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ワニワニ学級 本校

子ども達や自然や日常から生きるヒントを考える


ワニワニ学級へようこそ × 駿煌会 × 上原輝男記念会



このホームページでは、人類にとって生命の指標(ライフインデキス)である子供達,そして人類の未来のためのヒントを恩師である上原輝男先生や、私の父が探求されていた「古来からの<日本人>の発想」について、日々の生活を通して考えていこうとしています。

特に教育や現代人の心身の問題に関しては「<日本人>の体質」に本当にあったものを見つめ直そうと考えています。農作物もその種類によって適した育成法があるように、西洋人にとって優れた方法が<日本人>には逆効果ということがあると考えていますので。

*<日本人>という言い方をしますが、決して日本人だけが優れている、等々の考え方をしているのではありません。

日本人がこの国土や歴史や文化の中で長い年月をかけて培ってきたものをベースにしてこそ、真に豊かな人生を送れる、また社会人・国際人ともなっていけると考えてのことです。



2024年から大幅に内容を改定していきます。
旧HPの各コーナーなどの詳しい案内は下の方にあります

開設日 平成10年6月25日



  あなたは 人目の参観者です。

祝70000人突破!(H29,5,14)
(最新更新日 令和6年3月1日 夜)

新たな更新の案内は、少し下の「更新時の一言&PR」欄にあります




「ワニワニ学級へようこそ」×「駿煌会」×「上原輝男記念会」というタイアップ関係を明確にしました。
(× バツ印ではないですよ。かけ算の かける です。)
数人のメンバーで「駿煌会」なる会を結成して活動しています。そちらでは私は「虚空」と名乗っています。ブログ更新の情報などはツイッターでその都度紹介しています。

会の趣旨は次の通りです。(ツイッター プロフィール より)
アニメや理数を通して人間(心意伝承)についてあれこれと考えようとしている年齢も性別も職業も違う4人でスタートした集まりです。(現在ライン参加は11人)

☆駿煌会×上原輝男記念会 ツイッター https://twitter.com/syunkoukai?lang=ja

☆駿煌会ホームページ http://syunkoukai.komusou.jp
→近く大幅に改定予定です




NEW

ここ数年、体調の関係でパソコンの作業をまともにするのもかなり困難になっています。それがまともに出ているのが「誤字脱字」問題です。拡大鏡をつかっていても気が付けないんですよね。2月19日に受けた治療の効果が若干あって、少しは気が付けるようになったのですが、それで改めて コミュニケーション雑感 を読み返したら、信じられないレベルの誤字脱字のオンパレード。こういう意味なのかなと想像してもらうのも困難なくらいのが多々あって・・・お恥ずかしい限りです。

今の時点で気が付いたところは修整してみました。

まあ不幸中の幸いといいますか・・・・このシリーズ、この前まで毎日連載していましたが、ほとんど閲覧されていなかったんですよね・・・・更新した際にカウンターをみるとほとんどが「ゼロ」(苦笑)

これから読まれるかどうかは分かりませんが、ほとんど読まれていない現時点であるていどまともに修正できたのは良かったです。

社会的に何の実績も知名度もない私ですが、それでもこの世の中が人間らしい人達が報われる社会になっていって欲しいと願っての連載。

ツイッターでも繰り返し書いていますが、コミュニケーションで悩んでいる人達、悩んでいる人達と携わっている方々、学校の先生方(国語に限らず)・・・・人間らしい生き方に関心をもっている方々と、交流していけたらなという願いで連載しました。



 

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☆連載中 「コミュニケーション雑感」 2024年1月27日~
*順番に読んで頂きたいですが、気になったところの拾い読みでも分かるようには書いているつもりです

 1,はじめに

 2、「社会性と社交性は区別しましょう」

 3,「失敗 ではなく 間違い」と受け止める

 4,自己紹介・自己PR

 5、「他人の気持ちが分かる」って可能?

 6,通称「心の図」解説

 7,葬送のフリーレンより 「大事なのは姿勢」


 8,葬送のフリーレンより 「空気をよむ 本来の意味」

 9、ただの我が侭である「空気をよめ!」

10、「ネアカとネクラ」の流行

11,共通体験も大事なベース・・・我が子たちの雪遊びコメントから

12 違う話題の裏に潜む「共感できる部分」 「かまくら」を例にして

13 違う話題の中に接点を見いだす~数学的発想の知恵~


14 ネット社会は超大規模井戸端会議? 小4「うわさ」作文より

15 信頼感の薄れた社会を何とかしませんか?

