ワニワニ学級 本校

子ども達や自然や日常から生きるヒントを考える



このホームページでは

人類にとって生命の指標(ライフインデキス)である子供達の活動のようすや、

「太陽(Hアルファ画像)」や「お星さま(冷却CCD他)」の写真、

「みんなのペット」「顕微鏡でとった写真」・・・などの自然、

そして日常生活のすべてが生きる上で示唆してくれているものを共に探っていきたいと思っています。

☆★☆ おとなも子供もみなさんどうぞ ☆★☆

はじめての方はこちらからどうぞ

開設日 平成10年6月25日

現代の「新感覚稚児」である(?)
がきんちょ三人組(有安杏果さん・美山加恋さん・鈴木理子さん)や
週末ヒロイン「ももいろクローバー」を、ホームページ内で応援しています。



たぬき先生が開いている別のホームページ

環境ホームページ


ふるさと・地球環境などの実践記録です
上のマークをクリックすると行けます。

NEW  平成22年 4月9日~  8日撮影の桜画像(分校跡地 赤塚駅近く)

http://www.geocities.jp/neverland1660/index.html

 



  あなたは 人目の参観者です。

祝70000人突破!(H29,5,14
(最新更新日 平成31年3月21日 朝)

金環日食特集 太陽のお部屋に新設


学習会だより

「すぐ役に立たない」=「いろんな役に立つ」  ・・・6月3週目号

あるビジネス雑誌に「数学」を勧める特集がありました。単に実務上で計算力が必要だから、というのではなく、数学的に考えることなどが様々な場面でいかされるという趣旨です。本音をいえばこうした取り上げ方はまるで数学を学ぶことが投薬のようで嫌なのですが、私がいつも強調している「類化性能」とも直結している話題だったので特集しました。

「思考のジャンプ」と「遊び心」-①  ・・・6月4週目号

理数的に「思考のジャンプ(類化性能)」を鍛えるためのネタは案外どこにでも転がっています。今回はある小学校の5年生、6年生とのやりとりの内容を紹介しています。

「思考のジャンプ」と「遊び心」-2  ・・・6月4週目号

同じ思考のジャンプ力を鍛えるのでも日本人が古くから行ってきたものには「掛け言葉」などもあります。和歌でも大切なポイントですよね。技巧として古典ではならいますが、本当はもっと深いところに意義があります。今回は和歌での書け言葉ではなく、笑点などでも時折やっている「・・・とかけて・・・と解く。その心は・・・」という方を例にしています。

*一見地震とは関係ない話題のようなタイトルでもしばらくは「今のこの時期」を意識してテーマを決めています。なので地震関連の特集として先週設けた欄に、前の週の特集も順次移しています。読み落としのある方は、ぜひ地震前の「ナマズ絵」のものも含めて最初のものから読み返してみてください。


予告

  たぬき流勉強法コーナー  現在「数学編」についてを作成中です・・・体調不良で進んでいません
(今出来ているのは「歴史編 年表つくり」)
 

 

最新更新への直行通路

入れ替えアルバムなどの定期更新以外で更新された場所への直行通路です。(各お部屋の入り口を飛び越して直接その場所へ行くので、ご注意を!それぞれのお部屋に入っていろいろ巡りたい場合は下の方の「お部屋ご案内」からどうぞ)

料理コーナーにレンコン料理コーナーとブリ大根の朝日新聞風レシピ平成22年1月25日
             キンピラごぼうについてのコメント&画像(1月27日)



個人的関心からのミニ情報



NHKミニ番組 日めくり万葉集 HP
今まで放送された和歌と口語訳も載っています

http://www.nhk.or.jp/manyoushuu/bangumi/index.html



がきんちょメンバー3人組関連情報
たぬき先生は がきんちょ3人組&ももいろクローバー の皆さんの生き様そのものを応援しています!

