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小さなアイヌ語教室 モシ

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■ 北海道のアイヌ語地名 ■

地名は定住的な社会では、伝統的に非常に永続性の強いものだと言われています(政治的な意向で改変が加えられたりしなければ……)。
aynu mosir=北海道は、その歴史的・政治的な経緯からもaynuの地名に大きな変更が強いられました。
しかし、地名がもつ伝統の力を完全に突き崩すことはできませんでした。

@北海道の地名を、その生成から見てみると、おおむね以下のように分類できます。
                       (都市などの現在の地名でその事例も示します)
 A.アイヌ語の音をもとに漢字やカタカナに移し変えたもの
     (例)札幌、小樽、釧路、稚内、知床、オンネトー
 B.アイヌ語の意味をもとに漢字に移し変えたもの
     (例)滝川、浜中
 C.アイヌの呼んだ地名とは無関係なもの
     (例)函館、千歳、伊達、日高、大雪山、狩勝峠

Aアイヌ語地名を考える視点
 D.地名は各地域で地形などの特色に応じて名づけられました。
  したがって同一のアイヌ語地名が多く存在します。
  このページでは、それを意識した一般的な説明をしています。
 E.地名には小地名と大地名があります。
  大地名も小地名(特定の狭い場所を呼ぶ)からより広い地域を呼ぶ言葉に「成長」したものです。
  しかし、このことが大地名の語源を分かりにくくさせる場合があります。
     (大地名の例)石狩、後志(しりべし)
 F.過去に形成されたアイヌ語地名を後世の視点から推理していくわけです。
  地形なども考慮しながら誤りのない推理をしていく必要がありますが、それが困難な地名も多い。
  逆に、それはアイヌ語地名が人々をひきつける原因にもなっていますが……。
  (以下の記述も全てが正しいとは保証できないことを付言しておきます。)

  
  @ 水 (川と湖沼と滝と)  
  生命の根源である水(wakka ワッカ)。
そして、その水をもたらすだけでなく、食料も供給し、交通の場にもなるのが川。
川はアイヌの生活にとって最も重要なものであり、また、身近な存在でもあったのです。
したがって、pet ペッ=川、nay ナイ=川という単語が地名の一部になっていることは大変に多い。
事例が多いので、pet ペッ、nay ナイについては、以下にそれぞれ1項目を設けることとします。
ここでは、、それ以外のものについて上げておきます。
  ※アイヌは多くの湖沼を単にtoと呼んだ。和人はその地形・湖沼の一部を使い異なる名前をつけた。

(例)カムイワッカ、屈斜路湖、クッチャロ湖、洞爺湖、オンネトー、空知、滝川
 カムイワッカ:kamuy wakka(kamuy神(の) wakka水)
 屈斜路湖、クッチャロ湖:kut-caro(kutのど-caroその口)=湖沼が川になって流れ出す口
 洞爺湖:to ya(to湖沼(の) ya岸)
 オンネトー、温根沼(おんねとう):onne to(onne年をとる→親である、大きい to湖沼)
 空知、滝川(たきかわ):so rapci (pet)(so滝(が) rapciやたらと落ちる (pet川))

 
  A pet 別のつく地名   
  pet ペッはアイヌ語で川を意味します。
また、それはbet べッとも発音されます。
地名の一部にこの単語をもつ場所が多いのは、アイヌと川のかかわりの深さをよく示します(@参照)。
こうした場所の地名を日本語で表記しようとする時、多くは「別」の字が充てられました。

(例) 門別、紋別、標津、士別、登別、浜頓別、幌別、芦別、尻別川、温根別、サロベツ、別海
 門別、紋別:mopet(mo静かなpet川)
 標津、士別:sipet(si本当の、大きいpet川)
 登別:nupur pet(nupur霊力のある、濃い pet川)
 (浜)頓別:to un pet(to(クッチャロ)湖 un…につく pet川)
 幌別:poro pet(poro大きい pet川)
 芦別:(h)as pet((h)as柴木、大きくない木(の多い) pet川)
 尻別川:sir pet(sir山(の) pet川)
 温根別、遠音別、オンネベツ:onne pet(onne年をとる→親である、大きい pet川)
 サロベツ:sar o pet(sarアシ原 o…にある pet川)
 別海:pet kay(pet川(が) kay折れる)

