ペトロ物語(28)
「ペトロ、逮捕される」
Jesus, Lover Of My Soul
旧約聖書 歴代誌下32章1-8節
新約聖書 使徒言行録4章1-22節
最初の迫害
 ペトロがヨハネと共に、午後三時の祈りの時に、神殿に行きますと、「美しい門」という所に40歳過ぎの足の不自由な男性が地べたに座って、通りゆく参拝者に物乞いをしておりました。ペトロはこの人に目をとめ、「金や銀はないけれども、私たちにあるものをあげよう」と言って、彼に「イエスキリストの御名によって歩け」と命じました。そして、手を伸ばし、彼の手をとって起こしてやると、彼は起きあがって歩き出しました。男は、うれしさのあまり踊り回って神殿の中に入っていきます。そして、ペトロとヨハネの後をつきまといながら、神様を賛美し続けたのでした。

 すると、周囲の人たちが異変に気づきました。何十年の毎日のように「美しい門」のところで物乞いをしていた男が、見たこともない二人の男につきまといながら、踊り回って神を賛美している。いったい、これはどういうことだろう。あの二人はいったい何をしたのだろう。なぜ、あの男が歩けるようになったのか。そんな驚きと疑問をもって、人々がぞろぞろと彼らの周りに集まってきたのでした。その数は数千人にも及びました。

 そこでペトロは、彼らに向かって、「あなたがたが十字架につけた殺したイエス様の御名が、この歩けなかった男を歩かせてくださったのだ、イエス様は十字架で死んだけれども、神様はこのお方を私たちのメシア、救い主として復活させ、天の王座につかせてくださったのだ」と、力強く福音を証ししたのでありました。ここまでが、今日のところまでのあらすじであります。先週は、ペトロが人々になした説教の内容について学んだのでした。

 今日は、ペトロがこのように神殿でイエス・キリストの福音について説教をしていると、祭司たちや神殿の守衛長、サドカイ派の人々、要するに神殿のお偉方がやってきて、「こら、こら。おまえたちはこの聖なる神殿に何をやっているのだ。死んだ男が生き返ったなどとんでもないことを言いふらし、民衆を動揺させ、心を惑わすとはけしからん連中だ」と言って、彼らを逮捕し、牢屋にぶちこんでしまったというのであります。ちょっと聖書を読んでみましょう。1-3節

 ペトロとヨハネが民衆に話をしていると、祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々が近づいて来た。二人が民衆に教え、イエスに起こった死者の中からの復活を宣べ伝えているので、彼らはいらだち、二人を捕らえて翌日まで牢に入れた。既に日暮れだったからである。

 ここに書かれていることが、教会が受けた最初の迫害の記述なのです。「祭司たち」というのは、神殿で宗教儀式を司る人たちです。「神殿守衛長」というのは、神殿の秩序を保つための警察の長です。その身分は非常に高くて、大祭司に次ぐ地位であったと言いますから、神殿におけるナンバー2でありました。こういう人たちが出てきたのは、自然発生的に生じたペトロたちの集会の取り締まりでありましょう。彼らが逮捕されたのが日暮れであったとあります。始まりは午後3時の祈りの時でありましたから、かれこれ2〜3時間の集会が行われていたと思われます。しかも、4節には、ペトロの説教を聞いた5000人が信じたとあります。それだけの、あるいはそれ以上の人たちがペトロたちの周りにあつまっていたのでありました。ですから、それを取り締まろうというのは、分からないでもありません。それならば、なぜもっと早いうちに取り締まらなかったのかと言いますと、21節に、こうあります。

 議員や他の者たちは、二人を更に脅してから釈放した。皆の者がこの出来事について神を賛美していたので、民衆を恐れて、どう処罰してよいか分からなかったからである。

 これは、二人の釈放の場面で、少し先を急ぎすぎでありますが、しかし、民衆がペトロたちを熱烈に支持したということが、彼らの逮捕を遅くさせた理由であったと思われるのです。

 それから、祭司や神殿守衛長とは別に、「サドカイ派」と呼ばれる人たちがいたことが記されています。サドカイ派というのは、ユダヤの貴族階級の人たちによって構成されていたユダヤ教の一派でありました。貴族というのは、家柄とか、血筋とか、そのような伝統の中でその地位が保証されている特権階級の人たちです。伝統さえきちんと守っていれば自分たちは安泰だという腹をもっている人たちだと言ってもいいかもしれません。自然、彼らの宗教も、時代の変化などお構いなしの格式張った超保守的なものになるのです。