美山加恋さん
公式ブログ
 



有安杏果さん & ももいろクローバーZ
有安杏果さん、いつの間にかネット上で活動を再開していました。
ツイッター
3月に音楽活動を再開するようです。
ももいろクローバーZの活動 スケジュールはオフィシャルサイトから  

左から 高城れに 佐々木彩夏 有安杏果(現在は卒業) 百田夏菜子 玉井詩織 早見あかり(現在は卒業)さんです


鈴木理子さん

公式ブログ・・・H23,8月初旬に再びブログが閉じられました

鈴木理子さん主演
ふみ子の海 公開情報

平成20年 7月6日 主演女優 鈴木理子さん 茨城上映会舞台挨拶ルポはこちらです


この画像をクリックするともっと大きなサイズで出てきます

日本各地の上映情報は  ふみ子の海 公式サイト http://www.fumikonoumi.com/


更新時のひとこと&PR

大地震以降の分 その1(H23年 3月11日~)

 その2(3月18日~) 

その3(4月1日~)

母親他界連絡(前日)以降の分(4月22日)

5月1日以降の分

5月21日以降の分 

ももいろクローバー「未来へススメ!」より

「どんなどんな困難でも きっときっと立ち向かえる 一人じゃ挫けそうでも 助け合えば大丈夫! いつかいつか辿り着ける 夢に夢に描く場所へ 忘れないよいつだって 孤独じゃない強い智(きずな)まっすぐ未来へススメ!」



児童の言語生態研究会関連リンク 
公式ツイッター  上原先生の語録が中心です。教育以外のことについてもたくさん載せています。書ききれないもの(補足)は公式ブログに掲載しています。

春分の日・・・本当は母方祖父母のお墓参りに行く予定だったのですが、体調が相変わらずなので仏壇で失礼することにしました。

御先祖様たちだけではなく、縁あった方々で先に他界されてしまった人たちへの想いを新たにというのがお彼岸やお盆の大切な意義の一つです。先日のこともあって、例年以上に母への想いが募ります。

またここ数年来のことが一気に吹き出ている感もあって、上原先生への想いも・・・・。常人の枠をこえた先生の業績をどうすれば後世に伝えることができるのか・・・。

それこそお経の冒頭に「私はこのように聞いた」というのがよくあるように、先生を知る個々人が解釈した上原先生というのを伝えるのも啓蒙活動としては大切だし、それと同時に我々の主観がなるべく介入しない形で、我々にとって理解の枠を超えている言葉も、後世の方々にゆだねる形でなるべくそのまま伝えるというのも同時に大切だと考えています。

ただ、今の私はそのどちらも妨害されているような感覚にずっと襲われ続けています。

(18日 朝)再び例の人物からの電話・・・先日来、私のガタガタの体調や周囲の人たちの都合は出来る限り譲歩して正面衝突を避けようとはしてきましたが、こちらがそうすればするほど図に乗ってさらに我が侭放題、こちらを悪者扱いにしての暴言の数々に昨日はどうにも我慢がならず大爆発してしまい途中で電話を叩きつけて切ってしまいました。そのあとありったけの声で怒鳴りまわし・・・近所にも聞こえていたと思いますが・・・・。精神状態は先日以上に不安定です。

今月末は母の推定命日があるのですが、その母の無念の生涯や最期とその人物にも深いつながりがあるため、余計にやり場のないどうしようもない怒りがこみあげてきて制御不能になっています。

どうして母も私もあんな人物が我が侭放題勝手放題に生きる為に人生をここまで滅茶苦茶にされ続けなければならないのか・・・。精神世界的には「そうした状況も自ら招いていることなんだ」ということがよく言われますが、どうしても承服できない自分がいます。

ゆうべは先日キャンセルになった分の家庭教師の授業もあったのですが、体の状態が尋常ではなくなり、途中で横になりながらの授業でした。文字もまともにみえないし・・・・。本当に先行き真っ暗です。(パソコンもかなり勘にたよって打っています)

(16日 朝)昨日も例の人物からの身勝手で不愉快な電話があって精神状態が不安定・・・車の運転中はあいかわらず思い切り怒鳴りまわしています。そうしたことの繰り返しが余計に体調不良を悪化させる状況を招いてしまうという精神世界の常識は知ってはいますが・・・・今の自分はそれを感謝の言葉等々で好転させるというのを頑なに拒絶しています。

何年も前に精神世界に詳しい方から「あなたはそうした運命を自ら招いているんですから自業自得」という言い方をされたことがあるのですが、どんなに素晴らしい教えであってもそういう言い方をされたら逆に心を切りつけられる刃物のような受け止め方しかできなくなります。

宗教などでもこうした聞きようによっては「脅し」ともとれるような言い方はいろいろな何教であっても宗派によっては存在します。それで素直に改心できる人は受けれればいいのでしょうがね。



