ペルー・ボリビアの旅 3

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 チチカカ湖

 チチカカ湖の語源としてはケチャ語で、チチとはピューマ、カカは石を意味するそうです。
インカ時代は「パカリナ」と呼ばれていました、意味は「全てが生まれた場所」。
 アンデス山中のほぼ中央、世界最高地点の海抜3890mに有る湖、面積は琵琶湖の12倍、長さ165km、幅69km、最大水深約281m。
 チチカカ湖へ行く途中のにある、ララヤ峠標高は4335メートル、この辺は5000メートル以上にならないと、万年雪が積もらない。
 右の写真は、チチカカ湖のホテル(3900メートル)でとった袋詰めのお菓子、袋がパンパンになっているのが分かりますか。
 上の遺跡はシュスタニ遺跡、プレインカ時代の墳墓群。一番高い墳墓(チュルパ)は20mも有ります。
回りにある、サボテンなど花はこの遺跡に咲いていた物。
 上の写真は、私たちが泊まったチチカカ湖のエステベスという小島にあるホテル(オテル・リベルタドール・イスラ・エステベス)。
全室、チチカカ湖に向いています、ということで、部屋の中からチチカカ湖の夜明けを撮った写真。
 
 上の3枚の写真は、ウロス島の写真。ウロスとはウロス族の住んでいるトトラ島のことで、約40の島があります。トトラとは葦のこと。
右の写真は葦の皮をむいたもの、食べてみたがパサパサしてあまり美味しくなかった。
 下の鳥はチチカカ湖で見られる鳥だそうです。
 
 上の2枚の写真は、チチカカ湖の[月の島]の神殿跡と、そこから見たチチカカ湖。
 
 上の写真は、[太陽の島]。インカ初代皇帝マンコ・カパックが、妹ママ・オクリョと共にこの湖に現れ、この太陽の島に降り立ったといいます。
この島の中腹にあるレストランで食事をしました、富士山が3776mですから、富士山頂よりもずっと高いところで昼食をとりました。
真ん中がその時のスープ、美味しかったのですが、こちらの穀物のせいで小さな虫が入っているように見えます。
 右側の泉は、この島にある「若返りの泉」。
 上の写真は、ラーU世号。トイレ休憩の時偶然見つけました。その場所に、その時日本人と一緒にこの船に乗っていたという人物を発見しました。
事実かどうか確認できませんでしたが、日本人と一緒に撮った写真がありました。


 ティワナコ遺跡


 ラ・パスから72km、チチカカ湖畔の南側、この都市が栄えていた頃は湖がすぐそばにあったといいます。
遺跡全体の大きさは、1km×450m、標高3800mの所にあります。このティワナク文化圏は最盛時インカ帝国に継ぐ大きさだったといいます。
年代的には、多くの説があります、ボリビアの学者は紀元前の遺跡といっていますが、400〜800頃の宗教都市といわれています。
 上の場所は、カラササーヤという遺跡の中心だったと思われるところ。
 ここの、上左側隅に「太陽の門」があります、意外と小さいので写真では確認できませんが。
 上の看板は、上の全体像と反対の向きです。左の女性は、ガイドの日系ブラジル人のAKANEさん。
 右側下の発掘現場は、ボリビアの学者が発掘中の所で、撮影禁止のところ。外国の考古学者とボリビアの学者の間で
問題があったようで、発掘方法についても対立があるようです。
 
 上の写真が、半地下神殿、階段を下りると壁にはたくさんの石の顔があります。東洋人とか、アフリカ人とか色々な人種の顔があるといわれ。
その謎で有名になったところです。古い物ほど顔がシンプルでノッペリしています。
 両端にあるのが、モノリートと呼ばれる石像、昔は沢山あったありましたが今は2体しか残っていないそうです。
特徴は、右手の指が外側にひっくり返っていることと、涙を流していること。
 真ん中の門は有名な「太陽の門」右上の裂け目は発掘後移設された後の地震で出来たそうです。
 右の像は、半地下神殿の門の側にあり、左の像と門は反対側の壁の側にあります。