ワニワニ学級 本校

子ども達や自然や日常から生きるヒントを考える



このホームページでは

人類にとって生命の指標(ライフインデキス)である子供達の活動のようすや、

「太陽(Hアルファ画像)」や「お星さま(冷却CCD他)」の写真、

「みんなのペット」「顕微鏡でとった写真」・・・などの自然、

そして日常生活のすべてが生きる上で示唆してくれているものを共に探っていきたいと思っています。

☆★☆ おとなも子供もみなさんどうぞ ☆★☆

はじめての方はこちらからどうぞ

開設日 平成10年6月25日

現代の「新感覚稚児」である(?)
がきんちょ三人組(有安杏果さん・美山加恋さん・鈴木理子さん)や
週末ヒロイン「ももいろクローバー」を、ホームページ内で応援しています。



たぬき先生が開いている別のホームページ

環境ホームページ


ふるさと・地球環境などの実践記録です
上のマークをクリックすると行けます。

NEW  平成22年 4月9日~  8日撮影の桜画像(分校跡地 赤塚駅近く)

http://www.geocities.jp/neverland1660/index.html

 



  あなたは 人目の参観者です。

祝50500人突破!(H22,2,7
(最新更新日 平成28年7月29日 朝

金環日食特集 太陽のお部屋に新設


学習会だより

「すぐ役に立たない」=「いろんな役に立つ」  ・・・6月3週目号

あるビジネス雑誌に「数学」を勧める特集がありました。単に実務上で計算力が必要だから、というのではなく、数学的に考えることなどが様々な場面でいかされるという趣旨です。本音をいえばこうした取り上げ方はまるで数学を学ぶことが投薬のようで嫌なのですが、私がいつも強調している「類化性能」とも直結している話題だったので特集しました。

「思考のジャンプ」と「遊び心」-①  ・・・6月4週目号

理数的に「思考のジャンプ(類化性能)」を鍛えるためのネタは案外どこにでも転がっています。今回はある小学校の5年生、6年生とのやりとりの内容を紹介しています。

「思考のジャンプ」と「遊び心」-2  ・・・6月4週目号

同じ思考のジャンプ力を鍛えるのでも日本人が古くから行ってきたものには「掛け言葉」などもあります。和歌でも大切なポイントですよね。技巧として古典ではならいますが、本当はもっと深いところに意義があります。今回は和歌での書け言葉ではなく、笑点などでも時折やっている「・・・とかけて・・・と解く。その心は・・・」という方を例にしています。

*一見地震とは関係ない話題のようなタイトルでもしばらくは「今のこの時期」を意識してテーマを決めています。なので地震関連の特集として先週設けた欄に、前の週の特集も順次移しています。読み落としのある方は、ぜひ地震前の「ナマズ絵」のものも含めて最初のものから読み返してみてください。


予告

  たぬき流勉強法コーナー  現在「数学編」についてを作成中です・・・体調不良で進んでいません
(今出来ているのは「歴史編 年表つくり」)
 

 

最新更新への直行通路

入れ替えアルバムなどの定期更新以外で更新された場所への直行通路です。(各お部屋の入り口を飛び越して直接その場所へ行くので、ご注意を!それぞれのお部屋に入っていろいろ巡りたい場合は下の方の「お部屋ご案内」からどうぞ)

料理コーナーにレンコン料理コーナーとブリ大根の朝日新聞風レシピ平成22年1月25日
             キンピラごぼうについてのコメント&画像(1月27日)



個人的関心からのミニ情報



NHKミニ番組 日めくり万葉集 HP
今まで放送された和歌と口語訳も載っています

http://www.nhk.or.jp/manyoushuu/bangumi/index.html



がきんちょメンバー3人組関連情報
たぬき先生は がきんちょ3人組&ももいろクローバー の皆さんの生き様そのものを応援しています!

美山加恋さん
公式ブログ
 



有安杏果さん & ももいろクローバーZ
セーラームーン連載20周年記念の一環として今年公開予定のアニメ主題歌をももクロが担当
ももいろクローバーZの活動 スケジュールはオフィシャルサイトから  

左から 高城れに 佐々木彩夏 有安杏果 百田夏菜子 玉井詩織 早見あかり(現在は卒業)さんです
ももいろクローバーZ 各メンバーの公式ブログ
ありやす~http://ameblo.jp/ariyasu-sd/
れにhttp://ameblo.jp/takagi-sd/
かなこぉhttp://ameblo.jp/momota-sd/
あ~りんhttp://ameblo.jp/sasaki-sd/
しおりん
http://ameblo.jp/tamai-sd/


主として「Z」になる前のコーナーはこちら



鈴木理子さん

公式ブログ・・・H23,8月初旬に再びブログが閉じられました

鈴木理子さん主演
ふみ子の海 公開情報

平成20年 7月6日 主演女優 鈴木理子さん 茨城上映会舞台挨拶ルポはこちらです


この画像をクリックするともっと大きなサイズで出てきます

日本各地の上映情報は  ふみ子の海 公式サイト http://www.fumikonoumi.com/


更新時のひとこと&PR

大地震以降の分 その1(H23年 3月11日~)

 その2(3月18日~) 

その3(4月1日~)

母親他界連絡(前日)以降の分(4月22日)

5月1日以降の分

5月21日以降の分 

ももいろクローバー「未来へススメ!」より

「どんなどんな困難でも きっときっと立ち向かえる 一人じゃ挫けそうでも 助け合えば大丈夫! いつかいつか辿り着ける 夢に夢に描く場所へ 忘れないよいつだって 孤独じゃない強い智(きずな)まっすぐ未来へススメ!」


熱中症対策 「家庭で作る経口補水液」の一例
水1リットルに対して塩3グラム、砂糖20グラム 飲みにくかったらポッカレモンなどを数滴加える

夜になって激しい頭痛と吐き気・・・夕飯などとてもとる気になれず・・・なので鎮痛剤も飲まず・・・。今はだいぶ和らいだもののまだ痛みます。足腰もそれなりにズキズキ痛み続けているし・・・特に足首は夜中になって再び痛みがひどくなってきています。