(11日 朝)
東日本大震災から8年・・・複雑な心境はいまなおふりかかっています。大きくはないにしても地震があよ以前よりも頻発するようにはなってしますしね。

ちょうどあの地震の前の週から家庭教師で行くようになった子がいます。その子もこの春には高校を卒業して他県に引っ越します。ちょうど今夜もまた授業があるのですが、(最終回が18日になるのか25日になるのかは千週の時点でまだ未定でした。今夜はっきりすると思います)そんなこともあって今年のこの震災の日は大きな区切りのような気もしています。

あの日、いつもの生活サイクルだったら午前11時頃に近所のスーパーに買い出しにいって、午後は居間で休んでいるというスタイルでした。それが新たに教えるようになったその子の授業で使うための問題集を買う為に午後になって外出。購入後、まだ多少はもちそうだったのですが、ガソリンスタンドで満タンにして、いつものスーパーで買い物。レジで精算という時にあの大地震でした。

帰宅して部屋の中が大変な惨状になっていたのですが、いつも過ごしている部屋などでも東側の棚のものが西の端、西側の棚のものが東の端に散乱していました。それなりに重いものまで。棚から崩れたというよりは空中を大きく飛び交ったということを思わせる状況でした。

もしも地震の時に自宅にいたら、大怪我では済まなかったでしょう。

そういう意味でも、もしその子を教えることになっていなかったら自宅にいたわけで・・・大変なことになっていという想いがあるので、8年目の今日が月曜日でその子のあと残りわずかの授業があるというのはまた違った感覚があります。(ガソリンも入れていなかったでしょうから、あのガソリン不足の影響も受けてしまう所でした)

多くの人たちが亡くなったり、生活が大きく変わってしまった大震災・・・それは他の大地震の被災地でもそうだと思いますが・・・何年たっても決して「過去のもの」ではありません。被災しての物質的・精神的な事柄は現在進行形です。
(10日 朝)金曜日の夜の冷え込みは半端じゃなかったですね。帰宅が深夜というか9日の未明になったのですが真冬の寒さ。昨日の朝は水たまりが凍結していました。でも太陽が昇ってくるにつれて気温は急上昇。かなりのポカポカ陽気・・・体はついていくのが大変です。

昨日、今日・・・かなりリアルな感じで夢の中に母方の祖父をはじめとして、他界した方々が夢の中に出てきました。明日の東日本大震災にちなんでなのか、今の私の状況に関しての何らかのメッセージなのか・・・

(7日 夕方)
体調の関係があって、なかなか更新ができないでいます。

昨日、今日は総合病院での検査等々。受診する科が違うので二日間連続になりました。昨日の方は悪いなりに最悪の状態は回避しての横ばい状態でした。また今日の方も検査の結果によっては高額医療に相当するちょっと特殊な処置をする必要があると宣告されていたのですが、普通は内服薬ではほとんど効き目がないといわれていたものが、医師の予想をはるかにこえていて、このままの内服薬の投与でもうしばらく様子をみよということになりました。

若い頃からの医者嫌いであまり薬のお世話にならないできた私の体・・・ときおりこのように医師が驚くように薬が効くことがこれまでもたまにありました。

とはいっても、この通院をはじめて4月で1年になります。普通の生活が続けられるかどうかのギリギリの攻防戦はたぶんずっと続くのでしょうね・・・・

(3月1日 朝)早々と3月になってしまった気分。

昨日は昼から片頭痛の発作。イギリス留学を終えて帰国した教え子と2時から8時くらいまで語り合っていたのですが、頭痛の方はどんどん悪化して帰宅後も吐き気を伴うほどひどくなっていて難儀していました。今はだいぶマシになっています。ちなみに確定申告の準備は全くできていません。

月初め恒例の万葉集占いですが、今朝巡り合った和歌です。
大和へに 君が立つ日の 近づけば 野に立つ鹿も とよめてそ鳴く (570番) 
口語訳 大和へと君が出発される日が近づいたので 野に立つ鹿までも あたりに声を響かせて鳴いている


3月は別れの季節といいますが、そのまま読めばそのようなことにピッタリの和歌です。実際に当時小4の3月から家庭教師で高校3年までずっと教えていた子もこの3月で終了。進学に伴い他県に引っ越すので多分今後は顔を合わせることもないでしょう。

