ワニワニ学級 本校

子ども達や自然や日常から生きるヒントを考える



このホームページでは

人類にとって生命の指標(ライフインデキス)である子供達の活動のようすや、

「太陽(Hアルファ画像)」や「お星さま(冷却CCD他)」の写真、

「みんなのペット」「顕微鏡でとった写真」・・・などの自然、

そして日常生活のすべてが生きる上で示唆してくれているものを共に探っていきたいと思っています。

☆★☆ おとなも子供もみなさんどうぞ ☆★☆

はじめての方はこちらからどうぞ

開設日 平成10年6月25日

現代の「新感覚稚児」である(?)
がきんちょ三人組(有安杏果さん・美山加恋さん・鈴木理子さん)や
週末ヒロイン「ももいろクローバー」を、ホームページ内で応援しています。



たぬき先生が開いている別のホームページ

環境ホームページ


ふるさと・地球環境などの実践記録です
上のマークをクリックすると行けます。

NEW  平成22年 4月9日~  8日撮影の桜画像(分校跡地 赤塚駅近く)

http://www.geocities.jp/neverland1660/index.html

 



  あなたは 人目の参観者です。

祝70000人突破!(H29,5,14
(最新更新日 平成29年6月27日 夜

金環日食特集 太陽のお部屋に新設


学習会だより

「すぐ役に立たない」=「いろんな役に立つ」  ・・・6月3週目号

あるビジネス雑誌に「数学」を勧める特集がありました。単に実務上で計算力が必要だから、というのではなく、数学的に考えることなどが様々な場面でいかされるという趣旨です。本音をいえばこうした取り上げ方はまるで数学を学ぶことが投薬のようで嫌なのですが、私がいつも強調している「類化性能」とも直結している話題だったので特集しました。

「思考のジャンプ」と「遊び心」-①  ・・・6月4週目号

理数的に「思考のジャンプ(類化性能)」を鍛えるためのネタは案外どこにでも転がっています。今回はある小学校の5年生、6年生とのやりとりの内容を紹介しています。

「思考のジャンプ」と「遊び心」-2  ・・・6月4週目号

同じ思考のジャンプ力を鍛えるのでも日本人が古くから行ってきたものには「掛け言葉」などもあります。和歌でも大切なポイントですよね。技巧として古典ではならいますが、本当はもっと深いところに意義があります。今回は和歌での書け言葉ではなく、笑点などでも時折やっている「・・・とかけて・・・と解く。その心は・・・」という方を例にしています。

*一見地震とは関係ない話題のようなタイトルでもしばらくは「今のこの時期」を意識してテーマを決めています。なので地震関連の特集として先週設けた欄に、前の週の特集も順次移しています。読み落としのある方は、ぜひ地震前の「ナマズ絵」のものも含めて最初のものから読み返してみてください。


予告

  たぬき流勉強法コーナー  現在「数学編」についてを作成中です・・・体調不良で進んでいません
(今出来ているのは「歴史編 年表つくり」)
 

 

最新更新への直行通路

入れ替えアルバムなどの定期更新以外で更新された場所への直行通路です。(各お部屋の入り口を飛び越して直接その場所へ行くので、ご注意を!それぞれのお部屋に入っていろいろ巡りたい場合は下の方の「お部屋ご案内」からどうぞ)

料理コーナーにレンコン料理コーナーとブリ大根の朝日新聞風レシピ平成22年1月25日
             キンピラごぼうについてのコメント&画像(1月27日)



個人的関心からのミニ情報



NHKミニ番組 日めくり万葉集 HP
今まで放送された和歌と口語訳も載っています

http://www.nhk.or.jp/manyoushuu/bangumi/index.html



がきんちょメンバー3人組関連情報
たぬき先生は がきんちょ3人組&ももいろクローバー の皆さんの生き様そのものを応援しています!

美山加恋さん
公式ブログ
 



有安杏果さん & ももいろクローバーZ
有安杏果さんが実は大学に通っていて先日卒業されたとか・・・
日大芸術学部写真学科在籍だったそうですが、中学生の頃にもご自身のブログに自分で撮った写真をよく載せられていました。
ももいろクローバーZの活動 スケジュールはオフィシャルサイトから  

左から 高城れに 佐々木彩夏 有安杏果 百田夏菜子 玉井詩織 早見あかり(現在は卒業)さんです
ももいろクローバーZ 各メンバーの公式ブログ
ありやす~http://ameblo.jp/ariyasu-sd/
れにhttp://ameblo.jp/takagi-sd/
かなこぉhttp://ameblo.jp/momota-sd/
あ~りんhttp://ameblo.jp/sasaki-sd/
しおりん
http://ameblo.jp/tamai-sd/


主として「Z」になる前のコーナーはこちら



鈴木理子さん

公式ブログ・・・H23,8月初旬に再びブログが閉じられました

鈴木理子さん主演
ふみ子の海 公開情報

平成20年 7月6日 主演女優 鈴木理子さん 茨城上映会舞台挨拶ルポはこちらです


この画像をクリックするともっと大きなサイズで出てきます

日本各地の上映情報は  ふみ子の海 公式サイト http://www.fumikonoumi.com/


更新時のひとこと&PR

大地震以降の分 その1(H23年 3月11日~)

 その2(3月18日~) 

その3(4月1日~)

母親他界連絡(前日)以降の分(4月22日)

5月1日以降の分

5月21日以降の分 

ももいろクローバー「未来へススメ!」より

「どんなどんな困難でも きっときっと立ち向かえる 一人じゃ挫けそうでも 助け合えば大丈夫! いつかいつか辿り着ける 夢に夢に描く場所へ 忘れないよいつだって 孤独じゃない強い智(きずな)まっすぐ未来へススメ!」



4月8日から時折紹介している上原先生の言葉ですが、大学の教育学科での講義抜粋ですから「教育」に関する内容が主です。でも上原先生はその根底に「人間そのもの」を置いています。ですので、教育関係者ではなくてもその気になりさえすればきっと皆さんにも接点があると思いますので、内容に賛同するかどうかは別にして毎回目を通して頂けたらと思います。

ここに掲載したものは順次「学問のお部屋」の「上原先生講義録」のところにも載せています。



例の遠出に行ってきたのですが・・・・自分では何もしないで私の人生を何十年も前から滅茶苦茶にしたくせに、そういった人間ほど自分だけが正しい、悪いのは全部自分以外という世界を勝手に作り上げ・・・挙句には「あんただけが不幸だなんて思いあがらないで!!!!」などともっともらしく偉そうに主張します。
そりゃ私の悩みや苦労以上の人たちが大勢いらっしゃることはその通りなのですが・・・
あんたには言われたくない!!!!という気持ちで憎悪が暴走しています。私の人生を滅茶苦茶にしたときにあんたは好き勝手をして遊び歩いていて・・・それを80歳過ぎまで続けていて・・・私のことを30代後半には破綻させておいて・・・この20年以上を返してほしいという気持ちでいっぱいですが・・・現実には本当に私の将来のENDは近いんだろうな・・・とそんなことばかりが具体化に突き進んでいます。

「人を呪わば穴二つ」と言いますが・・・最近私は「穴ひとつ」だろうなと思っています。それは私だけの穴・・・相手は全く悩んだりすることなく平然と生きていますから・・・私の方が先にお陀仏という可能性の方が現実的です。(このことわざの「穴」が何を意味するのかご存知ないかたはネットで調べてみてください・・・文字としてこの文面の中に書きたくないんで)


(26日 朝)
全く予想もしていなかったことが起こって、かなり混乱しています。(具体的なことは書きませんが)

(25日 早朝)昨日は父方の祖母の命日でした。非常に信心深い祖母で、私のあの世や神仏に対する基礎を養ってくれた大きな存在といっても過言ではありません。うちは核家族でしたが小学生の頃などは夏休みや冬休みの長期休業の際には父方や母方の祖父母の家にずっと泊まり込み、それなりにいろいろなことを教われました。

自分が今度は次にそれらのことを伝承する番なのですが・・・・家庭教師も今年度いっぱいでほとんど仕事がなくなる見通しなので、このまま途切れさせてしまうことが多々あることが心残りではあります。(もちろん生きながらえることができれば出来る範囲であがきたいとは思いますが・・・)

(24日 早朝)明け方にまた夢をみました。以下夢の内容 中央線沿線で昔ながらのうどんの美味しい店を探していると、ある大き目のうどん屋さんの客席に上原先生がいらして・・・・現在の児言態50周年に向けての取り組みなどがまず話題に。そのあとちょうど先週の土曜日だった聖徳学園での「ぼけとつっこみ」の授業についての話題になりました。もともとは言語操作性の領域での授業だったわけですが、先生は「聖徳の子たちのことだから思考・感情・構えとのつながりもいろいろと見えたろう」と・・・。それに対して「確かに用具言語というだけではなくてそれぞれのせめぎあいが浮き彫りになっているような感じでした」と感想を述べました。あとは「英才時に限ったことではなく、本来そういった姿を自然に出しながら子供は成長するものなのに、最近はますますそれをつぶしている・・・」という嘆きも・・・。そのあたりで夢から覚めたのですが、とっても懐かしい感じがしたのと共に、今の自分ができることを地道にしていくしかない、という想いを新たにしました。体調の関係でなかなかパソコン作業などは進められませんが、体はうまく動かなくても意識世界では活動できるということを再確認です。

(23日 24時、間近)
あまりに時折おしよせる咳による呼吸困難がひどいので、20日の夕方近く、受付終了数分前にやっとかかりつけの耳鼻科に行きました。(それでも1時間半近く待ちましたが)基本的には喉の老化による咳ではあったのですが、内視鏡で疑わしく浮上したのが、胃酸の異常で喉の近くまで炎症を起こしていることによる咳も混じっているようだということで以前受診した時とは違う胃酸関係の薬も処方されました。老化によるむせるような咳はある程度仕方がないということなのですが、とりあえず薬を飲みだして、激しく咳き込んでも呼吸困難になるほどの苦しさはかなり緩和されています。

足腰や肩の痛み、大きな蕁麻疹による激しい痒みはあいかわらずで慢性的な寝不足による気力・体力の消耗はどんどん進行中。そのため今日のKOU 君宅の家庭教師は先方の都合で昼間だったのですが、体を起こして座っていられず半分以上は体を横にして行わせていただきました。

9時頃には床についたのですが、やっとうとうとしたと思ったら寝入りばなに夢をみて、すぐに起きてしまい、この更新作業をしています。(以下、夢の内容)
私が体を壊して退職するというので勤務していた小学校で教え子やおうちの方々も集まって送別会が開かれたというあとの場面から。職員の方々に挨拶をして外にでるとまだ帰っていない教え子や卒業生たちがいて言葉を交わします。お迎えの車がきていると言われ行ってみると、最初に勤めた学校のお仲間の先生方、そして運転は他界されているはずのS先生。「次の新天地を用意しておいたから」とS先生に言われ、連れていかれた先は私の自宅を改造した小さな私設小学校。さっそく新入生である1年生が集まっていて・・・驚く間もなく速攻で平仮名の授業をします。(1年担任は実際にはしたことはありません)授業後、校内を案内するのですが、まだ改装工事がすんでいない場所が多く、トイレに行くには私の散らかり放題の寝室を通らなければならない・・・子どもたちは列を崩してあちこちの探検を始めててんやわんや・・・・というあたりで夢から覚めました。

夢の中にS先生がお迎えとして現れた時には、夢の中にいながらももう一人の自分が「いよいよお迎えがきたのかな」とうっすら感じているのですが、どうもそういうことではなさそうでした。松下村塾のような場を作れたら・・・なんて随分前からKOU君とも語り合っていますが・・・・本当にそうれが実現すればいいんですがね・・・。

現実は具体的な収入の見通しもなく、児言態への参加どころか普通の生活(こうしたネット活動も含めて)風前の灯状態です。(とりあえず今度の児言態合宿までは月例会も含めて知り合いからお金を借りてなんとか参加できそうですが・・・・実際に返すあてもない借金をこれ以上ご厚意に甘えては続けられないので・・・)


(20日 未明)
体調もろもろで更新が思うようにできないでいます。そんな状態ではあるのですが、17日は児言態の知り合いの方の紹介で「聖徳学園小学校」の「英才教育公開研究発表会」にKOU君と一緒に行ってきました。私が平成4年度に分校で行った「ぼけとつっこみ」の授業をもとにした授業が4年生で行われるということで初めて聖徳に行った次第です。決して漫才の真似事をさせる授業ではなく、人間が言葉を使うということの根元に関わる大切な内容を含んでいる課題です。

