
あるビジネス雑誌に「数学」を勧める特集がありました。単に実務上で計算力が必要だから、というのではなく、数学的に考えることなどが様々な場面でいかされるという趣旨です。本音をいえばこうした取り上げ方はまるで数学を学ぶことが投薬のようで嫌なのですが、私がいつも強調している「類化性能」とも直結している話題だったので特集しました。
理数的に「思考のジャンプ(類化性能)」を鍛えるためのネタは案外どこにでも転がっています。今回はある小学校の5年生、6年生とのやりとりの内容を紹介しています。
同じ思考のジャンプ力を鍛えるのでも日本人が古くから行ってきたものには「掛け言葉」などもあります。和歌でも大切なポイントですよね。技巧として古典ではならいますが、本当はもっと深いところに意義があります。今回は和歌での書け言葉ではなく、笑点などでも時折やっている「・・・とかけて・・・と解く。その心は・・・」という方を例にしています。
*一見地震とは関係ない話題のようなタイトルでもしばらくは「今のこの時期」を意識してテーマを決めています。なので地震関連の特集として先週設けた欄に、前の週の特集も順次移しています。読み落としのある方は、ぜひ地震前の「ナマズ絵」のものも含めて最初のものから読み返してみてください。
最新更新への直行通路
入れ替えアルバムなどの定期更新以外で更新された場所への直行通路です。(各お部屋の入り口を飛び越して直接その場所へ行くので、ご注意を!それぞれのお部屋に入っていろいろ巡りたい場合は下の方の「お部屋ご案内」からどうぞ)
*料理コーナーにレンコン料理コーナーとブリ大根の朝日新聞風レシピ平成22年1月25日
キンピラごぼうについてのコメント&画像(1月27日)
NHKミニ番組 日めくり万葉集 HP
今まで放送された和歌と口語訳も載っています
http://www.nhk.or.jp/manyoushuu/bangumi/index.html
来年公開のアニメ映画「ももへの手紙」(ヒロインの声)
(2012年4月21日(土)より 丸の内ルーブル他 全国ロードショー)
第15回文化庁メディア芸術祭 アニメーション部門優秀賞受賞!!!!!
1/3 海外でも高い評価・・・・製作に7年!すべて手書きの『ももへの手紙』、世界各国で続々と高い評価 数々の賞を受賞


平成20年 7月6日 主演女優 鈴木理子さん 茨城上映会舞台挨拶ルポはこちらです

「どんなどんな困難でも きっときっと立ち向かえる 一人じゃ挫けそうでも 助け合えば大丈夫! いつかいつか辿り着ける 夢に夢に描く場所へ 忘れないよいつだって 孤独じゃない強い智(きずな)まっすぐ未来へススメ!」
ゆうべは一応は眠れている時間帯が夜中の半分程度はあったのですが、寝るたびに昔の嫌な思い出とどこかでつながっている悪夢をみて・・・その都度不安や憎悪が増したり自己嫌悪になって・・・相当重症です。一番あとに見た夢では父方の祖父母や母が眠っているお寺の境内で姿の見えない何かに襲われて取り込まれそうになっている時に必死で祈っている場面で目が覚めました。
祈ることはもちろん大事なことですが、今の自分にとっては神仏やご先祖様たちに祈ること以上に、自分の心と向かい合うことや、幼い頃からずっと思いこんでいる歪みを自覚できている部分だけでも本来の姿に修整することなのでしょうが・・・。やはり長年の鬱積がこれ以上暴走したら自分を制御する自信もないので根本的なことから逃げているままと言えば逃げているままです。
心の問題ほど深刻ではないのですが、もう一つ今の自分を悩ませているのが数日前から唇の裏にできた口内炎です。食事の時に、細心の注意をはらっているようでどうしてもそこを噛んでしまう・・・昨日も夕飯の時だけで3回も噛んでしまい・・・一回噛んだだけで出血してくちびるが腫れてきてしまうのにそこを何度も繰り返し噛んでしまうのですからその都度激しい痛みに襲われます。授業をしている時も話しにくいし、うっかりするとやはり軽く噛んでしまうので集中力も散漫になりがち。