 その一つの現れであろうと思いますが、彼らは死者の復活とか死後の命ということを信じませんでした。死者の復活、死後の命、それは限りある世、過ぎ行くこの世にあって、わたしたちの大きな希望です。彼らの宗教には、そういう希望がなかったのです。むしろ、希望というのは、現実に不満があって、将来においてそれが解決するということでありますから、サドカイ派のように過去の栄光を守り続け、現実を維持することが何よりも自分たちに都合のいいことだと考えている人たちにとっては邪魔なものだったのかもしれません。

 ですから、復活などということを語る輩が気に入らないのです。《二人が民衆に教え、イエスに起こった死者の中からの復活を宣べ伝えているので、彼らはいらだち、二人を捕らえて翌日まで牢に入れた。》というのは、そういうことだったのです。

 ところが、彼らのそのような苛立ちをよそに、4節にはこう書かれています。

 しかし、二人の語った言葉を聞いて信じた人は多く、男の数が五千人ほどになった。

 この人たちは、ペトロやヨハネが捕らえられていくのを目の当たりしていながら、イエス・キリストを信じたのです。それは、興味半分でできることではありません。真剣に自分の救いを求め、心からここに救いがあると信じたからこそ、のことであると、私は思います。

ペトロの証し
 さて、ペトロとヨハネは一晩、暗く冷たい牢屋の中で過ごし、翌日、イエス様が尋問されたのと同じ法廷で尋問を受けました。5-7節を読んでみましょう。

 次の日、議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった。大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。そして、使徒たちを真ん中に立たせて、「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と尋問した。

 大祭司アンナスとありますが、実は彼は現職の大祭司ではありませんでした。現職はカイアファの方なのですが、現職をしのぐ実力を保持していたのです。イエス様を最初に尋問したのも、このアンナスであり、その後にカイアファのところに連れて行かれたのでありました。それに加えてヨハネとアレクサンドロという大祭司の一族も集まっていたとあります。彼らは次に大祭司になる可能性をもった人たちであります。要するに時の最高権力者たちが勢揃いしているわけです。

 普通の人であったならば、何も悪いことをしていなくても、これだけ偉い人たちの前に立たされるだけで萎縮してしまうものであります。そして、ペトロというのは、学問もなく、しがない漁師の息子であり、まさしく普通の人、名もない庶民であったのでした。ヨハネもそうです。しかし、彼らは、少しも臆することなく、はばかることもなく、かえって逆襲するぐらいの勢いで、彼らの尋問に答えるのです。8-12節を読んでみます。

 そのとき、ペトロは聖霊に満たされて言った。「民の議員、また長老の方々、今日わたしたちが取り調べを受けているのは、病人に対する善い行いと、その人が何によっていやされたかということについてであるならば、あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。この方こそ、
 『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、
  隅の親石となった石』
です。ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」


 あまり説明がいらないほど明快な答弁であります。しかし、幾つかのポイントについて説明させていただきたいと思います。一つは「ペトロは聖霊に満たされて言った」とあることです。この時よりおよそ二ヶ月前、五旬祭の時、弟子たちに聖霊が降りました。そして、弟子たちは聖霊に満たされて語り出したということが書かれていたのです。ここでもまた、ペトロは聖霊に満たされたと言われています。ですから、ここでペトロは二度目の聖霊の満たしを受けたのだと言う人もあるのです。

 けれども、それは違います。聖霊に満たされるとはどういうことか。満たされるといいますと、何か水のようなものが満ちてくるようなイメージを持ちますが、聖霊に満たされるというのは、聖霊との交わりにおいて、聖霊のイニシャティブが非常に強くなるということなのです。あの聖霊降臨の出来事以来、ことあるごとにペトロの内に住み給う聖霊(霊なる神、キリストの御霊)が語りかける内なる声を聞き、その導きを信じ、その声に服従しつつ歩んできました。それが、聖霊との交わりということであります。そこには聖霊の導きに対して、常にそれ応答するペトロの信仰というものが不可欠なのです。しかし、ここぞという時、聖霊のイニシャティブが非常に強くなって、まるでペトロの内なるところを征服し、占領し、ペトロの信仰云々を超えて、聖霊がペトロを通して全面的にお働きになることがあるのです。

