ヨブ物語 06
「主は与え、主は奪う」
Jesus, Lover Of My Soul
ヨブ記1章13-22節
ヨブの家族
 ヨブには七人の息子たちと三人の娘たちがいました。それぞれ自分の家をもって暮らしていましたが、息子たちが順番に宴会の用意をすることになっており、その家にみんなが集まって食事をすることが、毎日習わしとなっていました。

 その賑やかで楽しい家族の宴が、7人の息子たちの家を一巡すると、ちょうど一週間が経つことになります。週の終わりの日になると、ヨブは息子たちを一人一人の自分のそばに呼び寄せて祝福し、それぞれの家族のために生け贄をささげて神を礼拝しました。

 過保護になるでもなく、放任するでもなく、ヨブは本当にうまい具合に家族の自立と絆というものを保っていたように思います。そのポイントは第一に礼拝です。これは家長であるヨブの務めでした。第二は愛餐です。これは息子たちの務めでした。今日、これだけのことが家々で守られているならば、だいぶ世の中が穏やかになるのではないでしょうか。
雪崩打って襲いかかる苦難
 しかし、人生というのは幾ら自分がしっかりしていても、それだけではどうにもならないことが起こるものです。

 「ヨブの息子、娘が、長兄の家で宴会を開いていた日のことである。」(13節)

 ヨブの場合も、家族がこのように神様を敬い、互いに愛し合って、幸せに穏やかに暮らしている時に、次々と恐ろしい悲報が届けられたのでした。

 「ヨブのもとに、一人の召使いが報告に来た。『御報告いたします。わたしどもが、牛に畑を耕させ、その傍らでろばに草を食べさせておりますと、シェバ人が襲いかかり、略奪していきました。牧童たちは切り殺され、わたしひとりだけ逃げのびて参りました。』」(14-15節)

 「シェバ人」というのは通商によって富み栄えた民として聖書によく登場します。たとえば知恵を愛するシェバの女王がソロモン王を訪問したという有名な話もあります。しかし、ヨブの時代(紀元前2000年頃)には、シェバ人は野蛮な略奪行為を行う遊牧民であったようです。彼らはヨブの農地を襲い、牧童たちを容赦なく斬り殺し、牛やロバ、また農作物など略奪して立ち去っていきました。

 「彼が話し終らないうちに、また一人が来て言った。『御報告いたします。天から神の火が降って、羊も羊飼いも焼け死んでしまいました。わたしひとりだけ逃げのびて参りました。』」(16節)

 「神の火」というのは、人間がつけた火ではないということです。ここでは落雷による火災などが想像されます。

 「彼が話し終らないうちに、また一人来て言った。『御報告いたします。カルデア人が三部隊に分かれてらくだの群れを襲い、奪っていきました。牧童たちは切り殺され、わたしひとりだけ逃げのびて参りました。』」(17節)

 今度はカルデア人による略奪です。シェバ人は南アラビアの民であり、カルデア人は北アラビアの民だそうですから、南から北からヨブをめがけて禍がやってきたということになります。

 「彼が話し終らないうちに、更にもう一人来て言った。『御報告いたします。御長男のお宅で、御子息、御息女の皆様が宴会を開いておられました。すると、荒れ野の方から大風が来て四方から吹きつけ、家は倒れ、若い方々は死んでしまわれました。わたしひとりだけ逃げのびて参りました。』」(18-19節)

 「荒れ野の方からの大風」とはシロッコと呼ばれる砂漠の熱風であろうと思われます。その大風によって家が長男の家が倒れ、ヨブは10人の子女ことごとくを一挙に失ってしまったのでした。

 これだけのことがたった一日のうちにヨブの人生に襲いかかってきたというのですから、言葉を失います。

 ただ、これほどの不幸の連続というのは実に珍しいことではありますが、類したことがないわけではないのです。昨日も、数人の姉妹方とAさんの家を尋ねました。Aさんの家ではお嬢さんが急病で入院され大変だと思っていたら、まだその件は落着しない間に今度はAさん自身が癌におかされていたのでした。また、先日ある先生のお話を伺っていたら一年のうちに三度もお葬式を出した家があったということも聞きました。まず父親が亡くなり、継いで息子がなくなり、最後に母親が亡くなられたというのです。さすがにその先生もショックを隠せない様子でした。あまり考えたくないことですが、私たちの人生だって、このように禍が一時に押し寄せてくるということがないとは限らないのです。
苦しみの中で讃美するヨブ
 ヨブは日が昇る時には何もかも満ち足りた人であったのに、日が暮れる頃には無一物になってしまいました。いや、無一物ならばまだ良かったでしょう。財産ならば、また築けばいいのです。そのように一度失った財産を再び築き上げた人は大勢います。難しことではありますが、不可能ではないのです。

