教会ニュース


◯年10回ほど、A4紙両面に短文を載せ、様々な方々にお届けしている「教会ニュース」の最新号のみ、ここに載せています。一読いただければ感謝です。次号発行は8月中旬予定です。

2020年 七月号  (7月12日発行)

一面

緑が濃くなり、樹木の成長がグンクン進む季節です。
   ぼくは樹木が好きで、自然が大好きです。それで三百坪ほどの教会敷地の半分が教会堂。残りの百五十坪には、三本の桜の大樹。さらにヒマラヤ杉三本、花桃、ロビン、名前の知らない木々をたくさん植えた。それがいつしか年月を経て、みんな巨木化した。
   中学生などの成長盛りが一年で十二センチとか、二十センチ近く背が伸びるように教会庭の樹木が、植えた時とは別人(木)になり、驚きます。幼稚園時代の広い園庭は、様々な草の草原となり、その上を覆う緑の木々の葉がトンネルを作る。時たま訪れる人は、「すごいですねー、森林ですね」と言って驚く。

 

右顔面の帯状疱疹は、皮膚のツブツブや腫れは引き、普通の皮膚に戻ったが、内部の三叉神経が障害を受け痛む、本当は信仰の力で神への祈りで、薬には頼りたくなかったが、まあ、医学も神の御手の中にあるから、皮膚科医師のすすめるタリージェ5mmからスタートし、今10mmを服用して何とか夜眠れるようになった。一カ月はほとんど眠れず、眠ったと思うと悪夢に襲われ、すぐ目が覚めた。この薬副作用が結構ある。この神経障害から脱出できるよう神に祈ってから寝る。
宇宙物理学者ホーキング博士は、「自分は神の存在を信じない。だから全身の筋肉が動かなくなって行く、自分の病気は、物質の働きであり、物理学の法則の中で起こっているのだ。神の意思や罰が与えられているからではない」と語っていた。そして死んだ。ぼくはホーキング博士の考えは間違っていると思う。
全ては創造主の支配下にあると聖書は語っている。ホーキング博士の病も、物理学の偉大な功績も神からの贈り物であったと思う。それら全てを物質の法則、偶然として見ることは、むしろ非科学的であると。ぼくは思う。

独り身の日曜日は忙しい、朝早く起きて、会堂内とトイレ、玄関などを掃除機を使ったり、箒をつかって掃除する。ところによっては、雑巾も使う。雨が続いた週は、クララが外の雨を怖がり、室内にオシッコする。それようの洗剤と消臭剤でぶつぶつ言いながら拭き掃除。そして、日曜礼拝の看板を玄関先に出し、日常生活では使っている物でも、ふさわしくない物は物置の中などに隠す。そして、教会庭は樹木があるが、花がないので、近所のあじさいの花を一輪もらい、講壇に飾る。そして事務所にようやく座る。そうか、まだ顔洗ってなかった。大小トイレも済ませなくては、野菜中心の食事は便通にいい。血糖値にもいいのだ。
  礼拝は約一時間。英国の尊敬する神学者であり牧師のDavid Pawson(90歳) に習い、教材図面を使用し、歴史的な事実を踏まえ、聖書の言葉を正しく解説するよう努めている。
礼拝を終え交わりの時間を持ち、それぞれの場に教会員が帰ると、教会を犬たちにまかせ、四賀村のプールへ出かけ、1キロほどを泳ぐ。月曜以外毎日泳ぎに通う。水泳は生きているんだとの思いを実感させる。みなさんはどんな時、感じますか?

