ペトロ物語(40)
「ペトロとパウロの衝突」
Jesus, Lover Of My Soul
旧約聖書 哀歌3章16-27節
新約聖書 ガラテヤの信徒への手紙2章11-14節
救いとは何か
 キリスト教というのは、罪からの救いということを一番のメッセージにしている宗教であります。罪こそが人間のあらゆる問題の根底に横たわっている大問題であるからです。しかし、わたしたちはなかなか、そのように罪こそが自分の問題の根底にあるのだということに気づかないことが多いのではないでしょうか。あるいは大きな誤解をしてしまうこともあるように思います。罪が問題であると言うと、「ああ、わたしは悪いことをしたから病気になったのだ」、「バチが当たったのだ」と思い込んでしまう。逆に「自分は何も悪いことをしていないのに、どうしてこんな目に遭わなければいけなのだ? 神様は間違っている」とヘソを曲げてしまう。そういうことがあるのです。けれども聖書が、罪こそがあなたの問題だと指摘しているのは、決してそういう意味ではありません。罪があるから、私達の人生に何か悪いことが起こるのではありません。何か悪いことがあろうが、何も悪いことがなかろうが、罪そのものが私達の人生を苦しめているのだということなのです。

 加藤諦三さんという心理学者がいます。たくさん本を書いていますのでお読みになった方もあるかもしれませんが、最近、私が読んだ本の中で「人生の問題は不幸にあるのではなく、不安にこそある」ということが書かれていて、的確な言葉だなあと感心いたしました。不幸といいますか、やっかいごとというのは、誰の人生にも起こるのです。もちろん、程度の差はあります。だれが見ても気の毒としかいいようのない経験をしている人もいるし、ちょっと誰かに叱られたとか、批判されたぐらいで人生の終わりみたいに落ち込んでいる人もいるのです。

 しかし、そういう程度の差というのはまったく意味がありません。重要なことは、事柄が何であれ、そのことによって生きる意味とか、自分の存在価値とか、そういう自分の根底が問われ、どうしようもないほどにぐらついてしまうということにあるからです。ですから、それが人生の大問題なのです。逆にいえば、生きる意味とか、自分の価値とか、そういうものがぐらつきさえしなければ、どんなやっかいごとが起こってもしっかりと生きていける・・・困難を力の源として、自分の成長の糧にして生きていくことができるのはないでしょうか。人生の問題は、不幸ではなく、不安にこそあるのです。何かが起こったとき、それによって生きる意味、自分の価値がぐらついてしまう。そういう不安定さを抱えて生きている。それが解決できれば、私達はどんな問題が起こっても、人生そのものがぐらつく危機というものを感じないで済むわけです。

 加糖氏は心理学者でありますから、このような人間の不安を、人格が形成されていく上での歪みとして捉えておられるようなのですが、聖書によれば人間の罪が、人格形成に歪みを与え、またあらゆる不安を呼び起こしているのです。罪があるから何か悪いことが起こる、バチがあたるというのではなく、罪のそのものが私達の人生を苦しめているというのはそういうことであります。加藤氏の言葉をもじれば、「人間の問題は不幸にあるのではなく、罪にある」と言えるわけです。

 では、私達を苦しめている罪とは何でしょうか。何をもって罪とするかということは非常に曖昧です。罪の感じ方というのは、その人が生きている時代や、地域や、育った家庭や、受けた教育、信じている宗教によって違ってくるからです。たとえば、日本ではお酒を飲むことがゆるされているのは二十歳からです。その前に飲んでいる人もいるでしょうが、悪いことをしているという罪の意識が多少なりとも生じるものです。しかし、それは「二十歳から」という法律があるから生まれる罪意識でありまして、時代や国によって事情は違ってくるのです。家庭における教育などでも、当然違ってきます。ですから、もし私達が日本人でなかったら、もし私達が生きている時代が今でなかったら、また別の家庭に育ったら、罪の感じ方も違ってくるはずなんです。

 もっとはっきり言えば、私達が罪だと思って苦しんでいることは、ほんとうは罪ではないかもしれないのです。そのように社会関係や人間関係の中ですり込まれた罪意識というものがあるわけです。しかし、そういう罪意識はまったく無意味かというと、そうではないんですね。そういう罪意識を通して、私達はより深いところにある罪の事実に目が向けられていくようになるわけです。社会関係や人間関係の中での罪ではなく、神様との関係における罪に気づかされていくのです。それは神様の教えをまもらないとか、そういうレベルのことではありません。もっと根源的なこと、神様の愛に対する罪です。

