ペトロ物語(15)
「過越の食事を用意する」
Jesus, Lover Of My Soul
旧約聖書 箴言25章2節
新約聖書 ルカによる福音書22章1-13節
エルサレム入城
 前回、私たちはイエス様と弟子たちが、故郷でもあるガリラヤを離れてエルサレムに行かれこと、そこでユダヤ当局の激しい憎しみと厳しい迫害をお受けになったこと、二度も石打ちの危険にさらされ、やむなくエルサレムから身を退かなければならなかったことなどをお話ししました。他方、幾度もイエス様を捕らえることに失敗したユダヤ当局は、最高議会においてイエスを逮捕し処刑すること、またイエスを信じる者を破門に処することなどを決め、イエス様に対する迫害の外堀を固めていきました。

 そのような中、イエス様と弟子たちは再びエルサレムに上っていかれるのです。エルサレムでは、過越の祭りにイエス様がふたたび現れるのではないかと考え、巡礼者たちをチェックしたり、もし居所を知る者があればユダヤ当局に申し出よとお尋ね者のお触れを出していたということが、聖書に書かれております

 さて、ユダヤ人の過越祭が近づいた。多くの人が身を清めるために、過越祭の前に地方からエルサレムへ上った。彼らはイエスを捜し、神殿の境内で互いに言った。「どう思うか。あの人はこの祭りには来ないのだろうか。」祭司長たちとファリサイ派の人々は、イエスの居どころが分かれば届け出よと、命令を出していた。イエスを逮捕するためである。(『ヨハネによる福音書』11章55-57節)。

 このようにユダヤ当局が手ぐすねを引いて待っているところに、イエス様は弟子たちと共に飛び込んで行こうとしているのであります。しかも、それは「公然と」でありました。以前、イエス様が仮庵の祭りに向かう巡礼者たちの中に隠れるようにしてエルサレムに入ったということがありました。今回は違うのです。エルサレムに近づくにつれ、イエス様と弟子たちのもとには、「この方が、あのラザロをよみがえらせた御方か」、「これがあの生まれながらの盲人の目を開かれた御方か」と、大勢の群衆がつき従うようになっていきます。

 そして、いよいよエルサレムの東にあるオリーブ山の麓にさしかかったとき、イエス様は二人の弟子を近くの村に遣わし、子ロバを借りてこさせました。そして、そのロバに乗り、エルサレムへの道をゆっくりと進みはじめると、群衆は「エルサレムの王が、ロバに乗って入城される」というゼカリヤの預言と、イエス様の姿を重ね合わせました。そして、自分の着物をイエス様のお通りになる道に敷いたり、シュロの枝を振ったりしながら、「ダビデの子にホサナ、主の御名によって来る者に祝福あれ」と大歓声をあげて練り歩きながら、エルサレムへと入っていったのでありました。これは、イエス様と弟子たちが最後の晩餐となる過越の食事をなさる五日前のことであります。

 そして、それは日曜日でした。群集の熱狂的な支持を受けてエルサレム入りを果たしたイエス様は、翌日の月曜日から神殿の庭で公然と人々に教えを説かれはじめられます。すでにイエス様の逮捕、処刑を決め、お尋ね者の御触書まで出していたユダヤ当局は、あまりにも公然とエルサレムに入り、また自分たちの本拠地である神殿の庭の中で大胆不敵に活動なさるイエス様を見て、怒り心頭に達します。しかし、民衆はイエス様を支持するのです。イエス様に手を出せば、その民衆が黙っていないだろうと恐れたユダヤ当局は、力ずくでイエス様を抑えるということができません。そこで知恵によって、イエス様の権威を失墜させようと企てます。そうすれば、民衆もイエス様を離れていくだろうと考えたのです。

 神殿で教えておられるイエス様のもとに、ユダヤ当局はつぎつぎと論客を送り込みました。そして、神学上の難問や奇問をもってイエス様を追いつめようとしたのです。しかし、窮地に立たされるのはイエス様ではなくユダヤ当局の側でありました。イエス様が、どんな問題に対しても適格で隙のないお答えをもって応じられたからです。月曜日、火曜日はこのように過ぎていきました。

