ワニワニ学級 本校

子ども達や自然や日常から生きるヒントを考える



このホームページでは

人類にとって生命の指標(ライフインデキス)である子供達の活動のようすや、

「太陽(Hアルファ画像)」や「お星さま(冷却CCD他)」の写真、

「みんなのペット」「顕微鏡でとった写真」・・・などの自然、

そして日常生活のすべてが生きる上で示唆してくれているものを共に探っていきたいと思っています。

☆★☆ おとなも子供もみなさんどうぞ ☆★☆

はじめての方はこちらからどうぞ

開設日 平成10年6月25日

現代の「新感覚稚児」である(?)
がきんちょ三人組(有安杏果さん・美山加恋さん・鈴木理子さん)や
週末ヒロイン「ももいろクローバー」を、ホームページ内で応援しています。



たぬき先生が開いている別のホームページ

環境ホームページ


ふるさと・地球環境などの実践記録です
上のマークをクリックすると行けます。

NEW  平成22年 4月9日~  8日撮影の桜画像(分校跡地 赤塚駅近く)

http://www.geocities.jp/neverland1660/index.html

 



  あなたは 人目の参観者です。

祝50500人突破!(H22,2,7
(最新更新日 平成28年12月10日 朝

金環日食特集 太陽のお部屋に新設


学習会だより

「すぐ役に立たない」=「いろんな役に立つ」  ・・・6月3週目号

あるビジネス雑誌に「数学」を勧める特集がありました。単に実務上で計算力が必要だから、というのではなく、数学的に考えることなどが様々な場面でいかされるという趣旨です。本音をいえばこうした取り上げ方はまるで数学を学ぶことが投薬のようで嫌なのですが、私がいつも強調している「類化性能」とも直結している話題だったので特集しました。

「思考のジャンプ」と「遊び心」-①  ・・・6月4週目号

理数的に「思考のジャンプ(類化性能)」を鍛えるためのネタは案外どこにでも転がっています。今回はある小学校の5年生、6年生とのやりとりの内容を紹介しています。

「思考のジャンプ」と「遊び心」-2  ・・・6月4週目号

同じ思考のジャンプ力を鍛えるのでも日本人が古くから行ってきたものには「掛け言葉」などもあります。和歌でも大切なポイントですよね。技巧として古典ではならいますが、本当はもっと深いところに意義があります。今回は和歌での書け言葉ではなく、笑点などでも時折やっている「・・・とかけて・・・と解く。その心は・・・」という方を例にしています。

*一見地震とは関係ない話題のようなタイトルでもしばらくは「今のこの時期」を意識してテーマを決めています。なので地震関連の特集として先週設けた欄に、前の週の特集も順次移しています。読み落としのある方は、ぜひ地震前の「ナマズ絵」のものも含めて最初のものから読み返してみてください。


予告

  たぬき流勉強法コーナー  現在「数学編」についてを作成中です・・・体調不良で進んでいません
(今出来ているのは「歴史編 年表つくり」)
 

 

最新更新への直行通路

入れ替えアルバムなどの定期更新以外で更新された場所への直行通路です。(各お部屋の入り口を飛び越して直接その場所へ行くので、ご注意を!それぞれのお部屋に入っていろいろ巡りたい場合は下の方の「お部屋ご案内」からどうぞ)

料理コーナーにレンコン料理コーナーとブリ大根の朝日新聞風レシピ平成22年1月25日
             キンピラごぼうについてのコメント&画像(1月27日)



個人的関心からのミニ情報



NHKミニ番組 日めくり万葉集 HP
今まで放送された和歌と口語訳も載っています

http://www.nhk.or.jp/manyoushuu/bangumi/index.html



がきんちょメンバー3人組関連情報
たぬき先生は がきんちょ3人組&ももいろクローバー の皆さんの生き様そのものを応援しています!

美山加恋さん
公式ブログ
 



有安杏果さん & ももいろクローバーZ
セーラームーン連載20周年記念の一環として今年公開予定のアニメ主題歌をももクロが担当
ももいろクローバーZの活動 スケジュールはオフィシャルサイトから  

左から 高城れに 佐々木彩夏 有安杏果 百田夏菜子 玉井詩織 早見あかり(現在は卒業)さんです
ももいろクローバーZ 各メンバーの公式ブログ
ありやす~http://ameblo.jp/ariyasu-sd/
れにhttp://ameblo.jp/takagi-sd/
かなこぉhttp://ameblo.jp/momota-sd/
あ~りんhttp://ameblo.jp/sasaki-sd/
しおりん
http://ameblo.jp/tamai-sd/


主として「Z」になる前のコーナーはこちら



鈴木理子さん

公式ブログ・・・H23,8月初旬に再びブログが閉じられました

鈴木理子さん主演
ふみ子の海 公開情報

平成20年 7月6日 主演女優 鈴木理子さん 茨城上映会舞台挨拶ルポはこちらです


この画像をクリックするともっと大きなサイズで出てきます

日本各地の上映情報は  ふみ子の海 公式サイト http://www.fumikonoumi.com/


更新時のひとこと&PR

大地震以降の分 その1(H23年 3月11日~)

 その2(3月18日~) 

その3(4月1日~)

母親他界連絡(前日)以降の分(4月22日)

5月1日以降の分

5月21日以降の分 

ももいろクローバー「未来へススメ!」より

「どんなどんな困難でも きっときっと立ち向かえる 一人じゃ挫けそうでも 助け合えば大丈夫! いつかいつか辿り着ける 夢に夢に描く場所へ 忘れないよいつだって 孤独じゃない強い智(きずな)まっすぐ未来へススメ!」


今日は父の命日・・・ここ数日、足腰や肩の痛みに加えて胃のあたりの違和感も半端でなく全身のだるさもあって、ゆうべの家庭教師も半分以上横になって何とかしのいだという感じです。

今日は車ではなく電車を使って行きますが、自分で運転しなくても体へのダメージは毎回かなりのもので・・・・おまけに今日はあることがあって、場合によっては本当に自分の寿命や生活の破綻に直結しそうな大きな節目の日にもなりかねない・・・(それもあってここ数ヶ月ずっと憂鬱で絶望的になっているわけですが)

(7日 朝)転倒から一ヶ月以上たつのに、この数日、打撲した右肩に激しい痛みが断続的に走り、パソコン作業などがほとんどできないでいます。今度の土曜日にまともに遠出できるでしょうか?????

(12月1日 朝)更新の間が空いてしまいました。29日には例の遠出・・・向こうで散々な我がまま・暴言・・・そして私がすべて悪いかのような非難・・・・ほとほと悲しくなりました。こんな人物のために私のこの20年以上の時間は振り回され、破壊され、そして今、息の根を止められようとしている感覚です。この前のように爆発寸前になっていたのですが、今回は第三者がお二人同席してくれていて、客観的に暴言に対してやんわりとストップをかけつづけてくれていたので何とかこらえることができましたが、帰宅は夜の8時頃になってフラフラ。向こうに着いた時点でも平衡感覚がおかしくなって何度もよろけ転びそうになり・・・帰宅後はそこに足腰の激しい痛みが加わって・・・うまく寝付けない状態がますますひどくなって続いています。

ゆうべからはいつものとは違うタイプの吐き気を伴った頭痛・・・。

その影響なのか明け方に観た夢は・・・・父方の親戚の法事に体調が悪い中、車を運転していって参加・・・帰りに親戚筋の子ども達を車に乗せて送り届けることになったのですが、途中信号待ちの間に激しい目眩がして意識を失ってしまいます。ちょうどその場所が古い木造の病院で、ハッと気がつくと中にかつぎこまれていました。次々と脳をはじめとして次々と検査を受けたのですが、その最中、フト廊下をみると私の父も入院患者として同じ病院内にいるのをみかけます。向こうがチラっと私に気がついたときに私は別の検査室に・・・・。検査後に父を探そうと思っていたのですが、検査の途中で夢から覚めました。

ちなみに次にいわきへ行くのが12日10日、その日は父の命日でもあるので、お墓参りもしてこようと思っているのですが・・・・今の私の日々をどんな風に見つめているんでしょうね・・・・

月初めの万葉集占い、今年のシメをかざる出合った和歌は

をみなえし 咲きたる野辺を 行き巡り 君を思い出 たもとほり来ぬ(3944番)

 (口語訳)おみなえしが咲いている野辺を行き来して あなたを思い出してはまわり道をして来ました 

心から思える「誰か」の存在があれば、紆余曲折の人生も肯定できるというような感覚とも言えましょうか・・・・私にとってはそれが特定の個人ではなく「子ども達」「若者達」への思いということなのですが・・・・12月下旬の児言態の集まりに向けて、ここ数年考え続けてきたことの概略をまとめる作業をすることになっているので、それに向けての応援歌であるような気もします。

(26日 朝)今日は平成14年に火事で他界した教え子の通称聖良さん(平成6年度小2の時に担任)、平成26年に他界された上原輝男先生のお孫さん、そして平成21年に他界した叔父さんの命日です。体調の関係で聖良さんのお墓参りはちょっときついかな・・・・

聖良さんに関する記述はこちら

(25日 朝)各地真冬なみの冷え込みということですが、水戸の観測点では氷点下0.9、お隣の観測点(笠間)では氷点下2・・・うちは水戸市ではありますが、笠間の方にやや近い気温になりやすいので、多分氷点下1.5くらいだったと思われます。

我が家の庭でも氷がはっていました。




庭の菊の花もこんな感じで雪と同居。

昨日のイチョウ同様、11月に積雪でなければ撮れない組み合わせの写真です。


地震の余震について気象庁からは1週間程度は同様な地震・津波に警戒ということが発表されていますが、ここいらでは東日本大震災の時レベルのが起きるのではという声も聞かれます。私もここに何度も書いていますが、巨大地震の場合5~6年以内に双子地震と呼べるような同規模の地震が起きるというのはよくあることだそうで・・・・しかもあの地震は大きな範囲での地下のズレが引き起こしたものなので、その両側に歪のエネルギーがたまっていて・・・その南の方がちょうど茨城・千葉県沖・・・それがはじけると大地震にという話を聞いています。

今でさえ、家のあちこちに大きな亀裂が入っている我が家・・・もうあのような揺れには耐えられないだろうな・・・・・とりあえず以前備蓄した非常用の食事や水は消費期限を過ぎていることが昨日判明したので、少しずつ準備しなおしています。

(24日 午後)昼過ぎ、近所にある子育て地蔵の祠です。水戸では降雪だけの記録で2002年11月9日以来の雪・・・積雪は1879年以来観測史上初の記録だそうで・・・そう考えると色づいた「イチョウの葉と雪」という組み合わせのこの画像は極めて貴重だと言えます。

