主イエスの埋葬<1>
Jesus, Lover Of My Soul
新約聖書 ヨハネによる福音書19章31-42節
旧約聖書 列王記上19章1-19節
神の御手の中で
 私たちの主イエス・キリストは「無念!」ではなく「成し遂げられた」と言って、十字架上で息を引き取られました。三十三歳という若さで、しかも弟子たちの裏切りと迫害によって追いつめられた非業の死であるにもかかわらず、その死は挫折ではなく、人生の成就であったということを確信されて死んでいかれたのであります。

 それはどういうことなのでしょうか。イエス様は、事あるごとに、これは「わたしの力ではない」、「わたしの意志ではない」、「わたしの教えではない」、「わたしの勝手ではない」、「わたしの栄光ではない」と、弟子たちに仰ってきました。イエス様は、神様がすべてとなられるために、ご自分を無きに等しい者とされ、徹底的な信頼と服従の道を歩まれたのです。イエス様にとって人生が成就するとは、天寿を全うすることではなく、自分の思い描いた人生を生きるということでもなく、ただ天の父なる神様の目的がご自分の人生の中に完全に行われることだったのであります。

 イエス様が逮捕されそうになったとき、ペトロは剣を抜いて主を守ろうとしました。その時も、イエス様は「父がお与えになった杯は、飲むべきではないか」と言って、血気だったペトロの行動を諫められました。たとえそれが最も愛する者に裏切られることであったとしても、敵に辱められることであったとしても、あらゆる辛酸を嘗め尽くすことであったとしても、それこそが神様の御旨であるというならば、「アーメン」といってその人生を余すことなく受け取ろうではないか。それがイエス様の本懐でありました。十字架もそうなのです。だからこそ、「成し遂げられた」と安堵の言葉が、十字架上のイエス様の口から発せられたのでありました。

 果たして、イエス様は息を引き取られました。今日はそのイエス様の埋葬のお話であります。皆さんは、ご自分が死んだ後のことをいろいろとご心配なさったりすることがあるでしょうか。お葬儀のこととか、お墓のこととか、自分の願いをそこに叶えて欲しいと思ったり、逆に残された者たちが困らないようにしておこうとお考えになることもあるかもしれません。それは、たいへん結構なことです。できることはなさっておいた方がいいと思うのです。

 しかし、そういうことがちゃんと終わっていないと安心して死ねないなどいう風に思い煩ってはなりません。私達に何一つ備えがなくても、神様がすべてを備えていてくださるからです。私は、イエス様の埋葬の物語を読むたびに、そのことを再確認させられるのです。

 本来ならば、十字架で刑死したイエス様は、他の極悪な犯罪者たちの亡骸と共に、埋葬されることもなく、野に打ち捨てられてしかるべきところでありました。それを阻止する役目は、弟子達にあったでありましょう。けれども、彼らは自分たちにまで迫害が及ぶのを恐れて隠れてしまっています。ずっと側で見守っていた婦人達は、何とかしたいと思っても、女であるがゆえに何もできませんでした。

 そういう状況であるにもかかわらず、イエス様のご遺体は、骨一つ砕かれることがありませんでした。他のふたりの強盗は足を折られたのに、イエス様は足を折られなかったのです。さらに、思いも寄らぬところから、イエス様のご遺体を引き取りたい、新しいお墓も提供するという人物が現れ、また葬りに必要な没薬、沈香などの香料などを持って現れる人もあり、イエス様のご遺体は母マリアをはじめとする婦人たちの手によって丁寧に亜麻布で包まれ、まだ誰も葬られたことのない新しいお墓に埋葬されたのです。何も備えられていないと見えたのに、その時になると、あっという間にこれだけのものが揃ったのです。

 これが神様の御手のうちにあるということではないでしょうか。だから、私達も何も心配しなくてもいいのです。だいたい人間というのは十分に備えたつもりでも、その時になってみないとそれが本当に役に立つのかどうかも分からないものなのです。しかし、何も備えができていなくても、もし私達が神様の御手の中にあるならば、神様が必要なものはすべて備えてくださいます。