体を起こしているのが辛いので、ここ数週間にあれこれと考えたことをまとめて児言態の資料を作成というようなことへも全く着手のメドがたっていません。・・・実は今朝の更新でも書こうと思っていた話題があって、そのためにこうしてパソコンを立ち上げたのですが、刻々と悪化する痛みの方に気がとられて記述不可。もう作業を中止して、ここで更新し、閉じて休みます。

(28日 朝)先日、漫画家のやくみつるさんが今回の流行に対して否定的な意見をというのを紹介しましたが、その後ネット等々で集中砲火を浴びて大変な状態だそうです。

こうした異なる意見に対して大勢が一斉に叩き潰そうとする風潮は今に始まったことではありません。戦争中にこの戦争に対して意義や疑問を唱えたら「非国民」として社会に存在することが脅かされたというのも似たようなことですから。ただ、大きく違うのは批判してくる範囲が自分の生活環境の人々だけではなく、見ず知らずの日本中(世界中)の多くの人たちから一斉に浴びせられるという点です。そしてまた多くの場合は相手の意見をしっかりと吟味した上で理性的に自分の意見を述べるというのではなく、問答無用で感情的にねじ伏せようとする傾向が強いということ・・・。

アニメなどの感想が集まっているサイトをたまに見ても、多くの意見が「糞アニメ」と全面的に否定している雰囲気が強い中に、一部でも肯定するような書き込みがあると「へー、面白いと受け止めた人もいるんだ」ではなくて、「そんなの信じられない」とばかりに一部肯定さえも許してもらえない雰囲気。

もちろん違う意見を述べたらそうなることは承知の方が多いので、ネット上の空気を読んで、風当たりが強くなりそうだと感じた場合は敢えて何も書き込まない人も多いわけですが、そうすることでますます「偏った多数派意見」が「みなんなにとって当たり前」=「常識」として定着していきます。

その気になれば強烈な力を持った独裁者でなくても、世論を大きく誘導できる可能性が多くの人たちにある、というのが現在のネット社会。かく言う私もこうして持論をこの欄に書いていますが、閲覧数が極めて少ないので場が確保できていますが、いつまでこうして思った事を述べることが出来るか分かりません。

ちょっと前まではこうした頑固なオジサン・オバサン(爺さん・婆さん)が周囲に何人かいて、口うるさい事を若者にビシビシ言う風潮が当たり前だったのですが・・・・職場でもいい意味で厳しい先輩はどんどん姿を消しているようですね。

そうした自分と異なる意見を言う人が減るのは「ストレスなく思い通りに過ごせる」日々へのパスポートという感覚なのでしょうが、本当にそれが自分にとっても住みやすい世の中になるのか?????

自分に異なる意見を言うのは絶対許さないけど、自分は違う意見に対して全面的に叩き潰すのは自由に行なう・・・というのは単なるエゴ・ワガママです。

*左足の腫れはかなりひいてきたので痛いながらも何とか普通に近い状態で移動ができるようになりつつあります。このまま終息し、また新たにうずいている何箇所かも悪化しないで欲しいと切に願うばかりです。

(26日 朝)ゆうべ、仕事に向かおうと車を走らせ出してすぐ、住宅地内の路地で向こうから走ってきた自転車の若者がスマホを前方に掲げていました。しかも無灯火で。どうみても例のゲームをしながらの走行です。

実はあのゲームが配信されてという頃から足の痛みがひどくなり、ほとんど家の中にいたので、実際にやっている人を見たのはそれが初めてでした。あんな調子で走行していて曲がり角などで出会いがしらに他人や車とぶつかったらどうする気なんでしょうね????

日本で配信される前からあれだけ外国の事例で騒がれ、注意を呼びかけられてもこの状態・・・・スマホに限らずこういった他人のことを教訓にできない傾向は一向になくなりません。

・・・・と書いていながら、かく言う私も健康面等々では同じようなことをしています。あれだけ生活習慣病ということが騒がれていていて、教職員の毎年の健康診断でも異常がみつかり「要再検査」の判定が出てもそのまま・・・やがてそれは「要治療」という判定になって養護の先生からも再三のご注意を受けていたのに・・・・そうした結果が命の危険領域にまでいきこのままの生活を続けていたら1~2年の命と言われて退職という事態にまでなってしまったわけです。愚かなものです。

ただ、「自業自得」というのではなく、他人の生活や命にまで影響を与えてしまいかなないことは、理性で避けることをお願いしたいものです。

ネットで知っただけなので詳しくは分かりませんが、ある番組内で「やくみつる」さんが今回のゲームについて強く否定的な意見を述べられていたと・・・・その中でやく氏は 現実にあふれている面白いことに興味を持つべきと主張し、「路端の植え込みだって、その中にいる虫に興味を示せばいいものを、そこを見ながら(スマホを介して)現実的じゃないものを探す…。親はもっと楽しいことを子供に提供する義務がありますよ。一緒になって打ち興じたらアホな子にしか育たないですよ」と、否定的な姿勢を貫いた。 とありました。

勿論この意見に対しても賛否両論だとは思いますが、長い歴史の中で虫を含めて身近な自然との交流の中で豊かな感性や精神を培ってきた日本人が、虫を過度に恐れ、除菌などのことから幼い頃から生の自然と直接触れ合うのは害だというイメージを植えつけられている現実に大きな危機感を感じてきた私には、大いに頷ける意見です。

24日にも書きましたが、妖怪ウオッチにしても今回のスマホにしても、何かの機器を通さないと異界と交流できないという発想・感覚は日本人の感性・精神性などの衰えの象徴のような気がします。

同じポケモンGOで遊ぶにしても、時と場がわきまえられる段階に達している、あるいは、普段から目に見えない存在を含めて身近なものと交流できるような感性が磨かれる生活をしている・・・・なら問題になるような遊び方にはならないのでしょうね。