 しかし、彼は多くの若者の命を一度に失いました。牧童、羊飼い、そして10人の息子や娘たち・・・一度失われた人の命ばかりは取り返すことはできません。キリストの復活に望みを置くのでなければ、誰もこの喪失感を再び満たすことはできないでしょう。

 「ヨブは立ち上がり、衣を裂き、髪をそり落とし、地にひれ伏して言った。」(20節)

 彼は悲しみに引き裂かれた心はかくばりと自分の衣を引き裂き、髪をそり落として、自分の身を地に投げて突っ伏したというのです。

 ヨブがこのように苦しみに対して無感覚な人間ではなかったということは重要です。彼は苦しみ悶える人間として、こう言いました。

 「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」(21節)

 これだけを読めば、ヨブの信仰は立派すぎる、立派すぎて人間味に欠けると言う気がしないではありません。確かに、『ヨブ記』がここで終わっていたならば、その価値はだいぶ失われることになるかもしれません。『ヨブ記』の価値は、激しい苦しみの中にあるヨブが、取り乱して神に反抗しているところにあるのです。それが、私たちの心を打つのです。

 しかし、ヨブが我々のように苦しみを苦しみとして感じなかったのではなく、本当に胸が張り裂けんばかりの思いをしながら、なおも「主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」と讃美しているのだと思い至るとき、ヨブの信仰は私たちを大いに励まします。
主は与え、主は奪う
 先ほどもお話ししましたが、昨日、Aさんの家をお訪ねした時のことです。お世辞だとは思いますが、我が家の子供らのことを立派に成長したと誉めてくださった後、「でも、(子供は)先生のものじゃありませんよ」と仰ってくださいました。そして、子供というのは神様が親に預けて、しばしの間育てる喜びを与えてくれるものなのだ、いずれ神様にお返しするものなのだ、ということをお話しをしてくださいました。その教えは、Aさん自身が若い頃に信仰の指導を受けた牧師さんから何度も言われてきたことだとも教えてくださいました。

 なるほど、確かにその通りです。しかも、それは子供に限った話ではありません。私たちの人生にあるもので、神様が与えてくださったものではないものがいったいどれだけあるでしょうか。実に、すべてのものは、神様が与えてくださったものであると言っても過言ではありません。Aさんが数々の試練に遭いながら、なおも神様を讃美し続けるのはそのような信仰があるからなのです。 

 聖書は、私たちの人生に溢れる喜びのすべてが神様の贈り物であるということを、次のように主張しています。

 「あなたの神、主が先祖アブラハム、イサク、ヤコブに対して、あなたに与えると誓われた土地にあなたを導き入れ、あなたが自ら建てたのではない、大きな美しい町々、自ら満たしたのではない、あらゆる財産で満ちた家、自ら掘ったのではない貯水池、自ら植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑を得、食べて満足するとき、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出された主を決して忘れないよう注意しなさい。」(申命記6章10-12節)

 「主を決して忘れないように注意しなさい」というのは、たとえ神様によってこれらのものを私たちに与えられたとしても、最終的な権利をもっておられるのは私たちではなく、神様であるということを忘れてはならないということなのです。たとえ私たちの手の中にあっても、すべては神様のものなのです。それを言い表したのが、「主は与え、主は奪う」というヨブの言葉です。

 それを忘れて生きていると、私たちは自分の主権が奪われたと勘違いして、苦しみを増大させてしまうことがよくあるのです。
目次

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

お問い合せはどうぞお気軽に
日本キリスト教団 荒川教会 牧師 国府田祐人 電話/FAX 03-3892-9401  Email:yuto@indigo.plala.or.jp