当時、児言態でいう領域としては「言語操作性」として行ったのですが、実際は「思考・感情」さらにその背景として「構え」もからんでくる・・・・ある意味で(特に4年生前後以降、大人も含めて)個々人の人間生態そのものが浮き彫りになってくる複合的な授業です。

授業後、「全体会」や「分科会」まで出席の予定だったのですが、我々は図書室で司書の先生とずっと語り合っていました。

帰宅前には、KOU君と上野の国立博物館へ。彼はまだ行ったことがないということだったのですが、ちょうど風神雷神図屏風 (尾形光琳筆)の特別公開もされていて、かなり疲れた中でしたがこちらもいろいろと楽しめました。

(15日 午後)今日は私が小3の時に他界した父方祖父の命日です。私の人生の基礎を築いてくれた大切な人の一人です。せめてこういった日には有意義な時間の過ごし方をしたいのですが・・・・思うように体が動いてくれません。

(13日 午前)今日は最初に勤務した小学校で大変にお世話になったS先生の命日です。優しいながらも社会人としての部分ではビシッと言って下さって・・・S先生が突然死されたのが29歳の時で、その年齢をずいぶんと上回ってしまいましたが、実感としては精神年齢(社会人としての年齢)はまだまだS先生の足元にも及ばないと本気で感じています。

昨日の夕方から片頭痛がみるみる悪化。鎮痛剤を飲んだもののあまり効いているとはいえず・・・それでも例のごとく激しくせき込む発作が何度も襲ってきて、そのたびに頭痛に響いて・・・。また明け方頃からはかなり巨大な蕁麻疹の発作がわき腹から太ももにかけて広範囲に広がり痒みでも苦しみ・・・・かなり意識が朦朧としています。予定では今日と明日は仕事もないのでとにかく養生するしかありません。

(12日 午後)土曜日は児言態の月例会で東京へ出かけたのですが、上野についたころから急速に体調が悪化・・・町田についた頃には会議にさいごまではいられそうもないというくらいで、3時半頃には失礼しようと思っていました。結果としては何とか持ちこたえましたが、帰宅する道中もかなりしんどかったです。

体の各部の痛みや激しい咳込み、さらには蕁麻疹などが夜中になるとさらに悪化するので眠れない夜がずっと続いているわけですが、本当にこのところちょっとウトウトできたと思うと妙な夢ばかりをみて・・・・ゆうべの夢は来世の自分でした。
そんな遠くない近未来・・・前世の記憶を持っている若い自分です。環境破壊等々で人類の多くが滅んでいて、何とか宇宙に逃げ場所を求めようとしている・・・そんな状況で私はその拠点となる宇宙ステーションで働いています。ある時、地球からの物資運搬船に母も乗ってきて(現世と同じ母が来世でも母親でした)久しぶりに会うことができたと思っていたのもつかの間、実は私に特殊任務が下されるということで特別に母親が会うことを許されたと。それは地球からはるか遠くに作られている無人の宇宙施設が故障したので技術者である私しかそれを直せない・・・その修理に向かうという任務。ところがその施設まではロケットで数年以上かかる上食糧などで積める限界の関係で行くのは私一人、しかも帰ってくるだけの燃料も食料もないという・・・・。たった一人でそんな長期間の片道に・・・しかも行ったっきりということが分かっている状況で過ごすことに精神が耐えられるか・・・・という懸念はあるにせよ、結局人類のために行ってくれということになります。出発前に数日間だけ地球に戻ることが許されて、会いたい人たちにあって・・・「ああ、今回の人生も結局は孤独のまま後半を生きて去っていくんだな」なんて思いつつ・・・いよいよ出発が近付いた・・・・というあたりで夢からさめました。

いよいよお迎えが本当に近いのでしょうかね・・・身辺整理どころではなく、速攻でいろんな人たちに今のうちに会っておいたり、手紙などを残さなければならないのかな?????

児言態での月例会では「上原先生の語録作成をはじめとして私がやり残していることがたくさんあるからまだまだ逝ってなんていられないわよ」などと先輩の先生方に言われましたが・・・・


(9日 朝)
昨日はあの秋葉原の事件があった日・・・・ちょうど私も家電製品を買う為にあの交差点を往復2度通過・・・次の目的地に向かうため駅に向かったのですが、事件が起きたのはまさに私があの交差点を通過したおよそ3分後。多分駅のホームに向かっている最中です。

その影響なのかどうかは分かりませんが体の各部の痛みで眠れないでいたのがやっとウトウトした2時頃にまた妙な夢をみました。
私が死刑囚が収監されているところで最後のお迎えから刑場に連れていく役目をまかされています。今日付き添ったのはかなり若い女性。刑場の入り口には比較的若いシスターがいて引き渡します。怯えた様子の死刑囚を優しくだきかかえながら「怖いでしょうけどすぐに終わるからね」と言っているのですが、みるみるうちにその死刑囚は小学校4年生くらいの姿になってすっかり安心したようにシスターに抱っこされて刑場の扉の向こうへ消えていきました。私はシーンと静まり返った扉の前で執行される音がするのをジッと待っている・・・・というあたりで夢から覚めました。

素直に思ったのは確かに犯した罪は大きかったのでしょうが、そういった行為をおかしてしまった人間だってオギャーと生まれて子ども時代だった時から凶悪犯ではなかっただろうということ・・・・きっとどこかで人生の歯車が噛み合わなくなったんでしょう。そこまでおかしくならずに済むような幼少期の教育というのが実現できないものなのだろうかと考えてしまいました。

(8日 朝)先日の転倒の後遺症の激しい痛みがぶりかえしほとんど眠れなかったのですが、3時過ぎた頃にようやくちょっとウトウト・・・・と思ったら超リアルな体感を伴った夢をみました。(以下、夢の中)近場に外出した先で大きな船の転覆事故が発生。それによる大波が近くの港に押し寄せ大きな被害を出します。その救援を手伝っている最中に今度は大地震が発生。間もなく大津波が押し寄せてきて・・・私はほんの1メートルくだいの差でかろうじて濁流にのまれずに済んだのですが、目の前で人々が流されていきどうすることもできず・・・・水がひいたあと、多くの知り合いの安否を必死に確認してまわっている・・・・というあたりで目が覚めました。

この夢とは全く関係ないんですが、昨日は妙なこともあって・・・寝室に2台のブルーレイレコーダーがあるのですが、調子の悪い古い方のBSがほとんど受信できなくなっていて・・・。もう一台の方はちゃんと写っています。ただ、たまたま明け方のBS番組を録画したのはちゃんと綺麗に録画されているのでどうしたんだろうと・・・。で、裏をみたらBSアンテナの線が完全に抜けていて・・・・。それこそ取り外そうと故意に引き抜かなければこうはならないくらいに完全に外れていました。

もちろん私は抜いていないし、誰かが抜いたはずもなく・・・。偶然抜けたという抜け方では絶対ないだけに「??????」という気持ちです。これと夢とに何か関係があるんですかね????

(7日 朝)体調の関係で録画しておいて観ることのできていない番組がたまりまくっています。そんな中、昨日からNHKプロフェッショナルの動物写真家で特にネコを中心にという番組を数分間ずつ観はじめました。

「教育」の根源というか・・・「児童の言語生態研究会」の基本姿勢と通じるものを感じながらみています。それは決して子どもたちが人間より下の生き物という意味ではありません。対等以上の意識でありのままに対峙しあう姿勢という意味でです。

動物写真の大きな転機になったというアフリカでの出来事も改めてハッとさせられるものがありました。事前に「こんな写真を撮りたい」とイメージしていた事が裏目に出てなかなか納得のいく写真が撮れなかった・・・それがあることをきっかけにそういう自分の想いを捨てたら様々な動物たちの生命感あふれる営みがみえてきて素晴らしい瞬間を切り取ることができるようになった・・・・

「こうあってほしい」「こうなってほしい」という想いを抱くことは大切な側面も持っていますが、相手に対しても自分に対しても、それが「縛り」となってしまうことが多いようで・・・反省しています。

ネコの生き様などは悪い意味ではなくて仏教の教え本来の「刹那主義」に通じるのかもしれません。

(3日 朝)昨日の午後、寝室で急にバランスを崩してまた転倒してしまいました。布団の上に倒れこんだので大事にはいたりませんでしたが、最初に手をついて右手と転んだときにぶつけた左肩を中心に夕方の授業の際には結構痛み・・・夜中には右手がズキズキと痛んで一晩中大変でした。

今はややマシになっていますが、代わりに左腕を中心に蕁麻疹が発生。こうしてパソコンを打っている間にもみるみるうちの増殖中で痒くてたまりません。(右腕や膝やわき腹にも発生中です)

昨日の夜明け前の激しい雷雨にもまいりましたが、朝晩の冷え込みにも体がついていけていません。

(6月1日 朝)月初め恒例の万葉集占いですが、今年の4月1日にひきあてたのとほぼ同じ和歌でした。その時に書いた文をコピペすると・・・・

 父母を残して遠く奈良へ旅立った18歳の若者が、旅の途中で病気になり息をひきとるさいに残した6首の中の一首です。新年度の初日からすごい和歌と出会ってしまいましたが、昨日などにも書いた内容を考えてみれば、ある意味で私の心境をストレートに反映しているのかもしれません。今の心の波動が共鳴して呼び寄せたような・・・。

万葉集占いとは目を閉じて適当に開いて指さしたところにある和歌を出会った和歌としているのですが、今回は二首の中間を指さしていてややそれが890番よりだったのです。ちなみに近かったもう一つの889番の和歌は口語訳だけ載せておきますと「家にいてお母さんが看病をしてくれたら、たとえ苦しいにしても慰まる心持ちもするだろう。たとえ死ぬにしても。どの道後々は死なねばならぬにしても」です。

本文も紹介します。

家にありて 母が取り見ば 慰むる 心あらまし 死なば死ぬとも(889番)

いよいよお迎えが近い?????

(30日 朝)
昨日の小学生の授業は小3の妹さんの方が都合で欠席だったかわりにお兄ちゃん(小4)の友達である小3の男の子が体験参加しました。

今回のテーマは「劣等感と優越感」乳幼児の頃から人間を左右する最も基本的な感情の一つです。ところがこの基本的な感情について普通の学校教育でどのていど意識化や感情構造の整理をきちんと扱われているのか・・・・家庭教師を始めた頃、数人の中学生を塾のような形で教えたことがあるのですが「劣等感と優越感」という言葉など聞いたことないという反応。その後さまざまな中学生や高校生と接してきましたが、たまたま何かで知ったという子は時折いたものの、学校で扱われたことがあるという子はほとんど皆無でした。

もちろん基本感情ですから「こういうことだよ」と説明すれば全員「そういう気持ちなら分かる」ということでどの場合もちゃんと授業は成立しました。

昨日の場合も一通り扱ったあとで、あるアニメを視聴しながらあてはめて考えてもらったのですが、小3の子も積極的に感情構造を自分なりの工夫で図式化しようとしてみたりして、大いに盛り上がりました。

私に普段から習っているかどうかは関係ないというのも実証された感じです。本当にナマの意見を出してもらえさえすれば、大人が決めつけている以上に子どもたちは様々なことが理解できます。

(29日 朝)連日の眠れない夜・・・ゆうべは3時半頃になってようやくウトウトできたのですがその時に夢をみました。(以下、ゆめの内容)どこかの建物で上原先生の思い出を語り合おうと何人かの人たちが集まっていました。その中には金城哲夫さんもいらしていました。私も混ざったのですが、いつのまにか場所は沖縄の民家にすり替わり、そこが上原先生の実家ということになっていて(本当の実家は丹波篠山です)3歳くらいのお孫さんだかひ孫さんと相撲ごっこをしたりしています。やがて年越しの夜になり、間もなく年を越すというころになって先生は小さな声でこれからの教育や世の中について語りだすのですが、聞き取れません。何故か持参していたビデオカメラで先生の声を記録しようとしていたら、急に墨をすりはじめて文字を書き始めました。その時に私の頭の中にどこからともなく「これが先生の本当の絶筆になる言葉だからしっかりと記録するように」という声が聞こえてきて・・・懸命にファインダーをのぞきながらピントを合わせて撮影している・・・というところで夢から覚めました。