 私を私として創ってくださった神様の愛、私にこの人生を与えてくださった愛、私の成長を忍耐強く見守り、導いてくださる愛、私のすべての弱さや愚かさを覆ってくださる愛、私達は神様の多くの愛を受けて、今を生かされているのです。このような神様の愛に対して、私達はしばしば罪を犯します。自分なんか生まれてこない方がよかったのだ。自分なんて価値のない人間だ。自分の人生に希望はない。どうせ、いいことなんてひとつもない。生きることはまったく無意味だ。わたしはひとりぼっちだ。誰もわたしの気持ちなんかわかってくれない、等々。このように、私達が神様の愛を頑なに信じようとせず、見ようともせず、真っ向から拒絶することが、どんなに神様を悲しませているのかということを知らない。感謝なく、喜びなく、讃美なく生きている。クリスチャンであっても、同じことが見られます。「いつも喜んでいなさい。」、「すべてのことに感謝しなさい。」と言われても、そんなことはできないと思ってしまう。これが、私達の一番深いところにある罪なのです。

 私達は自分の人生を嘆きます。神様は自分から遠いところにいると思ってしまいます。自分は罪人だから神様に見捨てられただとも感じます。でも、実は違うのです。神様が私達を見捨て給うたことはありません。しかし、私達が神様を捨ててしまったのです。神様がわたしたちから遠くへ行ってしまったことはありません。しかし、わたしたちの方から神様を離れてしまったのです。それが罪なのです。そして、この罪のために、私達は神なく望みなく生きる者となってしまったのです。

 昔、ある信仰者が、私達の心の中にはぽっかりと穴が開いていると申しました。人間はその穴を埋めようとして、いろいろなものを求めるけれども、決してそれを埋めることはできない。なぜなら、その穴は神様の形をして、神様以外のものでは埋まらないのだと言ったのです。まことにその通りです。心の穴を、それは不安と言ってもいいかもしれませんが、それを埋めるのは神様をもう一度心にお迎えするしかないのです。ですから、救いとは、私達が心に、魂に、もう一度神様をお迎えし、神様と共なる命を生きるようになることなのです。それ以外にないのです。

 この救いを実現するために、イエス様が私達のところに来てくださいました。イエス様の愛を、恵みの言葉を、十字架を、復活を信じて受け入れるとき、私達は神様を、もう一度私達の神様として受け入れることができるのです。
アンティオキア教会
 さて、前回は、ペロトのカイサリア伝道、すなわちカイサリアに駐屯しているローマ軍の百人隊長であったコルネリウスとその家族に対する伝道のお話しをしました。この時、ペトロには一つの葛藤がありました。それはコルネリウスが割礼を受けていなかったということであります。

 割礼というのは神の民のしるしでありまして、ユダヤ人の男子は皆、生まれて八日目に割礼を受けました。もちろん、割礼さえ受けていればそれでいいというわけではなく、神の民であるからには、神の民らしい生活を守らなければならないということがユダヤ人のプライドであったのです。神の民らしい生活とは何かといいますと、一つは神の律法をきちんと守って生活するということです。もう一つは、「朱に交われば赤くなる」ということだと思うのですが、割礼を受けていない民とはあくまでも一線を画して生きるということです。ですから、ユダヤ人にとって救い主というのは、神の民であるユダヤ人のための救い主でしかなかったのです。

 そして、イエス様こそその救い主であると信じたのが、クリスチャンなのですが、あくまでもユダヤ人のための救い主ということは変わりがなったのでした。ペトロもそうなのです。今日のキリスト教から見ると、とても変な話しではあるのですが、最初はそうだったわけです。ところがコルネリウスとの出会いを通して、ペトロは、イエス様はユダヤ人だけの救い主ではないんだということが分かった。これはペトロにとって本当に大きな出来事でありました。

 ペトロがそのような体験をしたということが重要な意味をもっているのです。ステファノの殉教によって、エルサレムでの迫害がいっそう厳しいものになり、エルサレムの信者たちが地方に散らされていったというお話しをしました。その散らされていった信者たちによって、キリストの福音からエルサレムからユダヤ全土、サマリア、また世界各地に住むユダヤ人たちの間に広められていきました。爆発的にキリスト教が広まっていったのです。その過程の中で、異邦人が洗礼を受けるということがなかったとは言えません。事実、そういうことがあったのです。けれども、教会の統一的な見解として、割礼のない異邦人も救われるのだということを承認していたわけではなかったのです。ところが、教会の第一の指導者であるペトロが、自ら異邦人の救いということを、その神の御心を経験したわけです。