ふんだりけったりですが、これも自分の念が呼び寄せてしまっている状況なのでしょう。
(12日 午前)我ながら情けないと常々思っていることですが、教え子たちには「意識の転換」等々のことを説いているにもかかわらず、自分自身に対しては極度に後ろ向きです。特に体を壊して退職後・・・さらに停滞状態に追い討ちをかけた昨年来の事・・・ここ数日間も、表向きにはイラスト等々のことをして打開策を模索しているようで実は真逆。
実際にはやはり心を閉ざし、近い将来に絶望的な結末をむかえるだろうな、とか、一部親戚とのことでも認識のレベルをあげて強烈な負の感情を昇華させようというよりは「他の親戚達に今更どう思われたっていい」と投げやりになってしまっている方がナマの自分です。ここ数日はそれが一気に転落の方向へ動き出す寸前になっているような感じ・・・。
こんな心身の状態では、家庭教師の依頼も減って生活が絶望的になっていくのも当然かもしれないですね・・・・。意識をあげるきっかけになりそうな本や、録画した番組もたくさんたまっていますが、放置されたままです。最近はそういった番組がテレビ欄にあっても録画もしなくなってきました。自分が「頭では分かっていても感情は・・・」という自覚があるだけに、余計に落ち込み心が疲れてしまう・・・こういう状態の時には「太陽が眩し過ぎる」という例えのような感じになってしまいます。
まさに世界は自分の意識が創っている・・・頭では分かっているんですがね・・・・なるべくこうした本音は皆様を不快にするだけなので、ここには書かないようにしているんですが・・・すみませんです。
(11日 朝)ゆうべの授業でいい時間を過ごせたことや、アニメ模写の効能もあったのか・・・前日のようなお姿のイメージや幻聴に悩まされている時間はかなり短くて済み、目を覚ましてしまう間隔が3時間程度になりました。一部の親戚とのことではこれからますます具体的な問題に立ち向かわなければならないので、再び気が変になるような不眠状態が何度も襲ってくるでしょうが、何とかふんばりたいと思います。
社会人クラスではS君が中古といいつつも立派なガラステーブルを購入してくれていて・・・下から電気スタンドをで照らせば大型トレース台にもなります。実際にゆうべはS君とチョコレートさんがそちらのテーブルに黙々と向かって模写作業。
別に手本を下に敷いて描いていたわけではありません。ゆうべの場合は時々裏返して絵にくるいがないかどうかチェックするために使いました。こうした作業の入門者にはよく裏返しにしてチェックするように描いてあります。そうすると表から見ている時には気がつかなかった歪みに気がつきやすいんです。
どうしてこんなことが起きるのでしょうね・・・人間の脳は情報を受け取る際に様々な処理を行っています。外界の情報をありのまま受け取っているのではありません。錯視などが起きるのもそのため。
そもそも脳に届く以前に、興味や関心やそれまでの鍛え具合によって五感(六感)の段階で通す情報とキャッチしない情報があります。そして脳を通過する時にさらに個人個人でフィルターをかけて情報を選別してしまい、さらにそれを脳細胞で受け止めるときにも「あばたもえくぼ」などの言葉にも象徴されるように、自分にとって都合の良い受け止め方に変換してしまう・・・そうすると一生懸命描いている時ほど「ちゃんと描いているつもり」⇒「ちゃんと描けている」という受け止め方でいつのまにか見てしまうんです。
私も最近実際に自分でも描いてみたのを時々裏返してみていますが、下手を十分自覚している私でも表からみて「歪んでるな」と受け止めている以上のレベルでもっと歪んでいることが分かるということが多々あって・・・自分に厳しくというのが如何に難しいかを反省しています。
模写ですから手本をわきに置いて見ながら描いているのですが、ちゃんとみて描いているつもりでも似ても似つかなかったり、どこかが違って・・・・でもその原因もなかなか分からなかったりする・・・それも多分「見ているハズ」という思い込みがありのままを受け止めるのを拒絶しているのでしょう。