またちょっとこのところ別のゴタゴタもあって・・・私自身が長年関わってきたことから離れるという可能性もなくはありません。それに例の件もずっとくすぶっているので、この家から追い出されてしまう可能性もなくはないし、体の状態も一つ間違えれば独り暮らしできないくらいに悪化するのを何とかくい止める処置がうまくいくかどうかのせめぎ合いが続いています。一応昨年4月の時点での生命の危険があるから即入院と診断された状態はくい止められているようですが・・・。

心身的にも経済的にも人との縁でも大きな転換期という暗示の和歌かもしれません。

新たな道への転換期という受け止め方が素直にできればいいんですが・・・どうしても「破綻」の方向に意識は動いてしまいます。

(24日 午前)気持ちの浮き沈みが一日の中でも極端な毎日です。いわきから例の嫌な電話も頻繁にかかってくるし・・・。電話がなるたびに「またか?」と思って受話器をとる際にも呼吸が乱れるほどの激しいストレスを感じてしまいます。もともと体を思うようにすぐに動かせない状態・・・やっとのことで電話まで近づいて受話器をとったのに、あの声が聴こえてきて勝手なことばかり言われ文句タラタラ・・・

どこまでも自分勝手で、こちらの都合も何もあったものではない。相変わらず一人で車を運転しているときには自分でも常軌を逸していると思うほどの荒れようで怒鳴りまくっています。

それでも何とか普通に人と会っている時には「思ったより元気そう」と言われる程度に別モードになれるのは、今でも関わってくれている若者達のおかげです。

(18日 午前)ダウン寸前の日々の中で、何を優先させていけば、仮に動けなくなってしまった時に少しでも悔いを残さないで済むのか・・・そんなことばかり考えています。

ゆうべはその優先順位を大きく変えるようなことがあって・・・何とか頑張っていこうと思っていた部分がドーンと突き落とされた気持ち一色になっています。はっきりいって「投げやり」になった気分。

あちらの世界の方々には申し訳ないですが・・・

(16日 未明)だいぶ更新ができずにいました。ここ数日、やはり体調的に厳しいです。

それでも今日はまた例の遠出でいわきまで。勿論長距離運転はできない状態なので電車で行きますが、車内も含めて向こうでも長時間座りっぱなしになるというのも体にとって大きな負担。そもそも昨年命の危険があるとまで医師に診断された根本原因はここ数年の無茶な長距離運転での日々を強いられたことによる全身の血行障害ですから。なので長時間同じ姿勢で座っているだけで急激に体調は悪化します。

それでも例の人物からは毎回のように罵詈雑言。どんなに体調が悪くても行かなければ昨年のようにこの家を追い出されるようなことを本気でほのめかされるし、行けば行ったで「ホラ、そうやって来られるんだから大したことないんじゃない。大袈裟なんだから」という始末。周囲が私にちょっとでも気遣えば「そういうことしないで!別に平気なのに調子が悪いフリをしているだけなんだから!まわりがそういうとまた図にのるだけなんだから」とくる。こんな調子の繰り返しでの数年間。

そしてそこにつけ込んで卑怯なことを善人ぶった顔をしつつ平気で仕込んでくる人間たち。

人間不信や絶望・怒りで気が変になりそうですが、それでもかろうじて精神崩壊しないで済んでいるのは、こんな私でも支えて下さる人たちがいてくださるからです。

(9日 朝)明け方に妙にリアル感のある夢をみました。以下夢の内容 どこかの病院の病棟にいるのですが、ある部屋に大勢の見舞客がいます。ある古典芸能の家のお子さんが危篤状態ということで集まっていると。やがてその子は息をひきとります。しばらくしてまた病棟の廊下をあるいていたら一人の男の子が歩いていて、さきほど亡くなった子が安置されている部屋へ。ドアが開けっ放しだったので中の様子がみえたのですが、実は二人は兄弟で、悲しみに泣き崩れています。しばらく泣いていてその子が立ち去ろうとした時に遺体の手が動いて・・・。でもその子は気づかづに立ち去ります。私は気になってそのまま遺体を見つめていたらもっと激しく動き出してやがて目も開いて私に話し始めました。「死ぬのってなかなか大変だよ。もう僕は死んでいるんだけど、細胞の中にエネルギーがまだちょっと残っているから動けているだけなんだ。今のうちに会いたい人がいるんだけどすぐに呼んでくれないかな」と。たまたまそれは私の知人だったのですぐに携帯電話で連絡をとって・・・というあたりで目が覚めました。
(7日 夜)どうも体調がしみじみしません。パソコンに向かうのも結構体に負担があります。