・・・・もっとも昨今のように異常気象が当たり前になってくると今後は割と頻繁に11月の積雪が当たり前になったりして・・・

(24日 朝 その2)先ほどの更新後、すぐに真面目な雪になって積雪しはじめました。これは8時10分頃の愛用車の状態です。

(24日 朝 その1)今朝も緊急地震速報で携帯がうなりだし・・・大事にはなりませんでしたが、息苦しい感じとかは1時間以上たった今も続いています。

外は雪・・・まだ積もってはいませんが・・・一体世の中はどんな方向に走り出しているんだろうとついつい思ってしまいます。

そうした心の乱れに拍車をはけるような電話も連日続いていて・・・・いつものようにこっちの事情も考えずにボロクソ。こっちが黙っていればいい気になってという怒り等々がフツフツと湧いてきてしまいます。昨日はさすがに(怒鳴るのはおさえましたが)「こっちだってこれでも懸命に生きてるんだけどね・・・」とボソッとつぶやいたら、向こうは慌てて話題をかえてさっさと電話を切りました。これも私が学生時代からのお決まりパターンです。自分は言いたい放題いって、こちらが不快な様子を爆発させるギリギリのタイミングをみはからって「ああ、もうやめやめ」と話を切り上げて知らん顔。それでこちらが機嫌の悪さを顔にだしていると「何あんたいつまでも・・・だから子どもじみているっていうのよ」・・・とまるで全てこちらが悪いかのような批判。

だいたい昨日だって向こうの我がままな要求に対して「悪いけどすぐに対応できない」と下手に出たのをいい気になって「なんですぐにできないの!」とグダグダ言うから理由を言い出せば「そんな言い訳なんていいから!!!!」と、これも何十年も繰りかえされてきたパターン。向こうは自分が悲劇のヒロインであるかのように周囲がすべて悪くて哀れまれて当然という姿勢で常に自分を正当化する屁理屈を言いまわして生きてきているんですがね・・・・自分の要求や不満は言いたい放題言って、相手は有無を言わさず自分の要求通りに操縦する・・・それが「自分は生き方が上手なんだ」・・・「あんたももっと上手に生きなくちゃダメよ」と自慢げに語る・・・・そんな態度や声を思い出すだけでも「ヘ○が出る」というくらい昔から大嫌いな親戚なのですが・・・そんな人物のために命を削ってきたこの数十年・・・そしていよいよ止めを刺されそうな予感に、特に夜中は襲われて普通の精神状態になれないこの数年です。

今日は平成19年に他界した教え子の命日・・・平成8年に退職した時の最後のクラスの子で、離任式の時にクラス代表で私にお別れの言葉を読んでくれた子です。そういう日なのでなるべく心を安定させた状態ですごしたいものです。

(23日 朝)気象庁の発表では今後1週間程度は同じような地震・津波に対する警戒が必要・・・・ということなのですが、ゆうべの11時頃、それほど強くはなかったものの長めに揺れている地震がありました。

昨日の午前中の海岸付近からの中継でサイレンが鳴り響いていましたが、緊急地震速報の文字などと共に、あの日のことがそれによってフラッシュバックされた方々は相当いらしたようで・・・私もあの中継の鳴り響くサイレンを聞いたとたんに胸のあたりがグッとしめつけられて、呼吸をするのもかなり苦しい状態になったのですが、東北海岸部の方々にとっては相当心身のダメージに直結したと思います。

来週始めには例の遠出をしなければならない予定なのですが・・・・転倒の打撲による後遺症が思ったよりも長引いている上に、この時期海岸線に沿った道を使っていわきへ出かけなければならないというのが、いつも以上に不安いっぱいです。

(22日 朝)起きて活動を開始しはじめていた時に地震でした。強めの揺れが妙に長く続いて・・・テレビをつけたら津波警報。今のところ特別大きな被害は出ていないとのことですが、福島県内だけではなく茨城県内でも大洗などに到達中ということです。

よくない事ばかり考えてしまうのですが、東日本大震災の時にも、あの1~2日前にちょっと強めの地震があって、数十センチレベルの津波が東北沿岸で観測されていました。今回もまた同じようなことにならないか・・・数日内にさらに本格的な地震が起きはしないかと不安です。

(19日 朝)今日は昭和53年に他界した母方の祖母の命日。大学受験のための浪人生だった時でした。予備校から帰った時に、ちょうど妹が危篤という連絡を受けている最中で・・・すぐに駅に直行・・・・約3時間かけて・・・そこから近所の方がタクシーを呼んで下さって病院へ。薬で眠っていて、とりあえず容態が落ち着いているということで見舞いにかけつけていた数人の親戚の方々は帰り、祖父、そして叔母二人とが病室の椅子に座って間もなくでした。寝息がスーッと静かというか穏やかというか、そんな風になっていって・・・。すぐに医師を呼びましたがだめでした。夕方の6時59分だったと記憶しています。

廊下にあるテレビからは他の患者さんたちがみている山口百恵さんの結婚披露宴番組の音声が聞こえていました。幼い時からいじめや同い年のいとことの比較等々で自分は生まれてきてはいけなかったと感じ、時には自殺の仕方をあれこれ考えながら学校をから毎日帰っていた自分が、なんとかふみとどまっていられたのは4人の祖父母達・・・とりわけ最も辛い時期に時折電話で愚痴をきいてくれたこの祖母のおかげといっても過言ではありません。

あいにくの雨ですがこれから片道1時間かけてお墓参りに行ってきます。

(18日 朝)NHKためしてガッテン「NASA直伝!魅惑のアンチエイジング術」というテーマだったのですが、早い話が座りっぱなしによる老化現象や、その他健康に影響することでした。根本的には耳の奥にある平衡感覚をつかさどる部分の機能が衰えることが原因ということなのですが、宇宙飛行士が無重力によって全身の機能低下(一種の老化)がとんでもないスピードで進行してしまうのと同じことが座りっぱなしによって起きるということでした。

私にとって思い当たるのが、例の遠出による悪影響です。足腰の痛みはもちろんの事、朝夕の渋滞に巻き込まれて片道4時間半~5時間で週に数回行っていた頃に、妙な目眩に襲われて運転中に危険な状態に何度もなったのは、どうやらこれが原因だったようです。そしてまた今でも一度遠出をすると数日間は歩いていて突然バランスをくずし倒れかける・・・あるいはこの前のように何かにつまづいたわけでもないのにド派手に転倒する、というのも・・・・。

改善策は30分に一度は立ち上がること・・・・なのに渋滞で動けない車の中は最悪の環境と言えましょう。コンビニなどに立ち寄って休憩をとることもできないわけですから。(多分そんな時にはゆっくりと大きくクビをまわすだけでもマシなようです。目を開いた状態で)

再放送は今度の火曜日0時10分(月曜深夜)・・・番組ホームページはこちらです。

未明にみた夢・・・今回は母が登場しました。舞台はこの家なのですが、私は高校生。海外への修学旅行に出かける朝、いつでも出かけられる支度はできると思っていたのが、前の晩に机周辺に置いておいたいろんなものが見当たらず・・・探しているうちに集合時刻を過ぎてしまいます。「時間は大丈夫なの?」と問いかけてくる母に対して「大丈夫」と言って誤魔化すしかない私・・・・という内容でした。

夢の中の私に限らず「大丈夫」という言葉を真に受けすぎるのは考えものですね。「本当に大丈夫なの?」と聞き返すと怒り出される可能性もありますが、相手を本当の意味で見守り続ける姿勢は大事だと思います。特にいじめや介護疲れなどがからんでいる時には・・・・。

(17日 朝)気持ちが不安定な状態が悪化しています。一昨日の夜も一応夕飯の買出しにと近所のスーパーに行ったのですが・・・店内では早くもクリスマスソングと共にクリスマスケーキやクリスマスセットの予約申し込みのアナウンスが繰り返し流されていました。それを聞いているうちに「ここは幸せな日々を送っている人たちの来る場所なんだ・・・自分などここに来る資格はないんだ・・・」という想いがどんどんこみあげてきて涙が流れそうになり・・・・とっても虚しい気持ちで何も買わないで帰宅しました。

情けないものです。

そんなことを反映してなのかどうなのか分かりませんが、未明にみた夢に父が出てきました。起きたばかりの時には内容を結構細かく覚えていたのですが、さてここに記録しておこうとするとやはり大半を忘れています。たしか、アイドルを目指そうとしている子たちが必ず訪れるという都内数箇所の一つに偶然私が居合わせて・・・その場所の整備を手伝うことを店の人に頼まれて車でまわろうとした時に、父が現れて何かを語り合うのですが・・・・。途中途中で父が若い頃に工夫しながら自作した道具なども大事なものとして設置されていたような・・・・・

そろそろ喪中の葉書が何通か届きはじめているのですが、昨日は教育実習時代に大変お世話になった教頭先生御自身が9月に亡くなっていたという葉書がご家族の方から届きました。虚ろな気持ちになります。

(14日 朝)この一週間、いろいろな若者と長時間語り合うことが珍しく続きました。5日は約5時間、7日は8時間半、9日未明には電話で3時間、11日は3時間、12日は約9時間、そして昨日は以前家庭教師で小6まで教えていて、中1の時に理科の補講で会った以来の20歳の若者(現在は神奈川に下宿中)が訪ねてきてくれて6時間半・・・・。とっても密度が濃い暮らしをしていたような気がします。(身体的な現実はかなり辛かったですがね・・・座っていられなくなったり、帰宅後にほとんど動けなくなったり、吐き気を伴うようなひどい偏頭痛の状態だったり、いろいろでしたから)

先ほど、録画予約して録っておいた宮崎駿監督に関するNHKスペシャルを観たのですが、長編アニメからの引退宣言以来の生活の変化を紹介していました。ジブリ美術館向けの短編CG作品への取り組みや、相次ぐ仲間の他界等々の中で、もしかしたら長編アニメに再挑戦するかもしれないという内容でした。

自分の人生終焉へのカウントダウンや、日々衰える体力・持病の悪化の中で、残りの日々をどう生きるか・・・仮に長編に踏み切ったとして、これまでのように5年かかれば完成時には80歳・・・・製作途中でアウトになる可能性の方が頭をよぎる・・・。

まだ55歳の私ですが、実際に自分もこのところはずっと「このまま終わり」という諦めや絶望感にばかり浸ってしまっているのですが、いろいろな若者たちと語り合っていると、最初は衰えモードでやっとこさ応対している感じなのが、だんだんと熱く語っている自分にいつの間にか切り替わっていて・・・それがここ数日これだけ連続できたというのはかなりの驚きでした。

そのタイミングで今回の番組を観たというのも単なる偶然には思えませんでした。

(9日 朝)めっきりと寒くなってきましたが、体がうまく順応してくれていないので鼻風邪気味です。舌の奥も炎症を起こしかけていて・・・あの数年前、数ヶ月続いた味覚障害のようになりはしないかと不安です。もちろん足腰の痛みや転倒の打撲後遺症は相変わらずだし・・・。

でも先日から関心が強くなっている京都の伝統については、新たな意識の展開があって順調に(?)考察が進んでいます。

(8日 朝)いつもの遠出先の相手からの「今度はいつ来られるのか」という電話があって、転倒の後遺症があるからはっきり言えないと答えたら予想通りのボロクソでした。

「だいたいあんたは運動不足だからそんな転んだりするんだ」なんてこともグダグダと言われたのですが・・・確かに運動不足なのは認めますが・・・ただ、この2年あまりで、通常の動作もまともに出来ないくらいになっているのは一体誰の為なのか、というのがあるわけです。実際に夏前に医師から「もう体は限界だからあらゆる手段を使って遠出はやめるように」ときつく言われても、どうしてもそうするわけにはいかないから回数は減らしているものの出かけ続けていますし、今回の転倒も10月下旬に出かけたダメージの中からの転倒だったわけだし・・・「他人は自分のための踏み台・道具」という発想で何十年も平然と生きているこのような人物のために自分の命がどんどん削られていく日々・・・情けなくなります。本当に虚しい。