問題は・・・なんという字を書いていたのかなのですが・・・達筆だったので全く読めませんでした。何かの漢詩の引用だったような気もするのですが・・・・。(もちろんビデオカメラに映像が残っているわけでもないし)

(27日 午後)なかなか行けないでいたいわきへちょっと無理して昨日行ったのですが、向こうに着く頃には腰痛が激化・・・顔をしかめながらの運転・・・到着時には呼吸困難なくらいの激しい咳込みも始まって・・・周囲の人の勧めで先月末のようなことがあったらますます私の精神状態まで破綻しかねないという配慮から、必要なものを届けただけで、そのまま相手とは会わないで帰宅しました。

当然のことながら帰宅後も、各部の痛みや蕁麻疹などの寝不足や疲労感で何をする気も起きなくて・・・これまでの経験だと帰宅後2~3日目まで悪化は続きその状態で1週間以上・・・今回もそうなるのかな・・・・上原先生や小学生の授業のテープ起こし、動画編集などやることはいくらでもあるのですが、全く手つかずです。

痛みをこらえたりしている際にもあの人物への憎悪がますます増大・・・この感情エネルギーが平和利用できればいいのですが、なかなかそうもいきません。

(24日 朝)児言態の会合は充実した時間を過ごすことができたのですが、帰宅の際に常磐線のダイヤが大幅に乱れていて、なかなか帰宅できませんでした。

人身事故の影響でということだったので帰宅後にネットで調べたら実はこの日は同じ常磐線で2件の人身事故があってほぼ一日中乱れていたと・・・・しかも朝のは私の住んでいる最寄り駅、昼過ぎは最初に勤務した小学校の近くでだったと・・・・。だから何だということではないのですが、ちょっと複雑な心境になりました。

とても5月とは思えないような夏日が続いていましたがゆうべから空気がひんやりとしていて今朝は肌寒いくらい・・・・激しい咳や今もみるみるうちに腕に広がっている蕁麻疹の痒みなどで安眠からしばらく遠ざかっているので体調はますます下降気味です。皆様もご注意ください。

(21日 朝)1週間ぶりの更新です。体調はあいかわらずガタガタですが、今日は児言態の集まりのためにこれから東京へ出かけます。

15日の小学生の授業ではたまたま「存在」という言葉を小3の子が口にしたのをきっかけにして「集合」について行いました。数理的な場合での「集合」と、日常生活での「仲間分け」というのを意識的に区別してもらうのが今回のテーマ・・・・これって今の世の中では社会全体でもあいまいになっていて、各種トラブルのもとになってしまっていると考えています。

*前回の更新の時、ちょうどカウンターの「70000人目」という区切りが私自身でした。


(14日 昼)昼頃、いわきから電話・・・なるべくグッとこらえようとしながら応対はしていたのですが、それをいいことにいつものように一方的に私が悪者であるような傲慢な態度・・・とうとう怒鳴って電話を切りました。

これでまた周囲にはより私が悪者である、自分は悲劇のヒロインであるというようなことを吹聴し、それを真に受けた方々からの非難をあび、いよいよ私の人生破綻へのスイッチが入れられるのでしょうが・・・・あちらの世界にいる祖父母や父や母は分かってくれている・・・・だろうと信じて・・・・・

怒りの名残である動悸で今も心臓がバクバクに乱れています。そんな状態でせき込むからなおさら何がなんだかわからなくなっています。今夜も辛い一夜になりそうです。


(14日 朝)
喉の老化現象と数年前に診断された時折襲ってくる激しい咳込みがゆうべの0時過ぎに激化。呼吸もできないくらいの激しい咳が絶え間なくつづいてほとんど眠れませんでした。現在やや小康状態になっていますが、息苦しさは続いています。

こうした日々の辛さが増せば増すほど「恨み」の気持ちがすさまじく心の中を渦巻いて・・・。

今もし「もののけ姫」なんて観たら、以前とはかなり違う見方をするんでしょうね。そうしたマイナス感情をエネルギーに転換することが比較的得意だったのが古来からの日本人だったわけですが・・・私はそういった足掛かりはつかめないまま破滅するんでしょうね・・・

何とか上原先生の言葉を紹介する等々でこのホームページをたちあげた原点に立ち返ろうと数週間前にしたわけですが、あっという間にまたこんな記事ばかりの更新になってしまって・・・自己否定の悪循環に陥っています。(そしてそれがまた憎悪を雪だるま式に増やしてる)

*せめてもの救いは、眠れない間、途中からパソコンに向かって中断していた上原先生の講義録音テープのテープ起こし作業を少しでも進められたこと・・・来週月例会があるのですが、行けるかな????


(12日 未明)
ここ数日、小規模ながらあちこちに出現していた蕁麻疹ですが、数時間前からかなり大きめで標高のあるのが足の数か所に出現。背中や腕などにも発生しかけています。以前一度ひどく起こした時とちがって(あの時はどうやら抜歯後に処方された抗生物質の薬でした)何がきっかけで出現しているのか分からないというのがやっかいなところ・・・。とにかく痒くて眠れないでいます。(現在午前2時50分)

蕁麻疹を悪化させる要因には強いストレスもあるということなのですが・・・・小規模に発生するようになったのが、先月末のあの遠出で冷酷な宣言をされた以降です。もしかすると自分の近い将来に破綻がくるという絶望感からここ数年来のストレスがより強くなっていることが影響しているのかもしれません。

(10日 朝)数日前に続いた夏日が何だったんだろうというくらいの小雨降る涼しい朝・・・肌寒いので薄手のセーターを着ています。

前回書いた「感覚照応」ということですが、それがだいぶなくなってきている一つの例が「卑怯」ということです。上原先生の講義でも「子供たちであっても『卑怯者!』と言われるとハッとした」とあの当時は話されていたし、(今は観ていないのでどうなのか分かりませんが)「ちびまる子ちゃん」の1期の頃は藤木君が「卑怯者」とされるエピソードがよく出てきていました。もう20年以上前ですが。「卑怯」という言葉の響きに対して感情がパッと動いたわけです。

それが現代ではどうでしょう。「卑怯と言われても自分さえ得をすればいいじゃないか」という気持ちの方が堂々と幅をきかせています。「成果主義」「競争原理」なんて言われだして猶更です。結果を出すことのみが評価され、「卑怯な手段はとりたくない」なんていうと逆に「負け犬の遠吠え」と言われる始末。

もっとも古い人間でも「卑怯と言われようが関係ない」という人物はいたのも事実ですがね・・・・私を道具扱いしている連中などは私よりずっと年上ですが「卑怯」ということへの感覚照応が昔からできていなかったし、私に対しても「あんたは真面目すぎる」「世の中もっとズルく生きなけりゃダメ」

うちの両親や祖父母は「卑怯」との感覚照応はかなり強かったし、それが生き様に反映していました。そんな後姿をみていたこともあってということなのですが、私を非難するときには私の両親なども未だに愚か者扱いされています。

「卑怯なことをしない」というのを多くの人たちが心がけていた頃は、そうすることで他人ばかりではなくて自分も守られていたわけです。(真に人間性豊かな人たちは自分の得にもなるから、なんていう意識で卑怯なことをしないのではなく、卑怯なことをしたくないからしない、という感覚でしたが)

「卑怯なことをしてもいいじゃないか!」という人たちって、自分が他人から卑怯なことをされると案外容易く激怒したりします。ちなみに私を道具として扱っている面々などは、私に「もっとずるく生きろ」と言っているくせに、自分の利害にからんだとたんに「人間とした間違っている」と相手を非難します。

そうした身勝手な矛盾に満ちた生き様を恥じるという感覚照応も最近は消えていますよね・・・・。

(8日 朝)体のあちこちの痛みがひどくて連日あまり寝付けずにいたのですが今朝、明け方にウトウトした時夢をみました。(以下 夢の内容)・・・かなり設備の整った整形外科で精密検査を受けています。いろいろと検査をするのですが原因不明。それどころか検査中にも関節のあちこちが炎症を起こして歩行不能に陥る・・・そこによく覚えていないのですが他界した父や母がからんでくる・・・という内容でした。

数日前にテープ起こしをしていた上原先生の講義内容は「感覚対応(感覚照応)」についてでした。これをきちんと整えてやることがそれぞれの国にもっとも適応した人間を育てるための基盤である、というような内容です。それは決して「国に都合のいい国民に仕立て上げる」という意味ではなく、様々な時代を超えて受け継がれてきた歴史や文化や風土に根差した生き様を獲得するということです。

今回の録音の中で上原先生が直接語っているわけではありませんが、真の国際教育というのもそれぞれの国や地域の人たちがそれぞれの国民らしく成長し、それらを本当に認め合えることが出発点・・・というのが最初に赴任した学校で「国際教育」の研究指定を受けてのテーマでした。

「国際教育」というと早期英語教育という常識がはびこっていますが、本質は人間同士の理解・・・平たく言えば深い交流を目指したコミュニケーション能力です。幼い頃に英語漬けにすればするほど、母国語としての日本語の獲得は歪み、外国人どころか日本人同士でもコミュニケーションする能力が著しく低下するというのも一部の専門家からはだいぶ前から警告されています。

上原先生の講義で語られていたのはコミュニケーション能力という伝達ツールのレベルではありません。人間としての「ものの見方考え方」とか「所作」とかいうような「思考・感情・構え」が根幹から歪んだり未発達になると・・・。

そしてそれは本当に現実の問題として表面化してきていると思います。

(4日 昼)今年もこいのぼりをぶら下げましたが、高いところにかけられずにこんなお姿です。屋根より低いこいのぼり・・・無風の時には地面についてしまっています。(一番大きいのは分校が解体された時に物置からひきとったもの、小さいのは岡本太郎記念館で数年前に購入したものです)



毎年この時期は田植え風景の写真を撮りにでかけることが多いのですが今年はまだ行けるだけの気力がわきません。

(1日 朝)
足腰や肩を断続的に襲ってくる痛みに加えて、昨日は目眩もひどくて何度も転びそうになりました。小規模ながら毎日どこかには蕁麻疹も発生しての強い痒み。夜中からは頭痛。先週の水曜の件で近い将来の破綻が具体的になりそうにますますなってきたことへの暗澹たる絶望感からのストレスも相まってわけがわからなくなっているというのが正直なところ・・・・。

そんな中、月初め恒例の万葉集占いをしたのですが、出会った和歌はこれでした。

雨隠り 心いぶせみ 出で見れば 春日の山は 色付きにけり(1568番) 

口語訳)雨で家の中から出られずに過ごしていて心がふさぎこんでいたので外に出てみると、春日の山はもうちゃんと紅葉して色づいていた

「機は熟した」というか、外に目を向ける時期がきているよ、という示唆ですかね????