*私はスマホなど持っていないので問題外ですが、知り合いの高校生が持っているスマホは今回のソフトがダウンロード出来ないタイプということで大変に残念がっていました。そのスマホで友だちとやりとりしようとしても話題はこのゲームのことばかりで、話の中に入っていけないと。

子ども達や若者たちの間で「やっていない」ということが「疎外感」や「見下される」「いじめられる」という方向に突っ走る危険も周囲は十分に見守ってあげる必要がありそうです。

*自分のスマホを持っていない人だってそれなりにいるハズなんですがね・・・。とは言っても、そういった人に合わせてスマホを持つべきではないと主張したいのではありません。そういう人たちだって疎外感を感じなくて済むような配慮を誰かに言われなくてもできるような人間が増えて欲しいだけです。

(25日 朝)オリンピックが近づいているせいでしょうね、BSでの「新日本風土記」でブラジル関連のが2週にわたって放送されました。観ていて複雑な心境になる場面が多々あったのですが・・・ブラジルの日系人が集まっている地域の方が日本の伝統や文化の良い部分を大切にしているような雰囲気でした。

ある日系人の若者がそんな日本に憧れて・・・いつか本物の日本にと夢見て・・・やっとかなって来てみたら都市部などでは伝統的なこともほとんど行なわれていなくて、ブラジルよりも日本らしさを探すのが大変でショックを受けたようです。確かにそうですよね。

ブラジル生れの日系人は向こうでポルトガル語で日常を過ごしていてもずっと「日本人」とみられていて、自分は日本人なんだなと思っていたのが、日本に来たら「外国人扱い」をされて一体自分はどちらなんだと存在のよりどころを失った感覚になる方々も大勢いらっしゃるようです。

普通に日本に生まれ育っている日本人でいながら、幼い頃から英語が母国語であるかのように育てられている多くの子ども達も、きっといつか似たような深い孤独感というか・・・自分のふるさとの国って何処なんだろうと感じる瞬間があるでしょうね。

番組の中で日系ではなく日本に移り住んできたブラジル人が「ブラジル人としての誇り」というようなことを口にされていましたが、国々の優劣ではなく、やはり自分は「この国の人間だ」と誇れるような・・・別に胸をはらなくてもいいですが・・・この国がふるさとなんだという気持ちをみんなが持って、さらにそれをお互いの国民同士が尊重しあえて共存できることが本当の国際社会に生きる人間の姿だと思います。

決して言語(英語)を武器にして他国との競争に勝ってのしあがっていく「国際競争力」というのは「共存力」ではないと考えます。

*左足をかばって不自然な歩き方を続けていたら、右足のくるぶしのあたりもうずき始めました。こっちまでひどくなったらそれこそ完全に立てなくなります。(左足の膝も痛み出しています)

(24日 朝)脳科学などが明らかにしてきている内容のうち「脳が作り出す意識世界」については、日本人が古来から直観してきた「世界観」の方が事実に即していたと言えるのではないか・・・と思わせてくれるような気がますますしています。

数年前に放送大学での「錯覚の科学」で扱われていた内容にしても、本当に「錯覚」として良いのか再吟味すべき内容もあるような・・・。知覚の度合いも、その受け止めた情報をどのように脳に届けるのかも、それをどうやって脳細胞が受けとり、どうイメージ化(解釈・意味づけ)するのかも個々人によって千差万別ですから。

かつて「野口体操」で有名だった故 野口三千三先生(元東京芸術大学)は「理解は誤解」という名言を残しています。物事にしても自他を含めて人間の心にしても「分かった」ということなど本来はあり得ない・・・だから常に吟味し続ける必要があると。

「現実世界はうつしよ(見えない世界が実体であり、この目にみえる世界はそれが投影されているものにすぎない」という日本古来の見方・・・それは「言葉」が「ことのは」・・・所詮「物事の端にチラット表出している部分を言っているにすぎない」という言語観・・・・というのも、数学の世界でいう「複素平面」等々に現れている事柄からいっても自然な見方だと思えます。

「となりのトトロ」で「子どもの時には見えていた世界」というのだって、子どもにとっては大人からすれば「非現実な存在」と混在しているような感覚を伴う世界こそが「現実世界」であり、大人だって「かつては見えていた現実に生きてきた世界」という観点に立っていると思われます。そしてまたトトロでは描かれていませんが、大人でもそうした世界を持ち続けている、あるいは老人の域に達してきた時に、再びそうした世界が知覚できるようになる・・・・それを「錯覚」とか「思い込み」とか「妄想」「幻覚」で簡単に片付けていいのか・・・。

精神疾患とか薬物による病的なレベルは別として、深く吟味すればするほど、個々人は「自分の脳が作り上げた意識世界」を「現実」として認識しているにすぎない・・・真に客観的な世界は認識出来ない、というのが今の私の立場です。

*余談ですが、ポケモンGOについて「普段何もいないと思われるところにポケモンキャラがいるというのが面白い」というようなことをインタビューに答えていた男性がいたのですが、この感覚なども「トトロ」をはじめとしての古くからの世界観が呼び覚まされているのかもしれませんね。妖怪ウオッチが流行っているのも同様です。

ただ、大きく違うのは個々人の感覚の問題ではなく、「特定の眼鏡やゲームがダンロードされたスマホ等々の機器を使えば誰にでも見える」という点。これでは世界観の広がり・深まりはさほど進んでいかないような気がします。

*左足の激しい痛みは薬がちょっとは効いているようで多少マシになっています。(それでも立ち上がって歩く時には相当の覚悟が必要ですが)ただ、見た目の腫れは広がっているという感じなので決して治っているわけではないようです。あくまで薬がそうさせてくれているだけ・・・・でも「病は気から」を徹底的に信じて、痛みが和らいだことによって脳が「治ってきている」と心から認識したら、案外本当に腫れもひいてしまうのかな??????