 世の人々は「備えあれば憂いなし」と言いますが、クリスチャンはそうではありません。「主の山に備えあり」なのです。ですから、私達がどうしても気にかけなければならないことは、その時が来た時に「アーメン」と言って、自分の霊を神の御手に委ねることができる信仰を持つことであります。そうすれば、天の父なる神様が私達の人生のすべてを受け取って、未解決の問題もすべて良きようにしてくださる。「主の山に備えあり」。そのことをいつも信じる者でいたいと思います。
その骨は一つも砕かれない
 さて、少し丁寧に御言葉を読んで参りたいと思います。31節、

 「その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であったので、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに願い出た。」(19章31節)

 「その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であった」とあります。特別な安息日とは、ユダヤの三大祝祭の一つである過越しの祭りのことを言っているのであります。イエス様が十字架で亡くなられたのは、その準備の日でありました。ユダヤ人たちは、過越しの祭りの晴れやかな時に、神に呪われた者として十字架につけられた罪人がいるというのはよろしくない。その前に(ユダヤでは日没から翌日が始まりますから、日没までに)片付けてしまいたいと、そう考えまして、ピラトに「安息日に遺体を十字架の上に残しておかないように、足を折って撮り下ろすように」と、申し出たということなのです。

 「そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた最初の男と、もう一人の男との足を折った。イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、その足は折らなかった。」(32-33節)

 足を折るというのは、まだ生きて苦しみつづけている罪人たちの脛を折って死期を早めようとしたのだと言われています。しかし、イエス様は足を折られなかった。

 これは奇跡なのです。十字架というのは、簡単には罪人を死なせないための刑であります。絶え間ない苦痛、飢えや渇き、暑さ、寒さの中でとことん罪人を苦しませて、自然に衰弱して死ぬのを待つのです。わずか五時間や六時間で罪人が死ぬことは決してありません。そういう刑罰なのです。しかし、ユダヤ人たちは大切な祭りの日に備えて、日没までに不吉な十字架を片付けたいと思いました。それで、わざわざ脛を折って、死期を早めてくれと願ったわけです。ところが、その時イエス様は既に事切れていた、と言います。十字架にかけられたものが、こんなにも早く息を引き取るというのは異例中の異例です。そのために、イエス様の足は折られないで済んだわけです。

 これは後に大切な意味をもってくる奇跡なのです。イエス様のご遺体は、三日後の復活の時にもう一度用いられるお体でありました。その日に備えて、神様はイエス様のご遺体が決して損なわれないように守ってくださっているということなのです。「その骨は一つも砕かれない」という神様のお約束の成就であったのです。
血と水
 それから、イエス様の死を念入りに確認しようとしたのだと思いますが、兵士の一人が心臓をめがけて槍で脇腹を突いたということが書かれています。

 「しかし、兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。」

 傷口から血と水が流れ出たということから、イエス様の死因は心臓破裂だったのではないかと言う人がいます。果たして医学的にそういうことが言えるのかどうか、私には判断がつきません。福音書を書いたヨハネもそういう医学的なことに関心があるのではなく、たまたま兵士が槍で突いたとはいえ、イエス様の十字架から血と水が流れてきたということに神様の格別なる証しを見たということを言っているのです。

 血は、過越しの小羊の血、つまり罪の贖いを意味します。水はバプテスマの水、つまり私達の新生を意味します。十字架でなくなられたイエス様から、血と水が流れてきたということ、イエス様の十字架から罪の赦しと新しい命が私達に注がれているということを、神様が自ら証ししてくださっているのだということを、ヨハネは言いたいのでありましょう。

 バックストンという明治時代の宣教師が、この箇所について感銘深い解説を残しています。

 「この兵卒は主に無礼を致しました。けれどもその為に血と水が流れ出ました。これは罪の小さき雛形であります。私どもは兵卒の如く神に対して無礼を致しました。神の心を刺しました。神は如何なることを以て私どもに報い給いましたかならば恩寵の血と水とを流し給いました。神は人の侮辱に答うるに恩寵を以てし給います。」(バックストン『ヨハネ伝講義』)

 兵卒がイエス様の心臓を刺したように、私達も罪をもって神の心を刺している。しかし、イエス様の心臓から血と水が流れ出たように、神様の刺し貫かれた心からは、かえって恩寵の血と水が私達に流れ出てくるのだというのです。
ヨセフの勇気
 こうしてイエス様のお体は十字架から引き下ろされたのですが、このイエス様のご遺体を引き取りたいと申し出た人がいました。それがアリマタヤのヨセフという人物であります。