ユダの裏切り
 水曜日、ユダヤ当局の面々は大祭司の家に集まり、イエス様をどのように捕まえようかと密議をこらしておりました。しかし、これまで何度も失敗をしているうえ、更なる妙案は思い浮かぶこともなく、まったく行き詰まっていました。するとそこに、思いがけない人物が現れます。十二弟子のひとり、イスカリオテのユダでありました。そして、ユダは彼らにこう切り出したのです。

「あの男をあなたたちに引き渡せば幾らくれますか」(『マタイによる福音書』26章15節)

 ユダヤ当局のお偉い面々は驚き、耳を疑いました。そして、思わぬ助け船に大いに喜んだと、聖書は記しています。

 彼らは喜び、ユダに金を与えることに決めた。ユダは承諾して、群衆のいないときにイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた。(『ルカによる福音書』22章5-6節)

 彼らがユダに渡すことを約束したのは銀貨三十枚であったということが、聖書の別のところに記されています。銀貨三十枚とは、奴隷をひとり贖うための金額でありました。ユダは満足し、何事もなかったような顔をしてベタニア村のイエス様の戻ったのでありました。

 なぜ、ユダは裏切ったのでありましょうか。実はユダがこのような行動を起こす前に、そのきっかけとなるような一つの出来事がありました。日、月、火と、エルサレムでたいへん緊張の続く日々を過ごしたイエス様と弟子たちは、この日、水曜日にはエルサレムに行かず、終日ベタニア村で過ごされました。そして、イエス様を愛するベタニアの人々、マルタ、マリア、ラザロたちと愛餐の時をもたれるのです。

 この愛餐は、翌日、十二弟子たちとなさる最後の晩餐にも匹敵する意味をもったものであったと、私は思っております。イエス様は、この愛餐の前に、十二弟子に「二日後の過越祭にわたしは十字架につけられる」と弟子たちに予告されているからです。最後の晩餐となる過越の食事を一緒にすることができないマルタ、マリア、ラザロたちと、ここでそれに代わる最後の愛餐の時をイエス様はもたれようとしておられたのだと思うのです。

 そのようなイエス様のお気持ちを知ってかどうか分かりませんが、マリアは高価なナルドの香油を惜しみなくイエス様に注ぎかけました。イスカリオテのユダはそれを見てマリアを非難します。その香油を得れば300デナオリンものお金になる。そのお金で貧しい人々を施すほうが余程神様の喜び給うことに違いないと言ったのです。

 ユダという人は世間で思われているような悪魔的な人間ではありません。むしろ、社会のひずみによって苦しんでいる貧しい人たちの救いを考える人、社会的正義感の強い、慈善家であったといえましょう。しかし、イエス様はマリアをかばい、ユダにこう言うのです。「貧しい人々はいつもあながたとともにいる。しかし、わたしはいつまでもあなたがたと一緒にいられるのではない。彼女は香油を注ぎ、その葬りの用意をしてくれたのだ」といったのでありました。

 ユダはこのイエス様の言葉に失望したのでした。この言葉ひとつをとってということではないでありましょう。しかし、今までユダの心にくすぶっていたイエス様への疑いや迷いというものが、この言葉によって決定的になってしまったのです。ユダはこの後、こっそりとベタニア村を抜け出し、先ほど申しましたような裏切りを働いたのでありました。

 内村鑑三は、このユダの裏切りについて語り、「信仰か、社会事業か。マリアか、ユダか。今日のキリスト信者は二者いずれを選びつつあるか」と問うています。その真意は、信仰を選んで社会事業を捨てよということではありません。世の救いは人間の愛、人間の業でなし得ることなのか、それとも神の愛、神の御業のみがなし得る業なのか。そういうことを問うているのです。

 ユダは前者であろうとした。マリアは後者であろうとした。この場合にも、マリアは良きことを選び取ったのであります。後の日において、マリアは主に対する愛をもって、世の貧しい人々を愛し、献身的なご奉仕をする者になったでありましょう。聖書には記されていませんが、それを疑う理由はないのです。しかし、ユダは結末はどうであったか、皆さんもよくご存じでありましょう。ユダは高き志を持ち、貧しい人々への思いやりを持つ人であったかもしれませんが、イエス様への愛を捨ててしまうことによって、すべてを失ったのであります。
用意されていた部屋
 さて、翌日の木曜日、いよいよ過越祭の日がやって来ました。過越とは、昔、イスラエルが長いことエジプトの奴隷であったとき、神様がイスラエルの叫びを聞いてモーセを遣わし、イスラエルをエジプトから脱出させてくださった、そういう救いを記念する祭りであります。『出エジプト記』12章1-8節によれば、この日、ユダヤ人たちは夕暮れに小羊をほふり、その夜家族でその肉を食べました。そして、今までの神なき望なき奴隷の空しい生活から脱出し、約束の地に向かって神と共に歩む希望に満ちた新しい生活が始まったのであります。

