲しいものです・・・・昔から自分に非がありそうなことは絶対に認めようとしないで、すべて周囲のせいにする名人なのでそんなこと全く期待できませんが・・・)

パソコンなどを使っての作業で以前から頼まれている作業もあるのですが、痛みで着手できない状態がずっと続いている・・・そのことに対しても非難ばかり・・・・。

本音をいえば無理してでもやりたいのは児言態の方の作業なんですが、それも全く手をつけられずにいます。それなのに昨日のように無理に外出して使い捨てカイロのようになり続けている自分にも正直腹が立ちます。そんな自分の甘さを相手は熟知していてこちらを利用し尽くそうとしているのがみえみえなのに・・・・

昨日の午後の電話があってから、そんなこんなで絶望を通り越して無気力になったというか・・・何もかもが馬鹿馬鹿しくなって・・・・あまりにもんもんとしてしまったので、気晴らしに何か録画しておいたドラマかアニメでも観ようかと思ったのですが、どれを手にとっても観る気が起きず・・・・でるのは絶望感たっぷりのため息ばかり・・・・結局何も観ないで早めに床についたのですが、明け方までほとんど寝付けないでいました。

本当はこういった状況の時に、父が書いた文章や精神世界の本などを読んでいたものなのですが、ここ数ヶ月はやはり手にとれないでいます。頭では分かっても心はそういう風に全く向けないことのギャップでより自分を責めてしまう悪循環に陥って・・・・(そもそも老眼の関係で活字を読むことそのものがほとんどアウトなんですが・・・こうしてパソコンの文字を打っているのも半分勘のようなものですから)

(5日 朝)結局録画はしてありますが、まだ3日放送の番組を視聴できていません。

未明にみた夢は介護がらみのことで大きな出来事が襲ってきた内容でした。完全孤立をして絶望している私のところに他界したはずの母がやってきて何とかフォローしようとしてくれている・・・・という内容の夢でした。

実はゆうべの家庭教師の最中から腰痛の痛みがかなりひどくなり、帰る頃には玄関を降りるのもきつい状態・・・今もそれなりに痛みます。

夜中には気温が急降下・・・今朝は肌寒いくらいの陽気・・・体調管理をしっかりしないと、今週末にまたいわきへ行かなければならないので大変・・・。

最近、以前購入しておいた「江戸庶民」の生き様についての本を老眼が進んでますます見えなくなりつつも少しずつ読み返しています。その一冊が「図説 江戸っ子のたしなみ」(河出書房新社)です。帯には「日本人の幸福力の極意 金や出世にならぬ人生に一心な江戸っ子の贅沢」とあります。

時折繰り返し読んでいた本ですが、ブータンのことなどを知った上で読み返すと、単に江戸時代の知識ということではなく、現代人が忘れている大切なことを甦らせる大切さを予感させてくれます。

生活状況が絶望的になってしまいがちな私の日々ですが・・・・だからこそ先ず私自身がそういった極意に近づき、本当に意識のベースを転換できるかが問われています。

(3日 朝)今夜NHK総合テレビ夜9時から「NHKスペシャル 介護殺人」が放送されます。どんな番組内容になるのかは分かりませんが、「殺人」が許されない行為であるにしても、その背景を考えると罪を犯した人たちを一概に責められないだけの事情は今の社会においては十分に考えられます。今や老夫婦の場合は「老人が老人を介護しなければならない」、あるいは実の親ではなくても親戚関係であることで介護しなければならない場合はあたりまえになってきています。

しかもそういった場合「厄介者の押し付け合い」というような形で、他の親戚たちの協力が得られないことも多々あります。介護を独りでまかされ、身も心もボロボロになり・・・・やがて介護から解放された時がきても、・・・直接の親でない場合など特に・・・降って湧いてきたように多くの親戚が現れて遺産狙いのドロドロとしたエゴが渦巻く・・・・。生前は押し付けるだけ押し付けて知らん顔しているくせに、そういうときばかりは法的な権利ばかりを主張する。