 「その後、イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していたアリマタヤ出身のヨセフが、イエスの遺体を取り降ろしたいと、ピラトに願い出た。ピラトが許したので、ヨセフは行って遺体を取り降ろした。」
 
 明治時代に天皇暗殺計画という容疑で、大勢の社会主義者たちが逮捕され、幸徳秋水をはじめ12名が死刑になりました。これは大逆事件と呼ばれていますが、今は社会主義者を弾圧するためのでっち上げ事件だったと分かっています。この時に処刑された人の中に大石誠之助というクリスチャンがいました。貧乏人からは診察料を取らず代わりに金持ちからは余分にふんだくるという立派な医者様でありました。そのような愛の人が、身に覚えのない大逆罪の汚名を着せられ、死刑にされてしまったのです。この大石誠之助の死を悼んで、与謝野鐵幹はこういう詩を書きました。

 「誠之助の死
  大石誠之助は死にました、
  いい気味な、
  機械に挟まれて死にました。
  人の名前に誠之助は沢山ある、
  然し、然し、
  わたしの友達の誠之助は唯一人。
  わたしはもうその誠之助に逢はれない、
  なんの、構ふもんか、
  機械に挟まれて死ぬやうな、
  馬鹿な、大馬鹿な、わたしの一人の友達の誠之助。
  それでも誠之助は死にました、
  おお、死にました。
  日本人で無かつた誠之助、
  立派な気ちがひの誠之助、
  有ることか、無いことか、
  神様を最初に無視した誠之助、
  大逆無道の誠之助。
  ほんにまあ、皆さん、いい気味な、
  その誠之助は死にました。
  誠之助と誠之助の一味が死んだので、
  忠良な日本人は之から気楽に寝られます。
  おめでたう。」

 なんとも痛々しい詩ではありませんでしょうか。友人の死を心から悼み、無実の彼を殺す世の中に疑問を持ち、憤りさえ抱いているのですが、それを明言することはできず、こんな詩の形でしか表現できないのです。

 この詩の中にもありますが、天皇に逆らうということは神に逆らうことでありました。このような者に同情したり、味方をしたりしたら、自分も同罪と見なされてしまう。ですから、大石誠之助の友人で、同じく大逆罪で獄死した高木顕明というお坊さんがいますが、その方などは仏門から破門されてしまった。仏教界から見捨てられてしまったのです。そういう世の中なのでした。

 それにも関わらず、富士見町教会の植村正久牧師は、敢えて富士見町教会の教会堂において、官憲の監視のもと、出席者はこれだけに限るという制限、圧力を受けながらも、堂々と信仰に従い、キリストの名において、大石誠之助の葬儀を営んだと言います。どんなに勇気のいることであったでしょうか。

 アリマタヤのヨセフが、イエス様のご遺体を引き取ると申し出るということは、こういう大変なことであったのです。『マルコによる福音書』15章42節にはこう記されています。

 「アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。この人も神の国を待ち望んでいたのである。」

 「勇気を出して」と言われていますが、確かに、相当の勇気がいることだったでありましょう。現に、死ぬまでご一緒に従いますと大見栄を切ったペトロをはじめ使徒たちは皆、勇気がないために、いざという時になるとイエス様を見捨て、逃げまどい、ひっそりと身を隠してしまっていたのです。
後のものが先になり・・・
 アリマタヤのヨセフは、良くも悪くもペトロの逆です。彼は善良な人で、家柄も良く、ユダヤ人の中で非常な尊敬と信望を集めておりました。それゆえ民を代表する長老として、ユダヤの最高法院の議員となっていたのです。最高法院というのは、偽証をもってイエス様に神への冒涜罪を言い渡したあの議会でありますが、ヨセフはその議会の中にいながらイエス様の弟子でありました。

 私は、「この人も神の国を待ち望んでいたのである」という言葉が、このヨセフという人物の内面を的確に言い表していると思います。神の国を待ち望むということは、神の支配が来ることを待ち望むということです。もし彼が、自分の家柄や、財産や、この世の地位、あるいはまた自分自身の善良さによって満足していたならば、こういう気持ちは起こりません。神学的に神の国が来るということを考えているということはあったとしても、切実に待ち望むということは起こってこないのです。しかし、このアリマタヤのヨセフという人は、神の支配を切望する人でありました。その辺が、他の最高法院の議員たちと違ったのであります。