(23日 朝)夜中に足首の炎症が急速に悪化。歩くどころか立ち上がるのも困難に・・・・。とりあえず炎症をおさえる塗り薬をたっぷりと塗ったのですが、どうにもこうにも布団の中でじっとしていても足の置き場がないくらい・・・おまめけに炎症による発熱(微熱ですが)で歯がガチガチなるくらいにガタガタ震えがとまらず・・・。

5時頃になって早めの朝食をとって鎮痛剤も飲みました。なかなか痛みが和らがなかったのですが、9時近くなった現在、激痛ながらもかろうじて立ち上がってからはじめの一歩を踏み出して杖をついて室内を歩けるまでの時間が若干短縮されたかな・・・という感じです。先ほど玄関先に「歩行困難なのでブザーをならされても出る事は出来ません」というメモをはりました。(これをはるために一段降りるのも一苦労)

「現実」「非現実」「超現実」の相互関係ですが、ある高校生が描いた自分はこう思うという単純な図が刺激となって、KOU君との間でこの前とは違った構造図の作成が盛り上がりました。

作成過程でいろんなアニメの内容などもいつものようにからんできたのですが、昨日特筆すべきはあの「ポケモンGO」。

彼もダウンロードしてみたそうですが、大学でもみんなスマホとにらめっこ。廊下の端ならいいだろうと壁際をスマホしかみないで歩いている学生もそれなりに多く、何度もぶつかりそうになったそうです。

今朝のネット上のニュースでは、あるweb広告会社で社員が数人しか出勤してこなかったので仕方なく社長さんは午前中で業務終了にしたとか・・・・。私は頭が固いのかもしれませんが、「社会人」としてその社員さんたちはどうなのかな?とは強く疑問に思います。

以前「たまごっち」がはやった時にも、昼時で混んでいたパン屋さんでバイトの学生らしいレジの店員さんが急にレジから離れて棚の中の自分のカバンからたまごっちを取り出しごそごそやっていてレジの行列がどんどん長くなっていてもそっちのけ、ということがありました。

自分など足元がしっかりとしていないので駅などに行った時には要注意ですね・・・ホームにいた時に歩きスマホをしている人に後ろからドンとぶつかられるというのはたまにありますが、これまで以上に画面に夢中になる人が増えたら、ぶつかってホームに転落して電車にはねられる・・・・なんていうこともますます現実味を帯びそうです。

(22日 朝)左足首が炎症を起こしていてちょっと歩行困難になっています。座っている時に足を伸ばしていても痛い・・・。

行動する気力が失せていて、昨日も朝に納豆で朝食をとって以外は昼も夜もまともに食事をとる気が起きませんでした・・・空腹はそれなりに感じていたんですが。

このところのキーワード「超現実」ですが・・・・今年の3月11日に震災にちなんでKOU君とやりとりした対話をテープ起こししたもの(途中で作業は中断しているままでした)をフト読み返したのですが、「死と再生」・・・トランスフォーメーション・・・のために「現実とどう向き合うのか?」という観点が自分の中で再浮上してきました。例えば「現実逃避」なんていうことはどうなのか?

フラッシュバックなどで「トラウマが刺激されすぎる」と精神に多大なダメージを与えてしまう危険があるのは勿論なのですが、そういったトラウマを完全に避けようとすると逆に無意識世界でダメージがジワジワと進行してしまう面もあり得ます。

そのあたりの「絶望的な現実」等々との向かい合い方も古代日本人や江戸庶民たちはどうしていたのか・・・気になるところです。

(20日 朝)昨日の遠出ですが、出発時はかなり雲があって助かっていたのですが、北上するにつれてどんどん日差しが出てきて、エアコンをつけて日よけなどをしていてもかなりのしんどさ。数値的にはバカ暑さではないにしても、首筋に保冷剤をまき付け、自家製の経口補水液をこまめに飲んでいて何とか熱中症は防げていたもののあぶなかったです。

おまけに走り出して1時間ほどたって腰痛が顔をしかめるほどに激化。運転席に座り続けるのが苦痛で苦痛で・・・・そんな状態でやっとのこと着いたわけですが、先方では私の心配よりも「私のことをこれまでのように自由に使えなくなる」ということでグダグダと嫌味等々を言われ続け・・・・正直思い切り怒鳴りたい気持ちになっていました。

帰宅ラッシュの渋滞を避けたいので少しでも早めに帰りたかったのですが、何だかんだと先を延ばされ、予定より30分ほど帰途につくのが遅れ多少渋滞に巻き込まれ・・・・やはり自宅についたのは6時過ぎになってしまいました。

すぐに寝たかったのですが、疲れすぎていて寝付けないような感覚に加えて腰痛や座席にずっと接していた太もも裏の痛みで眠れず、やっと寝られたと思ったら1時間程度で目を覚まし2時間程度寝付けないでの繰り返しで夜明けを迎えました。

1週間後にまた行かなければならないのですが・・・行けるかな??????


KOU君をきっかけに始まった「シュールレアリズム(超現実主義)」ですが、「現実世界」と「非現実世界」との関係をどのように位置づけているのか・・・「世界認識の構造図」というのを先日他の高校生になげかけてみたら、これまた「これも日本人のDNAのなせる発想?」と思えるような興味深い観点が出てきました。

家庭教師でも中高生に何人も教えていたり社会人クラスが盛況だった頃だったらさらに多様な意見と接して考察が深まっていっただろうに・・・やはり自分だけで考察していると、結局は自分の発想の狭い枠の中だけでしか考えられないので広がりや深まりが出ません。

またそういったことを補うためにも普通の学問探求では多様な参考文献を読んでいくのでしょうが、視力の関係で活字を読むのが極めてしにくい状況・・・・。それにまた、児言態というか心意伝承の探求は、上原先生の師匠である折口先生の言葉を借りれば「実感実証の学」・・・・子ども達(若者たち)の言葉や発想の中、あるいは上原先生が庶民文化である「江戸歌舞伎」を素材としたように、そういった「日常」「習俗」レベルのものを通して探求していくのが王道だと思っています。