昨日は現在は東京に住んでいるかつての教え子が(家庭教師)帰省してきていて、いろいろと語り合いたいということで昼頃からおじゃましました。ちょうど家庭教師がキャンセルだったので例の京都のことも交えながら、ハッと気が着いたら今回は夜。8時間半くらい語り合っていました。

体への負担は正直かなりありましたが、こうした事に時間をかけ、体が消耗するのは本望です。

(6日 朝)あることをきっかけに以前から関心はあったものの深く考えてはこなかった「京都の舞妓・芸妓修行」についてもう少し調べてみようと思い、ゆうべのKOU君との家庭教師の時間にNHK新日本風土記「祇園」を視聴しました。

こうした世界の修行は特殊なことと思われがちですが、類化性能全開で観ていくと、単に教育というだけではなく、人が人間として成長し、想定外の可能性を開花させていくためのヒントが沢山隠されているようで、観終えた後に随分と話がもりあがりました。

最近KOU君は落語の世界に関心が強くなっているということで、それこそ「日本の芸道」の根幹ってどういったものなんだろうと・・・。ハッと気が着いたら予定を超過・・・0時半になっていました。時間を忘れて語り合っていたんですね。(こうした超過は相手が社会人だからこそできるある種の贅沢です)

座っていて足腰の痛みはかなりきつかったですが、それに耐えてでも語り合いたいという気持ちが自分の中から湧き上がっていたという感覚・・・それも、芸の厳しい修行に耐える心情と通じているのかも・・・・

(5日 朝)画像検索をしていたら「はにわ堂」というところの可愛らしい焼き物埴輪を見つけました。画像検索の結果はこちらです。(違う画像も紛れ込んでいますが、ちっちゃくて可愛らしいのがはにわ堂さんのです。

特にグッズを大量に集めたりはしていませんが、昔から埴輪には惹かれていて、多少は小物を持っています。また国立博物館に行った時には考古学コーナーで撮影可のものは毎回撮ってきます。

はにわ堂さんのブログをみたら拠点は茨城県のようです。

(3日 朝)ためしてガッテン「腰痛特集」・・・・思い当たることばかりの内容でした。特にここ数年の遠出での筋肉の硬直は諸悪の根元・・・またここ数ヶ月の五十肩(?)に先日の転倒による打撲が火に油を注いでいるということも・・・。

例えば今の私は体全面からドーンと転んだこともあってうつぶせの姿勢が痛くてとれません。例えばうつぶせで両腕を自然に「く」の字に曲げながら頭の両側において・・・なんていうポーズは方から胸の筋肉にかけて激痛が走って全くできません。服をズボンの中に入れようと背中に手をまわすというのも痛くて出来ません。全身の筋肉が硬直しまくり・・・。

*今回の腰痛特集の再放送は来週月曜の深夜(日付では火曜日)の0時10分からです。

そんな体の悪化を引き起こす直接の原因になっている人物は私の一生を目茶苦茶にした人物でもあるわけですが・・・痛みでなかなか寝付けなかったのをやってウトウトできたと思った時に、その人物がメインで出てくる夢をみました。健康を害しているその人物のことをまるで召使いのように世話している自分がいます。ああしろこうしろという我が侭な要求をそれこそ献身的に行なっていて・・・ある時突然、その人物の症状が一気に回復に向かい向こうは元気いっぱい。こちらは再起不能なくらいボロボロ。でも夢の中の私は向こうの体が回復したことを素直に喜んでいる・・・そんな夢でした。

目が覚めた後「なんで夢の中の自分はあんな気持ちになっているんだ!!!!!」という不快な気分。「夢の中とはいえ、あんな振る舞いをしている自分が許せない」という心境でした。

そういう広い心になれたらという憧れを持てればいいんですが、よりにもよってあの人物に対してという怨念が、そういう自分の心の進歩・向上を「許してやるもんか!」という強烈なブレーキとして働いています。

(2日 朝)ゆうべから腰痛がどんどん悪化・・・寝返りをうったり起きたりという動作もシンドイですが、今朝はこうしてパソコンを打つためにあぐらで座っているのもきついです。もちろん打撲の後遺症も結構ひどいので、今日も家庭教師等々はないので外出しないでリブマックスの温熱などで過ごすしかなさそうです。

かなり強い寒波が関東まで南下してくるとの予報ですし・・・

(11月1日 午前)渋谷などはハロウィンの仮装で大変な騒ぎだったそうですが、夕方にちょっと用事があって市街を車で通ってもこちらでは仮装している人は一度もみかけませんでした。なんだか別世界のような気がします。

伝統的なハロウィンがどのようなものかという体験はないのですが、いろいろと言われているように「日本のハロウィン」という独自の方向へどんどん特化しているようですね。仮装という方向。しかもこのところの仮装の姿をみると伝統的なハロウィンの仮装というよりはもう何でもありというような・・・・堂々と好きなコスプレをして街を歩ける日・・・というような感覚になっているようです。

さて、11月の初日、めぐりあった万葉集の和歌は・・・今回もまた長歌でした。簡単にいうと若い娘さん達にからかわれた老人がこんな自分でもかつては輝ける若い頃があったんだということを詠んだ歌です。(3791番)

輝いていたかどうかは別にして、かつてはいろんな活動を教え子たちと精力的にやっていた時代もあったわけですが・・・・それがもう朽ち果てて他人の我がままのためにボロボロにされ滅びを待つばかりという心境になってしまっている今の私にとって、妙にひっかかってしまう和歌に出合ったというのが率直な感想です。

(31日 午前)打撲した自覚のある右肩と右ひざの痛みはさらに悪化。加えて体のあちこちが痛くて思うように動いたり物を持ったりできません。寝ている姿勢でも結構きつい・・・。なのでうまく眠れずという悪循環。

歪んでしまった眼鏡のフレームは近所のメガネ屋さんが無料で調整してくれました。

今日で10月も終わりですが・・・これ以上厳しいことが起きることなく11月が迎えられるでしょうか????

(30日 朝)このところ平衡感覚も鈍っているのかちょっとしたことで転びそうになったり、軽く転んで・・・でも狭い家の中、積んである荷物に倒れ掛かって大事にはいたらずにいたのですが、昨夜は家庭教師に出かけようとした時に居間でド派手に転びました。

畳の部屋のじゅうたんの上だったから大怪我にはなりませんでしたが、手をつくこともできずに顔面からドーン。同時に右肩と右ひざも強打。膝はズボン下やズボンをはいていたにもかかわらず薄皮がむけて血がにじんでいて・・・。眼鏡の鼻あてのところがつぶれて変形し、鼻の上部が赤く腫れて・・・・眼鏡の方はかけてもずりおちるので度の強い遠方用のに急きょつけかえ出発しました。

運転中に痛みがひどくなっていったのが右肩。授業中にもズキズキと痛みます。ムチ打ちの再発も始まり、眼鏡も室内用としては強いので眼精疲労状態・・・すぐに偏頭痛が始まりました。

仕方なく帰宅時に軽食を買い込み、強めの鎮痛剤を服用。それでも特に右肩の痛みがひどくて寝る姿勢になってもなかなか大変でした。

転びそうにというのはこの数ヶ月ずっと続いていたし、このところは特にその傾向がひどくて午前中にも2度転びかけていたので気をつけてはいたのですが、どうして転びそうになるのか分からないような感覚であることが多く、困っています。

今回のように顔面から直撃というような転び方は生涯でも初めて・・・とっさに手も出ないようににぶってきたんでしょうね・・・。

こんな状況で外で転んだら、致命的な怪我をして一気に人生が終焉に突っ走るでしょう。それでもあの遠出は時折しなければならないし、もしかすると近いうちに短期間に何度もいわきや東京を往復しなければならなくなる可能性もあって・・・。

先行きへのかすかな望みも消え行くばかりです。

(28日 朝)ためておいた自分が悪いのですが・・・PCによる細かい作業をしようにも目がかすむし、震えるし、指先も思うように動かず・・・難行苦行の数時間。昨年だったらまずここまで難儀ではなかったんですが・・・実年齢以上の老化により衰えを改めて痛感です。おまけに作業中に突然「あれ?鼻水?」と思ったら実は本格的な鼻血。特に鼻の穴に刺激を与えたわけでも何でもないのですが・・・・。

水木しげる氏や上原先生の師匠である郡司正勝先生は「年をとればとるほど若い時には感じられなかったようなことがキャッチできるようになった」という趣旨の発言をされていましたが、そうしたことへの感度も鈍いままの今の私には「現実対応」がどんどん転落していくような感覚や、それをさらに加速させている人物に対する負の感情ばかりが増幅中です。

そんなことが関係するのかどうか分かりませんが、未明にみた夢は(ほとんど内容は忘れているのですが、唯一覚えているのは)かつて住んでいた町を車で運転しています。駅に向かっているのですが、とんでもなく急な上り坂。そしてそれが延々と続いていて先が見えません。「以前自転車で毎日駅に行っていた時にはこんな坂なんてなかったのに・・・いつのまに駅までこんな高低差ができたんだろう」と思いつつ運転を続けているうちに目が覚めました。なんだか意味ありな夢です。

(27日 朝)一応相手の立場を真面目に心配してのこちらの意見に対しても悪意にしかとられず嫌味タラタラ・・・不穏な空気になりかけましたが、周囲の方々がなんとか雰囲気を和らげてくれて爆発はせずに済みました。またサッと私が帰れるような配慮もしてくださって・・・・それでも帰宅ラッシュの時間帯に水戸近くでややひっかかってしまい帰りの運転は4時間ちょっとかかってしまいましたが・・・・。

異様なほどの疲れと、足腰の悪化で夕飯を食べる気にもなれず、すぐに布団に入ったのですが、ゆうべも眠けは大いにあるのにうまく眠れませんでした。

今日はこれから体調の関係で8月以来ずっとやらなければならないのに手をつけていなかったことに着手します。もちろん今も昨日の反動できついのですが、もう期限ギリギリなのでこれ以上延ばせません。(だいたいこの調子だとますます悪化することはあっても調子がマシになることなんてなさそうですし・・・。)

(26日 朝)今日はこれからまたいわきへ出かけるのですが、ここ数日「負の感情」の暴走で夜中にほとんど眠れない状態がひどくなっていて、今もちょっとボーッとしています。このままの運転は危険・・・・遅くとも9時には出なくてはならないので、30分程度でも仮眠がとれればと思っています。

今日も先方で8日の時のように爆発してしまう可能性は大。憎悪等々でパンパンにふくれあがった破裂寸前の風船状態ですから、他人からみれば「何でそのくらいのことで?」というようなきっかけで制御不能になります。「自分が損だよ」と助言されることも多いのですが、何十年もの間我慢して我慢して我慢して溜め込んできてしまったもの・・・・こちらが我慢しているのをいいことにして自分は我がまま放題にこちらを利用して言いたい放題。こちらがちょっとでも感情を表に出しそうな気配を感じると、それまで暴言を吐き続けていたのを「ああ、もうやめやめ」と一方的に話を切って、こちらが不満げなのを「大人気ない」「だからあんたは要領が悪いっていうの」と押さえ込みにかかる・・・。