16 世代ごとの共通の話題「歌謡曲編」

17 同世代のアニメ好き同士でも通じない?

18 アニメ「ガルパン」を通しての人とのつながり

19 アニメ「ガルパン」大洗の活性化

20 アニメ「ガルパン」ファンと地元との交流

21 アニメ「ウマ娘」最初はボロクソ意見が多かった

22 アニメも人間もすぐに判定するのはテスト対策国語の影響?

23 「叙述に即した確かな読み」の一人歩き?

24 「憶測でものを言っちゃいけないよ」

25  アニメ・ドラマ・漫画などでも人間・人生を学べる

26  早期英語教育はどうしても必要不可欠なのか?
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今回のコミュニケーション雑感12で引用している「かまくら」についての文は、こちらの姉妹の方々から今回寄せて頂きました。(この画像は平成17年度のものです)





(7日 夜)コミュニケーション雑感11「共通体験も大事なベース」の中で紹介しているある教え子からのコメント。その当時の学校での画像です。一応顔は隠しています。

校庭いっぱいに積もった雪。
まだ誰も遊んでいない真っ白な世界に飛び出して言ったのはうちのクラスの子。
ランドセルをおくなり「遊んでくる」と。
かまくらを作り始めました。



やっと完成。一人がやっと入れる大きさですが、子ども達は大満足。



次々と登校してきた子達も飛び出していき、もう少し大きいかまくらを作ろうとなった様子。
みんなで作り始めました。
うちのクラスの面々は雪合戦などはしていなかったですね。みんなかまくら作りに加わっていました。




ちなみに画像からもわかるようにこの時点でも校庭はうちのクラスの子たちがほぼ独占状態です。


4人がギリギリ入るかまくらが完成。



ギュウギュウにくっついて穴の中、というのが格別な様子。
次々と入ったところを私は写真に撮っていきました。


この頃になると少しずつ校庭はにぎやかになってきました。




写真はありませんが、その頃には校庭は多くの子ども達にあふれ、担任の先生と雪合戦。
堂々と先生に雪玉攻撃ができるとあってもりあがっていましたね。
(一部通常通り授業を行っていたクラスもありました。各担任の自由裁量でしたね






(6日 朝)
「関東平野部でも積雪」ということでしたが、何年か前のように30センチなんておいう大雪にはならずホッとしています。雪のたびに思うのですが、一体いつごろから天気予報で「雪」ときいて心がウキウキしなくなったんだろうと・・・・それどころは「えっ、頼むから降らないで」って思ってしまいます。

雪で車の運転ができない
転倒の危険がある
雪かきが大変(関東の雪かきなんて、雪国の人達からみれば笑えちゃうでしょうけど)

そんな現実対応のことばかりで頭がいっぱい


いつも引用している上原先生のこの言葉でいうイメージ世界っていうのが失われているんですね。




(四年教材『たかのすとり』について)
 怖い思い出を『楽しいイメージ』の
オブラートで包み込んでしまったんですよ。
イメージにはそういう働きがあるんです。
これが『子どもの持っているたくましさ』
だったわけですよ。


現実いっぱいの子ども逹は「壁にぶつかった」そうしたらこの壁を抜けないですよ。だけどイメージ力のあるやつは突き抜けていく。現実の時間・空間とは違う世界に入っていけるんですよ。『ああ、この子は新しいイメージの世界に入ったんだ』と、これでいいんですよ。・・・だから人間ってやつはいつでも時間・空間の継続と裁断を行いながらイメージを展開させているわけ。  (平成七年合宿)