今日は総合病院でやっかいな処置が予定されていたのですが、諸事情で今日はとりやめになりました。新たな内服薬を服用してみて、もし一か月後に改善がみられなかったらということになりました。

土曜日は朝から広い範囲で雪の予報・・・夕方から貴重な家庭教師の授業があるのですが・・・・

(2月1日 朝)先ほど電話があって、先方の都合で例の人物とは顔をあわせなくて済むことになりました。どちらにしても出かけなければならないのですが、それだけでも正直助かります。うっすらとした雪景色・・・風情はありますが、自分にとっては「転倒」のリスクがそれだけ高いということで要注意です。

月初め恒例の万葉集占い・・・今回出会った和歌は
島の宮 勾の池の 放ち鳥 人目に恋ひて 池に潜かず(170番)
(口語訳)島の宮の 勾の池の 放ち鳥は 人を慕って池にもぐろうとしない 
この放ち鳥というのは「死者の追善のために生前飼っていた鳥を籠から放してやること」を意味するそうです。人になついているために姿を隠して逃げようともしない様子を詠んでいるということなのですが・・・さて、この和歌が示唆してくれているのはどういったことなのでしょうね・・・

常識的には当然と思われるようなことでも、当人の意識次第ではどのようにも変わるということでしょうか?

(31日 朝)自覚症状がそれほどでもなかった部分もどんどん自覚症状がひどくなっている日々で、普通の生活にも支障がではじめています。なのでなかなか更新作業にも着手できません。

そんな状態ではありますが、明日は例の遠出。顔を合わせたくない人物と顔を合わせなければなりません。「誰のせいでこんな状態になったと思っているんだ!!!!!」と大爆発したいのは毎度のことなのですが、そうするとそれを利用して一方的に私を悪者扱いして追いつめる格好の材料を提供してしまうことにもなるというジレンマ。2月は中旬にも同様の遠出があるし、その中間あたりで私自身やっかいな治療(処置)が待ち受けているし・・・・明日から2月を迎えるのが本当に気が重いです。


(25日 午後)
車検ですが、かろうじいてパス。遠出は電車、そして家庭教師で車を使うことも減ったということがあって、予想していたほど痛みが進行していなかったからなのですが・・・・遠出はともかく、家庭教師の仕事がないからというのは、このままでは本当にまずいです。

ただ、体の方はまともに働くのがきつい状態にあるというのが問題。病院に通っていても治療というよりは何とか普通の生活がキープできるようにという程度のことなので。普通っていうのは一般人の普通ではもちろんありません。今の私にとっての普通・・・家庭教師の依頼があれば何とかでかけることができるという意味での普通です。
(24日 夜)検査の結果では自覚症状がひどいところよりも、そうでないところの方が後遺症がひどく、あまり思わしくない・・・さらに追加で別の処置が必要だと勧められたのですが、諸事情ですぐに「はいそうですか」と言えないこともあり・・・・暗澹たる気持ちになっています。(入院とか手術とかいうのではないのですが)

返事は保留にしたのですが、医師には早くやった方がいいというので、そういう処置を行う来週の曜日での予約をと言われました。でも、ちょうどその翌日が例のいわきへの遠出が予定されていて・・・再来週にまで延ばしました。さらに悪化の可能性があるのですが、来週の遠出をキャンセルすると、それこそ私がこう家に住めなくなるような口実を相手に与えかねなくなるという事情もあって・・・・。

また明日は車検。本当は中古で買った今の車は、いわきへの遠出でかなりの走行距離になり2年前の車検でもあちこちの痛みで買い替えた方がいいと言われた状態。かなりの費用で修理して何とか車検は通したのですが、次の車検こそは買い替えるように言われていました。でもそんな資金も全くなく・・・同じ車を明日持っていきます。どうにもダメなんて言われたらどうしよう・・・・

(23日 朝)12月に病院で受けた処置の後遺症でしみじみしない状態が続いています。(もともと改善目的の治療というよりは、近い将来に起こり得るひどい状態を回避するために、現在の機能を多少犠牲にしてというものだったので、後遺症がでることは想定内だったのですが)