(27日 朝)夜中から腰痛が激化・・・寝返りをうつのも体を起こすのも一苦労・・・。でもこちらがどんなに症状が悪化しようと無情に切り捨てられるだけ・・・。

このところよく思うのは同じように「利用されるだけ」の存在で体を壊せばたたき出されてきたような立場の人たちのことです。例えば古くからのことでいうと「お嫁さん」とか・・・。病気になったりして家事ができなくなった・・・・体を壊さなくても期待されていた男の子を産めなかったら離縁とか普通に行われていたわけですから。先日みていたある番組に出ていたお年寄りも、若い時に病気になって入院、退院したらもう自分の部屋の荷物は処分されていて放り出されたと・・・。

大人ばかりではないです。幼い子供でもよそに奉公に出された、なんていう場合・・・極端な例では人買いになんていう奴隷的な立場。すべて「人間」としてではなく単なる「道具」「家畜以下の扱い」

現代社会においては表向きには人権は尊重されなければならない世の中になっているように見えても、実際には「他人は自分の踏台」「上手に利用できるのが生き方上手」という姿勢は変わらない。夫に先立たれたお嫁さんが夫の親の介護をいっしょうけんめいしても、親戚たちは知らん顔。そのくせもしも他界したら「あんたには何の権利もないんだから」とポイされるなんていう話はいくらでもあります。

子供たちだって成果主義が盛んに言われるようになってから昔以上に常に数値目標を突き付けられ「負け組」の烙印を押されポイされる感覚に怯えながら生きている・・・・それが自分を脅かす存在はすべて敵・・・消去の対象としかみない・・・そんな風潮を助長する一因にもなっているようです。

歴史を積み重ねても人間としての心の成熟なんていうのはそう簡単にはできない。

*でもそんな人間社会の中でもどんなに理不尽なめにあっても人間性を失わない人がいらっしゃるというのも尊い事実ではあります。(私などは理不尽な相手のために・・・なんていう心を持てるようになろうとはとても思えないというのが率直なところですが)

(26日 夜)どうしても私が直接行かなければならないということでかなり無理して例の遠出をしたのですが・・・先週行かなかったこともあってボロクソの扱いでした。さすがに周囲の方々が爆発を抑えている私の気配を察知してやんわりと先方の言葉をおさえようとしてくれたのですが、私が黙っているのをいいことにしてだんだんと一方的な批判がエスカレート。

今夜も体の痛みだけではなく心の乱れで眠れそうもありません。役立たずの私など切り捨ててという準備に入るということもはっきりと明言されましたから。この家に住めなくなる現実味がさらに増してきています。(そろそろ私のXデーも近い・・・・)

これまでになかった症状なのですがかなりきつい肩の痛みに加えて午前中に右の肘から指先までがしびれた感覚になって、思うように文字が書けませんでした。そして昼頃にはくちびる付近にわずかですがしびれ・・・ちょうど歯医者で麻酔をかけたのが切れかけた時のようなしびれがぞれよりはずっと弱いものの今でも続いています。

そんなら医者にいってみてもらえば・・・ということなのですが、たびたび書いているようにここ何年も「それで体を治したからといって何になる?」というのがあって・・・・今日もそういったことを言われまくったのですが、結局症状を押さえたらとことんまた私を遠慮なくこき使いまくろう、とか、仮にその相手があちらの世界に逝ったとしても、その時には私もこの家に住めなくなり生活資金もないまま終わりを迎える、という現実しかみえない状態・・・教育の仕事も今年でほとんどいなくなるし・・・生きて何かをしたいという展望が全く浮かばない、というのが正直なところ。

もちろんこんな日々で終わりになるのは無性に悔しいですが・・・「恨みで相打ち狙い」という状態になった人たちに気持ちがとってもよく分かるような日々です。(またこうした愚痴を書いてしまいました・・・自己嫌悪、自己嫌悪・・・・皆さんを不快にしてしまうばかりですね・・・・このホームページはもうとっくに役目を終えていますね。せめてもと思って上原先生の言葉などをちょっと載せてはみましたが・・・虚ろな気持ちが募るばかりです)

こんな気持ちで何十年も・・・と日々苦しんで・・・それでもここ何年か生活を犠牲にして出来ることは精一杯気持ちを切り替えて協力しているし、なんだかんだいって今日だって本当に無理して出かけて行ったのですが、やっぱりわたしが役立たずの諸悪の根源として吹聴されまくっているのは空しい悲しい虚ろ・・・。


(24日 朝)
うちの教室にはたくさんのぬいぐるみがありました。最初はこのホームページの名前のもとになった「ワニ」のティッシュ入れ・・・翌年から私が購入したものだけではなく転出する子が代わりに置いていったり、おうちの方に「もうちっちゃい子どもじゃないんだから捨てなさい」と言われたのを私が引き取ったものとか・・・退職する頃にはかなりの数になっていました。

それが今でも部屋のあちこちにあるのですが、あれから20年以上・・・動画作成のためにゆうべ改めてチェックしてみたのですが埃をかぶっているだけではなくいろいろな痛みもひどくてほとんどが撮影には耐えられない状態。比較的良好なのを選んだのですが・・・天日干しなどしないと人によってはアレルギー性の何かを起こしてしまいそうです。

相当傷んでいるぬいぐるみは・・・・もちろん私が生きているうちはそのまま我が家で余生を過ごしてもらいます。

(22日 朝)19日だけではなく今日行かなければならなかった分の遠出も体調不良でキャンセルです。体のあちこちの痛みに加えてここ1週間ばかり精神的な不安定につながっているのが激しい痒み・・・日によって赤いブツブツが広がる場所が違うのですがこれがなかなかやっかい。どうやら蕁麻疹のようです。数年前に体の半分以上を覆うひどい蕁麻疹になったことが一度だけあるのですが、その時ほどひどくはないものの今朝などは左腕の広範囲にわたってかなりの痒み・・・ふんだりけったりです。

またパソコンの方も昨日の昼間、どうもwindows10の自動アップグレードか何かが起き始めて長時間「電源を切らないでください」の状態が続き作業ができず・・・やっと終わったと思ったら各種設定していたことがオフになっていたり、動作が不安定で・・・・体調が悪いだけにイライラのしっぱなし。頼まれもしないことを勝手にやって余計な手間をかけさせて・・・という気分です。

そんな気持ちの悪循環の中、わずかに昨日心が晴れたのがずっと教室で使っていて平成8年ぶりに先日押入れの奥から引っ張り出してきたヤマハのキーボードのこと。これを使ってループ音源を作る実験をKOU君とやったのですが、ほこりだらけの鍵盤などをKOU君が丁寧に拭いてくれました。ループ音源作りも成功して・・・これで短編ながらも様々な動画を編集できる外堀はほぼ埋まりました。あとはプランをねって実行に移すのみです。



(19日 朝)月曜日の昼頃から片頭痛がひどくなり・・・それもいつもの右側ではなく左側を中心・・・鎮痛剤を飲んでもそれほど改善されません。足腰や両肩にも断続的に強い痛みが走り座っているのも辛い・・・ほとんど布団の中です。本当は今日はいわきに行かなければならないのですが、キャンセルしようと考えています。

月曜の小学生の授業で「気位に関する構え」や「言語操作性」につなげる下地として、これまでとはちょっと違ったアプローチの仕方を試みてみました。「演出」という言葉からの発想を広げてみようと・・・。

小4あたりにはちょっと早いかなとも思ったのですが、小学校にあがった弟君のポーズ意識の変化や「ダジャレ」にはまっているという様子をみているともう大丈夫かなと思って。

広い意味でいえば「見せるための(伝えるための)工夫」なわけですから「どんな服を着ようかな」とか「化粧」とか「言葉遣い」などすべて背景には「演出」の意識が働いています。

対人意識とワンセットですから適度に目覚めると「立ち居振る舞いを整える」とか「向上心」「思いやり」などにも発展していく大切な意識です。

ただ、外側を飾ることばかりに意識しすぎると「中身を軽視」する姿勢になったり「人にあわせてばかりで自分を見失う」「他人と関わることに疲れる」という方向にいってしまいます。

(16日 朝)15日は児言態の月例会で東京へ。来年秋の児言態50周年イベントに向けて映像がらみでいくつかの提案をしたのですが、そんな提案をしている私自身が「そこまで生きていられるだろうか」と暗澹たる気持ちで日々過ごしているというのは妙なものです。実際に今週は本当は無理などできない体の状態であるにもかかわらず、どうしても私自身が行かなければならないことがあって例の遠出を2回しなければなりません。(さすがに2回とも車での遠出だと危険なので、1回は電車とタクシーにする予定ですが、駅から遠いので往復のタクシー代だけで1万近くになってしまいます。)そんな風な状況で出かけても肝心の相手はこちらを単なる使い捨てカイロのようにしか思っていないわけで・・・場合によっては今回こそ破滅的な道へと動き出してしまうかも・・・

そんな破綻の結末がごく近いとばかり思っていることが、逆に今、小学生二人(時に三人)と関わるようになったことでwindows 95の頃に昔購入しておいてほとんど使わないでいた機材や、教師をしていた頃に音楽の授業で使っていたヤマハのキーボードをひっぱりだしての行動に結び付いています。動画編集活動を本格的に入れようとしているのもその流れ。

そうしたことによる「発想力」などの開発が人間の基礎を充実させ、結果としては現実対応能力もアップするという考えです。

上原先生のテープをデジタルデータ化する作業もそうですが、
少しでも「次に受け継ぐ」ということへの手をうっておきたい・・・そんな気持ちが切実になってきているので、動き出しているという感覚です。何年もの間参加できないでいた月例会に今年になって毎月参加しているのも同様です。

「今のうちに言っておきたいことを言い残すため」

「前向きに生きていこうと動き出した」というよりは「間に合わない」という焦りに駆り立てられているような・・・


(14日 朝)
天気が良かったので分校跡地の桜を撮りにいきました。毎年撮っているのですが、やはり今はもうほとんど遊ぶ子がいないであろうブランコや滑り台が心にきます。

 


(13日 朝)昨日、ご近所の方から掘りたての大根を頂きました。さっそく青々とした葉も一緒に調理しました。それで気合のスイッチが入ったのか、庭で何年も伸び放題になっていた生垣などを思い切ってバッサリ。筋力が劣っているので腕の感覚がすぐになくなってきましたが、できるだけ切りました。

大量の切り枝が出ましたが・・・燃えるゴミに出すには1メートルくらいに切りそろえてたばねなければなりません。実は昨年切り倒したシュロをはじめとしてのもろもろもそのまま庭のあちこちに放置されているままです。切りそろえる作業への気力もわかないし、そろえたとしてもこの量を全部出そうとしたら有料の燃えるゴミ券が何枚必要か見当もつきません。

今日の上原講義録は「国文学」の中から「教育の日常性と絵本の宗教性」についてです(昭和59年10月8日)
 
この中で「宗教」という言葉が何度か出てきますが、堅苦しい感覚の宗教とか「国家神道」とかいうようなことではなくて、もっと土着というか・・・素朴な感覚としての宗教意識のことです。現代で有名な絵本だったら「かさじぞう」とか「かちかちやま」なんていうのもそうかな????
今日も国語教材で絵本の話をしたんですけれども、・・・・・・昔の人は絵本をあてがう時に、絵本の中の登場人物は皆さんが知っている「さるかに合戦」とかね、そういう童話ばかりだと思っているかもしれないけど、もっと多かったのは、完全に一つ系統があったと思われるのは、宗教話です・・・絵本の中でね。だからその中には必ず説経の中の五説経なんていうのは絵本のいい題材になっていた。

だからそういう事をね、これはそんな難しい学問ではなくって、皆さんの知らない世界をもう少し具体的に「世の中自体がどうであったんだろう」ということを知ってやろうということから学問に入っていってもいいんですよ。じいちゃんばあちゃん達の時の日本人の生活、日本人の宗教意識というのは何だったんだろうと。

 あの・・・「教育っていうのは日常から離れてはならないんだ」ということを私は国語教材で言っているけれども、日常生活から離れられないんですよ。離れてはならんのですよ、教育は。日常性から遊離してね、何か立派な事ができたからってそれは教育ではない。だから日常生活が改変されていかなければ教育の実が上がったとは言えないんですね。

 だから皆さんが教育学を学ぶということは、それを忘れてしまっているんです。何か自分の日常生活はこっちに置いておいて、それで教育学というのを考えている。それはおかしいんですね。絵本なんかもですね、今は贅沢になっているから絵本があるんではなくてね、昔も絵本はないわけはないんです。私のこれは考えだけれども、世界中で絵本が一番早く完成しているのは日本ですよ。これは誇ってもいいことなんですよ。日本はどこにも負けませんよ、絵本は。だから日本人は昔から優秀だったというのが分かるんですよ。つまり基層教育ができているんですから。そんなことも知らないでしょ。教育学をやっている連中だって知らない。絵本の研究なんてしていないから。

 絵本の研究をしてみると、江戸時代、なあに江戸時代どころか中世に絵本が出ているんですからね、日本は。大変な国宝クラスのものがあるんですから。・・・マアそれはやや文学的な価値が高いと・・・芸術的なあれですけれども・・・。私はもっと宗教的なものの要素が入った絵本を大事に考えたいんですね。

(12日 朝)ここ数年の自分の経験をふまえると改めて感じるのは「自分が生まれてきたというのは一体何だったんだろう」という想いです。なんだか青年期の若者が抱くような想いですが、幼い頃からのいじめ等々のことで「自分は生まれてきてはいけなかったんだ」と強烈に刻印されたままその意識世界の時間が止まったままになっている感覚があるのでどうしてもそこから脱皮できないでいます。

・・・ということで今回の上原先生の講義録は9日に続いて 「伝承意識」についてです。(昭和59年 9月27日 日本教育史特講から)
人間存在のつかまえかた自体がですね「消耗品扱いになっている」ということなんですよ。存在を消耗品にするから非行少年なんかでるんですよ。子供たちが非行を働いてしまうんですよ。だけども人間存在が伝承なんだというような構え方が生まれていましたらですよ、非行なんかできませんよ、人間。そうでしょ。