ある教え子姉妹が平成17年 18年 の雪のときに作った雪像や、ぬいぐるみと一緒に撮った画像です。

まさに イメージ世界が全開ですね


H17 となりのトトロ・・・妹さんの方がいっていたのですが、このあと数日かけて溶けていった過程をみながら、だんだん現実に戻ったそうです





H17 ジジたちと雪だるま  こうしたぬいぐるみとの画像がたくさんあるのですが、どれもぬいぐるみが生きているようなんですよね






H18 ハウルの動く城 カルシファー  ちゃんと薪もおいてあります






H18 この姉妹が「まるこ」と呼んでいたぬうぐるみと雪ウサギ




そういえば最近は雪合戦なんかしている子供などを町内ではみかけなくなりました。
雪のあといろんなところを走っていても、雪だるまなどの子供たちが雪遊びをした名残をほとんどみかけなくなりましたね。

生命力いっぱいの人間に育ってほしいものです。






(13日 夜)駿煌会ツイッター(どうしても X の方になじめないので従来の ツイッター用語で書いています)の固定部分を更新しました。

上原輝男先生語録より
『『個人』としての命を考えるのは次元が低いよ。『何故、親が子を救おうとするのか』に命の在り方、本能を見出だそうとしなくちゃ。 
「個人の命」ではなく『継続の中に命』をみいだしている。   
(平成二年七月例会 子ども達の作文を読んでのコメントから)』

親子ということに限らず、「受け継ぐ」「伝える」ということの背景にはすべてこのようなことがあるわけですよね。

自然災害や事件などでの悲劇が繰り返される世の中。
それは残念ながらこの世からなくならないですが、失われた方々や物を様々な形で受け継いでいく姿勢は貫きたいものです
虚空



これに対してさっそくコメントがよせられました。その一部を紹介します

たまにしか見ませんが、お家のリフォーム番組の劇的ビフォーアフターに出てくるお家だと、昔の家の引き戸をあえてそのまま使うとか、やっぱ残しますもんね😌
受け継ぐ…面影…あたたかみ☺️

やっぱ故人を想う気持ち出ちゃうし、お墓参りもそうですよねきっと。



また、伝承の一例として、
御自身のさりげない行為が父親にいつのまにか似てしまっている、そしてまた自分の何気ないところが姪っ子に受け継がれているのではと感じたエピソード
なども紹介されていました。


これに対しての私の返信

そういう伝承こそもっとも身近に感じる場面ではないでしょうかね(笑)

「血だね」って笑えるような雰囲気

なんだか今はそういうのを無視して、大人が思い通りに子供たちを作り変えようとしすぎているように思います。それで大人も子供もイライラしたりギクシャクしたり・・・

やみくもに入試的な得点力ばかりで日本全国比較し、競わせて

子供だけでなく社会や身近な人達が思い通りにならないのを「笑える」というゆとりも復活させたいものですね

「マア、自分だって他人に思い通りになれ、って言われたら嫌だもんな ハハハハハ」
くらいの社会



誤解のないようにもう少し補足しておきます。
私は決して従来のように「家を継ぐ」「親の望み通りの人生を歩む」ことが「伝承」だから大切にしなさいと言っているわけではありません。前向きな気持ちで納得の上だったらいいわけですが、それが縛りとなってはね・・・・

で、この「血だね」の件
例えば従来よく聞かれたのは、仮に勉強が好きでなくても「オレの子だからな」と苦笑する父親とかですね。こういう類の言葉がたくさん聞かれていました。

勿論勉強が嫌いだった親のの子でも、知的好奇心旺盛で勉強が好き、という子は珍しくありまません。そういった諦めの勧めということでこの言葉を今出しているのではないのはご了解ください。

今このような言葉に注目しているのは、仮に世間的に認められるような実績をあげられないでいる子供に対しての言い方という点です。

ここしばらくの主流は「ダメだな、お前は」「ちゃんと頑張らないとみんなに勝てないぞ」「まともな人生送れないぞ」等々の批判的言葉でしょう。

ひどい場合は「お前は失敗作だ!」「うちの子である資格がない」という存在そのものを否定する言葉を浴びせられる。

大人は「それでもやる気を出さないんだから本当にこの子はダメだ」と平気でいいますが、言われている子の方はたまったものではありません。自分の存在はダメなんだと本気で受け止め、恐らくは一生心の傷として残り、あらゆる場面で悪影響を及ぼします。

それを例えば「マア、俺の子だからしかたないな(苦笑)」だったら受け止め方はどうなるでしょう。だいぶ違ってくると思います。親から切り離されたとは思わないでしょう。ある種の「連帯感」は残るわけです。