今日は昼から総合病院へ。二つの科をかけもち受診+検査なので帰宅は暗くなってからになりそうです。


(18日 午前)
未明に妙なリアル感を伴った夢をみました。(でも他界したハズの母や祖父も当たり前に出てきています)以下夢の内容・・・母と部屋の中でやりとりしている時にある人物からの不愉快極まりない電話。例のごとくこっちの都合もきかずにごり押ししてきて・・・・そこに何故か祖父がからんできます。ある人物に関する葬儀のスケジュールを分刻みでたてて紙にかきとめていて・・・そんなに細かく決めても予定通りになんてならないよ、等々の言葉を交わしているうちに目が覚めました。

(15日 朝)
有安杏果さんがツイッター等々を昨年からずっと再開していたというのを昨日知りました。お元気そうな画像もたくさん載っていて・・・。ももクロ加入前は何度かこのホームページも観て、ご本人の個人ブログのコメント欄をを通して感想を寄せてくださったことがあります。もうはるか遠い存在になってしまいましたが・・・・・

(14日 朝)土曜日の夜はある集まりでほぼ徹夜。昨日は何度も寝て起きてを繰り返していました。最終的に寝たのは0時頃だったのですが、今朝、目を覚ましたら時計は6時をさしていました。ほぼ6時間ぶっ通しの睡眠。ちゃんと眠れている人にとっては珍しいことではないのでしょうがね。ただ、自分のこの人生の中で物心ついてから通しで5~6時間続けて寝ていたという記憶はほとんどなく、このホームページにも何度か書きましたが、ほんの数回です。しかもそれはここ数か月のできごと。

何らかのいい兆しならいいのですが、諸事情をふまえると、本格的に永遠の眠りについてしまう予兆なのかな・・・という方向へ気持ちが動いてしまいます。

(10日 昼)昼間でも冷蔵庫より冷えている我が家の台所。すぐに手がかじかんで指の感覚がなくなってしまい、調理の際に難儀しています。指がもつれて包丁を落としてしまう事も・・・(寒いのでスリッパは必ずはいています。なので今のところ怪我はないですが)
(9日 朝)生前、父が楠木正成を例によく文章に書いていたことに「責任ある態度」ということがありました。たとえ会議などで自分の意見が通らず、そしてまたそれが第三者からみても明らかに誤った決定であると思われる場合であっても、決定した以上は自分も組織の一員として真剣にその案に対して貢献していく。私は歴史に疎いので楠木正成がどのようにそれを身をもって実践したのかは知りませんが(調べればいいだけなんですよね)その作戦で最も失敗する(大敗北、討ち死に)と分かっているところに自ら志願していったとか・・・。たとえそれで自分が責任者で汚名をきせられると分かっていても。

普通だったらそういった場合になんだかんだ理由をつけて自分は決定事項になるべく関わらずにいて、うまくいかなかった時に「ほだ、だから言わないこっちゃない」という態度をとるのでしょうが、それでは本当に他と関わり合いながら生きていく人間として責任ある態度とはいえないというのが父の考えでした。

実際に父は仕事の実績の妬みなどからくるひどい職場いじめ等々から、理不尽な仕事ばかりを押し付けられたようなのですが(そういった愚痴めいたことは私など家族には一切こぼしたことがありません。父の死後に知ったことが多いです)それでも誠意をもって(聖書でいう第二里行者のように・・・「人もし汝に一里の苦役を強いなば彼と共に二里行け」マタイ伝)こなしていたようです。ただ、そうした場合余計にそういった人々からは「本当は協力したくないくせに、ご機嫌取りをしているだけ」等々の陰口をさんざん叩かれていたようです。

自分は父の足元には及びませんが、(だいたい父だったらこのように愚痴をこぼさずに黙々と行動したでしょうから)これまでいろいろな場面で散々理不尽な扱いをされてきても、それが例え卑怯な手立てで決定されたことであっても、決定してしまった以上はそれを思い出して爆発しないように自分を押さえながらやるべきことをしようとはしていたつもりです。

でも、そうすると私が最終的には無理難題をおしつけても受け入れるということから、ますます相手が図に乗ってこちらを利用してくる・・・その繰り返し。それがはたして本当にさらに広い範囲でのみんなの為になるのかと疑問に思ってしまいます。

そんなことが新年早々いくつかの場面で噴き出していて体だけでなく精神的にもかなりまいっています。

(8日 朝)元号が変わるということが決定してから平成生まれのある教え子が会うたびに「もうすぐ平成時代生まれ っていうことになっちゃうのか・・・」と嘆いています。

私の場合はいわゆるXデーがいつ来るのか分からない状態だったので事前にはあまり気にしませんでした。でも確かに実際にあの年のこの日、平成の世になり昭和は「昭和時代」となったということで、妙な感じはありましたね。「昭和生まれ」が「昭和時代生まれ」となることで、一気に老け込んだような気がしました。あの時は3年生を担任していたのですが、子ども達もそれはみんな言っていました。