 
  B nay 内のつく地名  
  pet ペッと同じようにnay ナイも川ですが、nayは沢や谷川を呼ぶのが一般的です。
ただし、樺太(サハリン)などでは、petとnayの関係は逆転しているとのことです(@参照)。
nayの付く地名を日本語で表記する時、多くは「内」の字が充てられました。

(例) 稚内、神恵内、真駒内、朱鞠内、振内、札内
 稚内:yam wakka nay(yam冷たい wakka水(の) nay川)のyam ヤの省略
 神恵内(かもえない):kamuy nay(kamuy神、クマ(の) nay川)
 真駒内:mak oma nay(mak山側、山奥の方 oma…に入る nay川)
 朱鞠内:sumari nay(sumariキツネ(の多い)又はsuma石(が) ri高い→多くある nay川)
 振内、赤川(あかがわ):hure nay(hure赤い nay川)
 札内:sat nay(sat乾く nay川)

 
  C 海と岬と島   
  海(atuy アトイ)もアイヌにとって重要な生活領域でした。
岬や島の名前にもその感性が感じられます。

(例)小樽、大楽毛、浜中、襟裳岬、納沙布岬、ノシャップ岬、知床、江差、枝幸、利尻島、礼文島
 小樽:ota or (nay)(ota砂(浜) or…の所(の) (nay川))
 大楽毛、オタノシケ、浜中(はまなか):ota noske(ota砂(浜) noske…の中央)
 襟裳岬:enrum(enrum岬)
 納沙布岬、ノシャップ岬:not sam(not岬(の) sam…のそば(の村))
 知床:sir-etok(sir大地(の)-etok先端)=大きな岬
 江差、枝幸:e-sa-us-i(eその頭(が)-sa浜(に)-usついている-iもの)=岬
 利尻島:ri sir(ri高い sir島)
 礼文島:repun sir(repun沖の sir島)

 
  D 山  
  山(nupuri ヌプリ、kim キ)は手つかずの自然の中で巨木も生い茂り、また食料や生活物資の供給地として頼もしい存在でした。

(例)幌尻岳、ニセコアンヌプリ
 幌尻岳:poro sir(poro大きい sir山)
 ニセコアンヌプリ:nisey ko-an (pet) nupuri(nisey絶壁 ko-an…に対している (pet川(の上の)) nupuri山)

 
  E ru 道路   
  漁労・狩猟・採集や交易が重要な生活手段であったアイヌ。
広大な行動範囲を確保するための通行路が各地で切り開かれました。

(例)留辺蘂、留寿都、釧路
 留辺蘂、ルベシベ、留辺志部:ru pes pe(ru道 pes…に沿って下の方へ peもの)=峠道沿いの沢
 留寿都:ru sut(ru道(の) sut…の根元の方(下の方))
 釧路:kus ru又はkusuri(kus…を通る ru又はkusuri温泉)

 
 
  F 支笏と千歳  
  支笏と千歳という地名が遭遇した歴史は、この数百年間のアイヌとアイヌ語への差別・迫害史の「小さな」1エピソードかもしれません。
しかし象徴的で有名な「事件」なので、ここに記しておきます。

アイヌ語でsi-kot シコという地名は、si大きい-kot(地の)くぼみという意味をもち、現在では千歳川(下流は江別川、石狩川)と呼ぶ川のことです。
支笏川とでも名づけるべき地名は、支笏(川の水源の)湖にだけ今も残っています。
こうした地名の変更は、江戸時代後期の箱館奉行の意向でした。
つまり、アイヌ語地名si-kot シコはその音が「死骨」に通じてよろしくないとして、鶴もよく飛来するこの地を「千歳」と名づけるということにしたというのです。
政治的で安易な地名改変の事例と言ってよいでしょう。

 
  G その他  
   札幌:sat poro (pet)(sat乾く poro大きい (pet川))=現在の豊平川
 積丹:sak kotan(sak夏(の) kotan村)
 美瑛:piye(油っこい、油ぎる)=美瑛川
 富良野:hura-nu-i(huraにおい-nu…を持つ-iもの)=富良野川
 蘭越:ranko us-i(rankoカツラ(の木) us…が生える-i所)

 
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