爆発したらどうなるか分からないので何とかこらえれば、向こうはニヤッと笑って「自分は他人を使うのが上手」といういつもの自負パターン。何十年もこれが続いています。「仏の顔も3度まで」といいますが、3度どころじゃない・・・・

爆発してとんでもないことになったら、相手の為というよりは祖父母や父や母があちらの世界で嘆くかなと思って必死にこらえていますが・・・・このところはこらえる自信がないというか・・・あんな人間のためにこのまま人生アウトになるのがものすごく馬鹿馬鹿しいことと思えてきてしまって・・・・どうせボロボロになってダメになるなら相打ち覚悟で・・・・なんていう気になってしまっています。

(23日 午前)今回の鳥取地震・・・原因は未知の活断層だったということですが・・・こうしたことからすると、これまで原発などでの安全性論議の大きな根拠の一つとなっていた「活断層の上ではない」ということが根本から揺らいできます。だいたい活断層でなくても東日本大震災のようなタイプの地震も起きているわけだし、あれだって「絶対安全」と言い切っていたことが揺らいでいる。

でもこうした問題に限らず、人間って自分の思う通りになるような情報は積極的に取り入れて他人に押し付けようとするのに、都合の悪い情報を突きつけられると頭ごなしに拒絶(無視)する傾向がありますよね。またそうした傾向が強い人ほど、実際に相手が懸念していた通りの事実が起きても、率直に自分の非を認めず、他に責任を押し付けようとする・・・。トップに立つというのが単に地位や名誉や利権のため、という意識に染まっている人が多すぎます。

玉川学園の創立者である小原國芳先生が「馬鹿になれ、大馬鹿になれ」と若者たちに繰り返し語っていたということですが、「偉大な馬鹿」として自分のことよりも本当に一般民衆や世界の中の国家について考え愚直に行動したようなトップが、少なくとも今よりはいらしたと思うし、そうした人物のようになりたいと純粋に憧れる若者も多かったように思います。

私などここ数年、周囲のごく一部の年配者から「馬鹿正直ぎる」「もっとずるく賢く生きなきゃダメ」と怒られてばかりですが・・・・昔話でいう「欲張りじいさん・欲張りばあさん」のような生き方を勧められているような気がして・・・・人を騙したり踏み台にしてまで、物質的に豊かな暮らしをしたいとはどうしても思えません。

(20日 午前)目に見える形に絶対価値を置くようなことが当たり前になってしまって、日本人が長年大切にしてきた精神的文化といえるようなものがますます廃れてくる・・・少し前までは仮に心の中ではそう思っていても、そうしたことを言動として出すのは「みっともない」「あさましい」と言われてきたようなことを平気で行なう・・・多少そういった非難を浴びてでも物質的に利益があった方がいい・・・さらには、今時そんなことを非難するのは美徳でも何でもない、非難する方がバカ正直で真面目すぎると逆に批判される・・・そんな世の中です。

そういったことの渦に18日の更新後にもたびたび巻き込まれるような電話が何度かあって・・・ほとほとウンザリ。そういう価値観に凝り固まっているのなら、そういう方々だけでやりあってくれと言いたいところですが、実質的にこちらの生活を目茶苦茶にするような形で露骨に歩調を合わせるように圧力をかけてくる・・・・そういった意味でも他人(この場合は私)を踏み台としか扱わない・・・・。

うちの両親、特に父は「見返りや損得が問題ではない」という後姿をずっと見せてくれ続けた・・・そんな影響もあるので、こんな何十年も自分を目茶苦茶にした相手にさえ、愚痴をこぼしつつも見返りない状態で心身をボロボロにしながらもやっているつもりです。また相手は私のそういったところをちゃんと見通した上で、言いたい放題いいながら奴隷扱い・・・・「どうせ最後はやってくれるから使いやすい」という趣旨のことを私のかげで周囲に得意げに言っているということは何度も私の耳に入っています。

それでも最終的にやってしまうのは事実なわけですが・・・・いよいよとなった時にどうなるかは分かりません。はっきり言って私が激怒しても最終的にはまた言う事をきいてあげているのは許しているからでも何でもないですから。そこまで私は父のように人間ができていません。優しいわけでもないと思っています。

昨日は車の運転が困難だったので電車とタクシー利用だったのですが、それでもやはり帰宅後の疲労感は以前より格段にひどくなっているし、夜中の足腰の痛みもあります。来週の水曜日は諸事情で車でまた行かなければならないのですが、本当は遠出は数ヶ月前からドクターストップがかかっているこの体が、どこまで無理に耐えられるか・・・耐えられなくなった先に私の未来はあるのか・・・・絶望感はつのるばかりです。

(18日 午前)明日また遠出をしなければならない予定なのですが、それについてもずっと面倒なことがからんでいて振り回されっぱなし・・・その上、先ほどある電話で8日の大爆発が再びとなるようなやりとりがあって・・・何とかこらえましたが、相変わらず私は単なる道具・踏み台という姿勢が露骨・・・・祖父との同居にしても、ここ数年の遠方がよいにしても・・・すべてその人物が好き放題に遊び歩くために私の人生が目茶苦茶にされ、心身ともにボロボロにされたという恨み・怨念が噴き出して・・・電話を切ったあと、独りで相当荒れまくりました。

特に今朝の件に関しては、最終的に面倒なことや実質的な苦労は全部こちらに押しつけながらも、本人のご機嫌取りで調子いい態度をとっている周囲の人物のこともからんでいて・・・・いつものパターンなのですが、私がやるべきことを全くやっていないという調子の非難を周囲に吹聴・・・今回もそんな調子です。

今でさえ遠出した反動での足腰等々のダメージで日常生活が普通に送れなくなっているわけですが、近い将来・・・あることのために私が必要とされる行動をとれば、現在医師に警告されているようにまともな生活が出来なくなることはかなりあり得る話・・・そうなってしまったとしても、そんな負担をかけたことに対しての詫びの気持ちなんか相手にも周囲にも期待できるわけもなく・・・単にだらしのない役立たずとして罵詈雑言をあびさられるだけというのは目にみえています。

こんな風にして私の人生は終わっていくんですね。

とにかく虚しい。無念。

家庭教師に出かけたり、電話などで打ち解けた相手と対話をする時には、かろうじて別モードのスイッチが入り「思ったより元気そうじゃない」と言われるのですが、本当に独りでいる時や家庭教師・電話などが終わったあとは完全絶望モードに戻ります。

とにかく今は夜がとっても長く感じられます。寝ようとしても怨念やら怒りやらが激しく渦巻いて眠れないので。

今もこうして打っていて吐き気を伴うほど激しい感情が渦巻いています。

本来は「教育」「人間の生き様」に貢献できるようなことを目指して開設したこのホームページですが・・・・ここ数年はこのような愚痴ばかりでの更新・・・・とっくに役目は終えているわけで・・・・近い将来、ネット料金が払えなくなりそうな現実も迫ってきているわけですが・・・・閉鎖されるまではよろしくお願い致します。

(と、書いているのが後に笑い話と思えるような将来が万が一にでもあるといいんですがね・・・期待すればそれだけ虚しさが募りそう・・・・という点では「挫折するくらいなら最初から夢など追いかけない」という風潮とかわりませんね・・・・)

(16日 朝)ゆうべの家庭教師の際は鎮痛剤を飲んでいなかったので、途中で普通に座っていられず、この前のようにソファーに横になっての授業でした。情けないものです。咳き込むと偏頭痛にも響くし・・・・

そんな中、KOU君が「星空が観られなくなった近未来」を舞台にしたアニメを紹介してくれたのですが、本当に星空を真面目にながめるということはしなくなっていますね・・・・上を見上げようとすると首筋や肩に激痛が走るという影響もあるのですが、根本的には「現実意識」ばかりに心の中が汚染されているというのもあると思います。

そういった状態になるとなかなか人間は空を見上げたりしなくなると、以前読んだ本にも書いてありました。

ただ、最近よく話題になるように、見上げるという行為を繰り返していると、逆に脳は「そんなに落ち込んでいない」モードに自然に切り替わる・・・古来から日本人は感じ取っていた知恵ですが・・・それは「錯覚」という程度のレベルではなくて、本当に意識世界がそうなることによって、個々人にとっての「現実」も変化する。

これは「現実というのがそもそも何なのか?」という「認識論」や「哲学」ともかかわる領域なのですが、少なくとも日本人はそういった学問の切り口ではなくて、ありふれた日常の中から体感し、つかみとってきた境地。

これを素直に活用してみればいいわけですが・・・・今のところ現実意識の方に潰されてしまっています。「やってダメで絶望するんだったら、最初からやらない方がマシ」という現代の風潮に私もどっぷりと漬かってしまっています。

今朝がたみた夢は、どこかの学校に迷い込んだら、今はもう完全に音信不通されていたかつての教え子がいて、もう自分は相手にされないと決め付けていたので何十年ぶりの懐かしさの気持ちはあったものの知らん顔して去ろうとします。でも向こうから思いがけずに話しかけていてくれて、卓球の相手をする・・・すると今の自分の足腰や肩や首筋の激痛がウソのように消えていて、高校生の頃のように軽々と動きながらラリーを展開する・・・・そんな夢でした。

私の年齢以上になっても激しいラリーで卓球ができる人は現実にも大勢いらっしゃるのですが、この夢からさめた時に思ったのは、もうそんな風に体がいい方向に向かうわけがない、避けられるようになったかつての教え子が話しかけてくることは現実にはない・・・ということ。そう思っているのですから、「今後もそうなるのは必然」なんでしょうね。

本来なら今の自分を誘引してくれる「夢も憧れも捨てている」わけですから・・・自ら封印・放棄しているわけですから・・・絶望的な状況に突き進んでいってしまうのは仕方のないことです。(という自己嫌悪状態になるからますます加速)

KOU君は夢を現実にしようという意識がゆうべも全開だったのですが、「それに私もあやかろう」というよりは「あんな時代もあったっけ」という回想モードに留まってしまう・・・・体を壊して退職してからの数年間の方が、まだ子ども達(若者達)に素直に引っぱられていたんですがね・・・・(それがこのホームページの天体コーナーなどに残っています)

(15日 昼)昨日は午前中から偏頭痛が悪化。腰も激しく痛むし・・・・このままでは夜になってまともに語り合いができないと思い、昼に強めの鎮痛剤を飲みました。夕方になっても思うように痛みがひかなかったのですが、時間ギリギリになってなんとか治まってきて・・・他人からは「今日は調子が良さそう」と言われる程度のみかけにはなって、充実した時間が過ごせました。(もっとも今は薬が切れて、足腰の痛みには襲われていますが・・・(偏頭痛は一応我慢できる程度になっています)