(7日 朝)
今朝は炊飯器でおかゆを炊いて、毎年買っている七草セットを茹でて混ぜ・・・といういつもながらの七草がゆ。でも思い返すと昭和64年は七草がゆを食べていないんですよね。平成最後の云々というのがあちこちで話題になっていますが、昭和生まれの自分にとっては昭和64年1月7日というのは「昭和最後の日」です。

あの日、いつものように暗いうちに起きた私は5時~6時頃にテレビをつけました。すると皇居に次々と車が入っていくという生中継。ただならぬ雰囲気です。当時は連日天皇陛下のご病状というのがテレビのテロップに流れ、歌舞音曲を控えるといういわゆる自粛ムードにわきあがっていた日々。

とにかくはということですぐに着替えて学校へ。(当時、大雪をはじめとして何か通常とは違うことがあった際には学校に近い職員が真っ先に出勤するという暗黙の習慣がありました)職員室のテレビを観ていると、やがて天皇陛下が崩御されたという発表。まもなく学校長から電話が入り、屋上に半旗をあげておいてくれという指示。寒い中屋上へいって半旗をあげました。そんな風にバタバタしていたために七草がゆどころではなかったんです。

ちなみに翌日、朝から大忙しだったのは事務のS先生。真っ先に文書内の昭和を平成にかえるための「平成」のゴム印を数通りの大きさで注文していました。


(6日 未明)
ここしばらくご飯を炊いていません。お米がないわけではないんです。かつての教え子のお宅から時折頂いているのがありますから。ただ、炊いて食べようという気力がわかないというか・・・。だからほとんどおかずだけで済んでしまう。たまに炭水化物をとりたいと思ったらうどんを一玉とか、ちっちゃい餅を1~2切れとか。それでお腹が特に空いたとも感じません。

昔、父が精神的に大きな転換期を迎えている時には自然に食べ物を体が要求しなくなる、というようなことを話していたのですが、今の自分がそういった状態だからなのか、それとも単に体調の問題なのかは分かりません。精神的に転換しているという実感はないので、おそらく後者の方だとは思いますが・・・

(5日 朝)ゆうべの夢の中には父がでてきました。ただ、ほとんど内容は覚えていません。割と私は夢の内容を覚えていることが多いのですが・・・。

NHKで再放送された人体シリーズの特別編を少しずつ観ています。従来の「脳が全身の司令塔」というのが最先端の医学ではひっくりかえって、臓器同士が直接やりとりをしたり、臓器が逆に脳に指令を出している等々の事例が主な内容です。

ただ、素朴に思うのは臓器同士も直接影響し合うということは古くから東洋医学では常識だった点。もちろんメッセージ物質の発見等々の科学的な根拠となるものはなかったのでしょうが、それでも経験の蓄積や体感からそういったことがあると直観し、体系づけていったという姿勢には大いに学ぶべき点や、価値や業績も率直に認める必要はあると思います。

西洋医学と東洋医学かという二極対立を超えて・・・良い点は認め合い、どちらも自由自在に使いこなす構えです。

(4日 朝)早くも三が日が過ぎましたね。昨日も午後から片頭痛がひどくなって10時には布団に入りました。今はややマシになったという感じです。

ゆうべ観た夢は大きく分けて二つ。一つ目は
たまたま分校の跡地わきを通ったらかつての教え子の男の子・・・とはいっても成長した姿でしたが・・・がいて、しゃべっているうちに同窓会をしようということになり彼がスマホで連絡。他で暮らしている面々もみんな正月で帰省していたために続々と集まって、というような夢でした。これが初夢だったら良かったのに・・・と夜中に起きた際には真面目に思いました。もう一度寝た時には、今度はここ数年になって裏切られた(本性を現した?)ある人物が登場。ささやかなひと時を邪魔される夢でした。

今年も気が重いです。

(3日 朝)年末に「台風になりそうな雲の塊がある。もしなれば観測史上最も遅い台風の発生となる」というような報道がありました。結局年内に台風にはならなかったんだな、と思っていたら1日に台風となり、観測史上最も早い発生の新記録になったとか。