たとえばですよ、みなさんも知っていると思いますが昔の合戦なんかでは一人一人が名乗りをあげてね、「・・・我こそは・・の子孫であって・・代目の・・である」と名乗りあったわけでしょ。あの時代には私は非行少年なんて出ないと思いますよ。出ていないと思いますよ。それは人間のつかまえ方が単独ではないからですよ。

(非行少年がではじめたのは)どっかで子供たちが「俺は俺だ」なんて思い始めたからですよ。「俺のやることは人には干渉されることない」っていう風にどっかで思い出したからでしょうね。

(11日 午前)昨日の家庭教師の時間は小学校1年生になった弟君が誇らしげに「1年生になった!」と部屋にやってきたことをきっかけにしての記録ビデオ撮影・編集になりました。小3になったお姉ちゃんがインタビューやテロップ、さらにはループ音源を組み合わせて簡単にBGMが作成できるソフトを用いてのBGM作りなど・・・。

それらを使ってノートパソコンの動画編集ソフトで記録ビデオ。こうした演出意識を伴う編集体験っていうのは下手な国語教育や情報教育よりもずっと高い意識に誘ってくれます。心に届かない道徳教育よりも価値的な意識に向けての耕しができます。

また取材されている方も気位の高まりというか・・・・一段高まったという意識が湧いてきて・・・ご両親からみても二人とも「顔つきがかわった」と驚くほどの変化がみられました。

出来る部分まで編集して、残りは先ほど私が編集して・・・およそ10年以上ぶりにタイトルなどがついた編集をしました。

今後いろいろな映像体験を小学生クラス以外でもやっていく予定です。

(9日 朝)今日の上原先生の言葉は昭和59年4月5日「児童言語の研究」1回目から「人間が生きる意義の根源」に関する内容です。昨日のもそうですが、ここに紹介するのは大学の教育学科での講義抜粋ですから「教育」に関する内容が主です。でも上原先生はその根底に「人間そのもの」を置いています。ですので、教育関係者ではなくてもその気になりさえすればきっと皆さんにも接点があると思いますので、内容に賛同するかどうかは別にして毎回目を通して頂けたらと思います。
・・・所詮は人間の命題っていうのはこれ以外はないですよ。継承以外はありませんよ。すべてがそうです。この役割しかはたさないんですよ、人間っていうのは。

「君は誰の子?」親父とおっかさんの子ですよ。それでやがて結婚するんですよ。それで同じことを繰り返すんですよ。俺以上の子供を作りたいなんてね。で、以下の子供しかできないなんてね。いずれにしても継承なんです、譲り渡しなんです。その点をもっと考えないと、老いも若きも考えないと・・特に若いものがかんがえないと。いかに譲り受けいかに譲り渡していこうかと・・その橋渡りを自分はしていると思う事ですよ。

こういう話をしてくればみなさんが日頃考えていた「子供とは何だろう」なんていうこともね、偉そうに大人が子供をみていたような見方が何の役にもたたないということがわかるでしょ。私ももうボツボツ成人式が終わったんだから大人の仲間入りよ、なんていったところでそれは傲慢な人と謙虚な人とで言い方がそれぞれ違うだけでしょ。

じゃ偉そうに言っている私はどうかっていうと、私は年齢的には50の域に達している・・人生50年なんていってもう墓の中じゃないですか、孫を抱いてね「おじいちゃん」なんて呼ばれているはずですよ。(学生の父親と上原の年がそうもかわらない話 略)でも私の方が若いといえる部分だってある。

さて、今朝がたですがまたリアル感いっぱいの夢をみました。(以下夢の内容)
別のことでたまたまかかった小さな病院からこの前の検査の時に偶然気になることが見つかったので至急再検査を受けに来るように言われます。で、結果は胃の入り口がかなりまずい状態で、生きられるのはあと数か月だろうと示唆されます。帰宅すると(他界したはずの)母がいて今後のことを話し合います。結果はもう手遅れなのだから下手に延命治療をしてベッド上で何もできずに終わりを迎えるよりは、入院しないで残る日々を精一杯生きようと・・・。そこに芸能活動をしているMさんと久しぶりに会うエピソードが加わったり、周囲がいろいろと余生を生きることに協力してくれる・・・・なんていう夢でした。後半はともかく、前半は案外あり得ない内容ではありません。

昨日今日はちょっとひんやりした陽気ですが、このあたりでもボツボツ桜が咲き始めました。


(8日 朝)本来「教育」「人間の成長」ということをテーマにしたこのホームページなのですが、ここ数年はほとんど私の愚痴を綴ったブログ・ツイッターのようなものになってしまっています。

その傾向は変わりそうもないですが、それだけではやはり情けないので、せっかくこのところ上原先生の講義テープをデジタルデータ化する作業をしているので、それらの内容から少しずつ紹介したいと思います。

またここに掲載したものは順次「学問のお部屋」の「上原先生講義録」のところにも載せていきます。

で、今日は昭和59年4月19日の「児童言語の研究」から「子供の言葉をきける大人」ということに関してです。
子供の言葉が聞けない先生がいっぱいいるんですね。で、親がそうです、だいたい。子供の言葉を聞こうとしていない。だから子供の言葉をどう聞くのかというところから児童の言語生態研究は始まるんだということであります。
 電車の中なんかでもよくわかるんですね。お母さん方が子供とどんな会話をしているかによって「これはいい母親だ」とか「この母親にかかってはこの子供はあまり偉くなれないな」とか「これは伸びないな」とかいうことなんであります。
 やっぱり子供と応対するのに上手な応対の仕方がある。上手な応対の仕方があるということは子供の言葉を「何がいいたいのか」ということを聞き分けてやれば子供は・・聞き分けてもらうと子供はその次のコミュニケーションに入れるんです。だけども聞き分けてもらえなかったらコミュニケーションはそこで途絶えてしまう、そうすると頭脳の訓練はそこで止んだという事になるんです。

(7日 朝)ゆうべの高3生の授業のさい、一般にはほとんど知られていない鎌倉時代の物語が話題に出されてきました。(ちなみに私も初耳でした)高校生がスマホ検索でやっとみつけた資料の冒頭、人間関係がいろいろと書かれていたのですが複雑でなんだかさっぱり分からず・・・でも高校生はノートに家系図等々を丁寧に書きながら物語の背景にある事情をいろいろと想像して盛り上がっていました。

古典でもこういう風に自分の頭を働かせてより強い関心を抱くというのは大事だと思うのですが、通常のテスト対策・受験対策古典ではそんな経験をどの程度できているんでしょうね。

人間の成長として本当に大切なことに焦点をあてた授業がなされないばかりか、受験科目にない人・所謂「理系」と分類された人には無用扱いというのは本当にもったいないことだと思います。(同様に「文系」とされた人たちにまっとうな理数の授業さえも無用とする風潮も)

(4日 朝)ちょうど小学生の授業が終わるころに雷雨になってきて、帰宅時の運転中、ちょうど進行方向付近で盛んに稲妻・・・時折目がくらむほどの強さでした。雨がやんだあとはかなり冷たい空気に入れ替わり・・・ファンヒーターを強めにつけました。

先日NHKで興福寺の阿修羅像に関する番組の再放送があり録画しておいたのを昨日観たのですが、もともと闘いの神であり怒りとか怨念とかを抱いていた阿修羅が仏に帰依し、あのように穏やかな表情の仏像としてつくられたのか、というのが大きなテーマでした。

それに対して私自身は激しい稲妻のように相変わらず例の人物たちへの怨念がますます増大・・・今月も中旬に2回立て続けて遠出の予定なのですが、最大級の大波乱になるかどうかの瀬戸際を迎えています。どんなにこちらがこれまでのことを訴えても分かってもらえるわけもなく・・・むしろ逆にますます私が悪者として周囲にいいように言いふらされて、破滅への道・・・・孤独死に追いつめられる可能性ばかりが現実味を帯びてくるわけですが、どうせそうなる道しか私には残されていないのならば、いっそうのこと私の方が恨みを精一杯言い残して先に逝き、相手が安らかな気持ちで成仏したいという願いを打ち砕いてやろうか・・・という何十年も抱き続けている気持ちを今度こそ具現化してやろうか・・・という気持ちが体いっぱいに充満して、ほとんど眠れない一夜を過ごしました。

さすがに夜明け近くになってちょっとウトウトしたのですが・・・その時に観た夢は児言態の合宿で研究授業に向けての指導案作成の会議をしている場面でした。

起きた時、ちょっと不思議な感覚でしたね。怨念にまみれているような夢ではなく、教育的なことで我を忘れて夢中になっている自分がそこにいたというのは・・・。

先々がどうなるかという想いは断ち切って、今この残された日々を児言態的なことに費やせという上原先生や父からのメッセージだったんでしょうか???

ちなみに昔から「雷の多い年は豊作」と言われているそうで・・・これには放電現象と空気中の窒素との関連など科学的な根拠がちゃんとあったとしばらく前に聞いたことがあります・・・この怨念のエネルギーが転換すればいいのでしょうが。

(3日 朝)1日の和歌のせいなのかどうか分かりませんが、昨日の朝にみた夢は・・・知り合いに半ば無理やり医者に連れていかれます。「そんなに心配するようなことはないでしょう」とにこやかにいた医師が私の喉の奥をみたみたとたん顔色が一変・・・胃から喉まで悪性のもので埋め尽くされているから即刻入院で手術と言われます。でも実はとっくにもう手遅れの状態ということなので入院も断って・・・・というあたりで目が覚めました。(ここ数日、胃がもたれやすくというのもあるのですが・・・)

髪があまりにも伸びすぎたので床屋にいったのですが、こういう心境の時って、髪を切るとか身辺の片づけをするのとか・・・そんなたびに「あちらの世界に行く時期が近付いているのを無意識にキャッチしての身辺整理」なんて考えてしまいます。最初の学校でお世話になったS先生もある時急に机や棚の整理をはじめて「どうしたんですか?」と周囲に聞かれて「いやー、なんだか急に片付けたくなって」と答えていた翌朝でしたから。

そして今朝未明にみた夢ですが・・・
最初の学校に赴任していた時に借りていた借家に私の荷物がたくさんおいてあるから引き取ってほしいと大家さんから連絡があって、行ってみると何故か山のように荷物が残っていて・・・どうしようかと思っていると、そこに現れたのが新採の時からお世話になりながら突然死で他界されてしまったはずのS先生。片付けの手伝いをしてくれた・・・・という夢でした。

単に昨日髪を切りながらS先生のことを思い出していたからなのか・・・・それとも本当にお迎えの前兆なのか・・・・


(4月1日)
今日から平成29年度がスタート・・・そんな朝に月初め恒例の万葉集占いで出会った和歌は・・・

出でて行きにし 日を数へつつ 今日今日と 我を待たすらむ 父母らはも(一に伝ふ「母が哀しき」)  890番

口語訳 出かけて行った日を数えて幾日たったから今日は帰るだろう、今日はと、自分の帰りを今頃は待っていらっしゃる筈の、お父さんやお母さんよ。ああ、お母さんの心がおいとしい。(折口信夫先生の訳を一部改変)


父母を残して遠く奈良へ旅立った18歳の若者が、旅の途中で病気になり息をひきとるさいに残した6首の中の一首です。新年度の初日からすごい和歌と出会ってしまいましたが、昨日などにも書いた内容を考えてみれば、ある意味で私の心境をストレートに反映しているのかもしれません。今の心の波動が共鳴して呼び寄せたような・・・。

万葉集占いとは目を閉じて適当に開いて指さしたところにある和歌を出会った和歌としているのですが、今回は二首の中間を指さしていてややそれが890番よりだったのです。ちなみに近かったもう一つの889番の和歌は口語訳だけ載せておきますと「
家にいてお母さんが看病をしてくれたら、たとえ苦しいにしても慰まる心持ちもするだろう。たとえ死ぬにしても。どの道後々は死なねばならぬにしても」です。

母の推定命日があけたこの日に・・・何か意味ありげです。


(31日 午前)
29日から今日までの3日間が母の推定命日・・・この3日間の中のいずれかで息をひきとったと思われます。(他界したあと一か月近くたって孤独死として発見されました)あれこれと複雑な心境で毎年この3日間は過ごします。特に今年は例のごとく一部周囲からのあることがあって余計にこれからのごく近い将来に破滅がありそうという中でのことで・・・28日にもほぼ同じ事を書きましたが・・・どんな気持ちであちらの世界からこちらを見ているのかな・・・ということばかり考えてしまいます。

学校やお役所関係などでは今日が年度おさめ。明日からが平成29年度です。教師をしていた頃はかなり大きな意味をもっていたんですが、今となっては日常の流れの単なる通過点の一日でしかありません。

(29日 朝)行ってきました。七回忌なので礼服ではなく紺色のにしたのですが、ネクタイ着用のスタイルなど、礼服では平成24年12月の父の葬儀以来・・・今回のように普通のだといつ以来なのか記憶にありません。革靴などもそんな感じなので出してみたら相当傷んでいて・・・親戚にはいつ何があるか分からないのだから礼服とちゃんとしたスーツと最低2着は常時きちんと用意しておかないとダメ、と言われたのですがね・・・

お経をとなえてくださったのは若いお坊さんではなく、かつて小学生の時に私の父に担任されたこともあるというご住職さんでした。法要後にちょっとお話をしている時に来年は父の七回忌ということにも話が及びました。

自分としては珍しい姿だったので帰宅後、小雨降る中、セルフタイマーを使って写真をとっておきました。下にセーターを着ているのですが、もしワイシャツのまま着たら上着もズボンも結構ダブダブです。

ちなみに年末頃までは82キロくらいあった体重がこのところ特にダイエットなどしていないのに急激に減り続けていて現在75.2前後。やせたというよりはやつれた?・・・あるいは何らかの病的な要因????