 これを機に、キリスト教は、ユダヤ人のための救いのためだけではなく、すべての人の救いを視野にいれて伝道活動を始めていくことになりました。ユダヤ教の中のイエス派といいますか、イエス運動といいますか、そういう一分派のような存在だった教会、クリスチャンの存在が、ユダヤ教の枠を飛び出して世界に通用するキリスト教として存在しはじめたということでもあります。

 その異邦人伝道の最初の拠点となったのがアンティオキア教会です。アンティオキアというのは人口30万人ほどのローマ帝国第三あるいは第四の大都市でした。様々な民族、様々な宗教が混在していたこの大都会では国際的といいますか、そういう民族や宗教の違いを乗り越えていくコスモポリタンな雰囲気が培われていまして、アンティオキア教会では早くから異邦人伝道ということが行われていたようです。そして、このアンティオキア教会で伝道していたのがパウロとバルナバでありました。
エルサレム会議
 ところが、このアンティオキア教会の伝道を応援するためにやってきた人々が「モーセの律法を守り、割礼を受けなければ救われない」と人々に教え始めました。パウロとバルナバは、この人たちの考えに断固として反対し、律法を守ることによってではなくイエス・キリストを信じることによって救われるのだと激しい論争を展開します。そして、この件についてエルサレムの使徒たちや長老たちにお伺いを立てようではないかということになったのです。

 こうしてパウロ、バルナバ、割礼を受けていないギリシャ人のクリスチャンであるテトスが、エルサレムに行きます。ペトロをはじめとする使徒たち、長老たちは彼らを歓迎し、アンティオキア教会で異邦人たちが救われているという報告を喜んで聞きました。しかし、中にはやはり割礼を受けるべきだという人たちがいて、このことについて協議するために教会会議が開かれるのです。『使徒言行録』15章にそのことが詳しく書かれていますし、『ガラテヤの信徒への手紙』2章1-10節に書かれていることも、このエルサレム会議のことであります。結論としては『ガラテヤの信徒への手紙』2章9節にこう書いてあります。

 また、彼らはわたしに与えられた恵みを認め、ヤコブとケファとヨハネ、つまり柱と目されるおもだった人たちは、わたしとバルナバに一致のしるしとして右手を差し出しました。

 異邦人には割礼を授ける必要はないということが、使徒達によって正式に認められたのだということです。

 このようにコルネリオの回心、アンティオキア教会の成長、エルサレム会議での承認と、教会がユダヤ教の枠を飛び出して、全世界の救い主であるイエス・キリストを宣べ伝えていく基礎固めがなれていったのでありますが、それでもまだ多少の問題があって興味深い事件がおこります。それが、今日お読みしました『ガラテヤの信徒への手紙』2章11節以下に記されていたのです。

ペトロとパウロの衝突

 以前にもお話ししたことがありますように、ペトロは、エルサレム教会での監督の地位、つまりこれが今風にいうとバチカンの教皇の地位といってもいいかと思うのですが、それを主の兄弟ヤコブにゆずり、エルサレムを根拠地としながらもユダヤ各地をめぐり、主の福音を宣べ伝えるという伝道者として生きる道を歩んでおりました。そして、エルサレム会議のあと、おそらく一年ぐらいしてのことだと思いますが、バルナバとパウロが伝道しているアンティオキア教会を訪問したのです。

 アンティオキア教会は、さきほども申しましたようにコスモポリタン的な都市にできた教会でありましたから、信徒には多数の異邦人信徒がおりましが、ユダヤ人も異邦人も主にある兄姉姉妹として親しい交わりをしていたのです。私達の感覚では当たり前のことなのですが、当時はユダヤ人の交わりに異邦人をいれることはないし、異邦人の交わりに自分たちが入ることもしないというのが常識でありましたから、アンティオキア教会のやっていることはとても画期的なことだったのです。

 ペトロは、このようなアンティオキア教会の交わりに、さほど抵抗なく。自然に受け入れ、その中に入り込むことができたと思われます。そもそもイエス様というお方が、そのように人を分け隔てなさらないお方でありました。ユダヤ人が蔑み、決して交わろうとしなかった売春婦、徴税人、重い皮膚病の患者、サマリア人、異邦人らと、イエス様は共に食事をなさってきたのです。ペトロはアンティオキア教会の自由な、愛に満ちた交わりの中に、イエス様とのそのような生活を思い出したに違いありません。