まあそこで「じゃあ頑張らなくていいか」と思うか「よし、お父ちゃんを乗り越えてビックリさせてやろう」と思うかは子供次第ですがね。

*昨今は「親ガチャ」という言葉もあるそうですが、私はこの言葉はいいとは思っていません。それはまた別の機会に書こうと思っています。





(1月1日)
2024年が始まりましたね。下記のように数か月間このHPの更新はとまってしまっていました。
ちょうど今年から広島大学の難波先生が中心になっての「上原輝男記念会(仮称)の活動が本格化します。私はネット関連が担当ということもあるので、このホームページもこれを機会に大きく方向性をかえていきたいと思っています。

一番大きな理由は本来は子ども達と一緒に天体観測をしたり、家庭教師などでのテスト対策意外の幅広い実践を紹介しながら・・・というのが趣旨だったのが、ここ数年は家庭教師の仕事もほとんどなくなっている、また私自身の体調の問題もあり、天体観測もミクロ写真の撮影などの画像関連もできなくなっている、ということがあります。


さて、ゆうべはいつも通りに地元の神社に初詣のために夜11時45分に家を出て歩いていました。例年なら遠くのお寺からの除夜の鐘が聞こえているのですが、何も聞こえません。もしかすると日本各地で起きている「除夜の鐘がうるさい」という苦情の影響がこの地域にも起きたのだろうか・・・と考えながら歩いていました。

帰宅後、かつての教え子たちのグループラインにそのことを書いたら、しばらくこんなやりとりになりました。(内容は編集し、まとめています)

『うるさいという人には確かにそれはうるさいのでしょうけど、お祭りにしても何にしても、自分が過ごしたいベストな環境に周囲すべてを合わせろ と主張し、場合によっては嫌がらせ行為までというのはちょっと行き過ぎだと思います

最も気になるのは、そういった方々が、その方々にとって普通にしていることを、周囲から迷惑 と言われた時に、素直に聞いて改善しようとする人間なのかどうかということですね

多くの場合、そういう人は自分が言われると「そんなのこっちの自由だろ」と主張するから

公教育である学校に対してもそうですが、「すべて自分の思い通りになる」という勘違いをしている人をどんどん増やし、互いの争いを増やしているだけだと思うんですよね


別に過度な我慢をしろといっているわけではなく、社会生活を営んでいる以上、ある程度はしかたないよね、と寛容になる必用はあると思うから

他人に寛容だから、他人もまた自分に対して寛容になってくれる・・・というお互い様の精神

ずっと続けられてきた年に一度の除夜の鐘とか、盆踊りとか、お祭りとか・・・・・どんどん中止になるのは、寂しいし、なんか変


学校や保育所や幼稚園、公園などの子ども達の声がうるさいというのも最近はよくききますが、元気な子ども達に育ってほしいから見守ろう、という地域の姿勢もきえているのかもですね
自分の子でなくても、子ども達はみんなの宝物なんだという素朴な心

そういう気持ちが本当に大人とか社会の中からきえているよね
電車やバスでぐずっっているお母さんをどやしつける、なんてその典型
自分だってきっと赤ちゃんの時にはところかまわず泣いていたと思うんだけどね』



*そんなわたしのコメントに対して、こんなコメントがありました。


『そうですね、鐘の音が聞こえないのは寂しいよねー💦
大人になって生活状況が変わってしまったのかもしれないけど、鐘の音を懐かしむ心の余裕があるといいなー。
祖母の家で年越していた時は、祖母と紅白みて、そのあとお風呂にはいる。そうすると、神社へ行く人たちの賑やかな声が聞こえて心地よかったです😃』


*で、私が返したコメントです。


地域の人達と一緒に暮らしている安心感ですね。
今は隣近所を含めて自分の自由を妨害する敵としかおもっていない人がふえているのかな・・・・・
それって、自分も敵だと思われている、ってことなんだけどね(苦笑)


本当だったら、古来から行われている行事に対してみんなが参加する、あるいは同じような感覚・感情を共有するというのは、自分が大きな社会の中に包まれている、という感覚の土台作りに欠かせないものだったんだと思います。ただ、そうした地域の連帯や、職場等々の生活上の人間関係・・・家族との関係さえも・・・わずらわしくなって、何からなにまで100%自分の思い通りに自由にしたい。