 


昨日の運転中も痛み出していましたが、夜中には腰痛がかなり悪化・・・今もこうして座っているのがかなりきついです。


(28日 朝)
今日はこれからいわきへ出かけます。例の遠出というのもあるのですが、もう一つ・・・母の七回忌なので埋葬されているお寺でお経をあげて頂くために・・・諸事情で私を含めて参加者は二人。本当に今の私をとりまく状況というか・・・いろんな人たちの言動を母はあちらの世界から祖父母たちと一緒にどのように見ているのかな・・・なんてついつい考えてしまいます。

(26日 夜)とにかくあれこれと考えずに上原先生の講義を録音していたテープを片っ端からデジタルデータ(MP3)形式にしています。アナログの反転再生機能付きのテープレコーダーとデジタルボイスレコーダーをつないでダビング・・・一本が90分・・・それをパソコンにとりこんで余計な部分をカットして・・・。やってもやってもまだまだという感じです。講義のが終わったら今度は会員の方から寄せて頂いた月例会などの録音テープもダビング予定です。

問題はこれらのテープ起こし。視力調節機能もガタガタだし、座っての作業も滅茶苦茶しんどくなっているので私が全部起こそうとしたら何年かかるかわかったものではありません。でも・・・20年以上前のテープですが上原先生が語られている言葉は、今の時代、これからの時代にますます意義深いものになると思うので、今、なんとかして形にしておかなければ埋もれてしまうでしょう。

仮に私がポックリいったらうちにある児言態関連の資料もゴミとして捨てられてしまう公算が大です。もちろんそうした関連のものは捨てないで児言態の会員に連絡するようにとの書き置き付きで資料整理もしていかなければならないと思っています。


(23日 朝)
研ナオコさんが畳で足をすべらせて転倒・・・右大腿部頸部骨折ということなのですが・・・他人ごとではありません。母方の祖父も縁側から部屋に入ろうとした時にわずかな段差で転んでやはり大腿部頸部骨折しましたから。頻繁にバランスを崩したり転倒している私もかなりリスクは高い・・・

それだけに「今のうちにやらねば」という焦りのような気持ちも強いわけで・・・・最近ちょっとずつ実行に移すことが増えてきていること自体はいいことであるハズなのですが、「また何かに取り組めるようになってきている」という喜びよりは、以前の自分と比べてしまっての衰えの再認識や、「どこまでやれるだろうか」という気持ちばかりで・・・・。

先週、KOU君が「ドラゴンボールZの主題歌の中にこんな言葉がありまして・・・」と最近私がこだわっている「意識世界の器化」に関連してのことを教えてくれました。

『頭カラッポの方が 夢詰め込める』

確かに今の自分などは「器化」と主張しつつ、自分は全くその真逆だと反省させられます。

(21日 朝)お墓参りには19日にいってきたのですが、そのせいか足腰の痛みが悪化して、ゆうべの家庭教師の時には座っているのが本当にきつかったです。

数日前にまた転倒してしまって特に左肩にダメージ・・・これも断続的に顔をしかめるほどの痛みが走ります。そしてゆうべもまた転倒。倒れたところが布団の上だったのでダメージは少なかったですが、こんな調子でいたらいつ取り返しのつかないような転び方をして日常が一変してしまう可能性がどんどん高まっていき、やがて・・・という不安がつのります。

今朝は4時頃には寝付けずに起きだして、昔ごく簡単なアニメを教え子たちと作っていた頃にアフレコで使っていた古い機材(マイクや音声ミキサー)を発掘しました。ちょっと最近もくろんでいるある企画のために・・・

(17日 朝)
児言態の月例会への参加をはじめとして、何年にもわたっての冬眠生活のようなことから脱却している気配があるわけですが、さらに違う面でもこれまでとは違う行動をとるようになりつつあります。それが吉とでるか凶とでるかは分かりませんが内なる声に従って今の私の生活状況からみたら常識破りなことへの挑戦???

長編アニメに着手した宮崎駿監督ではないですが、どうせ破綻に向かってしまっているなら、今できることを少しでもやっておかないで終わりを迎えたらきっと大きな後悔をしながらあちらへ行くことになりそうなので。

・・・ということで昨日も思い切った行動にでたのですが、その影響なのかどうか知りませんが、また葬儀がらみの夢をみました。これも生々しい感覚が伴っています。ごく簡単にいうと
かつてこの家の主だった祖父の葬儀。納棺を前にして私は何人かの教え子たちといっしょにいます。子供の一人が「あれ、動いてるよ!」と。確かに寝心地が悪そうに頭を動かしているようにみえます。葬儀会社の方は「よくあることです。細胞に栄養分が残っていると亡くなっていても動かせるんです」と平然としながら作業を進めている・・・そんな夢でした。

なんだか今の自分と重なるような気がしました。(残った力をふりしぼって動こうとしている感覚)

(11日 午前)
今日で東日本大震災から6年・・・・とはいっても震災は過去のものではありません。被災した方々にとっては今なおという感覚です。東北のかげに隠れて被災地と思われていないことの多い茨城県の我が家周辺でさえ、住めなくなって空き家になったまま壊れかけている家や崩れたままの塀はあちこりにあります。最近になってようやく取り壊しの工事が始まった家も何軒もあります。

ましてや例の遠出で福島県に行けば震災の爪痕はいたるところに残っています。そしてさらに他の地域へ移り住んでいる方々への偏見・・・子供たちがいじめられているとかいう話が絶えないというのは本当に情けないことです。

(10日 夕方)夜中にまた生々しい実感を伴う長編の夢をみました。ところどころ忘れているのですが、基本的にはまた火葬場・葬儀がらみの夢です。他界した父や母も生きているということで登場しました。

(以下夢の概略)父が若い頃から師と仰いでいた方が亡くなったという知らせがあって、我が家も一家総出で葬儀のお手伝いにでかけることになりました。私は夜に予定されていた家庭教師の仕事をキャンセルするために先方へ電話をするのですが、なかなか通じません。そのうち電話がかかってきて母がとったのですが、これが(夢の中で)つい先日お試し授業をやった男の子からで「やっぱり見てくれの悪い中年のオヤジみたいな人には教わりたくない」というキャンセルの電話。寂しげな私の様子をみて母は私の置かれている状況の厳しさを再認識してくれています。葬儀会場での出棺の時、何故か棺のふたが釘で打ち付けられていなくてみんなが運び出そうとした際にふたがずれて頭のあたりが見えました。火葬場は相当大きな施設で・・・多数の棺が次々と炉に機械仕掛けで運ばれていきます。そんな様子をずっと見ていました。

ここ最近いろいろな事で「大きな節目にさしかかっている」という気がしているのですが、ますます迫ってきているという気がします。

(9日 朝)
厳しい冷え込みですね・・・昨日の朝なども道路に残っていた水たまりが凍結していました。
水戸名物の梅の花はどんどん咲き始めていますが・・・・心も冷え切っているし、腰痛などはますます悪化しているし・・・パソコンでテープ起こしの作業をしてもすぐにダウンです。(視力の低下も尋常ではない)

(5日 朝)何とかこうして更新作業をしていますが、上野についたあたりで周囲の見え方が格段に悪くなり目眩というか貧血状態のようにふらついて何度もよろけそうになりました。児言態の集まりに参加する頃はややマシになりましたが・・・・
上原先生の語録作成等々も早く進めなければという思いも再確認・・・児言態のためというよりも、子どもたち・若者たちのためにということで。

それぞれの「今」を精一杯生きるために・・・

(4日 朝)昨日はひな祭り・・・今年も近所の方からちらし寿司を頂きました。旬の便りです。

 

足の痛みに加えて片頭痛の発作も起きてしまい、ゆうべから鎮痛剤を飲んでいます。今日はこれから児言態の3月例会に出かけますが・・・ちゃんと参加できるかどうか・・・椅子に座っていてもかなり辛い状態がここ数週間で加速しているので、電車だとか会議で長時間座っていることで、明日以降かなり厳しい状況になることは避けられないと思います。(だからといって立っているのが楽というわけではないですが・・・突然のめまいというかふらつきも相変わらずですから)

(2日 朝)ゆうべも寝付けないでいたときに急に学年発達視点で図式化の形が浮かんできて・・・明け方まで2時間以上書いていました。前回のよりは余白がありますが・・・やっぱりゴチャゴチャしています。

ここ数日、夢の中で父や母と言葉を交わすようなことが増えています。対話の内容は覚えていないのですが・・・何か節目が来ているという暗示????

書き終えてひと眠りして起きたら、右足首に痛み・・・・悪化したら明日の児言態参加がきつくなります。

(3月1日 朝)27日の真夜中・・・寝付けないでいた時に児言態の原稿の構想をぼんやり考えていたのですが・・・ちょうど2時頃に次々とこれまで考えてきたことがつながりはじめてきたような感覚になりました。このままでは忘れてしまいそうだったので起きだして紙に書き始めたのがちょうど2時半。私が考えて書いているというよりも次々と頭に言葉が浮かんでくるのを書き留めているという感覚で、A4の白紙にぎっしりと4枚分・・・書き終えたのは5時半頃でした。
この前できなかった分のKOU君の授業がゆうべあったのですが、そのメモ書きの検討・・・さらにわずかな余白にも書き込みが加わりました。

今日から3月・・・恒例の万葉集占いですが、今朝ひきあてたのは挽歌でした。柿本朝臣人麻呂が亡くなった時に妻が詠んだ歌です。

今日今日と 我が待つ君は 石川の 貝に(一に伝ふ「谷に」)交りて ありといはずも(224番) 

口語訳(小学館) 今日こそ今日こそと私が待っているあなたは石川の峡に(また「谷」に)はいっているしまっているというではないか  

口語訳(折口先生) 今日帰るか 今日帰るか と毎日わたしが待っていた人は、石川の谷間に紛れ込んでいるということではないか。あゝ無駄に逢う日を待っていたことだ。


過去のことにいつまでもこだわっていたり囚われていたりするのはもうやめて再出発を・・・という示唆なのでしょうかね・・・

(25日 午後)腰痛やむち打ち症のぶりかえしなどで思うように体が動かず難儀しています。今日は早朝から例の遠出を電車で行ってきたのですが、さらに私が諸悪の根源であるかのような言われようで・・・近い将来この家に住むこともできなくなり路頭に迷ってあちらの世界に旅立つことになるのではということがどんどん現実味を帯びてきています。

そうなる前に遺言がわりといったら変ですが、「児言態的全人教育論」のアウトラインをはっきりさせたり、上原先生の語録もある程度形にしたいなと思っています。

・・・でも正直いって・・・都合よく一部の連中に利用されまくって何十年もめちゃくちゃにされ続けた人生がこんな風にカウントダウンしていくというのはとっても悲しいというか悔しいというか・・・「人を呪わば穴二つ」と言われてもついついそういった方向へ気持ちが暴走中です。

(22日 朝)
この前の月曜日・・・小学生の授業の時にこんど小1になる弟君がずっと部屋にいました。エネルギーの塊のような感じで、好奇心旺盛+元気がはちきれている幼児の典型の子・・・数年前に会っていた頃からさらにパワーアップです。