KOU君ともよく話しているのですが、歌舞伎のかわりに「アニメ」、「型の文化」のかわりに「数学」をヒントにしてという感覚です。KOU君とやりとりしている時などは世間的な「理系・文系」の垣根などはとうの昔からなくなっています。ある意味で「超現実世界」の境地でやりとりしているとも言えるのかもしれません。

今年になって2回訪問してきてくれた元社会人クラスの面々とやりとりする時にもずっと以前からそんな感覚です。

こういったやりとりが出来る場がかつての子どもや若者の世界にはいくらでもあったと思うんですが・・・・大人の世界も生身の人間よりネットや情報端末を中心とした若者世界も・・・「現実・非現実世界」の境地でのやりとりばかりになっていて、それが古来日本人の持っていた強みを失い、どんどんと疲弊した日々へと追いやっているようです。

そんな場の提供だけではなく、現代社会にそうした場が復活していけるような取り組みを・・・という気持ちは学校勤務の頃からずっと持っているのですが・・・・ますます先細りで、このまま人生が終わってしまうようです。

(腰痛等々に耐えながら何とかここまで一気に打ちましたが、反動がかなりきています。これからすぐに横になります。今日も家庭教師の仕事はないので・・・・・)

(19日 朝)この前の日曜日、夕方5時からNHKBSでウルトラマン50年にちなんでの視聴者による人気投票上位だったものが再放送されています。初回はウルトラセブンから「超兵器R1号」

米ソ対立での核兵器開発競争をテーマにした作品です。地球防衛のために惑星破壊爆弾を作りある惑星に対して実験を行います。そのことに関して主人公のダンが「もし侵略者がさらに強力な武器を作ったら」と問いますが「その時はさらに強力なのを作ればいい」と・・・。「それは・・・血を吐きながら続ける、悲しいマラソンですよ・・・」

その他思わせぶりな際どいセリフがそれぞれの立場からいろいろと飛び交います。

特番でも「開発競争」がキーワードで紹介される回なのですが、今回久しぶりに観て素朴に感じたのが、惑星を木っ端微塵にする超兵器の実験、さらにはもっと強力な破壊力を持ったR2号、R3号の開発も進んでいるという内容についてでした。

よくロケットでも発射実験で失敗をすることがありますが・・・この超兵器で発射失敗や何らかの原因で誤爆が起きたとしたら・・・・地球を守るはずのものが地球そのものを粉砕してしまうわけですよね。

実際に核戦争などが起きたら勝者はないと昔から言われています。放射能汚染が広がれば敵国も自国もないからです。そういったこともふまえて作られているんでしょうね。


昨日はいつものように体調がいまひとつだったので昼間ちょっと睡眠をとったのですが、思った以上に室温が上昇。起きた時には激しい頭痛・・・どうやら熱中症。保冷剤をタオルにくるんで首にまいたりしましたがずっと大変でした。

今日はこれからいわきへ遠出です。熱中症対策はとりますが、この時期きついのは太陽の直射日光。いわきへ向かう時間帯は東よりの太陽から右手にずっとあたります。帰りは西よりの太陽からやっぱり右手に当たり続けます。薄手の日本手ぬぐいをかぶせ、首筋に日が当たらないような作業用の帽子も運転中にかぶるのですが、それでもかなりきついです。

(16日 朝)最近KOU君とは江戸庶民についての話題になることが多いのですが、今回は「江戸の妖怪文化」についてやりとりしている最中に彼がフト「シュールレアリズム」(「シュルレアリスム」他複数の表記の仕方があります)という言葉の検索をはじめました。美術の教科書などに載っている時計が溶けているような絵画を描いた「ダリ」なんていうのが有名ですよね。

日本語では「超現実主義」と訳されていますが「非現実主義ではないんですね」という彼の言葉から両者の違いについての考察になり・・・いろんな分野への話に飛び火して気が付けば4時間近くになりました。

そんな影響が無意識にあったのかどうか分かりませんが、明け方までに大きく分けて二つの夢をみました。前半は一応教え子ということになっているのですが病気で入院中の見知らぬ小学生が仮退院した際に、どうしても家族の方の仕事の関係で私が留守番中の面倒をみることになります。仮退院期間が終わって病院に連れて行くのも私が行なったのですが、病室から去ろうとした時、急にその子がグッタリして・・・熱を計ると体温計で計れるギリギリラインという危険な状態。ナースコールをするのですが応答もなく・・・・オロオロしている時に急に場面が変わり、私が教室から去ろうとしている場面へ飛びます。そこでもう私は先が長くないから作りかけのクラス文集の作成はみんなでよろしく・・・と教え子達に託していく・・・・という内容の夢。

一度目覚めてもんもんとしていたのですが、明け方近くやっと寝付けて、その際に観た夢は・・・ゴミの焼却をやっている民間の大きな清掃工場にいます。ある一画に大量の布団が山積みになっていて・・・それらは臨終や葬儀の際に使われていた為に廃棄されたものだと。中には、火葬費用が払えない方が御遺体と一緒にというのも混じっていてギョッとします。でもそうしたのも黙認して焼くから民間業者なのだという説明を受け、そのコーナーの手伝いをすることになったのですが、専用の炉に入れて火葬開始・・・次々とこなさなければならないため冷却時間を置かずに窯の石が真っ赤に焼けている状態で蓋が開かれて骨をひろい次の作業にうつらなければなりません。ところが私が履いているのは普通のクツ。そんな作業をしたらあっというまに足を大ヤケドしてしまいます。困っていたところサッと作業を代わりに始めてくれたのが、何故か平成8年に他界したはずの祖父。手際よく作業してくれて、私は次の御遺体を運ぶ作業へ・・・・というあたりで目が覚めました。

火葬場や葬儀に関する夢は幼い頃から繰り返しみていますが、その中でもリアル感いっぱいの部類に入る夢でした。

前半の夢と併せて考えても何か大きな転換期がくる前兆なんでしょうかね??????