それが出来ない場合は、相手を様々な方法で潰すか、それができなければ自分だけのカラに閉じこもるか。現代人って真ん中がない人が増えているんですよね。極振りしてしまう。

それはつまり「落としどころ」を模索しようとしない表れだと思います。

確かに人間関係はわずらわしいし、大変。特に現代のような極端な構えの人達の中で「気配り」「優しさ」がある人は、善意をいいことに利用されまくり、最後は使い捨てカイロのように捨てられるから大変です。

そんな社会で「落としどころを模索しましょう」といっても、ますますいいようにされてしまうのも事実。

だからといってじゃあ、ますます落としどころを模索するのをみんなが放棄するようになったら、結局は誰にとっても生きやすい世の中にはならないのは、今の現状をみても分かると思うのですがね。

と、新年早々、ますます現代社会に危惧を抱いたスタートでした。

でも・・・最近乳幼児と接する機会が続いたのですが、この子ども達がやがて小学校にあがり、大人になって社会に出ていく・・・その時の社会が、今よりもっとひどくなっているのだけは避けたい・・・そのために微力であっても、何か行動に移したい、というのが素直な心からの気持ちです。



(12月31日)

今年も残すところ18時間を切りました。
シメの話題として選んだのがこのネット上にあった記事についてです。

「完成したはずのトンネルは 張りぼて  ほぼ全行程やり直しに」

旧ツイッターにつぶやいたこと https://twitter.com/syunkoukai
かつて日本の真っ当な職人さんや業者さんは「みえないところこそをしっかりと」という精神だったと聞いたことがあります。

とにかく「見た目だけもっともらしくみえればいい」という風潮は建築業界だけではなくはびこっているのでしょうね。

教育界などその典型

本当に子ども達の想像力なり感性なり思考力なりが成長していなくても「見た目の点数」だけがあがればいいということばかりを現場に押し付ける社会。
本当の力を伸ばそうと努力している先生方を無能扱いし、果ては心をも徹底的に追い詰めてしまう。
まともな人間もまっとうな教育者も育たない

このトンネル工事は業者負担で工事やりなおしになったそうですが、教育の場合「じゃあまたやりなおしますね」というわけにはいきません。

学習内容は学び直せても、人間成長の段階段階でふさわしい事柄は取り戻せません。
それに気が付いても誰も責任をとれませんよね


こういった意見に対して、「それは机上の理想論」「今の世の中、そんなことをいっていたら勝ち残れない」という意見もあります。
たしかに現代社会においては一理あるのだとは思います。

でも実際の子ども達や社会をみても、大半の人達の笑顔が消えているとしかみえないんですよね

競争についてこられない人間は価値がない、日本はもっとエリート教育に徹すべきだと公言する社会的地位の高い方々もいらっしゃいますが、それが本当にまっとな社会といえるのか

特権階級だけが笑顔の社会がどのような社会なのかは歴史だって示しています

(そんな社会にするのが本音なの?)

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*駿煌会ラインやりとりより

・たぬき先生
29日に旧ツイッターでもコメントしたのですが
この記事の根底にあるものって、今の教育界をはじめ、社会全体に蔓延していますよね


・コバルトブルー
金だけ、今だけ、自分だけ。

それが今の日本の現状になっている。

肝心な事は後回し、そしてそのツケがどう考えても次の産まれてくる世代に回ってくる。

どんな綺麗事を並べてもナシにはできません。



・たぬき先生
ここ数日、教え子たちの乳幼児と接する機会が続いていますが、この子たちがどんな学校に遊学して成長していくのか・・・ということをついつい考えてしまいます。
この子たちが大人になった社会も

上原輝男先生は「現代人は伝承体ということを忘れている」といつも言っていましたが、それがさらに極まっていますね。

手抜きのツケが自分達だけにはねかえってくるのなら自業自得ですが、教育などに関したことは、次代を担う子ども達にツケがまわってしまう。

自分が生きている今だけが大切・・・というのは、そういう生活を築いてくれた過去の方々の苦労をもないがしろにするものですね

まあ、そういう方々には知ったこっちゃないのでしょうけど



12月29日

本当に久しぶりの更新になってしまいました。
実は8月6日の更新をしようとしたら、突如転送ができなくなって・・・意味不明のエラー表示で、それなりにネットで調べたのですが原因がわからず。体調もあまりよくなかったこともあり、長期間そのままになってしまっていました。