途中、かつて小学生を担任していた頃のようにちょっと抱え上げようとしたのですが・・・なんと20センチほどしか持ち上げられず・・・ショックでした。かつては小4~5年生くらいはひょいと抱え上げて肩車したりできたのですが・・・・。もちろん筋力の低下は自覚していましたが、まさか幼児をほとんど持ち上げられないほど低下していたとは思っていませんでした。

(19日 朝)一昨日の春一番から一転、再び寒さがぶりかえして・・・そんな中、昨日は起きた時に何とかなりそうと感じたので、参加を断念していた児言態の月例会に急きょ行ってみることにしました。
新宿あたりで目の見え方にこれまでとはちょっと違う異変がおきて・・・バランス感覚も低下・・・何とか現地についたという感じでした。

先日の小学生授業のさいにでた「靴」(足跡)に関するやりとりなども紹介したのですが、「壺」や「たまご」ということのイメージと根源ではやっぱりつながっているんだろうな・・・なんていう話になりました。そこにはこれまでの人生や、そのまた祖先たちの様々が流れ込んできていて・・・ここからまたいろんな可能性に広がっていく・・・そんな感覚です。

(14日 朝)厳しい寒さですね・・・先ほどからファンヒーターを強にしていますが指はガチガチにかじかんでいて思うように動きません。おとといの転倒での後遺症も多少あるし。

昨日の小学生の授業は、最初の雑談の中で「ストレス」という言葉が子供たちの方からでてきて・・・予定を変更していろいろと聞いてみました。あとで紹介したいと思いますが、古来からの日本人の「型(器)」意識や「みそぎ」意識につながるような発言が飛び出してきて・・・とても小学校2年生と3年生にやった授業とは思えないような板書となりました。


(12日 夜)目眩というかバランス感覚がおかしくなることがまた増えていて・・・今日の昼間、また室内で転倒してしまいました。この前に比べれば体へのダメージはずっと軽かったのですが、時間がたつにつれて手首等々に鈍い痛みが発生しています。

(11日 夕方)どうにも体調がしみじみしません。足腰や肩の痛みもまたひどくなってきているし・・・ほとんど布団の中です。困ったものです。壺作文のデータ化も数日間全く進んでいません。

(7日 朝)昨日、久しぶりに小学校低・中学年各1、合計2人の授業をしました。児言態の研究授業で平成26年12月に私が授業をした時は高学年だったので、この学年は本当に久しぶりです。内容は二人の発言を受けながら学校教育のカリキュラムを超越していきました。

やっぱり子ども(大人だって)自分の想定をはるかに超えた力を内在しているものですね。

(4日 朝)昨日は節分で暦の上では今日は立春・・・とはいっても今朝も冷え込みはきついです。マア本当の季節感にそっている旧暦でいえば、昨日が1月7日で「七草がゆ」ですから寒さ真っ只中というのは当然のことなのでしょうね。11時半すぎに家庭教師から帰宅して日付が変わるギリギリに簡単な豆まきをし、今年の分の豆を食べました。

子どもの頃は年々一個ずつ食べる数が増えていくことを喜んでいたものですが、ここ数年は正直いって「今年のノルマは○つか」と思いながら豆の数を数えつつ・・・という感じです。幼い子どもが節分豆で窒息する事例が増えてきているので乾燥した豆などを食べさせるときには注意という呼びかけがありましたが、その危険性はノドの老化現象が進んでいる私もどうようで、ぬるめの白湯を何度も飲みながら飲み下しています。

そんな風に仏間で豆を食べながらゆうべもフト「人生であと何個まで節分の豆を食べられるのかな?」と思ったのですが・・・・最終的にいくつまで節分の豆を食べるかは人それぞれ・・・・。節分豆は前日のうちに買って神棚の前(仏壇のわき)に御供えしていたのですが、その場所には既に他界された教え子たちの写真も飾ってあります。「この子は12個だったんだな・・・この子は・・・」というように考えると複雑な心境でした。

ちなみに昨日の午後、近所のスーパーにいくと例年になく大量の恵方巻が山積みされていて驚いたのですが・・・家庭教師の帰りに寄ったときはすべて売りつくされていました。関東の業界が盛んに流行らせて定着させようと何年も頑張ってきた結果なわけですが、私は自分では恵方巻を買ったことは一度もありません。「ここは関東だ」という妙な意識もあるのですが、現実問題としてはあれを噛み切らずに最後まで食べるという行為は健康どころかかなり危険を伴う行為です。ノドの老化で激しく咽るような咳がとまらなくなることもあるし・・・。以前たまたま節分の日と重なった家庭教師の際にハーフサイズのをごちそうになったことがありますが、その当時でさえ、途中で何度も口から話してしまいました。

そんなこんなで1時頃に眠りについたのですが、未明にかなり現実感を伴った、でも現実にはありえない夢をみました。長かったのですが、一番の場面を紹介しますと父方の祖母が臨終をむかえています。でもみんな仕事や用事で忙しくてだれも駆けつけることができていません。部屋の中には祖母と私の二人だけ。いよいよ息をひきとってしまって・・・何故か隣の部屋には納棺用の幅の狭い布団が用意されていて、そこに私が祖母を亡骸を移し変えることになりました。移し変える際、既に亡くなっているはずの祖母が自分でも少しずつ体を動かしながら納まる位置を微調整。「こっちでやるから大丈夫だよ」と話しかけたのをきっかけに、何度か祖母と言葉を交します。そのやりとりはほとんど覚えていないのですが、一つだけ覚えているのは「昼間の仕事がないから僕は何とか最期に立ち会えたよ」と言ったこと・・・。やがてみんなかけつけてきて・・・納棺されて・・・火葬場へ。という内容でした。ここで一度目を覚ましました。4時半頃です。いつもだったらここでトイレに行くのですが今朝はそのまま布団の中で夢の内容に刺激されての祖母とのことや、既に他界された方々のことをいろいろと思い出していました。で、いつのまにかまた寝てしまって・・・

そのときに今度はかつての教え子たちや、新たに出会った子ども達が大勢出てくる夢をみました。目を覚ますと7時半・・・・約6時間一度もトイレにいきませんでした。体調によっては1時間おき、普通でも2~2時間半おきに何度もトイレに行く私にとって、こんなに長時間寝ている間にトイレに行かなかった記憶はこの前に続いて2度目です。

(2月1日 朝)体調の関係でなかなか更新できないでいます。足腰や肩の痛みなどでほとんど寝付けない夜も多く・・・昨日もそんな状態だったのですが、例の遠出でいわきまで・・・・ヘロヘロです。

今日から2月、恒例の万葉集占いです。今朝であった万葉集の歌は長歌でした。(50番)ごく簡単に言えば目に見えない世界の神々と一体になって政を行なっているから世が安定している、ということを讃えた内容です。

個人的な価値観とか人間の目先の判断・常識等々を超えた神のような視野にたっての政が基本中の基本・・・・なんだか今の世界情勢をみつめる上でタイムリーですね。

もちろん私個人の生き様というところでも、現実的に生活が追いつめられている今だからこそ、私個人の利害をこえた視点から生きる方向を定めていくように、というあちらの世界からのメッセージなのでしょう。

(23日 朝)先日のKOU君との授業の際に、クラス担任していた頃に作成したミニドラマをいくつか視聴しました。あと平成6年に担任した2年生のクラス紹介や一年間の思い出ビデオ・・・・。

社会人になった今でも時折会ってやりとりしているS君もいれば、もう他界してしまっている聖良さんやバットマン君の姿もあって・・・複雑な心境でした。作成していた当時は、まさかこの中から私より先にあちらへ逝ってしまう子が出てくるなんて夢にも思っていませんでしたから・・・・

(20日 朝)12日の反動で体調は極めて不安定な状態が続き・・・一昨日からはそんなに高い熱ではないのですが微熱前後で強烈なだるさ・・・ほとんど家で過ごしている日ばかりです。(16日は震災の直後に会った以来の教え子と貴重な時間を過ごすことができたのですが・・・やや体調がマシだったので助かりました)昨日の夕方からは何故か大量の鼻水がとまらず・・・現時点でもけっこう大変。

広島の中学2年生が書いた「壺」作文の分析をKOU君やチョコレートさんの助けをかりて行なっているのですが、当初考えていた以上に様々な意識と関わっているようで・・・・中2という段階の生き様をありありと浮かび上がらせてくれるような気がしています。

「大人としての人生意識への橋渡し」という点でも・・・

(13日 朝)前の晩から足腰や肩の痛みが悪化してほとんど眠れず・・・・明け方の寒さのせいか不整脈の発作も起こりかけて・・・それでもどうしても私が一緒に立ち会う必要があるからということでいわきに出かけたわけですが・・・。

ある方が車を出してくれるという事で昨日は電車でいわき駅までいってそこからは車だったのですが、やはり体の負担は相当あったようで・・・目的地に着いてからも断続的に平衡感覚を失いよろめいたり転びかけたり・・・・。周囲の方々に大分心配をかけてしまいました。

それでも例の人物だけは「フン」という感じで私を気遣ってくれている人たちに「足腰が痛いとか体の調子が悪いとか言ったって、こうやってくることが出来てるんだから大したことなんてないのよ!大袈裟なんだから!!」と・・・。

それなら素直に昨年6月に医師から「もうこれ以上の無理はするな」と言われていることをきちんと実行してやろうかと思ってしまいます。ただ、それをすると当人というよりは、私以外の誰かが私の負担を肩代わりにすることになってしまう・・・それが申しわけないというのもあって・・・・あの人物に人生を目茶苦茶にされるのは私一人で十分です。

もちろん私だってこれ以上目茶苦茶にされたくはないですが、正直言っていつ転倒とか自爆自己でアウトになるか分からない・・・そのリスクが極めて高い毎日・・・・ならばせめて残された力は将来を担う若者たちのために使いたいと思うのが正直なところ。

自分の身勝手さとか利益のためには他人の人生を踏み台にして、それを生き方が上手なんだと若い頃から自負して生きてきたあの人物(本当に小学生の頃からその人物も生きる姿勢も最も嫌悪してきました)のさらなる我がままの為に、貴重な生命力を消耗したくないというのが何十年も抱いてきた本心です。妙な因果で私が貧乏くじをひいてしまったような形になってしまっているにしても・・・・。

(10日 朝)ノドの老化からくる咽るような咳がさらに悪化・・・発作のように激しい咳をくりかえすのですが、ひどくなると呼吸困難状態。足腰の痛みも強いので児言態の作業やKOU君たちとのやりとりのテープ起こしも全く進められていません。本当に困ったもの・・・というか情けないです。

(7日 午前)急きょKOU君の授業にチョコレートさんとS君が飛び入り参加・・・・壺の話を中心に熱く語り合うこと7時間以上・・・さいしょは「今回は3時間程度」という話だったのですが・・・とっても濃い時間を過ごせました。

終わる頃、KOU君が「こんなのが松下村塾っぽく・・・」と言っていたのですが、以前の社会人クラスのように教育関連ということに限定しないでいろんな畑の同志達が集い生で直接語り合う場が定期的に行なわれるようになると、違った展開がみえてきそうなんですが・・・。

帰宅後あまりの冷え込みになかなか寝付けなかったので、一応眠れたという感覚が得られたのが午前10時頃。明け方にセットして炊いておいたおかゆに七草セットを塩茹でして混ぜて先ほど七草粥を食べました。

(5日 朝)月曜日が仕事始めの予定だったのですが、頭痛がひどくなったので3日夜に変更しました。何とかスタートをきることができたのですが、昨日は朝から腰痛が急速に悪化。午後から家庭教師だったのですが、正直かなりしんどかったです。

夜には咳がますます悪化・・・むせるような感じで呼吸困難になる咳き込みが断続的・・・。なかなか寝付けないでいたところにまたもやや強めの地震。(震度4でした)これが引き金になって今後の生活への不安や絶望感がどんどんと増大し、明け方まで眠れませんでした。あいかわらず腰も痛いし・・・・そんな状態の時に例の遠方から電話・・・ちょっとしたものを買ってきて欲しいんだけどいつ来られるのかと・・・

こちらの体調のことを言ってもボロクソ言われてますます不快になるだけなのでやんわりといついけるとははっきり言えないと伝えたのですが・・・・・今回の電話でも私が単なる道具であることにはかわりないという趣旨の発言があって爆発するのが抑えるのが大変でした。

ほとんど動けないでいるので録画したままたまっていたNHKBSの「新日本風土記」をまとめて観ています。今、児言態的全人教育論としてまとめようとしている事へのヒントがそれぞれの地域の伝統行事や生活の中に感じられて・・・・それはそれで現在の体調不良を一部プラスに転化できているかな?????