古武術のことについては随分前から甲野善紀さんの著書やテレビ番組を通して知っていた(というレベルです)のですが、最近NHKの番組などで忍術についてのもみました。その中の一つをゆうべ若者と試してみたのですが、ほんのちょっとした精神状態の変化が感覚や体の捌きなどに大きな違いをもたらすことが再確認できました。残念ながら私は両肩もひどい痛みで腕をあげたり大きく回したりすることができないので、自ら試して体感することはできなかったのですが・・。

教育現場でもこうしたほんの些細ではあっても心境の変化(構え)が変革することを本気で重視したら、もっと活力あふれる場になると思うんですがね。

(12日 昼)予想通り、土曜日の件で「私がとんでもない人間」ということであちこちに吹聴されているという事が耳に入ってきています。場合によってはこの家を追い出されることにもなるかもしれません・・・・

家庭教師に出かけた際は、人と関わりあえる貴重な時間なので、極力普通を装っていますが、独りで家にいる時にはますます転落中・・・ゆうべ、この前できなかった分の授業を行なったのですが、その間にも腰がキリキリと痛んで途中からソファーに横になっての授業でした。こうした痛みに襲われるたびに、その人物への負の想いがますます増大していきます。

今日は本当は出かける予定があったのですが、とりやめ・・・・そうした事もすべて結びついてしまう・・・・布団の中でじっとすごすことになると思いますが、これ以上暗黒に染まっていくと自分が本当に制御できなくなってしまいそう・・・・

(9日 午前)昨日は車の運転が困難だったので電車で行きました。行った先で普段以上に「自分の言動によって引き込んだマイナスの事態」を「自分の事は完全に棚にあげて、すべては周囲の人間のせいだ」という個人攻撃が延々と続きました。「自分だけが被害者で、何も悪くない。私だけが同情されるに値する・・・すべての人間は自分の為に無条件で動くべきだ」というのもむきだしの批判。やがてその矛先はいつものように私自身にも向けられ、こちらが何とか我慢しているのをいいことにどんどんエスカレート。

とうとう周囲にいろんな人たちがいる中で私は「いい加減にしろ!」と一喝。

これも全く歪んだ形で如何に私がとんでもない人間なのかという形で周囲に吹聴されるんでしょうね・・・・。

近い将来、この家にも住めなくなり、路頭に迷って「孤独○」という現実味がますます増してきています。本当にこの数十年・・・目茶苦茶です!!!!!!!!!!!!なのに相変わらず当の本人からは「あんたは本当に役立たずなんだから!」ばかり・・・一体誰のために身も心もボロボロになっているのか・・・・

同じボロボロになるといっても教育関連とか若者との関わりでというなら、喜んでこの身を捧げます。

(7日 午前)昨日の午前、数年ぶりに元家庭教師の教え子であるK君が自宅で収穫したという新米を持って訪ねてきてくれました。それだけではなく3時間ほど語り合いをすることもできました。本当にありがたいことです。

本当はこんな風にかつての教え子たちと語り合いができたらいいのですが・・・残りの人生で再び顔を会わせられる数などあまりないでしょうね・・・。年賀状の状況などでも分かりますが、こちらは教え子と思っていても、そう思われることを迷惑だと思われているんだろうなというのを肌で感じます。

せっかく昼間はいい時間が過ごせたのに夕方あたりから偏頭痛が悪化。夜には足腰の痛みもぶりかえしてきてなかなか寝付けず・・・やっとウトウトしかけた時に電話が鳴り出したのですが、呼び出し音が一回鳴っただけで鳴り止みました。これが明け方まで数回あって・・・いたずら電話なんでしょうかね・・・・ほとんど睡眠不足です。明日、またいわきへ行かなければならないのに(一応明日は体調がかなりおかしいので車ではなくて電車でいく予定です。向こうについてからの交通手段としてタクシーを使わなければならないのですが、一応料金は先方持ちということにしてもらっています)

雨による延期によって自分の子供が参加できなかった運動会をもう一度やるようにと校長などに包丁を突きつけた両親の事件が話題になっていますが、うちの県内の比較的近い市での出来事のようで・・・・全国的にモンスターペアレントの抗議内容はますますエスカレートしているようですね。

「わが子を思う気持ち」といえば聞こえはいいですが、本当にそういった態度を学校や周囲にとり続けることがわが子の人間としての成長にプラスになるのかということを真剣に考えて欲しいものです。「何でも自分の思い通りになるんだ」「いつでも親が何とかしてくれる」「学校は自分の親の言いなりになってくれる」・・・・そんなことが当たり前と思って大人になっていくことが、わが子の人生をどれだけ歪ませるのか。

「ものすごく傲慢な人間」あるいは「常に誰かに助けてもらえないと何も出来ない人間」・・・どちらに転んでも不幸なことです。

(6日 午前)ここ数日、全身の疲労感・だるさがひどく、ほとんど活動停止状態です。

昨日の朝、朝食後に横になったのですが、ちょっとウトウトした際に夢をみました。舞台はこの家。朝起きると他界したはずの母がきていて、部屋のあちこちを掃除してくれています。昼には帰らなければならないということだったのですが、私は用事があってすぐに出かけなければなりません。帰宅予定は昼過ぎ・・・・何とか早めに帰れれば母が去るまでに間に合うのでしょうが、どうなるか分からなかったので「とりあえず、じゃあ・・・」と言って出かけます。ここで目が覚めたのですが、突然大量の涙があふれ始めました。

そして昼前、またウトウトしたのですが、今度は幼い時に住んでいた家が舞台でまた母が現れました。内容は詳しく覚えていないのですが・・・・・

今朝は例の親戚がらみの夢。例のごとくこちらを単なる踏み台にしか考えない横暴な態度。そしてその身勝手さの極みのようなことがあって、ついに私の怒りが爆発。周囲にいる人たちに何とか自分の何十年にもたまっている無念さを怒鳴りちらして訴えるのですが、冷たい態度。「あんた一人が我慢すればみんなまるくおさまるのだから」という姿勢。何だかんだと綺麗ごとを言いつつも、結局すべてを私に押し付けて自分達は楽な生活を送ろうとしているという露骨な言動に囲まれて、いよいよ絶望感がピークに・・・・というあたりで目が覚めました。

実際に土曜日にはまた行かなければならないのですが、夢の中同様、相当我慢の積み重ねが爆発寸前になっていることは事実。「ヤケを起こしては結局自分の破滅になるだけ」とこれまでも助言されてきていますが、さすがに制御できる自信はかなり前から失せています。自分の現実生活はとっくに破滅状態になっていると思っているんで・・・ならば「差し違え覚悟で周囲に無念さを刻印したい」という衝動は絶えず起きてしまっています。

こんな私の現状をあちらの世界から祖父母や父や母、あるいは上原先生などはどんな風にみているんでしょうね・・・

「未熟者め! そんな暇があったらもっと若者たちのために何かしろ!!!」とお叱りの視線でにらまれているんでしょうね・・・・

そう思いながらも昨日の午後から再び偏頭痛がひどくなっていて有意義な時間の使い方は全くできていません。せっかく心臓は動き続けてくれているんですがね。

(4日 昼)映画を一回無料で観られるカードがあったので、上原先生の誕生日にちなんで「君の名は。」をまた観て来ました。前に観たあとにこのアニメが「水の神」など折口先生や上原先生が解き明かしている民俗学的なことを踏まえて作られていることを知ったわけですが、新たにまたいろいろな発見がありましたし、心ゆさぶられる場面が増えていました。

また、同じ上原門下生である知り合いの方が紹介していた戦争中の沖縄での出来事、通称「白い旗を掲げる少女」の動画・・・戦争の悲惨さを伝える証言も迫ってきますが、それ以上に「生命を受け継ぐ存在」・・・・子どもに託す気持ち・・・が胸をうちます。

子どもを本当の意味で大切にするというのはどういうことなのか?「誰かが勝手に作成したテストの得点力の水準」を超えることが大事な目標と教育現場には押し付けられ、それが達成できない子は役立たずとみなされる・・・仮に達成できた子も大きくなってある時期にきた時に「点数をとれるようになったことが何だったんだろう」と思う事だってある。(最も高い得点力を得て歪んだエリート意識を持たれても困りますが)

「共存よりも国際競争力を高めて他を踏み台にしよう」さらには「戦争を容認」という風潮がどんどん広がっていますが、そもそも若い世代を本当に大切にしない国などは確実に内部崩壊します。

(3日 朝)今日は平成8年に他界されてしまっていますが、恩師である上原輝男先生の生誕の日です。不思議なものですよね・・・昭和2年に丹波篠山でお生まれになった先生と玉川大学でめぐり合って・・・もしも先生と出会わなかったら全く違う人生になっていました。

さらに考えれば私の教師としての姿勢や心意伝承をふまえた教育実戦にも多大な影響があったわけですから、そうしたことで何か刺激を受けることができた教え子たちにも変化があったわけです。現に今でも関わりを持っている教え子たちとは心意伝承の切り口で語り合いをしていますから。

「人と人との縁」というのはまさに神秘です!

*もちろん逆の出会いもあります。私の人生がこの数十年ひっかきまわされ続けているのだってそうですから・・・・

これらの様々な人生の出会いが複雑にからみあってお互いの人生や社会が動いていく・・・・最近話題になっているアニメ映画「君の名は。」はまさにそういったことも大きなテーマになっているから多くの人たちを惹きつけているんでしょうね。

(2日 朝)現在北上中の台風18号・・・今後「非常に強い勢力」に発達して、この前の台風と同じようなコースで九州→西日本→東日本と通過するような予報です。本当に「地球」は一体どうなってしまっているんでしょうね。

KOU君と「髪型」や「髪飾り」にまつわる心象についての話題になりました。アニメなどでそういった場面があるものを参考にしながら考察していたのですが、なにしろ私も彼もそんなに大きく髪型を変えたりしないで生きてきたし、ましてや髪飾りなどあれこれとつけてみたなんて経験がありません。「体感」「実感」がないので想像するしかないわけです。

そんなことをチョコレートさんからのメールの返事に書いたら、さっそく興味深い内容のメールを送って頂けました。こういうことを「実感」しながら日々を送ることができるというのはすごいことです!(女性にとっては普通の感覚かもしれませんが・・・)

(10月1日 朝)月はじめ恒例の万葉集占いですが今朝めぐり合った和歌は長歌でした。(4006番)かなり長い歌なので原文も口語訳も載せられませんが、簡単にいうと故郷を出て都に赴任する日がだんだんと近づいている時に、これまでの懐かしい日々を思い出しつつ別れを悲しんでいる歌でした。

いよいよ大きな転換期がやってくるという暗示なのでしょうか????(現世からの旅立ち・・・だったりして・・・・)

(30日 朝)市場のことにしてもオリンピックのことにしても、改めて一部の方々の金銭感覚には唖然とするばかりです。「所詮税金なんだから」とか「自由に使える特権を持っている」とかの意識が背景にあることがみえみえの発言もあり・・・。

そのくせ庶民が本当に困っている問題に対しては「財源がない」・・・そして多くの分野で財源がないから負担増・増税ばかり・・・そりゃ一部の方々に裏の甘い汁が吸えるような事柄に湯水のようにお金が使われていれば、いくらあっても足りない・・・というか、最終的には自分達の私腹を肥やすためのお金なんだからいくらでもあって欲しい・・・ということなのでしょうね。