 イエス様は弟子たちとともにこの過越の食事をするために、ペトロとヨハネに、「先にエルサレムに行って、過越の食事ができるように準備をしてくれ」と頼まれました。イエス様に仕事を任されるというのはたいへん光栄なことです。それはイエス様に信頼されているという証しだからです。ペトロも、ヨハネも、張り切ったでありましょう。

 しかし、いかにしたらその務めを果たすことができるのかという不安もあります。一番の不安は、会場をどこに、どのように用意したら良いかということでありました。エルサレムに頼れる人がいるわけではない。お金もない。どうしたら、十三人の大人が一堂に会して過越の食事ができるような大きな部屋を、しかも夕方までの限られた時間で用意できるのか。まるで見当もつかなかったのであります。ペトロとヨハネは、率直にその不安をイエス様に告げました。すると、イエス様は二人にこういわれます。「エルサレムに入ると、水瓶を運んでいる男に出逢うだろう。その人に頼みなさい」

 先日、婦人会の懇親会が行われまして、たいへん良い会を持つことができました。その際、私も一日だけ参加をいたしまして、勝野和歌子牧師による荒川教会の開拓伝道時代のお話しをする機会が与えられました。荒川教会の始まり、勝野先生の開拓伝道というのは、当時としてもたいへん特殊なケースでありまして、お金もない、つてもない、組織的なバックアップもない、まったく何も持たない一人の婦人伝道者が、神の御心だけを頼りに、尾久の地に教会を建てる決心をなさったところから始まるのです。その際、どうしても必要で、かつ最も困難に思える問題は、場所の確保でありました。福音を宣べ伝える場所、礼拝する場所がなくては、始まらないのです。

 普通はそこで、「場所がなくては始まらない。だからはじめられない」と考えてしまう人がほとんどでありましょう。しかし、勝野先生は違いました。神様がこの地で伝道しなさいと私を遣わしておられるという召命観がある限り、何がなくてもそれをはじめようと思われるのです。そして、どこでどのように聞いたのかは分かりませんが、尾久四丁目(バス通りの向こう側)で鉛筆工場を営んで居られた田畑さんを訪ねると、「適当な場所を探してあげたいけれども、暮れで忙しくそれもできない。しかし、子供たちのために良いことをしてくださるのですから、自分の家の空き地をご利用下さい」と言ってくださったというのです。それから二週間、勝野先生は必死に子供たちに宣伝をし、二週間後の日曜日から、田畑さんの空き地で青空教会学校が始まった。その時のことを、「棒切れを手に、鼻汁コスリコスリ集まる子等。『ノアのはこぶね」の紙芝居、唯一の楽器チャイムがうれしくなる。目は涙に霞んで」と、勝野先生はご自分の日記に書いておられます。主の山に備えあり。これは行き先を知らずに主の言葉だけを信じて旅だったアブラハムの経験したことでありますけれども、勝野先生もアブラハムと同じように、主の言葉だけを頼りに歩み、「主の山に備えあり」ということを幾たびも経験なさりながら、この荒川教会の基を築かれたのでありました。

 過越の食事の準備を任せられたペトロ、そしてヨハネもそうなのです。「エルサレムに入ると、水瓶を運んでいる男に出逢うだろう。その人に頼みなさい」これだけではまるで雲を掴むような話しなのです。いったいエルサレムのどのあたりにその人はいるのか。名はなんというのか。ペトロとヨハネはそういうこともきちんと分かっておきたかったに違いありません。しかし、イエス様は「水瓶をもった男」としか言わないのです。

 「事を隠すのは神のほまれ」という言葉が、『箴言』25章2節にあります。「水瓶をもった男」もそうですが、はじめからすべてのことがご計画され、整えられているならば、何もかも教えてくださればいいと、私たちは考えるのです。しかし、神様は、そうはなさいません。事を隠されたまま、ただ私を信じて従い、進みなさいと言われるのです。それは私たちを困らせ、悩ませるためではありません。むしろ、物事を単純にして、私たちが従いやすいようにするためではないかと、私は思います。

