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シャガの花はアヤメとよく似ています。ただ、内花被片は立ち上がらず外花皮片と同様開いています。この植物は3倍体植物なので結実はしません。根茎を伸ばして増えるのでしばしば大きな群落になっています。その他、葉の表裏に関して興味深い点がありますので以下書き記します。
シャガは根本にある茎が曲がっているので葉が一方向にしなだれます。そのため、上になった面が葉の表、下になった面が葉の裏のように思えます。ここで、上になった面を「仮の表」、下になった面を「仮の裏」と呼ぶことにします。
「仮の表」をストロボを使用して写真に撮るとご覧のように光沢があることがわかります。
同様に「仮の裏」を撮ると光沢が見られません。しかも仮の表より筋が目立っています。「仮の表」と「仮の裏」では違いがあることがわかりました。
「仮の表」・「仮の裏」としていますが、実際の所はどうなのでしょうか。ネギの時と同様、葉の分出するところを観察するとわかるかもしれません。すると、古い葉は内側の新しい葉を抱くようにしてついていて、新しい葉に接している溝があることがわかりました。葉の表の定義は、「茎の伸びていく方向に面している側」ですので、この溝は葉の表面ということになります。その定義に基づけば「仮の表」・「仮の裏」としていた面は両方とも裏ということになります。
次に、理解を深めるために、顕微鏡で維管束を観察しました。これは、上記写真で根元近くの溝がある所を断面にして観察した写真です。右方向が新しい葉を抱いている側で、葉の表となる溝があります。導管が内側に、篩部が外側に配置されていました。一般に、導管がある側が葉の「表」面になりますので、その特徴からも内側が表を、外側が裏であることを裏付けています。
葉を根元から先端に向けて見ていくと、表の溝が徐々に浅くなっていき、そのうち溝が無くなってしまいます。その部分の断面を観察すると、隣同士の維管束で導管と篩部の配置が逆転していました。これは「導管と篩部の配置の法則」からすると不可解ですが、上の顕微鏡写真と考え併せると、次のことが言えます。シャガの葉の起源は、主脈を軸にして表を内側に折りたたまれていることにあります。そのため、「仮の表」・「仮の裏」ともに葉の裏となり、根本近く以外では葉の表は完全に消えてしまいました。しかし、折り畳まれ合着した葉の維管束はそのまま残っているため、隣同士の維管束で導管と篩部の配置が逆になるのです。
次に、「仮の表」面の表皮細胞をはがして、顕微鏡で観察しました。細胞の幅がほぼそろっています。気孔はわずかに見られます。丸く色の濃いところが気孔です。「仮の表」面に光沢があるのは表皮細胞の形がそろっていて気孔の数も少ないことが反映しているものと考えられます。
同様に「仮の裏」を観察すると、細胞の幅は広いものから狭いものまでまちまちで、気孔の数も表面に比べ多くありました。一般の植物では気孔の多くは葉の裏に生じますので、「仮の裏」は本来の「裏」の役割をしている一方で、「仮の表」は葉の裏が起源にもかかわらず、葉の表の性質を持っています。
以上のことから、シャガの葉には次のような特徴があることがわかりました。
シャガの葉は、主脈を軸に表を内側に折りたたみ、その状態で合着してできています。葉の表は、内側に新しい葉を抱く溝として残されていますが、その他目に見える部分は葉の裏側が起源です。このように両面ともに「裏」面(あるいは「表」面)由来である葉を「単面葉」といいます。「仮の表」面は表皮細胞の形がそろっていて気孔の数も少ないため光沢があります。一方、「仮の裏」面は気孔や筋が多く光沢がありません。「仮の表」と「仮の裏」は両方とも葉の裏が起源ですが、機能的には一般の葉の表裏と同様な役割をもつよう変化しています。
葉の上下を変えてから成長した部分は、それまでと様子が異なりました。すなわち、「仮の裏」面の下に「仮の表」が伸びてきました。葉の一部分を拡大したのが左の写真A・Bです。「仮の裏」として成長していたときにはAのように葉脈が目立って光沢がありません。その後、それを上側にして光を多く当てるようにすると成長した部分は「仮の表」になり、平滑で光沢が見られるようになります(写真B)。
確認のため、葉の同じ部分の反対側を観察しました。すると、光沢のある「仮の表」の下に「仮の裏」が伸びてきていました。
以上のことから、シャガの葉の「仮の表・裏」は後天的に決まる性質であり、葉が成長する時に上側になった面(あるいは光がより強く当たった面)が「仮の表」になることが分かりました。一方、根本付近の茎の曲がり具合と葉のしなだれる方向は、一度決まったら変わらないようです。シャガを傾けて栽培しようとしても、元の傾きに戻るようにさらに茎の曲がり具合を強めてきます。葉のしなだれ具合も重力によるのではなく、葉自体に反りがあるために生じています。従って、茎の曲がる方向が決められると「仮の表・裏」も必然的に決まるので、今回の実験で作った「仮の表・裏」が入り交じった葉は自然の状態ではできないと考えられます。