これまでの「どんぶり勘定」のようなずさんな資金運営などを本気でチェックしたら国でも地方公共団体でもどれだけのお金が浮くことでしょうね・・・・。相当な抵抗がもっともらしい理由をつけながらあるでしょうが。

ゆうべも体調の関係で夜中の大半は寝付けませんでした。単に眠れないだけならまだマシなのですが・・・どうしても絶望感や恨み等々の方向へ意識が向かってしまいます。

(29日 未明)先日児言態の会合のために出来なかった家庭教師の授業をゆうべ行なったのですが、腰痛がどんどん悪化して途中から畳に座っていられずソファーに横になりながらの状態でした。帰宅後、珍しく偏頭痛が左側に置き始めたのですが、ちょっと寝たあと、右側も本格的に痛み出し起きてしまいました。どうにも眠れなず布団の中で2時間以上・・・その後こうして更新作業をしています。

火曜日の疲れと気力低下から昼も夜も何も食べなかったため、現在鎮痛剤も飲めずにいます。即席ラーメンでもいいから作って食べればいいのでしょうが、こんな時間(今ちょうど3時半)に食べるというのも気が進まず・・・・

昨日の運転中に聴いていたラジオで「スマホなどの影響による若者の老眼」という話題をしていました。「視度調節機能の衰えによって近いものが見えにくくなる状態が老眼」ということなのですが、それが加齢が原因ではなく情報端末などによる目のダメージが原因でそうなる若者が大変に増えているそうです。

本などの活字よりも「光るものを近くで見続ける」というのが目にとっては強いダメージになるのでスマホに限らずテレビやパソコンの画面なども十分に距離をおき休憩を入れながらということを意識していないと、若い時から「老眼」になると。

ただ早めに対処して生活改善すれば若い時のスマホ老眼は回復が期待できるそうなので、ひどくなる前に気をつけることをお勧めします。以前眼科で実年齢以上にかなり老眼が進行していると診断された私ですが・・・単なる近眼以上に本当に不便ですから!!!!!

(28日 朝)昨日は例の遠出だったのですが、途中交通事故渋滞でいつもより1時間ほど到着に時間がかかりました。その間にも腰痛がどんどん悪化。向こうに着いた時には痛くて思うように歩けないほど・・・・。

そんな私に対して投げかけられた言葉は「役立たず」・・・・高齢者の人たちよりも使えないと・・・・だいたい私が生命の危険にさらされるほど体を壊して退職し、今も体がボロボロになり続けているのは一体だれのせいだと思っているのか!!!!!

それを自分の意のままに使えないからといって・・・・ここ数日だって大雨の中、足腰の痛みに耐えながら何軒もの店を廻って、持参できないから宅配で送るということが数回あったのですが、どれもこれも気に入らないと・・・実はそうした製品はもうメーカーでは製造していないんだそうで・・・・在庫の残りがたまたまあるような店を探すしかないと言われたんです。あるいは他のメーカーのならあると・・・・でも布の品質が違うから絶対そのメーカーのでないと嫌だ、と・・・・「見つかるまで徹底的に探せないのが悪い」・・・・それが「役立たず」発言となっていきました。で、いつものように向こうは言いたい放題こちらを罵り、さすがにこちらがこらえきれずに不機嫌な口調になってくると「ああ、もうやめやめ」と一方的にこちらの発言を封印する。これも私が小学生の頃からずっとかわりません。

帰りの運転中も激痛が走る中・・・情けないやら虚しいやらで・・・・

昨日も書きましたが「望むような結果を出せないのなら用済み」という他人を使い捨てカイロ扱いするという風潮・・・・それが当たり前になっている人は、自分が邪魔者扱いされてみじめな思いをよーく味わってから現世を去って欲しいものです・・・・なんていう発想がどんどん湧いてきてしまいます。

そもそも本来だったら私がそこまでする義理などない相手なんですがね。

こうした時にスピリチュアルの世界を重視している方々からは「そういう扱いを受けるという事は、そういうことを引き寄せる問題があなた自身の中にあるから」とか「そこから学ぶ必要がある何かがあるからそういう試練にあっているんですよ」等々の助言をこれまでも随分されているのですが・・・・素直に「そうなんですか」と自分を見つめなおせるほど私は人間が出来てなどいません。「恨み」が募るばかりです・・・・それが余計に私自身に跳ね返ってきて、まさに「人を呪わば穴二つ」(呪いは必ず自分にも跳ね返ってくるので相手だけではなく自分の墓穴も必要になる、の意)に向かってまっしぐらですが、こういう想いが募ってくると「差し違えでもかまわない」なんていう発想にどんどん支配されていきます。

(27日 朝)ラジオを聴いていた時に、二ヶ月前の大量殺傷事件についての特集をしていました。私が聴いていた時の話題の中心は「犯人の意識は現代社会の持つ差別意識が凝縮されたものではないか」という趣旨のことでした。

差別にはいろいろとあるのは周知の通りですが、現代社会に最もはびこっているのは「能力差」による差別であろうと・・・。

こうした差別だって昔からありますが、確かに「成果主義」「競争原理」が理想の社会を実現するための唯一の考え方であるような風潮は、そんな差別をなくしていくどころか、国家をあげて助長させているような気がします。表向きには「誰もが安心して暮らせる社会の実現」と言っていながら、結果が出せなければ「負け組」「役立たず」「社会のお荷物」と言われるわけですから。

しかもその「結果」というのがまた曲者です。誰かが勝手に決めた「目に見える形の目先の利益の形」を実現できるかどうかという尺度だけで全てが判定されてしまう。

古来より目に見えない世界に主体を置いてきた日本人には体質的に馴染まないハズだし、またこうした発想に立脚できたからこそ、独自の文化や社会を実現できていたハズなのですが・・・。

あの事件の背景にあった差別だけに限定しては「自分には関係ないこと」と思ってしまう人も多いでしょうが、「今の社会が求めるような結果を出せるか否か」という観点に立てば誰にも関係ある問題です。全ての人間に遅かれ早かれ「老化現象」は起きてきますから。いつまでも具体的な形としての成果をあげ続けられるわけはありません。

しかし、そうした段階に達した方々は「最も神に近い存在」さらには「神格を宿した存在」とみていた社会が確実にあったし、今でも地方によっては残っています。

「結果が出せなければ無駄な存在」というような趣旨の発言を盛んに繰り返す首長もいますが、そういう方々は自分が不老不死の仙人だとでも思っているんですかね??????

(26日 朝)まずは上原先生の追悼の集い・・・無事に参加できました。詳しく書くことはまだ出来ませんが、全体で約40人くらい様々な分野の「上原門下生」の方々が集まって有意義な時間でした。私は主に写真撮影をしていました。夜の部にも参加できてギリギリまでいて、終電のひとつ前に乗り、0時半頃、駅に着きました。

順番にワンポイントスピーチをした時には「君の名は。」と「心意伝承」との関わりについてチョコレートさんのメールなどの言葉を紹介しながら話しました。

昨日は一日休養をとる予定だったのですが、朝、教え子の一人が水戸駅前商店街を大々的に歩行者天国にして行われる「水戸フェス」の中の二つのイベントに参加するというメールがきていたので、カメラ持参で行ってきました。二つのイベントの間には4時間近くあったので、近くの県立図書館に行って時間をつぶしました。こちらでも教え子の写真を沢山撮ってきたのですが、ここに載せるのは控えたいと思います。下手にコピーされて一人歩きしてしまったら大変なので・・・・。

明日はまた例の遠出で長距離運転の予定。はっきり言って気はすすみませんが・・・体調も悪化傾向だし・・・何よりいいように使いまわされてばかりのことで虚しさばかりつのっています。はっきりいって私の人生を若い頃から自分の都合(利益・楽しみ)のために目茶苦茶にし続けてきた人間のために、何で今さらにこんなに心身をボロボロにしながらも尽くし続けなければならないのかという理不尽な想い・・・自分の人生を呪いたい気持ちにますますなってきていますから。

(24日 朝)お墓参りのための往復2時間程度の運転でも相当ダメージがあって更新できない状態が続いていました。そのうえ例の遠方からは毎日のようにグダグダとした内容の電話でいいように振り回されっぱなし。私のことを単なる道具としかみていないことを再確認する日々・・・。

今日はこれから「上原先生没後20年追悼の集い」出席のため東京へ出かけます。体調だけではなく心もうんと不安定で1時頃にやっと寝付いたと思ったら2時過ぎには目を覚まし、それからずっと寝ることができずに今に至っています。参加してもまともに心身の状態をキープできるかどうかの自信は全くありません。せっかくの追悼の集まりなのに・・・・やっぱり参加するのは辞めた方がいいか・・・・という気持ちも相当あるまま出かける準備をしています。

(21日 朝)NTT問い合わせ受付時間になって携帯電話からかけたのですが電話が混み合っているとかでオペレーターまでたどり着けず・・・・5分おきにかけてようやく1時間半後にオペレーターへ。ところが話し始めたとたんにプチッと途切れてしまい、すぐにかけなおしたのですがまた「混み合っているため・・・」とか「台風による影響で故障の問い合わせが殺到している」という趣旨のアナウンス。1時半頃になってようやくまたオペレーターへ。今度は先ほどのことを話して真っ先にこちらの携帯番号を教え、もし切れたらそちらからかけてほしいとお願いしました。(決して携帯の何かのボタンを押してしまって切れた、等々のことはありません)

2度目は途切れずに話ができ、先ほどNTTの修理担当の方々がみえて点検。結局電柱上の大元のところが一部腐食していたとのこと。すぐに交換してくれました。心配した修理代はNTT持分の場所なので無料。ホッとしています。

明日は母方祖父母のお墓参りの予定なのですが、足腰の痛みはどうなるか・・・(ちなみに昨日も午後からひどい偏頭痛が起きて鎮痛剤を服用しました)

(20日 朝)数日前から電話通話中に雑音が入るようになり、まったネット回線(ADSL)もしばしば中断するようになっていたのが、今朝はネットはかろうじてつながっているものの、電話の方は「ツー」という音も全くしなくなりました。9時過ぎたらNTTに携帯から電話する予定ですが・・・・どうなることやら・・・修理代なんて言われても・・・・

(19日 朝)非常に強い台風が明日には上陸の見込みだそうで・・・そのあとの予報円をみると今回もこちらに直進コースです。ある気象予報士の方が現代は地球規模で大きな気候変動の節目にあたっていると話していましたが、その中に二酸化炭素排出等々の「人為的要因」はどの程度あるんでしょうね。

夜中の冷え込みのせいか頭痛が悪化しつつあります。足腰はあいかわらず・・・。夜中に寝付けなくて何時間も起きているというのが続いていて意識もボーッとしています。

短時間ですが出かけなければならないことがあるのでその時だけは出かけますが、あとは今日も一日布団の中になりそうです。家庭教師は先週の段階で明日に変更になっているのですがちょうど台風の影響が強まる時間帯になりそうで・・・出来るかどうかの判断は難しいところです。

昨日、先日NHKで放送されたのを録画しておいた新日本風土記のお月見関連特集を観たのですが、西表島方面の内容が特に興味深かったです。生命の根元意識と月の運行については以前からそれなりに見聞してきましたが、一般民衆の・・・特に若者たちの・・・意識とダイレクトにつながっている要因については初めての視点でした。

と同時に普通の現代人に比べれば一昔前の生活スタイルに近い日々を送っている私でも、現代人の常識でしかものをみていない自分を再確認してしまいました。

(17日 朝)腰痛等々でなかなか寝付けなかったのですが、ようやくウトウトしたらかなり妙な内容の夢をみて1時半頃に起きてしまいました。そして3時過ぎあたりになってようやく再び寝ることができたと思ったら未明になってさらに生々しい体感を伴う、先の内容をさらにグレードアップさせたような夢・・・・ちょっと内容を書くのは控えますが、2度目の夢は学校が舞台。おぞましいものが登場するのですが、小学5年生たちが異様な好奇心を働かせてしまって暴走・・・・それを食い止めるために悪戦苦闘する内容でした。何でこのような夢をみたのでしょう?????

