イタリア人は「新しいもの好き」か (太字の書名のものは、本ホームページの「イタリアのおすすめ本」
                                       内容紹介しています)
 

 携帯電話。
 イタリアではチェルラーレ(cellulare もともとは「細胞の」の意)と呼ばれる、この機器。日本よりはるかに早く、
  ブームの火がついた。 そしてまたたく間にイタリア全土に広がった。

 今でこそ、携帯片手に声高に話す人々の姿は、日本でも街の風物詩だが、何年も前に、イタリアでこの光景を
  目の当たりにした時の衝撃は、口ではちょっと言い表せない。

 街角や列車のコンパートメントで、「プロント(もしもし)」と言っては大声でまくし立てるから、目立つのなんの。そ
  れにベスパを猛スピードで駆りつつ、携帯で話すおじさん、メルカート(市場)でポモドーロ(トマト)が要るかと携帯
  で家族にきくおばさん。
 なんて進んだ国なんだろう。妙に感心したものだった。

 また、あれはシチリアのアグリジェントという街で、考古学博物館へ行った際のこと。
 そこは入場料を取らないばかりか、カメラ、ビデオ撮影がOKという寛大な所で、私は当時最新式のビデオのレ
  ンズをおびただしい数の古代ギリシャ時代の遺物に向けていた。
 すると、背後にはどういうわけか、たくさんのイタリア人たちが群がっている。
 彼らの関心は、手もとのビデオカメラに集中していた。

 日本のCMで、カメラと間違え、ペンギンたちが静止したままポーズをとった、あの小型モデルだ。

 それはビデオなのか?に始まって、日本製か?、軽いか?、ちゃんと撮れるか?、と矢継ぎばやの質問。
 そして、しまいには「クワンテ(いくら)?」ときいてきた。
 この段に及ぶや、集まったたくさんのイタリア人たちはいっせいに静聴モードに入る。
 一様に目を輝かせながら…。
 旅先の思わぬ衆人監視に脂汗を流しつつ、桁数のめちゃくちゃ多くなるリラでの換算にすっかりまいってしまっ
  た。   ああ、恐ろしき「新しいもの好き]イタリアーニ。

 しかし、「新しいもの」なら何でも飛びつくというわけではないみたい。
 たとえば、クーラー。これは、まったく市民権を得ていないと聞く。

 ツアーでイタリアを旅する分には、あまり実感できないことだが、この国で夏場に少しでも暮らせば、いかにクー
  ラー不在の国かが判明するようだ。
 『イタリアン・カップチーノをどうぞ2』で著者は、イタリア国民のクーラー嫌いを報告する。

 「湿度が低い風土なので通気性よりも、防寒と断熱を第一に考えて建てられている」イタリアの建物。壁は「相当
  に分厚くて、暑さや寒さの入り込めない」造り。
 (ふつう、イタリアでは壁の厚さは30センチはあるそうだ。それゆえ、イタリアの建築事務所のボスに日本の建物
  の図面を見せたら、「この家には外壁がないぞ」と怪訝な顔をされしまったという、かなり笑えるエピソードが『ウ
  ソも芸術、イタリアン』に見える。)
 外界をシャット・アウトする、イタリア建築の分厚〜い壁。
 とはいえ、夏の酷暑には打ち勝てないのが現状。
 建物のみならず、車だってクーラーなし。イタリアの夏は暑くてたまらない、と著者・内田洋子氏はこぼす。

 クーラーなしの理由を問えば、イタリア人からは決まって「身体に悪いからね」という答えが返ってくる。
 ここで、内田氏は思うのである。

   イタリア人というと、とても新しいもの好きで快適を追求するようなイメージがあるのだけど、実際はかなり頑
    固でモダンなものをよしとしない保守的なところがあるのである。

 この特性は、アウトストラーダ(高速道路)の料金所にも影を落とす。
 高速道路で現金払いの列が、いくらエンエンと続いていても、すきすきのヴィアカード(プリペイドカード)の列に並
 ぶ車は少ないと言う。 (神谷ちづ子/著『ママはローマに残りたい』)

   車は一人に一台、個人で持つものだし、台所に入れば、オーブン、食器洗い機があるのは当たり前、コーヒ
   ーメーカー、オレンジを絞る機械、微塵切りにする機械、バーベキューの上で串に刺した鳥を回す機械、もう
   何でもある。暖房だってシケた石油ストーブなんて誰も使わない、たいていセントラルヒーティングだ。

 そんなふうにイタリア人の機械好きの一面を神谷氏は語りつつも、「ただ、機械をあんまり信用していない。特に
 支払いに関する場合は、自分の目でしっかり払いたい」と言う。
  「何だか、機械は信用出来ない。」
 それが、イタリアーニの言い分らしい。
 これは、クーラー嫌いの理由にも、なんとなく通じるものがある。

 結論。
 イタリア人は「新しいもの好き」である。
 しかし、自然な生活、人間性こそが最優先。これだけは、決してナイガシロにはできない。
 機械には合わせない。自然の摂理に従おうじゃないか。
 ああ、なんともイタリアらしいスタンス。

 だから、携帯電話について言えば、おしゃべりな国民が、いつでもどこでも、もっとおしゃべりしたい、そんな欲求
 からみんなが持ち始めたというわけで、どうやら、機械礼賛から生じた現象ではなさそうだ…。
 
 
 
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                          イタリア料理はふとるか