面白いものですよね。日付をまたいだだけで最も遅い新記録か、最も早い新記録かになるわけですから。

この話題、実はゆうべの家庭教師の仕事始めの際に高校生とやりとりしました。元号の話題の中で。日付のかわる午前0時を境にして「平成時代最後の日の生まれ」となるのか、「新元号元年最初の日が誕生日」となるのか。・・・実際の出産の現場ではどうなんでしょうね。親からどっちの時間帯に産まれるようにしてほしい、とか、あるいは医師の方から0時前後の時には「どちらで産まれたことにしますか?」なんて聞かれたり・・・なんていうことがあるんですかね????

(2日 朝)いつみる夢を初夢とするかには説が分かれているようですが、一応ゆうべみた夢を初夢とするならば・・・(以下夢の内容・・・子供らしさを残している子どもを取材しようと地方に出かけています。野原で虫の写真を一生懸命に撮っている中学生の男の子がいたので話しかけます。ゲームだとかテレビなんかよりもこれに熱中しているのだと。そして彼が熱い想いを語ってくれ始めた時、邪魔者が入って取材は中断。非常に腹立たしい想いになったところで目が覚めました。邪魔者として登場してきたのがあの長年私の人生を滅茶苦茶に踏みにじってきた人物。初夢の世界までぶち壊された気分で嫌な朝を迎えてしまいました。

今夜は年末ということでキャンセルになった分の授業があります。それが仕事始めになるのですが、この初夢の前半部分のようないいスタートを切りたいものです。

(2019,1月1日)非常に厳しい寒さの中での年明けでしたね。毎年地元の神社で新年を迎えるのですが、今年は外気にふれている皮膚が痛いくらいの寒さ。ここまできついのはちょっと記憶にありません。帰宅して気象庁サイトをしらべたらもう既に氷点下4~5度程度になっていた模様です。その後も気温はさがり朝は氷点下6~7度レベルでした。水道も凍結していました。

初詣の時には境内で古いお札などを燃やしている炎を毎年撮っています。たまに何かに見えるような画像が撮れるので。今回は一発目で天使のようなお姿が撮れました。(右向きの立ち居姿です)

そしてまた何枚も撮っていくうちに、今度は右から左に移動する雲に乗った不動明王のようなお姿が・・・(と、自分では思っています)




月初めというか新春恒例の万葉集占い。今回巡り合った和歌は

桜田へ 鶴鳴き渡る 年魚市潟(あゆちがた) 潮干にけらし 鶴鳴き渡る (271番)

口語訳)桜田の方へ鶴が鳴きながら飛んでいく 年魚市潟では潮がひいたらしい 鶴が鳴いて飛んでいく 


多分エサを求めて飛んでいっているのでしょう。方角としては伊勢湾の方を向いて詠んでいる歌だということです。この鶴はライフインデキ(生命の指標)とも受け取れますね。

干潟の餌と言うのは、これまで隠されていた(神様レベルでの)良きものがやっと出現してきたという意味合いかもしれません。冒頭の地名が「桜」+「田」というのも意味ありげ・・・

ちなみに私は丑年生まれ。かなり体調面・その他例の問題等々で絶望的な近未来しか思い描けないでいますが、何とか生き延びればもう少しで還暦になります。それに向けて我が人生も目に見えなかったよきものが姿を現す一年になってほしいものです。







子供達の写真・お星さま・子猫の写真

(最新入れ替え日  7月9日)

上のボタンをクリックすると大きな画像のコーナーにとびます
今回の入れ替え分


前回の入れ替え分

子供達の写真・ちょっと大き目の天体写真を2日に一度入れ替えています。



「お星さま・ミクロ世界」などの写真集
実は「顕微鏡写真」もあるんです!!

「子ども・教育」「クラス・クラブなどの思い出」関係


特設コーナー

「食の思い出」

「ペットのページ」

高電位治療器 リブマックス9000
つぶやきのお部屋内「よりぬきコーナー」にあります

聖良さんに関する記述はこちら


常連様用「特急ボタン」

お星様のお部屋

  ミクロ  イメージ  思いで  言葉  授業  つぶやき 

 学問(恩師の上原輝男先生・父の語録です・・・児言態コーナー追加)  




朝日や夕日、雲などの画像もあります。

最新画像・・・h24,5,21 「金環日食特集」



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6月25日  開設