(15日 朝)昨日夕方の雷雨・・・まあまあ通常よりは弱めのレベルかな・・・と思っていたら、我が家から車で数分程度しか離れていない水戸市街ではとんでもないゲリラ豪雨になっていたようです。場所によっては直径25ミリ程度のヒョウも激しく降ったとか・・・・本当に局所的なんですね。

知人は水戸駅のホームにいたということなんですが、15ミリ程度のヒョウが降っていて帰宅時の高校生たちは大騒ぎ・・・ホームに入ってきた電車の屋根に当たって跳ね返ったヒョウに当たって痛かったと言っていました。

そうした雷雨は全く関係ないのですが夜中あたりから両足首が腫れてきて、今朝はそれなりに歩行困難になっています。

(14日 朝)NHKプロフェッショナルでデジタルクリエイターの方の回を観ました。一人の天才よりもチームということを掲げていて・・・早い話が、一人だとどうしても自分の常識や思い込みに囚われてしまって発想の幅が狭くなってしまう・・・・だから様々な分野の専門メンバーの集団で議論を交わしながら創作していく・・・という内容でした。(再放送 NHK総合 7月25日(月)午後3時10分~)

私はこうしたことが個々人の中でもより活性化できないかとずっと考えています。江戸庶民などはそれがかなり出来ていたのだろうと・・・・。そうした柔軟性がある人たちが集団化すれば、さらに豊かな世界の実現につながるのではないかと。

教師をしていた頃、教室やクラブ・委員会活動で心がけていたこともまさにそうした世界の実現へのあれこれでした。それを形にしたのが例えばドラマ作りや集会などの行事。学校全体で取り組んだ平成3年の「大予言と希望集会」なんていうのもそうです。運動会の表現で平成3年や平成7年に実戦したことも・・・・。

とかく「強いリーダーシップを求める」という風潮が強い昨今ですが、それは一見合理的で自分達は楽できるからいいことづくめのようで、案外と大変な落とし穴がいっぱいあります。指示系統が明確でなくてもそれぞれの立場で精一杯のことをしていれば全体として有機的に機能しているというのがいざという時にも強い組織になるというのが古来日本人の発想。それを是非復活させることに余生を使いたいのですがね・・・・

(12日 朝)ある番組をみて改めて思ったのですが・・・自分は若い頃から「プラス思考」という言葉にずっと違和感を感じているというのは何度かこの欄にも書いてきたわけですが・・・・「前向きに考える」というのを決して完全否定するわけでもないわけですが・・・・でも少なくとも自分や身の回りには「プラス思考」等々のことを言われれば言われるほど(耳にすればするほど)「よし!」という頑張る気持ちになるどころか、逆に心の底では(人間の本体である無意識では)そうではないことへの自覚があるので「やっぱり自分ってダメだな・・・」という自己否定の気持ちがさらに強化されてしまいます。だいたい「思考」なんていう言葉がくっついているくらいですから、感情の自然な流れまでにはなっていない・・・。

無論「思考」というのがこれまでの意識や感情の流れる方向を変えることに大きな力があるという点では「数理思考」が俗に言う「文系人間」「芸術系人間」にも大切だという考えに立っているわけですが、でもそれは「プラスに(前向きに)考えなければいけない」式の構えでは逆効果になることも大いにあり得ることも配慮したいわけです。

「プラス思考」というような事をことさらに心がけなくても自然に意識や感情がこれまでよりも多様に流れ出るためには・・・・ということが今の私にとって大きな課題。自分自身にわずかでも兆しが実感できなければ、いくら理屈を並べても仕方ないという想いもあって、児言態への原稿執筆もずっと着手できずにいます。

アウトラインはとっくに固まっているのですがね・・・・でも、実際に気持ちは停滞の方へますます暴走中。この夏の合宿も無理すれば後半は参加できそうですが、無理する気力が低下するようなことばかり連日のように起きて・・・先月は2泊くらいは何とかしたいと思っていたのが・・・・ギリギリ一泊・・・やっぱり無理しても皆様のお邪魔になるだけだから今年も参加を見合わせようか・・・と、どんどんテンションが下がっています。我ながら本当に情けないことですが・・・・・。

(10日 朝)遠出の疲労があったのでウルトラマン特番はバラエティっぽい部分はほとんどとばしながらザッとみました。

ウルトラシリーズを振り返るコーナーがあったのですが、エースの途中から観なくなっていたので驚きの連続でした。正直、観てみようとは思いませんが・・・・

金城哲夫氏がウルトラマンを発想した原点に通称「折口学」とよばれる古代日本人の「まれびと信仰」がある・・・沖縄の信仰にもそれは色濃く残っている・・・という側面についてはふれられていなかったようです。

上原先生語録のコーナー「生きる姿勢編」でも紹介しているので是非お読みください。そうした観点をふまえながら「初代ウルトラマン」を見返すとなるほどと思えるような部分が多々あります。(7日にも書きましたが、ウルトラセブンになると「まれびと論」というよりは「沖縄問題」・・・金城哲夫氏の師匠でもある上原民俗学でいえば「犠牲論」との関わりが深くんっていると思います)

(9日 朝)相変わらずの腰や首筋のきつい痛みに加えて、精神的にひっかきまわされるような出来事も再び加わり、一晩中眠れませんでした。今日はこれからいわきへ・・・ただ、とても運転して行ける状態ではないので、これから電車で向かいます。各駅停車の椅子は正直言って腰にかなり負担なのですが、片道2時間で済むというのは大きなメリット。交通事故の心配もとりあえずはないですし。終点なので眠りこけて乗り過ごしということも・・・・

今日はNHKのBSでウルトラシリーズ50周年を記念しての特別番組が放送されます。録画セットはしたのですが、どんな内容の番組になるか・・・・バラエティ要素ばかりにならないことを祈るばかりです。

