イタリアのアルファベットというのは、発音が英語とほぼ同じだと思っていい。
時折、例外もあるが、それもCが「チー」、Mが「エンメ」、Sが「エッセ」といった具合だから、見なれぬ形で発音も英語と全く異なるギリシャ語などに比べたら、数段覚えやすいものである。
どことなく類似性があって、類推も容易である。
そんな英語とよく似たイタリアのアルファベットの中にあって、「これは、ちと違うな」というのがある。
数はそんなにない。むしろごくまれ。
それが、J、K、W、Yである。
発音すると、順番にイルンゴ、カッパ、ドッピオヴー、イグレーコ。
ちょっとユーモラスな響きを持つこれらの文字は、実はイタリア語本来の単語には、使われないものが多い。
つまり、これらの文字を含んだ語は、イタリア語にとっては外来語、数式、固有名詞であるのだ。
例を挙げるなら、KARAOKE(カラオケはイタリアでも市民権を得ている)、TAXI(タクシー、伊ではタッシーと発音する)など。
Hも、どちらかというと「変な」発音を持つ語だ。
アッカ。
思わず、「アッカンベー」と、舌をベロンと出したくなるような…。
しかし、これは必ずしも、外来語、固有名詞ばかりに使われている語ではない。
ま、ほとんど皆無だが。
しかし、このH。響きがおかしいだけじゃなくて、他の25字と比べ、なんだか特別な存在。
なにしろ、イタリア人はHを発音しない(できない)とくるのだ。
『ウソも芸術、イタリアン』の著者、高岸弘氏がイタリアーニからH抜きで名を呼ばれるくだりがある。
私の名前はヒロム。ローマ字で書くとHIROMUである。ところが悲しいかな、イタリア人はHの発音が大の苦手。
まして、Hが単語の頭に使われることは外来語以外はまずないから、どうしても「イローム」という、何やら恥ずか
しい響きの名前で呼ばれてしまうのである。
すっかり日常語と化しているHOTELという外来語は、イタリアでは「ホテル」にあらず、「オテル」なのである。
言いたくても、オテルとなってしまうというわけだ。
私が通うイタリア語の教室では、イタリアの習慣に基づき、苗字ではなくて、名で呼ばれる。
ルームメイトには、Hの文字を名に持つ人がいる。
そしてインセニャンテ(先生)はイタリアーノ。
10年以上の在日歴がある、日本語ペラペラの御仁である。
けれども、Hが発音できないのである。
イサコ、イサコと先生が呼ぶ女の子がいた。私は、なんにも考えずに、彼女のことを「伊沙子」と思い込んでいた。
半年が過ぎたころだろうか、「やっと名簿ができました」と言って、世話好きなルームメイトがクラス名簿を作って渡してくれた。
そのとき、私はやっと知ったのである。
イサコが、実は「HISAKO(久子)」であることを。
こんなことは日本の報道では伝わってこない。
しかし ペルージャの中田選手はむこうで、「ヒデ」ならず、「イデ」と呼ばれていると推測される。
そういえば、彼は自分の雑誌に「H(アッカ)」と、ネーム・イニシャルを使っている。
イタリアにあって、Hを含む自分の名前の特異性を意識させられたからこそ、そう命名したのだろうか…。
「俺はイデじゃない、アッカを忘れるな、ヒデなんだ。」
そんな中田の自己主張を、雑誌「H(アッカ)」を本屋の店頭で見かける度に、私は思わずにはいられない―。
イタリアは泥棒天国か
イタリア人はおしゃれか
イタリア人は明るいか
イタリア人は「新しいもの好き」か イタリア人は日本が好きか
イタリア人はきれい好きか