最近になってプロバイダーの名義でのメールがきて、内容に一部思い当たらないことがあったので、、プロバイダーのサイトのあちこちを調べていたら偶然にも、転送方式が8月に変更になったというのが過去の記事にあって。そんなこと全く知りませんでした。もしかしたらお知らせのメールもあったのかもですが、毎日いろんな名義で送られてくるニセメールにまぎれて気が付かなかったのかもしれません。
さっそく指定された FFFTPソフトをダウンロードしてみたのですが・・・こちらも接続エラー。

プロバイダーに相談して、改善策をあれこれ試してもダメ。

再度問い合わせて、違う設定を提案され、やってみたら、やっと接続できたという次第です。

以上、長期間更新できなかった事情のお知らせでした


(8月6日)
今日は広島原爆の日・・・恩師である上原輝男先生も被爆された日です。上原先生の言葉のコーナーに、先生が実体験をもとに書かれた小説の追い書き全文を掲載しました。

「恩師」コーナー 上原先生「生きる姿勢編」のところをクリック

「原爆」について語っているわけですが、その根底にあるのは「人間が人間としてのありよう」ということです。そういった意味では、「原爆や戦争」という意識の枠をこえて、「人間として自分がどう生きるか」ということの一つの視点として読んで頂きたいと思います。

(先生の文章はちょっと読みにくいところもありますが、後半の「郷愁」のあたりなどは比較的共感しやすいかもです。もうじきお盆だし。帰省だけではなく、亡くなった魂さえもかりたてるのが 郷愁 ですからね)

もちろん原爆の記事以外もあわせて読んで頂けると、先生の幅広い視点をふまえて、より広い受け止められ方ができると思います。

蛇足ながら、先生の文章を読む際に「こういうことがいいたいのか」と意図を絞り込むような・・・いわゆる学校での文章読解のような読み方」はお勧めしません。先生の言葉をスイッチにして、みなさんのこれまでの人生や日々の経験を見つめ直してみる、そこから様々な想いを広げてみる・・・というような、いい意味での「妄想」を広げる感覚で読んでみることをお勧めします。

*余談ですが、宮崎駿監督の新作アニメ「君たちはどう生きるか」で宣伝もふくめて映画の情報を一切PRしなかった、という背景にも同様な想いがあったのではないだろうか、と勝手に推測してします。

どうしても膨大な情報にさらされて、知的に知った、ということで「理解した」と思ってしまうクセをつえkてしまった現代人・・・・テスト対策中心の学校教育によって植え付けられたともいえるのですが・・・がそこから脱却できるかどうかが、これからの生き様に大きく影響すると思っています。

そういう受け止め方は、古来日本人は「和歌ののやりとり」「連歌遊び」を通して非常に得意だったはずなのですが、今は極めて表面的な部分を、自分尺度だけで断定しすぎて、受け入れるか完全に拒否するかの二択ばかりになっているように思います。


(8月1日 夜)一ヶ月以上ぶりの更新です。今日はいくらかマシなものの、水戸気象台の発表で35度超えはあたりまえ、37度超えの日も・・・という中で、極度に節電をしている生活の中、週のほとんどの時間を独りですごしているため、気力も体調もかなり低下していて・・・なかなか更新作業に着手できないでいました。

もともとエアコンにはそんなに強くないので、基本的には除湿運転中心で今までもきているのですが、今年は小型の扇風機を近くにおいてそれと併用することで、バカみたいに暑い日でも冷房ではなく過ごしています。

より的確に室温の管理をしようと、6月の元気料金が思った以上に節約できたので、ういたお金の一部を漬かって値段のわりにはなるべく精度のいいデジタル温度計・湿度計を購入しました。そうすると扇風機を併用して・・・昼間と違って寝る時にはまともに風が当たらないようにしています・・・何とか寝られるかな、という状態での私の枕もとの温度は 30~31度でした。諸事情で窓は全部閉め切っているので、夜になっても「もういくらか涼しいから大丈夫かな」と思って停めるとあっというまに33度くらいになります。だからここは節電ともいえず、ギリギリをキープするために夜明けまで除湿運転の一番弱いのを、と言う日が多いですね。