4日にもふれた「時空」の話から「折口先生の民俗学」「上原先生の心意伝承」へと話が発展しているのですが、きっかけはチョコレートさんのメールに刺激を受けて9月1日に「君の名は。」を観にいったことがきっかけです。(1日は映画料金が安い日・・・またある方からの支援で鑑賞料金は補助して頂きました)

ネタバレになってしまうので具体的なことは書きませんが、映像美が優れているのは確かではあるにせよ、ここまで幅広い人に注目されているのはそれだけではないような気がしています。無意識世界に根ざしているレベルのことと言いましょうか・・・古代日本人の心のDNAが刺激されているのではないか・・・・と。

一見すると「恋物語」であるようですが、実はかなり奥深い心意伝承的なことが描かれています。その上に「優れた情景描写」「ストーリー」がきちんと据えられているという感じ・・・。

(15日 朝)火曜日に出かけたダメージの腰痛がどんどん悪化中で今朝辺りからは寝返りも辛くなってきています。台湾を襲った「スーパー台風」の猛威・・・温暖化の影響で日本にそういった台風が上陸するのが近い将来普通になってきそうという話もありますが・・・強い台風が直撃しても地震等々で基礎からガタガタになっている我が家などは耐えられそうもありません。

現在新たに日本に向かっている「強い」台風もまだまだ発達しながら北上するようで・・・予報進路をみると最悪日本縦断?という感じ。

東京都や富山市議会のことも連日報道されていますが、ほとんど収入がない中でも消費税や国民健康保険税は徴収されている側がどんな生活をしながら納税しているのか、なんていうのは本当に眼中にないんでしょうね。以前大阪の首長になった方々がエリート論を高らかにうたっていましたが、高所得や地位を得たものは勝ち組であり、エリートには優遇される権利があるんだという意識がみえみえの発言を連発していました。そんな意識が大なり小なり政治家や役人の中にやっぱりあるんだろうなという気にどうしてもなってしまいます。

数百万を虚偽で受けとっていたある市議はインタビューで使い道を聞かれて「飲食代・・・酒が好きなんで誘われると断れない」という趣旨の発言を照れ笑いしながら答えていましたが、必死に収めている税金をそんなことに使われているなんてたまったものではありません。

地下水の水質検査用にサンプルをとろうとした都議会議員に同行していた都の職員が「都が責任を持って調査するので」というようなことを言いながら阻止しようとしていた場面も報道されていましたが、これまで誤魔化しを重ねてきた結果「信用をなくしている」という事実が分かっていないわけはないと思うんですよね。

それでも「何とか誤魔化せるだろう」というのが役人体質なんでしょうね。

ただ、実際に日本人は「水に流す」という伝統を持っているせいか、一時期は騒いでもあっという間に話題にしなくなる傾向は多々みられます。それが「役人体質」を温存させている大きな要因であることも確かかもしれません。

(14日 朝)一昨日は更新後間もなく偏頭痛がひどくなり大変な一日でした。昨日は例の遠出で帰宅時間が思ったよりずっと遅くなってしまいかなりヘロヘロの状態・・・夕飯もとらずに寝ました。

こんな遠出でばかりで気力・体力を消耗し体を壊し続ける日々・・・・教育関連等々のことで消耗するならまだ気持ち的には救われるんですがね・・・・正直いって夏のこと以来、児言態にもどう関わっていいのか分からなくなってしまっているし・・・。

先日紹介した雑誌の特別寄稿には日本独自の庶民文化が育まれた具体的な理由が「娯楽化」以外にもいくつか紹介されています。そんな精神にどこか連なる部分が、現代のネット社会やアニメ社会にもあるのかもしれない・・・なんていうやりとりもKOU君などとはなされています。

ただ、若者たちの生き様がどうして江戸時代のように「外に向かっていく」あるいは「具体的な探求」に向かわないのか????「自分の関心のある分野だけに特化して、それ以外には大きな壁を作り、その中に閉じこもってしまうのか?」

それは生活上の「引きこもり」というだけではなく「精神的な引きこもり」というか・・・自分の立場(あたりまえ)を守るために異論などに徹底抗戦する、あるいは「人それぞれなんだから」というのを「他人の意見を尊重する」という方向ではなくて「だから自分の好きにさせてくれ。口出ししないでくれ」という方向への方便として使う・・・となってしまうのか?

その点について明らかにしていきたいとここ数年ずっと思っているのですが、具体的に様々な若者と接する機会もないので単に私の頭の中で想い(仮説)をめぐらせるに留まっています。

(12日 朝)先日、別冊宝島「江戸の科学」というのを購入しました。経済的にはかなりきつかったですが、本体価格1000円だったので・・・このところ食欲もないからさらに食費をきりつめれば何とかなると思って・・・。

表紙には「世界最高の技術は江戸時代にはじまった!」「鎖国緩和が世界一の知恵と技術力を生んだ!」等々の言葉が並んでいました。

その中に特別寄稿(作家 冲方丁)・・・表紙によれば「江戸の自由な教育が生んだ日本文化の本質」という趣旨の記事がありました。一部紹介します。

・・・多くの才人達の登場を促したのである。そして彼らの登場を支えたのは、ひとえに「日本人らしさ」であったと私は考える。江戸時代の日本学問について調べると、そこにはきわめて特徴的な傾向がみてとれるのだ。その一つは、何でもかんでも「娯楽化する」ということ。17世紀の江戸では算術が大流行していた。・・・身分の高い者たちのみならず村の娘などにも、人から借りた算術書を読んだりする者がいたらしい。

このような傾向は日本のどの時代にもみられたようですが、特に江戸時代には顕著だったというのは上原先生がよく話されていたことにも通じます。

自分が若い頃は「江戸時代は鎖国によって遅れた国になってしまった」というイメージが主流でした。でも他国の情報が十分でなかった分、長崎経由などで入ってきた少ない情報を、自らの頭だけではなく様々に試行錯誤しながら体を動かし探求していったことにより、非常に特化した文化・技術に磨きあげていった・・・・

これは例えば自由に外国人技術者が日本に入ってくることができて、一から十まで懇切丁寧に教えてくれた・・・というスタイルからは生まれなかったことです。

こうした江戸時代のような姿勢が「ホンモノのゆとり教育」のお手本だったと私は考えています。何かと教育がうまくいかなかった元凶のように言われるゆとり教育ですが、それは「意図的に作られたゆとりの時間」の使い方が間違っていたためです。

よく例にあげられる算数での「円周率を3.14ではなく 3 で計算してもいいことにしよう」というのだって、江戸的な発想でいえば、「円周率というのは本当は無限に続く数だそうだ。ならなるべく詳しい数で計算したらどうなるだろう」というのを実行してみるのが「ゆとりの時間の使い方」になったでしょう。「3.14」をかけるかわりに「3.141592・・・」をかけてみる。計算テストではなく、好きな桁まで増やしてやってみようという形でなげかける。計算が苦手な子には一時的に電卓を使わせたっていいと思います。

そうすると例えば直径10センチの円であれば、前者は「31.4」になるし、後者は「31.41592」となります。で、実際にこの長さを定規で紙に描かせてみる。すると実質上はほとんど長さに違いのない線になってしまうわけです。でも、円周率を「3」でいいよ、となると30センチで明らかな誤差になってしまう。そんな活動を通して無限である円周率だが「3.14」という有限な小数で計算すれば日常の上ではほとんど誤差がないと許容される・・・だから3.14が用いられているんだ・・・と直観する。

そんな発展的なことを授業中にも行なえるようにしたのが「ゆとり教育」だったハズだと思うんです。

(10日 朝)「運命のいたずら」と言ってしまえばそれまでですが、「何でこんなことが・・・」ということが程度の差こそあれ誰の人生の中にも何度も襲ってきます。

そうした事で落ち込んでいる人に「何よそのくらいでダラシナイ!私なんかもっと大変な目にあってきているんだからね!!!」と励ますというよりは上から目線で「悲劇自慢」を展開する人が少なからず存在します。でも何がどの程度大変か、というのは人それぞれの意識世界によって決定されること・・・・。

他人からみればとんでもなく大変そうなのに案外本人は本当に「困難とたわむれる境地」でしっかりと向かい合って、人生の糧にしきっている人もいれば、現実的にはささいな事であっても、過去のトラウマとリンクしてしまって意識世界の中ではとんでもなく辛さが増幅され苦しむ人もいます。

さらにややこしいことに、「意識世界での実感=無意識世界での受け止め方」とならないことも多々あり、同じ無意識世界であっても「階層」によって異なったりする・・・・あるいはパラレルワールドのように相矛盾するような異なる受け止め方が同時に共存する・・・・それが人間。

自分の考えていることが世界標準であるかのような傲慢な態度は、いつのまにか周囲を傷つけまくっています。(しかも本人は傲慢なんて思っていない・・・自分こそ悲劇のヒロインのような感覚に酔っていて、周囲をことごとく悪者にして意識世界に自分にとって都合のようドラマを展開していく・・・やがてそれは本当に現実や周囲の人間がそうであったかのように思い込んでしまう・・・・。

そうした人間は自分の非を絶対に認めようとはしません。それどころか、何かクレームがあればますます「自分はとっても可哀相な悲劇のヒロイン」というドラマを作り上げて・・・・・ますます周囲を踏み台にする傲慢さの塊になっていきます。

私自身も自分の運命を呪い続けてしまうことばかりの日々ですが・・・・・他人を踏み台にしてのさばるよりは、母がそうであったように無理して生きずにひっそりと身をひく・・・そっと消える方を選びたいですね・・・・

実際、幼い頃から「自分はみんなにとっての迷惑な存在」という実感ばかりを積み重ねてきているので「何くそ、頑張るぞ!今にみていろ」式に生きている人をみると不思議な気がします。(もちろん自分が出来ないからといって、そういった方々の生き様を否定するわけではありません)

(9日 朝)強めの痛み止めを飲んでかろうじて歩行できているという感じ・・・炎症による発熱で37~38度の間をいったりきたりというのも相変わらず・・・。

せっかく5日に書いたような折口先生の民俗学に関する新たな切り口と出会い、資料をまとめようと思っていたのですが、全く着手できていません。

なので今のところは布団の中であれこれと仮説をたてて過ごしています。「探求」ということからいえば、最初から先人の知恵を知って分かった気になってしまうよりもまっとうというか健全なのかもしれません。折口学の基本姿勢は「実感実証の学」というくらいですから。