ゆうべの参加メンバーが驚嘆したのがチョコレートさんの描いたイカ娘だったのですが、脇に置いたのを見ながら特に基準線などもかかずにサラサラと短時間で描いたのがほとんど同じように描けていて・・・実はチョコレートさんは何度かイカ娘をそれまでも描いていたのですが、それはあまり似ていなかった・・・でもゆうべはまさにイカ娘!ここ何回かのペン画や水墨画などを通して何かが大きく変容しているのでしょう。
こうした「ありのまま」というのが絵に限らず勉強時でも仕事でも人間関係でも、どうなっているのかをきちんとセルフチェックするのは大変に難しいといえます・・・特に信念をもっている事にほど「脳内の特別処理」が起きているでしょうから。そのためにも自分が苦手だったりほとんど関心を持たずにきた事をやってみる、自分が正しいと思っていることを一度オフにしてみる・・・そんなことを定期的にしてみるのも大事だと語り合っています。
(10日 朝)もともと夜中に何度か目が覚めるタチだったのですが、震災さらに例の母の件があってからは、ひどい時には30分~1時間起きに目が覚めてしまう状態が毎晩のように続いています。昨年10月にたまたま激しい咳の原因が扁桃腺肥大による気道の狭さとノドの老化(?)にあるというのが分かって、その際に勧められて無呼吸症候群の検査を受けたらかなり重症との判定・・・それが何度も起きてしまう原因だろうと言われました。
でも自分の実感では、それ以上に眠れない原因があります。それは例の強烈な記憶の蘇り・・・昼間はフラッシュバックという感じで何度も襲ってくるのですが、夜の場合は寝ようとして目をつぶるとどうしてもあの身元確認の時のお姿がずっと脳裏に浮かびっぱなしになります。それでなかなか安眠状態に入れません。
そしてそこに親戚とのもめごとなどがからむと、私の恨み感情ばかりでなく、あの変わり果てた姿での顔と共に母もすすり泣きながら恨み節をいい続けているような幻聴(?)まで聞こえ、これまでの思い出したくもないような一部親戚との嫌な思い出が次々と思い出されて、心身は疲れているのに眠れなくなります。
ここ数日もあることをきっかけにそういった状態・・・特にゆうべはひどくて自分の感情制御がほとんどきかないような状態になりかけていました。このまま電気を消していたら気が変になってしまいそうだったので寝るのを諦めて2時半頃から夜明けまでずっと起きていました。
そのときにやっていたのがアニメキャラの模写。何人かの教え子には言ったのですが、私自身も模写に挑戦しているのは手描きによる体感というのや絵の上達を素直に喜ぶ、というのもありますが、最も大きな理由は夜も昼もずっと頭から離れないあのお姿を何とか中和できないかという想いです。
あの姿と臭いの記憶を消し去ることは一生無理だと思いますが、せめて中和反応は起こせないかと・・・・。そしてこうして私自身が我が身であれこれ試していることが、震災などでやはり強烈な記憶が刻み込まれて心が不安定になってしまいがちな子どもたちなどのことに何とか活かせないだろうか・・・と。
現在のところ私自身がまだまだ制御不能状態なので、とりあえず言えるのはアニメ模写も感情の暴走に対してはそれなりの効き目がありますが、フラッシュバックに対しては「他人が思うほど簡単ではない」ということだけです。どんなに頭で言い聞かせても、むしろ逆効果です。(私にとっては)
模写をしてようやく2時間ほど仮眠をとりましたが、まだまだ頭の中はボーッとしています。(その方が良かったりして・・・でも夢の世界に単に逃げ込んでいるだけとも言えますかね?????)
(9日 朝)ある授業の中で画像処理ソフトのフォトショップを使って「たぬき先生がスリムになった」という偽造写真の作成実演をしました。時間の関係でかなり大雑把にやったのですが、それでも教え子は出来上がった画像にビックリ!