 学生時代、私は八百屋でアルバイトをしていました。主な仕事はお客さんが買った野菜を、後で配達するということです。配達をするときに地図を見るのですが、細かな道や建物まで載っている詳細で正確な地図を見ると、かえって迷い、うろうろしてしまう。ところが、八百屋のご主人が鉛筆で殴り書きした略図、そこに本当に必要最低限の目印だけが書いてあり、カーブした道も真っ直ぐに書いてあるような代物なのですが、これだと迷わず目的の家にたどりつくのです。

 私たちの人生もこれと同じではないでしょうか。情報がたくさんあれば、かならずしもより良い人生を生きることができるとは言えないのです。イザヤは「助言が多すぎて、お前は弱ってしまった。」と、バビロンに語っています。ソロモンは『コヘレトの言葉』の中で、「知恵が深まれば悩みも深まり、知識が増せば痛みも増す。」と言っています。助言、知識、知恵、それは多ければ多いほど良いということではないということが言われているのです。むしろ、それが悩みの種になり、迷いの原因になってしまう。肝心なことは、色々なことを知っていることではなく、何が大切なことなのか、何が私たちの人生の拠り処であり、目標なのか、そのことをちゃんと抑えているということなのです。

 「水瓶をもった男」という謎めいたイエス様の言い方も、そういう意味があったと思うのです。いろいろな情報を持っていればその人に辿り着けるとは限りません。「水瓶を持った男」、ただそれだけを注意して探せばいいのだ。そうすれば、あなたがたは他のものに惑わされることなく、まっすぐに目的に辿り着くであろうということだったのではないでしょうか。

 私たちの人生に与えられる神様の言葉もそうなのです。苦しみの日に、悩みの日に、悲しみの日に、私たちはどうしてなのか、どんな意味があるのか、どうすればいいのかと祈り、御言葉を求めます。けれども、「ああしなさい、こうしなさい」と教えていただきたいのに、神様の御言葉は極めてシンプルです。「恐れるな、ただ信じなさい」、「神を愛し、隣人を愛しなさい」、「祈りなさい、感謝しなさい、讃美しなさい」・・・「水瓶をもった男」をエルサレムで探せという主の御言葉と同じぐらいシンプルなのです。しかし、それはあなたは難しいことをあれこれと自分で悩む必要はないのだ。わたしはすべてを用意している。だから、ただこれだけを大切なこととして信じ、右にも左にも逸れずに守っていなさい。そうすれば、あなたは大丈夫だと、そういう神様のメッセージなのです。

 ペトロとヨハネは、「水瓶をもった男」、この簡単な主の言葉だけを頼りに、エルサレムに行きました。行ってみると、すぐに水瓶をもった男が見つかったはずだと、ある聖書学者は語っています。なぜなら、水瓶を運ぶのは大抵は女性の仕事であり、男性が水瓶を運んでいるのは珍しく、たいへん目立ったからです。というわけで、ペトロとヨハネは迷うことなくその男にたどりつき、「先生が過越の食事をする場所はどこかとあなたに尋ねておられます」と言います。すると、水瓶をもった男は、すべてを了解しており、さっそく二人をある二階座敷に案内してくれたのでした。

 二人が行ってみると、イエスが言われたとおりだったので、過越の食事を準備した。

 これまでにも、ペトロは、「イエスが言われたとおりだった」という経験を重ねて参りました。しかし、主の御言葉に従うことなしに、主の御言葉が真実であるという経験を積み重ねることはできません。ペトロにそれが出来たのは、ひとえにペトロが主の言葉に従う人であったからです。それ以外にないのです。

 さて、ペトロとヨハネは、水瓶をもった男に導かれた二階座敷に、過越の食事の準備をしました。テーブルは半円を描くようなU字型に設置し、その上には祭りの決まり事に従って、神殿で屠られた小羊の肉、苦菜、種入れぬパン、ぶどう酒などが並べ、明かりが採るための蝋燭も灯されていたと思われます。そして、足を洗うためにたらいや手ぬぐいも用意されました。もちろん、この時は、イエス様ご自身がそれを用いて、自分たちの足を洗ってくださるなどということは思いもしません。次回は、主の洗足のお話しからはじめたいと思います。
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