 

 

今僕は、妻に伊那の実家に逃げられ、一人暮らし。朝目が覚めると、天気が気になる。晴れと分かると、バスタオルや下着、靴下、シャツ類、ズボンなど、洗濯する。そう、洗濯機が全部やってくれる。
   教会堂南の軒下などにズラーと並んで干された衣類などが梅雨の晴れ間の爽やかな風に揺らぐ姿を眺める時、ささやかな幸せと、小さな達成感のような喜びと平和を感じる。
  この一人暮らしも一カ月近くなる。考えて見ると、ひとり暮らしの人は、多いに違いない。
人は、日々暮らせば、その環境になれる様だ。
  ぼくもだいぶ慣れた。一日の中で、いつ何をどのようにするか、そのためにはと、スケジュールが、身について来るから不思議だ。

二面

 

 

一人暮らしだが、ぼくにはゴールデン犬のロッキーとプードル犬のクララがいる。毎日の散歩は雨が降っても欠かさない。
   水泳で一キロ泳ぎ、帰って来て、スイカでも食べて一息して、一寝入りしてからと思うが、犬たちは留守番して、今か今かと暑い中、ぼくの帰る車の音がするのを待っていたことを思い、すぐ散歩に出る。散歩帰りに今夜の食材を買わなくてはと思う。一回スーパーに入ると節約しても二千円を少し超える。油断していると五千円札が必要になり大変だ。みんなよく買うなー。しかし食べた翌日にはトイレに排泄されるんだなー。ということは、並んでる食材は全てウンコの元なんだな。安いのでいいやと思う。
 人間も動物も、食べないと生きていけないように神は定めておられるんだなー。玄関はロックしても、裏の戸を開けたままで、プールから帰ってきたら、庭の日陰で二頭が並んで伏せの姿勢で待っていて、この前、大笑いしてしまった。笑いは、人生を豊かにする。

 

玄米を前夜水に浸けておき、翌朝に炊飯器にかける。味噌汁は高血圧に注意し味噌はひかえめながら、出汁を工夫する。
  こうした食べるための台所仕事は、大変である。いちいち書けないが洗い物から、ゴミの分別、翌日の準備、もう、やってみると嫌になって来るぜ。生きるという事、食べるということは大変な事である。
  もう人生に疲れて死にたいと思う主婦などもいるかもしれない。家事以外に子育てもある。自分勝手で、経済力も少なく、思いやりのない酒癖もわるい夫がいるかもしれない。そうだよなー、時には、死んで楽になりたいと思ってもおかしくないかもなー。
  しかし、直木賞作家五木寛之さんは書いている。「生きているだけで、それは奇跡なのだ。その生きている命を捨ててはいけない。死んではいけない」と。 

シャワーを浴び、一日の汗を流し、自分で洗濯し、太陽の恵みでよく乾いた下着類に着替えて、冷たいブラックコーヒーを飲み、あとは寝るだけの時間は一日忙しかった主夫にはうれしい。主婦でなく、主夫と書いたところを見逃さないように。聖書研究学習を二時間ほどして、一日の終わりに。余裕のある夜は読書です。今読んでいるのは、図書館から借りた大活字本シリーズ 藤沢周平「三屋清左衛門残日録」上、中、下の三冊本です。今、(中)を読み終えようとしている。妻を亡くし、長男宅の隠居部屋での隠居となった、七十代の清左衛門の残日録である。残日というのは、人生の残りの日々を意味する。いいなーと思った言葉があった。「ふと甘い花の香が顔をかすめたのを感じて眼を上げると、梅だった。」藤沢周平の感性、やさしさ、人情が、全作品に現れる。忘れられない作品は「泣かない女」である。

 
天災、疫病は世界史の中に繰り返し記録されている。人類に苦しみや悲しみや恐怖、そして教訓を与えて来た。神や仏は本当にいるのだろうか。信じられない。 そう思うのは当然であろう。しかし、物質優先、経済第一などで生き、本当に大切な「神」の存在に目を向け、その声に静まって聞く時を持って来ただろうか。コロナウイルス疫病も、神を無視してきた人類に、「悔い改めて、神に帰れ」とのメッセージではないだろうか。神の言葉を託されたユダヤ人たちは、神の言葉「聖書」を、この世に残す使命を与えられ、守り続けて来た。あなたもこの聖書を、その気になれば日本語訳ですぐ読むことが出来ます。神の言葉に出会い、光の中に歩みだすことが出来ます。

 

★追記 次女に赤ちゃんが生まれたケアーを行っていた妻が、一カ月ぶりに、明日高速バスで帰るから迎え頼むとのメールが来た。独り暮らしも終わる。