夢の消えぬ間に 七

翌日、少納言邸を訪れた常経は少納言の熱烈な歓迎を受けた。
少納言にしてみれば今までどれだけ誘っても応じなかった常経が、 昨日の今日で再びやって来たのだ。諸手をあげて喜んでもまだ足りないくらいだ。
早速、一席設けようと侍女を呼び出した少納言を、常経が制した。
「いえ、今日は嵩姫に会いに…」
その言葉で少納言の顔色が変った。といっても一瞬の事で、次の瞬間には何事もなかったように平静を取り戻していた。
「あの姫のことを?何故…」
常経は昨夜の鬼の手がかり探しに来たと話した。
「昨夜の事は聞いております。常経殿の活躍で鬼を追い払えた事、感謝しております。鬼と切り結び、興味を覚えたとて無理はございません。しかし、それとこれとは別。昨夜あの姫を見たと言うならばお忘れ下さい。鬼の手がかりとやらも諦めていただきたい。」
常経はだまって庄納言の様子を見守っている。
「常経様だって夕べ見たのでしょう。あの子の目を、恐ろしいあの子は呪われているんです。」
ああそれで、
常経は嵩姫の部屋や、庭の様子を思い出した。訪れる者もなく荒れるままに任された何も無い場所。
それに昨日まで常経は少納言の孫娘、嵩姫との事などついぞ聞いたことが無かった。
その存在すらも隠しているのだろう。
では何故そこまでしてこの館に残しているのか?
見られて不味い姫ならば、酷い言い方だがその辺に打ち捨てておけばよいものを、
疑問は残ったが、少納言の様子にこれ以上は聞き出せないと悟り追及は諦めた。

何とか少納言を宥めすかし、最後には鬼を庇い立てする気かと脅し奥の部屋へ通してもらった。
部屋に入っても嵩姫はまるで気付かないというふうに外を眺めたままだった。
常経が話し掛けるとようやくこちらを振り向いた。
なるほど、少納言の言う通り、嵩姫の目は白っぽく見え常人とは少し違うように感じる。
「昨夜御会いした常経です。憶えておられますか?」
嵩姫は常経の顔を見上げるばかり。
憶えておられないか、常経は苦笑する。
「では、鬼の事は憶えていられますか?」
これには、非常にゆっくりとだが頷いた。
「昨日の事について少し質問をしたいのですが、いいですか?」
肯定。
「昨日鬼を見たとおっしゃいましたが、鬼の方には見つからなかったのですか?」
否定。
鬼に見つかっていた?
ああ、鬼のほうも追われていたために姫をどうこうするどころではなかったのか。
「鬼は二人居ましたか?」
肯定。
では確かに二人はあそこに逃げてきたのか。
常経は他にも鬼の特徴、気付いたことなどを聞いたが思うように収穫が得られなかった。
質問を諦め、帰ろうとしたその帰り際、ふと頭をもたげた疑問。
「姫は鬼が恐くありませんでしたか?」
ただ、姫があまりにも落ち着いた様子だったから来てみただけだ。
感情を表に出さない姫だから分からないだけできっと姫だって恐かったのに違いない。
その質問に姫は戸惑い、そして首を横に振った。

常経は渡殿の横をとぼとぼと歩いている。
姫の最後の答えを常経は、恐いという感情も分からないのだと思った。
あれだけ浮世を離れている姫だもの、そう不思議はない。
ふと、見覚えのある切り株が目に入った。
反射的に姫の居ただろう渡殿を振り返る。
渡殿はこちらは吹き抜けになっているが、あちら側は障子で塞がれている。
きっと目隠しなのだ。
向こうを吹き抜けにすれば中庭からこの荒れた庭が見える、それを隠すためのものなのだろう。
…では、部屋まで送って下さい。…
丁度ここだったのだと夕べの事を思い出す。
ここで、姫の手を取って…
はて、何故送ってくださいと姫は言ったのだろう。
思い返してみれば姫が喋ったのはあの時だけだった。
あの時だけ
だから自分は姫は恐かったので一人で帰れないのだろうと思い込んだのだ。 そうでなければあの姫が供を連れないと帰れないなんて事がある訳がない。
そして、渡殿を見渡す。
あの向こうは遮られていると言っても、所詮は障子だ。あれを開ければ向こうへ出られる。
そして開け放していたとしても、夜の暗がりそうそう分からない。
だがしかし、常経は首を横に振る。
考え過ぎだ。
大体なんで姫があったことも無い鬼を庇うのだ。
きっと姫は忘れているだけなのだ、恐かったということを。
私の事を覚えておられなかったように。




2.いえ、3ヶ月ぶりの更新です。
少納言の性格がどうも違うなと思って掛けなかったんですけど押し切りました。
だから少納言の出てこない8話は実は7話の完成の前に欠き終わってたりするんだな。
ノートに書き込んだので後は打ち込むだけなんだな。
2・3日中には更新できると思うんだな。