そんな時、たまたまネット上でのニュースの見出しで「エッ!」と思ったのがこれでした。

熱中症の疑いで90代女性死亡「寝室のエアコン使わず室温32度」

おそらく扇風機は漬かっていなかったのでしょうけど、私が「これなら寝られる」と思っていた温度ってそれなりの危険な温度だったのかなと・・・・9代の方とは単純には比べられませんが、数年前に受けたある検査で私の肉体年齢の状態は80代レベルだそうですから、油断はできません。実際今日の未明は、雷雨で外はかなり涼しかったものの、それでちょっと油断していたら軽い熱中症状態になってしまいましたから)

さて、今日は平成8年に他界した母方祖父の命日です。昨年ここに書いた文を再録しておきます。


(2022年 8月1日 昼)今日は平成8年に他界した母方の祖父の命日です。骨折で入院していて、あと1~2日で退院という時に、容体が急変して・・・・私と母が臨終には立ち合いました。最後、心電図がピーと平らになるというのが、まさにテレビドラマのようで・・・・ついさっきまで退院を前にして看護婦さんたちを交えながらご機嫌に談笑していたのに・・・・

まあ観方をかえればそれこそ本人は意識を失ったことすら気が付いていないのではないかというくらいに瞬間的に意識を失ったので、みんなと楽しく談笑しているという印象で人生を終わりにできたのですから、幸せな締めくくりだったのかもしれません。

逆に母は、誰にも迷惑をかけたくないからと体調を崩しても他には連絡をせず、ひっそりと孤独死していたわけで・・・・非常に寂しい想いに包まれながら逝ったと思われますから。

私はどんな想いに包まれながら終わりになるんでしょうかね?????






つぶやきのお部屋
教育・人生・世の中・・・・等々に関する私の雑感です

*東日本大震災の時に書いていたことが、今のコロナの世の中にも当てはまると考えました。



西城秀樹さんの思い出コーナー



お星さまや星雲星団や太陽表面の写真

(最新入れ替え日  令和2年9月6日)

上の画像をクリックすると入れます

特設コーナー(お星様のお部屋    太陽コーナー

の中から、大きめの画像で定期的に入れ替えて紹介しています



ミクロのお部屋 2

(最新更新日 3月8日 ある男の子が庭で拾った小石)

最近放送されたアニメ「恋する小惑星」(漫画は現在も連載中)に刺激され新たに特設しました。

主に岩石や砂粒などの顕微鏡写真を公開しています。

また、私の持っている動植物の既成品のプレパラートも紹介しています。




「お星さま・ミクロ世界」などの写真集
実は「顕微鏡写真」もあるんです!!


朝日や夕日、雲などの画像もあります。


特設コーナー

「子ども・教育」「クラス・クラブなどの思い出」関係

「食の思い出」

「ペットのページ」

高電位治療器 リブマックス9000
つぶやきのお部屋内「よりぬきコーナー」にあります


常連様用「特急ボタン」

お星様のお部屋

  ミクロ  イメージ  思いで  言葉  授業  つぶやき 



過去の特集コーナーなど

アイドル応援(有安杏果さん ももいろクローバー 美山加恋さん 鈴木理子さん)関連

東日本大震災前後の記録

学習会だより その他過去の特集関連

平成14年に火事で他界した教え子 聖良さん に関する記述はこちら




メールはこちらから

ここに寄せられた声の抜粋も随時ここで紹介しています!


リンクのおへや

天体関連/学校・教育関連/映像関連/顕微鏡(ミクロ)関連/教え子  他


おことわりとお願い

*このお部屋も含めて、当ホームページの画像・資料・内容は、学校の授業など純粋に子供達の育成に用いる限り自由に使って頂いて結構です。ただし、それ以外の目的での使用・転載・複写などは固くお断りします。

また、このページの意図に反するリンクなども固くお断り致します。また、もしもそうした行為を行っているページを発見された方はぜひお知らせください。



更新履歴・カウンター経過

*入れ替えアルバムの定期更新や太陽・天体は履歴には載せていません。
*期間限定のコーナーについても原則として載せていません。


平成13年1月までの更新履歴(ダイジェスト)はこちら

6月25日  開設