せいなるひ 2

せいなるひ 〜それはいつも戦いだ〜


ノック音。 どうぞ、と言うとディアーナが少し憔悴した様子で入ってきた。
「どうしたんですか〜、ディアーナ様。」
本末転倒なのはディアーナも分かっていた。
だが、頼める人物が他に思い当たらなかったのだ。
「あのね。ケーキの作り方を教えて欲しいのだけど。」
「ケーキですか〜」
珍しい事もあったものだ。とアイシュは思った。

散乱した道具。かつてチョコレートであった物。
兵どもが夢の後。盛者必衰の理。
アイシュが放心していたのは先人のそんな言葉を思い出していたからではない。
王宮の調理室。ディアーナはここを借りてケーキを練習していたらしい。
僕に教えられるでしょうか〜
早速アイシュは自信を無くしたらしい。
取り敢えず。
ここを片づける事から始めよう。
そうアイシュは段取り付けた。


二日後。
何とかそれらしき物が出来上がった。
「良かったです〜。一時はどうなる事かと思いました〜。」
本当に、砂糖と小麦粉を間違えるは、バニラエッセンスの変わりにビネガーを入れるは…
誉めてやるべきはディアーナよりもアイシュであろう。
「そうね。何とか14日までに出来上がったし、」
「?」
何かお約束でもあったのでしょうか〜。そう言えばケーキなんて誰と食べるんでしょうか?
ケーキの大きさは約25センチ。とても一人で食べる量だとは思えない。
「そ、それでね、アイシュ。お礼代わりと言っては何だけど味見変わりに少しあげるから食べてみて。」
ディアーナがしどろもどろで言うが、アイシュはその様子に気づいた風ではない。
「え、いいですよ、気にしないで下さい。折角きれいに出来たのに、ここで切ってしまったら勿体無いです〜。」
「いいのよ。皆と食べるんだから。」
今日のディアーナにはえもゆわれぬ気迫がある。
その気迫に押されてアイシュは肯く。
「美味しいです〜。」
切り分けられたケーキを口にし、アイシュがそう評価する。
途端、ディアーナの表情がパァと明るくなる。
せいじではなくて本当に美味しかった。
短期間の内に良くここまで出来たものだ。アイシュは感心する。
ディアーナアイシュに厚く礼を述べて部屋を出ていった。
扉の外でディアーナは暫くにやけていたが、手に持ったケーキを思い出しため息を吐く。
目的が達成された今、問題はこれである。

「で、何で私がそのケーキを始末しなくてはならないんですか?」
憮然とした表情のシルフィスが尋ねる。
ここはシルフィスの部屋。
先程のケーキはここにあった。
「ちゃんと私も食べてますでしょ。」
2つめのケーキを手にしながらディアーナはバツの悪そうに答える。
「だって、仕方がありませんわ。メイにも手伝っていただこうと思ったんですけど見当たらないですもの。」
メイはシルフィスとレオニスの部屋の前で会ってから、研究院の方には帰っていなかった。
「しかし、アイシュにあげるケーキを二人で作るなんて本末転倒な話ですね。」
「う、」
シルフィスの言葉に刺があるのは無理からぬことであろう。
机の上には未だたっぷりとチョコレートケーキがその存在を誇示していた。