(7日 朝)今日は新暦の七夕・・・教師をしている頃だったら「七夕集会」に向けての準備で大忙しでした。

ゆうべNHKBSで放送されたアナザーストーリーズはウルトラセブンについての特集でした。ベトナム戦争を背景に「本当の正義とは?」という観点が探求された異色のシリーズという側面を紹介していました。

ウルトラシリーズの産みの親として、上原先生の愛弟子だった金城哲夫氏についてもかなりの時間が割かれていて、若き頃の上原先生と一緒の写真も出てきました。

ただ、観ていて不満だったことはベトナム戦争のことばかりが全面に出てきていたこと・・・・かなり前に同じNHKが金城哲夫さんについて特集した時に全面に出していた「沖縄問題」については軽くふれられていた程度でした。

今回の番組でも盛んにとりあげられていた金城さんがシナリオを担当した「ノンマルトの使者」は、根元には「琉球王国」の問題・・・さらには戦争時に本土の盾扱いされたこと・・・戦後、現代に至っても基地問題をはじめとして本土のための多大な負担を担わされてきている・・・・そちらの方がベトナム問題以上にあります。

ウルトラシリーズ50周年の流れの一貫としての番組だったようですが、沖縄問題を全面に出すのは意図的に避けているような印象すら受けました。本当は今だからこそきちんと目をむけて国民全体が考えなければならない問題なのに・・・・やはり本土側としてはこのまま沖縄にという本音が見え隠れしていて・・・・今回の番組の再放送は7月12日 夜11時45分からBSプレミアムの予定です。

もう一つ人間の根幹に関わる番組で「ママたちへ」という、最新科学が解き明かした育児等々の過程で脳内のホルモン等々から母親と父親それぞれの精神状態・感情の動きに根本的な違いが出てくるメカニズムを解説した番組の再放送もあります。こちらは7月10日 朝8時にBS1で。

女性は育児、男性は外で働く・・・というスタイルが基本というような結論になっているので、「男女平等」という主張からは反論が出てきそうな内容ですが、科学的事実として脳内の仕組みはそのようになっているというのは受け入れる必要がありそうです。

一例を出すと子供のぐずる声を聞いた時の受け止め方。脳内で働く部分が女性が母性本能を刺激されるようなのに対して、男性は極端な言い方をすれば「ノイズ」として受け止めている・・・・それが母親からみれば夫の育児に対する「気がきかないんだから!」等々の姿勢への不満鬱積となる大きな要因のようです。これも長い進化の中で、授乳することをはじめ密接な関係を持つ母親に対して、父親は外へ出て働くという関係をキープする摂理なのでしょう。子どものぐずる声などで「放っておけない」という感情が強く湧いてしまっては、わが子が心配で外に働きに出る事が出来ない、あるいは気になって仕事に集中できない、ということが起きるでしょうから。

ただ、社会のシステムが大きく変容している以上、女性だって外へ出る、男性だって育児に積極的に参加する・・・・というのも必要なのは事実。その上で脳内レベルの特性の違いを互いに理解した上で、自分と同じ質のことを求めるのではない姿勢を認め合うことをしないと、どちらも不満を溜め込んでしまって、子どもにも親自身にも多大な悪影響を及ぼすでしょう。

長い進化の歴史からみれば、男女のあり方のシステムがこれほどまでに多様化したのは、まだ一瞬にもなりません。そうそう簡単に新たなあり方が見出され定着はしないでしょう。

だからこそ「なんでこんな簡単な事をわかってくれないんだろう!」と互いにイライラをためるのは避けられなくても、当たり前と思っている大前提が脳内のホルモンレベルで決定的に違うのだということを知っておくことは大切なステップかもしれません。

男女に限らず現代社会ではあまりにも「自分の常識が絶対基準」ということで他人を完全否定という風潮が当たり前になりすぎています。他人を否定しながら自分は全面肯定されたいというのはあまりに我が侭ですよね・・・・

(6日 朝)相変わらず普通に腰痛やムチ打ちの再発の痛みはずっと続いているのですが、月曜の夜からは時折顔をしかめてしまうくらいの強い痛みが腰などを中心に襲ってきます。そんな状態の中、昨日は遠方からの電話でのことでいろいろと振り回されて車であちこちあるものを探して店まわり・・・・やっとのことで一応購入したのに、午後になって腰痛の中一生懸命になったことが心の底から馬鹿馬鹿しくなるような電話が再びあって・・・・

腰痛だろうが何だろうが今度の土曜日にもまた遠出しなければならないのですが、本当に行く気が失せます。(運転はきついので多分電車になると思っています。向こうでの自由はきかないし、滞在時間も短めになるので先方は私が電車でいくのは大変嫌がるのですが、私がそうせざるをえない根本原因はどこにあるのかを少しは考えて欲しいものです・・・・昔から自分に非がありそうなことは絶対に認めようとしないで、すべて周囲のせいにする名人なのでそんなこと全く期待できませんが・・・)

パソコンなどを使っての作業で以前から頼まれている作業もあるのですが、痛みで着手できない状態がずっと続いている・・・そのことに対しても非難ばかり・・・・。

本音をいえば無理してでもやりたいのは児言態の方の作業なんですが、それも全く手をつけられずにいます。それなのに昨日のように無理に外出して使い捨てカイロのようになり続けている自分にも正直腹が立ちます。そんな自分の甘さを相手は熟知していてこちらを利用し尽くそうとしているのがみえみえなのに・・・・

昨日の午後の電話があってから、そんなこんなで絶望を通り越して無気力になったというか・・・何もかもが馬鹿馬鹿しくなって・・・・あまりにもんもんとしてしまったので、気晴らしに何か録画しておいたドラマかアニメでも観ようかと思ったのですが、どれを手にとっても観る気が起きず・・・・でるのは絶望感たっぷりのため息ばかり・・・・結局何も観ないで早めに床についたのですが、明け方までほとんど寝付けないでいました。