(2日 朝)午後からノドの腫れがさらに悪化して確実に声がおかしくなり・・・37~38度の間をいったりきたり・・・熱の出方からするとインフルエンザではないようですが本格的な鼻風邪です。今朝は腫れもひいてきたような・・・

夜になって帰省してきた具利院さんがお姉ちゃんと一緒に訪ねてきてくれました。玄関先での立ち話だったのですが、その時にまゆみ'2002さんに「先生の今年の目標は何ですか?」と聞かれとっさに答えたのが「来年も年をこして、こうやってまたみんなと会えること」と答えました。これ、かなり本心です。

今朝みた夢・・・これが初夢?・・・かつて小学校の時に住んでいた団地が舞台。かなり傷んでいるなと思いつつ歩いていたらかつて同級生だった男のお母さんにばったり会います。彼自身はどうなっているのか分からない状況だったのですが、何故かタイガーマスクのコミック原画の初期の頃のをその方が持っていて、それを私が譲り受けます。その後近くを歩き回ったのですが面影はほとんどなく・・・・という夢でした。

(平成29年 1月1日)家庭教師も入っていたのですが、暮れから本格的な鼻風邪気味で・・・発熱はないのですがノドの腫れや咳で声がちょっとおかしいです。

昨日はKOU君宅で家庭教師のシメだったのですが「壺作文」をきっかけにして今年の総決算のようなまとまったやりとりになりました。

KOU君宅に行く直前に来客・・・そして夕方にはまゆみ'2002さんやいとこ達が訪ねてきてくれて・・・・数年ぶりに会う教え子もいて・・・その子などは初めてまゆみ'2002さんたちに連れられて私の家に来た時には小学校にあがる前でした。それが大学を卒業して社会人2年目・・・時間の移り変わりを感じます。

夜には特にテレビなども観ることなく昼間のKOU君との授業のテープ起こし・・・冒頭部分がやっとだったのですが、早く仕上げて先日の児言態合宿のテープ起こしに移りたいものです。

午前0時は地元の神社でむかえたのですが、毎年撮っているお札などを焼いているたき火・・・鳥のような形が写らないかと期待していたのですが、何とか鳥っぽくみえたのがこの一枚。

中央下にちっちゃく頭があって大きく上の方に翼を広げているイメージです。



初日の出の撮影はどうしようかと迷ったのですが、ギリギリの時間になって出かけ、速攻でパチリ。







さて、月初め恒例の万葉集占いですが、年明け早々にひきあてたのは歌番号がちょうど100番の和歌でした。

東人の 荷前の箱の 荷の緒にも 妹は心に乗りにけるかも 

口語訳)東国人の荷前の箱の荷物の緒のように、あなたは私の心をしっかととらえてしまったことです

単純な内容ではありますが、昨年10月以来キーワードの一つにしている「憧れ」とか、「君の名は。」のキーワードである「結び」と通じるものを感じました。

(29日 朝)やっとうとうとしたと思ったら、また火葬場を舞台にした夢をみました。本当に私は小学生の頃から火葬場や葬儀にからんだ夢を何度もみています。

(以下、夢の内容)細部は起きた時点で忘れてしまったのですが、ある大きな火葬場のお手伝いをしています。炉で焼き終えた台車を他の階の納骨室に大きなエレベーターで運ぶのが私の役目。台車には遺影とか遺品とかも添えられています。次々と送り込まれてくる火葬場なのでエレベーターには2台ごと乗せて運ぶのですが、印象に残っているのは大きな台車と小さな台車を一度に運んだ時・・・・大きな方は年配の男性、小さい方には遺影はなかったのですが、赤いランドセルが遺品として添えられていて・・・・そのお二人は他人同士なのですが、その組み合わせにより複雑な想いを抱いている私がいました。

(28日 夜)先ほどの地震・・・県内の北部では震度6弱・・・ちょうど寝ようと思って電気を消してから1分ほどした時にガタガタッと揺れ始めました。水戸市でも結構真面目な揺れで、正式な発表はまだないですが震度は5弱以上と推定されているとニュースでは言っています。

その後再び揺れがありましたが、とりあえず今のところ家の中で大きな落下などはないようです。

これがより大きな地震の前触れでないことを切に祈りたいです。

疲れているので寝たいのですが・・・・また余震が起きるのではないかという不安で寝付けそうにないです。

(27日 朝)児言態合宿への資料作成等々で精一杯だったので更新できずにいました。

24日のクリスマスイブ夜はKOU君宅での家庭教師。たまたまネット上に「クリスマスイブを独りで過ごす未婚の20代の割合が増加」という調査結果が出ていたということが話題。その集計をみながら「少なくとも今年は独りでは過ごしていない」と私が発言。でもこの状況では「若い男性と過ごしている・・・ということになってしまうか!」・・・・でもそれを言ったらKOU君は「中年の男と過ごしていた」ということになってしまうということで二人で盛り上がっていました。

25日は児言態合宿のために葉山へ。ここにくるといつも夕日や富士山の写真を撮るのですが・・・今年はこんな感じでした。






葉山からの帰宅後、ゆうべは普通に家庭教師。

よほど疲れたのか0時頃に寝たのですが、次に起きたのが7時半・・・・夜中に眠れたとしても体調によって1時間おき、マシな時でも2時間半ごとくらいに夜中に目を覚ます私が、一度も起きずに朝をむかえるなんて先ずない・・・というかちょっと記憶にありません。

今日も昼から臨時の授業、夜には数日前に出来なかった分の授業と続きます。足腰の痛みが悪化している上、今朝はやけに目眩というか平衡感覚の以上でよろけてしまうのを連発・・・思わぬ転倒のリスクが高いので要注意です。

午後からかなり冷え込むという予報も出ているし・・・体調管理をしっかりしなければ・・・・

(18日 朝)金曜の夜7時半から明け方4時半まで大学生であるKOU君宅をお借りして社会人のチョコレートさん、S君を交えての語り合い会、2回目が実施されました。

内容はそれこそ多岐にわたったのですが、その中でKOU君が「自然数から複素数まで」の数の広がりについて1時間ほどかけて自称「数学とか嫌いだった」という二人に解説・・・・それを引き金にして、その後の語り合いに新たな筋が一本加わりました。(ちなみにかつて小学校時代に担任していたり、家庭教師として教えていた私に言わせれば、受験数学のようなものに対しては嫌いであったものの、本当の意味で数学の発想を感じ取り、生活の感覚に活かすという構えは二人とも優れていました)

まさに数学が「らいふいんできす(生命の指標)となっている」という感覚でした。

以前からずっと言い続けていることですが、単に受験対策の無駄を省くためというような理由で「文系・理系」というような意識を早い段階から抱かせる風潮は大変に愚かしいこと・・・子ども達(若者たち)の可能性が発露することを最初から封印するようなことだと改めて感じました。

(14日 朝)資料作成のために久しぶりに玉川学園創立者である小原國芳先生の「全人教育論」を読み返そうと思ったのですが、視力低下や体調不良もあって、2ページほどで挫折してしまいました。

こうしてパソコンを打っていても老眼の影響で文字はかなりかすんでいるので半分「勘」です。誤字脱字がますます増えたとよく言われますが・・・御容赦ください。

(11日 朝)体内の違和感やあちこちの痛みでフラフラヨロヨロしながらやっとこさ(電車で)いわきへ行って来ましたが・・・・例のごとく暴言の嵐。あまりに私を悪者扱いする相手の態度にみかねて、先々で周囲の方々がたしなめて下さって大事にはなりませんでしたが、私も自分を見失って大爆発する寸前でした。

父の墓参りにも行きましたが、このまま向こうの世界へ逃げ出したくなる衝動にも正直かられました。

(10日 朝)今日は父の命日・・・ここ数日、足腰や肩の痛みに加えて胃のあたりの違和感も半端でなく全身のだるさもあって、ゆうべの家庭教師も半分以上横になって何とかしのいだという感じです。

今日は車ではなく電車を使って行きますが、自分で運転しなくても体へのダメージは毎回かなりのもので・・・・おまけに今日はあることがあって、場合によっては本当に自分の寿命や生活の破綻に直結しそうな大きな節目の日にもなりかねない・・・(それもあってここ数ヶ月ずっと憂鬱で絶望的になっているわけですが)

(7日 朝)転倒から一ヶ月以上たつのに、この数日、打撲した右肩に激しい痛みが断続的に走り、パソコン作業などがほとんどできないでいます。今度の土曜日にまともに遠出できるでしょうか?????

(12月1日 朝)更新の間が空いてしまいました。29日には例の遠出・・・向こうで散々な我がまま・暴言・・・そして私がすべて悪いかのような非難・・・・ほとほと悲しくなりました。こんな人物のために私のこの20年以上の時間は振り回され、破壊され、そして今、息の根を止められようとしている感覚です。この前のように爆発寸前になっていたのですが、今回は第三者がお二人同席してくれていて、客観的に暴言に対してやんわりとストップをかけつづけてくれていたので何とかこらえることができましたが、帰宅は夜の8時頃になってフラフラ。向こうに着いた時点でも平衡感覚がおかしくなって何度もよろけ転びそうになり・・・帰宅後はそこに足腰の激しい痛みが加わって・・・うまく寝付けない状態がますますひどくなって続いています。

ゆうべからはいつものとは違うタイプの吐き気を伴った頭痛・・・。

その影響なのか明け方に観た夢は・・・・父方の親戚の法事に体調が悪い中、車を運転していって参加・・・帰りに親戚筋の子ども達を車に乗せて送り届けることになったのですが、途中信号待ちの間に激しい目眩がして意識を失ってしまいます。ちょうどその場所が古い木造の病院で、ハッと気がつくと中にかつぎこまれていました。次々と脳をはじめとして次々と検査を受けたのですが、その最中、フト廊下をみると私の父も入院患者として同じ病院内にいるのをみかけます。向こうがチラっと私に気がついたときに私は別の検査室に・・・・。検査後に父を探そうと思っていたのですが、検査の途中で夢から覚めました。

ちなみに次にいわきへ行くのが12日10日、その日は父の命日でもあるので、お墓参りもしてこようと思っているのですが・・・・今の私の日々をどんな風に見つめているんでしょうね・・・・

月初めの万葉集占い、今年のシメをかざる出合った和歌は

をみなえし 咲きたる野辺を 行き巡り 君を思い出 たもとほり来ぬ(3944番)

 (口語訳)おみなえしが咲いている野辺を行き来して あなたを思い出してはまわり道をして来ました 

心から思える「誰か」の存在があれば、紆余曲折の人生も肯定できるというような感覚とも言えましょうか・・・・私にとってはそれが特定の個人ではなく「子ども達」「若者達」への思いということなのですが・・・・12月下旬の児言態の集まりに向けて、ここ数年考え続けてきたことの概略をまとめる作業をすることになっているので、それに向けての応援歌であるような気もします。

(26日 朝)今日は平成14年に火事で他界した教え子の通称聖良さん(平成6年度小2の時に担任)、平成26年に他界された上原輝男先生のお孫さん、そして平成21年に他界した叔父さんの命日です。体調の関係で聖良さんのお墓参りはちょっときついかな・・・・

聖良さんに関する記述はこちら

☆☆これまでの☆☆



子供達の写真・お星さま・子猫の写真

(最新入れ替え日  7月9日)

上のボタンをクリックすると大きな画像のコーナーにとびます
今回の入れ替え分


前回の入れ替え分

子供達の写真・ちょっと大き目の天体写真を2日に一度入れ替えています。



「お星さま・ミクロ世界」などの写真集
実は「顕微鏡写真」もあるんです!!

「子ども・教育」「クラス・クラブなどの思い出」関係


特設コーナー

「食の思い出」

「ペットのページ」

高電位治療器 リブマックス9000
つぶやきのお部屋内「よりぬきコーナー」にあります

聖良さんに関する記述はこちら


常連様用「特急ボタン」

お星様のお部屋

  ミクロ  イメージ  思いで  言葉  授業  つぶやき 

 学問(恩師の上原輝男先生・父の語録です・・・児言態コーナー追加)  




朝日や夕日、雲などの画像もあります。

最新画像・・・h24,5,21 「金環日食特集」



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6月25日  開設