 それゆえ、彼はイエス様に心を惹かれ、尊敬し、イエス様に期待をする者となっていったのでした。『ルカによる福音書』によりますと、彼は「同僚の決議や行動には同意しなかった」と記されています。しかし同時に、彼は「イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していた」とも言われているのです。つまり、イエス様の処刑には同意しなかったのですが、イエス様が正しいということを主張しようとはしなかったということでありましょう。そういう意味では、アリマタヤのヨセフが、ペトロや他の弟子たちよりも信仰深かったとは言えないと思います。

 私が面白いと思いますのは、ペトロや他の弟子たちがイエス様と共に行動をしている時には、ヨセフは自分が弟子であることを隠して生きていました。ところが、ペトロたちが恐れにかられてイエス様を見捨てて逃げてしまうと、今まで恐れて隠れていたヨセフが表に出てきて、たいへんな勇気を振り絞り、イエス様の遺体を引き取ったというのです。

 「後のものが先になり、先のものが後にある」(マタイ19:30)というイエス様のお言葉を思い起こします。あるいは、「もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう」(ルカ18:40)というお言葉もあります。神様はご自分の僕をいつでもちゃんとご用意なさっているのです。預言者エリヤは多くの主の預言者たちが殺されるの見て、「もうあなたに仕える者はわたし一人になってしまいました」と力を落としました。しかし、神様は、わたしはバアルに膝を屈めない七千人を残している」とお答えになります。

 私達は、自分一人が頑張っている、自分が倒れたらもうお終いだと思っていないでしょうか。そうではありません。人間ですから、いろいろな弱さをもっています。しかしヨセフが弱いときにはペトロが強くあり、ペトロが弱い時にはヨセフが強くあるというように、互いに補い合って神様に仕えているのであります。

 ヨセフだけではありません。ヨセフと同じ最高法院の議員で、やはり隠れ弟子であったニコデモという人物も登場してきます。

 「そこへ、かつてある夜、イエスのもとに来たことのあるニコデモも、没薬と沈香を混ぜた物を百リトラばかり持って来た。」

 教会も、本当にそうだなあと思います。あまり具体的な話は差し障りがあるのですが、誰かが疲れている時には、他の人が元気になって一生懸命に教会に仕えています。その人が疲れている時には、また別の人が主に立てられ、用いられます。そういうことで妬んだり。やっかんだり、あるいは自分を責めたりするのではなく、共に支え合って主に仕えている喜びを味わいたいものだと思うのです。

 さて、このようにイエス様のご遺体は、神様の御手の中で守られ、ヨセフ、ニコデモ、また婦人たちの手によって丁寧な扱いをされ、新しい墓に埋葬されました。

 「彼らはイエスの遺体を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従い、香料を添えて亜麻布で包んだ。イエスが十字架につけられた所には園があり、そこには、だれもまだ葬られたことのない新しい墓があった。その日はユダヤ人の準備の日であり、この墓が近かったので、そこにイエスを納めた。」

 「まだ誰も葬られたことのない新しい墓」とあります。これもまたたいへん象徴的な、霊的な示唆に富んだ表現だと思います。お墓というのは、記念碑であります。いつまでも忘れないために、そこにこの世に生きた証を刻むのです。そういう意味で、お墓には希望はありません。帰らぬ過去を振り返る場所なのです。

 しかし、イエス様は、この墓で死に打ち勝たれ、神様の大能により新しい命を受けられました。過去を振り返る場所であったはずの場所を、復活の望みをもってやがて来るべき神の国を待ち望む墓にしてくださったのです。そのような墓には、今まで誰も葬れたことはありません。そういう意味で、主が納められた墓は、確かに「まだ誰も葬られたことのない新しい墓」であったと思うのです。

 私達は、この主と共に葬られる者でありたいと思います。イエス様と共に葬られるとはどういうことか。それはイエス様のように、神様がすべてとなってくださるために、自分を神様に明け渡す者になるということであります。喜びも、悲しみも、神様が満たし給うままに、「アーメン」と受け取る人生であります。このような人生にこそ永遠の命の希望があるのです。聖書にもこのように約束されています。

 「キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きるようになる」(『テモテへの手紙二』2章11節)
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