よくみられるのはお嫁さんに介護を押し付けておいて・・・・という場合ですよね。

法律でお嫁さんにも介護をしていた場合には相続権をというように保証しようかという案がこれまでも出されようという話はあるようなのですが、それが実現しないのは、仮にそういった法律を作ってしまうと「財産目当てに介護をするんだろう!」と他の親戚たちからこれまで以上にひどい仕打ちを受けたり、嫁には手出しさせないで介護の必要な老人を放っておくという問題が続出しかねないからだと聞いたことがあります。

実際に私も似たような問題に直面し、虚しさというか何というか・・・・祖父には申し訳ないですが実際に生活も体も破綻してしまい・・・でもその後私のことなど知らん振りをされ・・・・そしてまた都合の悪いことが起きると、すべての厄介ごとを周囲から押し付けられ・・・この繰り返しです。本当にまさに「ただの踏み台」であり「使い捨てカイロ」・・・・

万が一にも私が老人と呼ばれるころまで生きてしまって・・・でも動けなくなった時には、誰にもフォローされることなく「孤独○」が待っているでしょうから・・・・・そんな時期になるよりずっと前の段階・・・(事故などを起こさなくても)生活が破綻してそうなっているという未来はすぐ先に来ていると考えた方が現実的。

そうなったら体の方だけは無縁仏として処分されて・・・それが終わった時に関係者が名乗りをあげて少しでも金目のものがあったら持ち出すのかな?????(そんなものはこの家の中にほとんどないですがね・・・・古書は大量にありますが・・・恐らく二束三文。一部の本はネットオークションで売れるかもしれませんが・・・・)

そういった扱いでボロボロになる毎日に対して「見えない徳を積むことになる」という発想を心の底からとれるほど私は偉くもないですから・・・本当に心の中に様々な感情がどんどん渦巻いてしまっています。

今夜の番組、一応録画のセットはしましたが・・・・心情的にすぐに視聴できるかどうかは分かりません。

(7月1日 朝)平成28年の後半に突入です。月はじめ恒例の万葉集占いですが、今月出合った和歌は

筑波嶺に 雪かも降らる いなをかも かなしき児ろが 布乾さるかも(3351番) 

(口語訳)筑波嶺に雪が降ったのかなぁ それとも可愛い娘達が 布を干しているのかなぁ

私の場合で考えれば「可愛い娘達」というのは「可愛い子ども達」と置き換えた方がふさわしいかもしれません・・・男の子も含めてという意味で。

子ども達が元気に活動している象徴が筑波山という神の山の雪のような純白なもの(純粋で美しいもの)に例えられているということでしょうか・・・・。

目先の物質文明に汚染された姿ではなく、子ども本来の活動の足跡を残せる子ども達がたくさん復活するような支援を心がけたいものです。 

☆☆これまでの「ちょっと一言」5月分はこちら☆☆

☆☆これまでの「ちょっと一言」6月分はこちら☆☆

子供達の写真・お星さま・子猫の写真

(最新入れ替え日  7月9日)

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今回の入れ替え分


前回の入れ替え分

子供達の写真・ちょっと大き目の天体写真を2日に一度入れ替えています。



「お星さま・ミクロ世界」などの写真集
実は「顕微鏡写真」もあるんです!!

「子ども・教育」「クラス・クラブなどの思い出」関係


特設コーナー

「食の思い出」

「ペットのページ」

高電位治療器 リブマックス9000
つぶやきのお部屋内「よりぬきコーナー」にあります

聖良さんに関する記述はこちら


常連様用「特急ボタン」

お星様のお部屋

  ミクロ  イメージ  思いで  言葉  授業  つぶやき 

 学問(恩師の上原輝男先生・父の語録です・・・児言態コーナー追加)  




朝日や夕日、雲などの画像もあります。

最新画像・・・h24,5,21 「金環日食特集」



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6月25日  開設