 ペトロがどれほどの期間、アンティオキア教会に滞在したのかはわかりません。しかし、その滞在中に、ペトロの心をひどく動揺させる出来事が起こります。エルサレム教会のヤコブのもとから遣わされたユダヤ人クリスチャンたちがアンティオキア教会にやってきたのです。ペトロは別に悪いことをしていたわけではないのですが、この視察団の訪問に動揺してしまうのです。というのは、アンティオキア教会が新しいものをどんどん取り入れていく先進的な教会であったのに対し、エルサレム教会というのは非常に保守的な教会でありました。それはユダヤ教お膝元であり、たださえユダヤ教からの厳しい迫害の中にある教会でありますから、仕方がないことだと思います。ヤコブは、先のエルサレム会議では異邦人たちに割礼を強いないということを認めていますし、そういう意味では異邦人伝道に心を開いていたのですが、それにしても旧約聖書以来の律法を守ることに重きをおいた信仰を大切にしておりました。

 そういうことを十分に承知していたペトロは、彼らの批判や非難のまなざしを恐れて心を動揺させ、異邦人たちと一緒に食事をすることにためらいを感じ始め、実際に異邦人信徒たちとの交際を控えるようになったのです。このペトロの変化について、パウロはこのように言っています。

 ケファは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしだした・・・(『ガラテヤの信徒への手紙』2章9節)

 「しり込みし、身を引こうとしだした」というのは、ペトロが何か信仰的な決断をもってそのようにしたのではなく、なんとなく「これはまずいことになる」という恐れや不安にかられて行動が制限されてきたという状況を示しているのでありましょう。しかも、バルナバまでもペトロに同調したと書かれています。ペトロというのは良くも悪くもそのように他の信者たちに大きな影響を与える大人物でありました。パウロはこう言っています。

 ほかのユダヤ人も、ケファと一緒にこのような心にもないことを行い、バルナバさえも彼らの見せかけの行いに引きずり込まれてしまいました。

 「心にもないこと」、「みせかけの行い」と言われています。彼らは本当は主の前では皆分け隔て無く兄姉姉妹であるということを知っているということを承知していたのです。それにもかかわらず、人目をはばかって、神ではなく人を恐れて間違った行動をしてしまった。そのことを、パウロは心外に思い、立場からしたらペトロの方がずっと上だし、パウロは新参者に過ぎなかったのですが、そんなことは意にも介さず、ペトロの行動を真正面から非難したというのであります。

 わたしは、彼らが福音の真理にのっとってまっすぐ歩いていないのを見たとき、皆の前でケファに向かってこう言いました。「あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人らしい生き方をしないで、異邦人のように生活しているのに、どうして異邦人にユダヤ人のように生活することを強要するのですか。」

 「福音の真理にのっとってまっすぐに歩いていない」と、パウロはペトロを非難しました。今も申しましたように、ペトロは、イエス様はユダヤ人だけの救い主ではなく、全世界の救い主であるということ、ユダヤ人も異邦人も主にある兄姉姉妹として分け隔て無く交わることができるという福音をちゃんと分かっていました。しかし、それにもかかわらず、そのように生きることができなかったのです。それはどうしてなのか? ペトロの中に、「これはまずいことになるんじゃないか」という不安や恐れが生じたからなんですね。

 最初に、人生の問題は不安にあるということを申しました。その不安というのは罪の問題であるとも申しました。そして、罪とは、神様を自分の心から、魂から、生活から追い出してしまうということだと申したのです。そのために、心に神が不在となり、何をしていても、してなくても、言いしれぬ不安に襲われ、「心にもないこと」をしたり、「みせかけの行い」をしたり、「真理にのっとってまっすぐに歩く」ということができなくなってしまうのです。ペトロのような大人物、聖霊に満たされ、多くの力ある業を行い、人々を救いに導いた人物でさえ、そのような不安、罪というものを避けられない時があったわけです。

 新参者のパウロから厳しく自分の過ちを指摘されたペトロは、その後どうしたのでしょうか。聖書には記されていません。しかし、きっとペトロは悔い改めたのでありましょう。パウロが指摘したのは、単にペトロの性格的な欠点、人間的な弱さではなく、純粋に福音の真理の問題だったからです。福音の真理とは神様の愛です。ペトロは神様の愛の中にとどまることよりも、エルサレムから来た使節団の非難を恐れてしまった。そして、誰に対して分け隔てをなさらないという神様の愛を離れてしまった。そういう真理問題だったのです。だから、ペトロはそこに立ち帰る必要があったのです。

 みなさん、キリスト教の救いは、罪から救いです。罪というのは、私達の人生の不安、恐れ、空虚さ、孤独、そのすべての原因なのです。そのような人生の心許なさを神様の愛で満たし、私達が人生に喜びをもって、感謝をもって、希望をもって生きることができるようになること、それがキリスト教の救いです。その救いは、ほかのどこからでもなく、イエス様の十字架、復活からのみ私達に与えられるのです。
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