上原先生の「心意伝承」だって、本来はすべての人間の無意識世界にある枠組みの解明なのですから、先ずは自分の心の奥底とありのまま対話すること、封印されている思い出を発掘することがベースになっていくのでしょう。

先生が江戸歌舞伎を素材としていたのも庶民のイメージ世界がそのまま反映された世界だからということだったのですが、何度か書いているように、私はそれを現代のアニメ世界などと置き換えて探求の材料にしようと考えているわけです。

(8日 未明)現在、3時40分・・・実はゆうべから急に数週間前に腫れ上がった左足首が傷み始め、先ほどトイレのために起きたものの、激痛でなかなか立てず・・・・やっとの思いでたどりつきました。一度こうなると、また数週間は思うように歩けなくなると思われます。2週間後には児言態で上原先生に関係する大きな集まりが予定されているのですが・・・・前回のような感じになると出かけるのは厳しくなります。

台風の方は今回も予報円のほぼ中心にわが県があります。朝までには温帯低気圧に変わる見込みといいますが、だからといって被害の心配がなくなるわけではありません。特に大雨に関しては台風が来ると考えて備えておく必要があるでしょう。

*朝、昼ともにご飯を炊くのは挫折して、夜になってようやく炊きました。おかずは買ってきたもやしを中華だしで炒めたものでした。

(7日 朝)台風がまたやってくるようで・・・昨日の予報では予想円のほぼ中心が茨城付近という感じでしたが、今朝の予報ではもう少し内陸を通過するような・・・ただ、一昨日からの大量の湿気を感じさせる空気が関東にも大雨をもたらせ始めていて明日の上陸前から十分な警戒が必要なようです。

それにしてもこの蒸し暑さ・・・半端じゃないですね。すぐに汗びっしょりになるので何度も着替えています。もともと私は若い頃から汗かきだったのですが、数年前から汗の出が衰えてきて、その分熱が体内に篭るような状態でした。それがこの夏の後半あたりから何故だかわかりませんが以前のように汗が出てくるようになってきて・・・・きっとこれはいいことだと思っています。(もっとも指先が乾燥している状態はあいかわらずで紙やビニールなどがめくりにくい老化現象は変わりません)

お腹がすいてもきちんと食べようという意欲がわかない状態が悪化中。即席ラーメン等々の麺類や、値引き品の菓子パンで誤魔化すばかり。お米は頂いたものがあるのですが、ご飯を炊いていない状態が10日以上続いています。昨日こそはご飯を炊こうと思っていたのですが、やはりどうしても体がいうことをきいてくれず・・・・今朝こそはと思っていたのに、また実行できていません。(そもそも炊いても納豆や漬物さえ今は冷蔵庫にないですし・・・・)

(6日 朝)偏頭痛は終息に向かっていますが、新たに右ひざが傷み始めました。腰痛はあいかわらずなのでちょっとした動作が思うようにいきません。

やっぱりなかなか寝付けない一夜だったのですが、明け方ウトウト時にみた夢は・・・・どこかの地方を旅しているのですが、たまたまお世話になった見ず知らずの家のハズが大勢の住人の中にかつて担任した子やその姉妹などがいて・・・ちょっとしたことをきっかけに、それまで何事にも不器用というか劣等感の塊のような子でも気持ちが転換して急激に進歩しうるという事を大勢の人たちの前で実証してみせる・・・そんな内容でした。

実際に「負け組」とか「何のとりえもない」なんて単純に評価されてしまっている子ども達ほど、本当にちょっとしたことをきっかけに「世間的に評価される分野」でも、普通以上の結果を出せるようになった事例はいくつもあります。そしてその「ちょっとしたこと」というのは一見学校で今習っている事とは関係なさそうな事であることが多いのです。

家庭教師の初期の頃はそうした様々な分野を授業で行なうことを本人たちも親御さんたちも積極的に支持してくれたので、将来に向けての夢に向かって具体的に取り組む子がたくさん出てきて、しかも世間的な得点力も勝手にあとからついてきた・・・という感じになっていました。

この夢の中のように今の社会で埋もれてしまいがちな子ども達(若者達)が本当に目覚められるような支援活動をしたいわけですが、現実にはそうした機会はどんどん失われていくばかりです。

(5日 朝)昨日からうずき出していたのが夜中には本格的な偏頭痛になりほとんど眠れませんでした。今も夜中よりはマシですがかなり辛い状態です。明け方、ちょっとうウトウトできた際に、再び他界した母が夢に現れました。今回は母がしばらくこの家に滞在することになって部屋のあちこちを片付けるという内容でした。こんなに頻繁に現れるのは母が他界してから初めてのことです。

そんな状態の中、ゆうべもKOU君やチョコレートさんからメールがきて刺激を受けたことについて、ぼんやりと考えていました。フト、上原先生が師匠である折口先生の「日本の教育は感染作用による」という言葉や、「日本人の感覚ではお風呂に入るんじゃないんだよ。湯に浸かるんだよ。そして ヤ行音 は生命力を表す音・・・ユに浸かることで新たな生命力を獲得するんだよ」というような言葉が、ここ数日のやりとりとつながってきました。

簡単にいえば「感染」と「器」(型)の問題です。「型」だから「様式・構造」がポイントになるし、中でも型が特化している人間を「資格者」・・・場合によっては真の意味の「犠牲者」・・・なんだろうか、というような考えです。(折口学でいうと外来魂の問題)

(4日 朝)痛みが相変わらずひどいのでなかなか更新作業ができないでいます。

昨日の未明、上原先生が夢の中に出てきました。状況はほとんど覚えていないのですが、どこかの温泉ホテルだったように思います。エレベーターに乗ったら中に先生がいらして・・・・でも先生は意識がもうろうとした状態。・・・そのあとどうしたか等々は覚えていません。今朝は夢の中に父が出てきたような気がするのですが、これもほとんど覚えていません。

家庭教師の時間にKOU君と新たな観点から「時空」や「水神」の話になっています。きっかけはチョコレートさんのメールの文面。二人であれこれ語り合ったうちのほんの少しをメールでチョコレートさんにも報告しているのですが、それに対してさらに深く切り込んだ考察のメールがチョコレートさんから返ってきます。

本当は社会人クラスの時のようにノブ君なども加えてみんなが顔をあわせてダイレクトに語り合いができたら、何倍も話が深まると思うんですがね・・・・それぞれ感性も切り込み方も違うわけですから、誰の意見が正しいとか良いとかというのではなくて、それぞれの意見を重ね合わせたところで見えてくるもの・・・それが最も重要だと思っています。

自分の意識の中で考えていることは、やはり自分が現段階の意識でつかまえられている枠からほとんど出られないわけですから。異なった立場の考えをお互いに補完していくことで全体の構造がみえてきます。それを授業にあてはめると上原先生がいつも主張していた「子ども達の生の言葉を交通整理してやるのが授業」「そうすれば子どもは自ら伸びていく」ということになるわけです。

そうした全体構造が自覚されないと、「もう自分は意見を言った」「もう分かっている」というある種の満足感で思考停止に陥りますから。ましてや今の成果主義の風潮の中では「分かっていない部分がある」ということを極度に恐れます。なので未知の領域があることに目を向けようとしない。だから異論に対しても異常なくらい叩きつぶそうとします。

子供の頃から「みんなで補完しあうことで一人で出来ない進歩ができる!」という面白さに目覚めていると、そんな「井の中の蛙」のような生き方に自らを押し込めるようなことはしなくなると思うんですがね・・・・

(9月1日 朝)痛みの再悪化が進行中です。やはり相当体にこたえます。

月初め恒例の万葉集占いですが、今月であった和歌は

相模嶺の 小峰見隠し 忘れ来る 妹が名呼びて 我を音し泣くな(3362番) 

折口信夫先生の口語訳)自分は防人に召されて、故郷相模を立って遠く都へ上る。故郷の相模山の高い頂上も、だんだん遠くへ見える様になって、連れてくるのを忘れたいとしい人をは(仲間の者が心なく)その女房の名前を言い出して、自分を泣かせることよ 

「つれてくるのを忘れた」といいますが、実際には一緒に行けないので置いてきて、何とか忘れようとしているというのが実情なのでしょうね。そんな風に考えると、私の場合は防人に召されるというのが自分の心からのことではなく、外的要因でしなければならないこととして従事していること、になるのでしょうか。いわきへの遠出や、単なるテスト対策のための教育活動などがそれにあたると思います。本来一番やりたかったことが出来ていない現状。

受験指導的な家庭教師はとりあえず今は生き延びるためにと割り切っているつもりですが、ここ数週間でもやっぱりいろいろな場面で本来のことに徹したいという気持ちが湧いてくるようなことがありました。近い将来に破綻がくる予感ばかりですが、それならばなおのこと、命が長くないと覚悟をきめながら過ごしていた退職後間もない頃のような姿勢でという気持ちが湧いてきそうなのですが、覚悟が足りないのでしょうね・・・・

体の事や先立つものがない等々のことで「諦め」を自分に強いているという部分は確かにあると思います。かつて本気で求めていたような事を求めるのは今の自分では無理と決め付けて、終わりを待ってしまっている感じです。

NHK「プロフェッショナル」でサッカー監督のを観たのですが「逆境こそ自分の原点に」ということが何度も強調されていました。確かにそうだとは思います。ただ、「でも・・・」という想いが次に湧いてきてしまって進まない・・・それが今の私です。

退職後の時だって絶望的な状況はひどかったのですが、今と違うのは教え子たちとの関わりが格段に多かったこと。また家庭教師でも天体のことをはじめとして子ども達の様々なことへの好奇心に少しでもこたえようという形で気力が引き出されていた・・・それがほとんどなくなっている・・・幼い頃から抱いている「生まれてきてはいけなかった」「世の中の邪魔者」という想いばかりが頭の中を支配し、ますます増大中です。

でもこのような和歌が私の前に現れるというのは、あちらの世界からの示唆と考えると、忘れようとしても忘れきれないものにきちんと向かい合えということなのでしょうね・・・・・

☆☆これまでの「ちょっと一言」8月分はこちら☆☆



子供達の写真・お星さま・子猫の写真

(最新入れ替え日  7月9日)

上のボタンをクリックすると大きな画像のコーナーにとびます
今回の入れ替え分


前回の入れ替え分

子供達の写真・ちょっと大き目の天体写真を2日に一度入れ替えています。



「お星さま・ミクロ世界」などの写真集
実は「顕微鏡写真」もあるんです!!

「子ども・教育」「クラス・クラブなどの思い出」関係


特設コーナー

「食の思い出」

「ペットのページ」

高電位治療器 リブマックス9000
つぶやきのお部屋内「よりぬきコーナー」にあります

聖良さんに関する記述はこちら


常連様用「特急ボタン」

お星様のお部屋

  ミクロ  イメージ  思いで  言葉  授業  つぶやき 

 学問(恩師の上原輝男先生・父の語録です・・・児言態コーナー追加)  




朝日や夕日、雲などの画像もあります。

最新画像・・・h24,5,21 「金環日食特集」



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平成13年1月までの更新履歴(ダイジェスト)はこちら

6月25日  開設