かつてそういった作業がこれほど普通の人にはできなかった時代は写真というのはそれなりの真実を示す証拠となりえたのですが、現代はそうはいきません。その気になれば私だって体形だけでなく偽装ツーショット写真などを条件がいい写真が揃えばかなり自然に作れます。かつて教え子達にたのまれてそういった画像(あこがれの相手と一緒)のシールやカレンダーを大量に作った際に技術を磨かれましたから。
ブログなどでサクラをつかって話題を盛り上げるという手法も問題になっていますが、安易に情報にとびついて扇動されやすい風潮が世界中に蔓延している現代社会・・・ネットなどの便利なことは認めますが、そういったマイナス面もしっかりと自覚して、自分の五感をフルにつかって真実を見極める能力も高めて欲しいと思っています。
そんな狙いあっての偽造写真実演授業でした。
(8日 朝)中学生たちに司法試験塾の勧める勉強法について紹介してみました。確かにどこかの誰かさん(つまり私のことなのですが)から何度も聞いたことのある内容だと・・・でもそれを「聞いたことがある」「知っている」というのと実行しているのは別だし、また「実行している」と「実行しているつもりになっている」のも別です。そうしたことがマンガキャラの模写をしていると端的に表れ、自覚できます。
ひだまりスケッチの「ゆの」に加えて、イカ娘も題材にしているのですが、顔としておかしくなくても、どこか別人になってしまう・・・・そんな時に、ただ「失敗した」と片付けては進歩はありません。「失敗」ではなく「間違い」・・・ではどこが原因なのかを突き詰めていくと文字通り「間違い・・・間が違っている」というのがほとんどです。顔全体の位置関係(比率)も含めて。
そのレベルで原因を突き止めると、今度は違った角度の顔などを描く素地も出来上がってきます。そこまでしないと、見本通りに描けても同じキャラの違う絵はまた大幅にくるってしまう。
それはまさに多くの子どもたちが勉強をしていく際に単に解き方を覚えたり、答え合わせのあと模範解答をちょっとみて「こう解くのか」と思うだけで終わるのと同じです。(答え合わせすらしない子もいますがそれは論外)教科書の該当するページを調べなおす、それでも納得しなかったらもっと前に遡る・・・時間はかかりますが、そうして納得したことは予想以上に多くの問題を解くのにも、他の領域を学習する際にも威力を発揮します。
これは社会人になっても全く同じです。私は常に教え子達に小学校で習うことの考え方が本当に分かり、一見関係なさそうなことでも結びつきを考えられるようになってくると、人生の生き様にも生かせる、と強調しています。それは仕事でも家庭でも常に直面するのは「学校で習っていないこと」だからです。
「解き方を暗記しているから解決できる」という現代の学校教育の現状が当たり前になってしまった人間は、今までの自分の経験をもとにして未知のことを解決しようという姿勢すらとれません。学校の問題を解くのと同じような「解決の方法」があると思いこんでいるので、どこかにあるであろう「万能の解決法」という幻を追い続けてしまいます。
それは仮に一時的な好転になることはあるかもしれませんが、多くの場合すぐにまた違った形で噴出してきます。表面的に誤魔化しているだけですから。
確かに私も人生の糧やヒントになるような書物は若い頃から読んでいるし、上原先生などに相談をしたりはしてきました。でもそれらはあくまでもヒント・・・最終的にはやはり自分の目の前の現状をしっかりと見据えて自分の内から湧き上がってくる想いと対話しながら自分の責任で決断し、実行しなければならないと思っています。
上原先生や折口先生などの心意伝承研究にしても、父の古事記を通しての日本人古来の発想研究にしても、「自分の内(無意識の世界)にこそ最大の手本がある」という立場・・・ユングの「集合的無意識・元型」とも通じる・・・からいってもそれは当然の生きる姿勢だと考えます。
*昨日の午後になって偏頭痛がひどくなりかなりしんどかったです。今朝になってようやくおさまりかけていてこうしてパソコンに向かえていますが、やることがたくさんたまってしまっているので早く何とかしたいです。