本当はこういった状況の時に、父が書いた文章や精神世界の本などを読んでいたものなのですが、ここ数ヶ月はやはり手にとれないでいます。頭では分かっても心はそういう風に全く向けないことのギャップでより自分を責めてしまう悪循環に陥って・・・・(そもそも老眼の関係で活字を読むことそのものがほとんどアウトなんですが・・・こうしてパソコンの文字を打っているのも半分勘のようなものですから)

(5日 朝)結局録画はしてありますが、まだ3日放送の番組を視聴できていません。

未明にみた夢は介護がらみのことで大きな出来事が襲ってきた内容でした。完全孤立をして絶望している私のところに他界したはずの母がやってきて何とかフォローしようとしてくれている・・・・という内容の夢でした。

実はゆうべの家庭教師の最中から腰痛の痛みがかなりひどくなり、帰る頃には玄関を降りるのもきつい状態・・・今もそれなりに痛みます。

夜中には気温が急降下・・・今朝は肌寒いくらいの陽気・・・体調管理をしっかりしないと、今週末にまたいわきへ行かなければならないので大変・・・。

最近、以前購入しておいた「江戸庶民」の生き様についての本を老眼が進んでますます見えなくなりつつも少しずつ読み返しています。その一冊が「図説 江戸っ子のたしなみ」(河出書房新社)です。帯には「日本人の幸福力の極意 金や出世にならぬ人生に一心な江戸っ子の贅沢」とあります。

時折繰り返し読んでいた本ですが、ブータンのことなどを知った上で読み返すと、単に江戸時代の知識ということではなく、現代人が忘れている大切なことを甦らせる大切さを予感させてくれます。

生活状況が絶望的になってしまいがちな私の日々ですが・・・・だからこそ先ず私自身がそういった極意に近づき、本当に意識のベースを転換できるかが問われています。

(3日 朝)今夜NHK総合テレビ夜9時から「NHKスペシャル 介護殺人」が放送されます。どんな番組内容になるのかは分かりませんが、「殺人」が許されない行為であるにしても、その背景を考えると罪を犯した人たちを一概に責められないだけの事情は今の社会においては十分に考えられます。今や老夫婦の場合は「老人が老人を介護しなければならない」、あるいは実の親ではなくても親戚関係であることで介護しなければならない場合はあたりまえになってきています。

しかもそういった場合「厄介者の押し付け合い」というような形で、他の親戚たちの協力が得られないことも多々あります。介護を独りでまかされ、身も心もボロボロになり・・・・やがて介護から解放された時がきても、・・・直接の親でない場合など特に・・・降って湧いてきたように多くの親戚が現れて遺産狙いのドロドロとしたエゴが渦巻く・・・・。生前は押し付けるだけ押し付けて知らん顔しているくせに、そういうときばかりは法的な権利ばかりを主張する。

よくみられるのはお嫁さんに介護を押し付けておいて・・・・という場合ですよね。

法律でお嫁さんにも介護をしていた場合には相続権をというように保証しようかという案がこれまでも出されようという話はあるようなのですが、それが実現しないのは、仮にそういった法律を作ってしまうと「財産目当てに介護をするんだろう!」と他の親戚たちからこれまで以上にひどい仕打ちを受けたり、嫁には手出しさせないで介護の必要な老人を放っておくという問題が続出しかねないからだと聞いたことがあります。

実際に私も似たような問題に直面し、虚しさというか何というか・・・・祖父には申し訳ないですが実際に生活も体も破綻してしまい・・・でもその後私のことなど知らん振りをされ・・・・そしてまた都合の悪いことが起きると、すべての厄介ごとを周囲から押し付けられ・・・この繰り返しです。本当にまさに「ただの踏み台」であり「使い捨てカイロ」・・・・

万が一にも私が老人と呼ばれるころまで生きてしまって・・・でも動けなくなった時には、誰にもフォローされることなく「孤独○」が待っているでしょうから・・・・・そんな時期になるよりずっと前の段階・・・(事故などを起こさなくても)生活が破綻してそうなっているという未来はすぐ先に来ていると考えた方が現実的。

そうなったら体の方だけは無縁仏として処分されて・・・それが終わった時に関係者が名乗りをあげて少しでも金目のものがあったら持ち出すのかな?????(そんなものはこの家の中にほとんどないですがね・・・・古書は大量にありますが・・・恐らく二束三文。一部の本はネットオークションで売れるかもしれませんが・・・・)

そういった扱いでボロボロになる毎日に対して「見えない徳を積むことになる」という発想を心の底からとれるほど私は偉くもないですから・・・本当に心の中に様々な感情がどんどん渦巻いてしまっています。

今夜の番組、一応録画のセットはしましたが・・・・心情的にすぐに視聴できるかどうかは分かりません。

(7月1日 朝)平成28年の後半に突入です。月はじめ恒例の万葉集占いですが、今月出合った和歌は

筑波嶺に 雪かも降らる いなをかも かなしき児ろが 布乾さるかも(3351番) 

(口語訳)筑波嶺に雪が降ったのかなぁ それとも可愛い娘達が 布を干しているのかなぁ

私の場合で考えれば「可愛い娘達」というのは「可愛い子ども達」と置き換えた方がふさわしいかもしれません・・・男の子も含めてという意味で。

子ども達が元気に活動している象徴が筑波山という神の山の雪のような純白なもの(純粋で美しいもの)に例えられているということでしょうか・・・・。

目先の物質文明に汚染された姿ではなく、子ども本来の活動の足跡を残せる子ども達がたくさん復活するような支援を心がけたいものです。 

☆☆これまでの「ちょっと一言」5月分はこちら☆☆

☆☆これまでの「ちょっと一言」6月分はこちら☆☆

子供達の写真・お星さま・子猫の写真

(最新入れ替え日  7月9日)

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「お星さま・ミクロ世界」などの写真集
実は「顕微鏡写真」もあるんです!!

「子ども・教育」「クラス・クラブなどの思い出」関係


特設コーナー

「食の思い出」

「ペットのページ」

高電位治療器 リブマックス9000
つぶやきのお部屋内「よりぬきコーナー」にあります

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6月25日  開設