(7日 午前)ゆうべ久しぶりにSkype(ネット上のテレビ電話のようなものです。)を京都で下宿中のゴンさん(大1)としました。パソコンの関係で向こうの画像は送られてきませんでしたが、こちらの様子は向こうに送信されている状態していたので、話をしながら実際に絵や資料をみせながらやりとりできました。話題の途中で出てきた大学に提出した課題の作文もパソコンにデータがあるものはすぐにメールの添付ファイルで送られてきて、それをこちらも読みながらコメントできたり・・・。
ついつい話し込んでハッと気がついたら6時間を突破・・・明け方近くになっていました。ほぼ徹夜で今もボーッとしていますが、充実したやりとりができた一夜でした。
(6日 朝)NHK仕事学のすすめ、今月は司法試験を合格させる塾を経営している方が勉強法などを伝授・・・その勉強法の本質はビジネスをはじめとして他の分野にも応用できる、というふれこみです。
手前味噌になりますが、1回目で話された勉強のポイントのほとんどは私も常に教え子たちに強調していることでした。要は用語や概念のきちんとした理解を土台としてしっかりとやる、丸暗記ではなく思いだせる手がかりとなる知識体系を理解しながら覚える・・・
ポイントとしては他にもありますが、大前提になる心構え作りとして「膨大な量の勉強をしなければ合格できない司法試験対策だからこそ攻略のチャンス」というようなことを語っていました。例えば私がいくら将来の入試や就職試験や実社会に出てからの生活のために、あるいはそうした手段としての学習ではなく、人間の生命力アップ(生きがい)のために本質的な学習を勧めても、すぐ目の前のテスト対策のために勉強はするという意識では、なかなか切り替えてくれないのが現状です。
ましてや教師も教え子の得点が低いと指導力に問題アリとされる風潮から中間・期末が事前のワークやプリントを理屈抜きで覚えていれば満点がとれるような問題ばかりだったりすればなおのこと、基礎をしっかりとさせる勉強法は面倒だし、教師に教わった頭を使わないでできる解き方ばかりに走ってしまうのも無理はありません。自分が教えた通りにやっていないと叱りつける教師もいますから。その方は目標からバックして勉強の見通しをたてることを具体的にさせているようです。
そうすると試験範囲が狭く出題される問題がほぼ事前予告通りという従来学校で受け続けてきたテストの対策法では全く歯がたたないことが自覚される・・・・「タヌキはそういうけど、やっぱり覚えちゃった方が早いし、楽にいい点数がとれる」ということから今までのやり方を改善しなくても出来そう、と思って改善しない・・・ということが起きないわけです。
「どう考えたって理屈抜きの丸暗記も、小手先のテクニックも通用しない」と思うしかない・・・・でも司法試験には何としても合格したい・・・・なら根本的に勉強法を変えるしかない・・・となるわけです。
たしかにこれまで私が教えてきて、周囲が信じられないくらい急激に成績がアップしたという子の中には、絶望的に苦手になってしまった、丸暗記に限界を感じて何か他のことを・・・という具合に、これまでの方法にこだわっていない、最初から捨てる気持ち満々だった子が多かったです。
日本古来の発想でいえば、それを「禊(みそぎ)」といったわけです。黄泉の国(世見の国・・・目先の事にばかり囚われ本質を見失い苦しむ国)を通過したイザナギが清らかな水で身を清める際に、まず今まで自分を支えていた杖や、自分を包み込んでいた衣服を捨てる・・・自分を器化する・・・そうするとさらなる自分が無意識世界(実相世界)から湧き上がってくる・・・そんな事と勉強法をはじめ様々なことを結びつけて考え、実行できるようになると、いい意味で想定外のことが次々と起きて人生がさらに充実するようです(たぬきも今それをキャラ絵を描くことで体験中です)









学問(恩師の上原輝男先生・父の語録です・・・児言態コーナー追加)
最新画像・・・h18,11,9 「水星の太陽面通過」時に撮った黒点画像1枚
天体関連/学校・教育関連/映像関連/顕微鏡(ミクロ)関連/教え子 他
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6月25日 開設