 こうなりますと、ペトロにはもはや自分というものがなくなります。ただ、聖霊の働かれるままに働き、語らせるままに語るということになるのです。パウロは、コリント教会の人たちに《わたしは日々死んでいます。》と証ししました。それは、毎日、毎日、自分を全面的にキリストの御霊なる聖霊に明け渡すということをしているという意味でありましょう。そこから、《生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです》(『ガラテヤの信徒への手紙』2章20節)というような証しも生まれるのです。13-14節を読んでみましょう。

 議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった。しかし、足をいやしていただいた人がそばに立っているのを見ては、ひと言も言い返せなかった。

 語っているのは、ペトロでありながら、ペトロではありません。ペトロの内にいますキリストの御霊なのでありますから、ユダヤ教のお偉方がいく雁首を揃えたって太刀打ちできるはずがありません。しかし、大祭司をはじめ議員の面々は、ペトロとヨハネがかつて《イエスと一緒にいた者であることも分かった》とありますが、今も彼らが生ける主と共にいる者であるということは分からなかったのであります。そして、ただただ《無学な普通の人》に過ぎないこの人たちが、なぜこのように大胆に、はばかることなく、臆することなく、自分たちの前で証しができるのかということに、非常に驚いたというのです。

 「北海道が生んだ現代のキリスト」と評する人がいるほど、自分を捨て信仰と愛の道を徹底して歩まれた西村久蔵という方がいます。牧師ではなく、一人のキリスト者として生きられた方でありまして、何をなした人というのは難しいのですが、教育者であり、洋菓子店の創業者であり、北海道にキリスト村を建設したり、禁酒運動を展開したり、要はキリストの愛を自らの行動で、生き切った人だと言ってもよいと思います。三浦綾子さんが『愛の鬼才 ―西村久蔵の歩んだ道―』という伝記を書かれていますが、ぜひ一度お読みになっていただきたい本です。

 その西村久蔵が洗礼を受けて三年目、二十歳の頃の話しです。西村には儒学者の立派な祖父がいたのですが、論語には「鬼神を敬し、しかしてこれを遠ざく」と言われています。神にも仏にも一応を敬い、礼を尽くすけれども、決して神仏に頼ったりはしないということであります。西村のお祖父さんも、そういう人でありまして、宗教というのは、元来、弱くて愚かな者のための方便だという強い信念をもっておられたのです。西村もそういうことを知っていますから、ずっと自分がクリスチャンになったことを黙っていました。ところが、それが受洗して三年目にばれてしまうのです。そして何時間もこっぴどく叱られるのでした。

 「久! 誰に断って、お前はヤソを信じた?! 祖父であるわたしに一言の断りもなく、よくもヤソになってくれたのう。ご先祖に対してはむろんのこと、西村家の今後にとっても、未曾有の一大事である。返答によっては、この西村真明、決してただではすまさぬぞ」(三浦綾子『愛の鬼才』80ページ)

 西村久蔵は、祖父の激しい怒り、嘆きの声を、平身低頭して聞きながら、脂汗を額ににじませ、ただ「主よ、良き解決を与え給え。愛する祖父の怒りを宥めたまえ」と祈るばかりでありました。

 しかし、お祖父さんは西村の信仰の愚かさをたださんとして、矢継ぎ早に「ヤソが国体に反する教えであることを知っておるか!」「ヤソが、若い男女の交際を許す、危険な教えであることを知っておるか」「ヤソは親不孝の教えであろうが! ヤソの経典には《我よりも父母を愛する者は、我にふさわしからず》と書いてあるのを聞いておるぞ」「ヤソは先祖も拝まぬ宗教じゃないのか。わしが死んでも、お前は線香一本あげないのか」、「そんな邪教は今すぐ捨てて改心せよ」 さすが儒学者だけであって、非常に的を射たところをついてくるのです。それに対して西村はまだ受洗三年目の二十歳そこそこですから、とても太刀打ちできません。しかし、それでも必死になって考え、自分はキリストに救われたのだから、改宗するわけにはいかないという一心で、お祖父さんの質問にたどたどしくも答えるのです。そういうことが十日も続いたと言います。

  十日目の夜、祖父は西村にこういいます。「お前は、この十日間ただの一度もわしの質問に答えられなかったことはない。わずか二十歳のお前が、受洗して二年だというのに、そうした知恵をどこから得たのか」 その後の部分を三浦さんの文章をそのまま引用してご紹介したいと思います。

 聞かれて、初めて久蔵ははっとした。マルコ伝十三章十一節のイエスの言葉が鮮やかに胸に甦った。
 《人々なんじらを曳きてわたさんとき、何を言わんとあらかじめ思い煩うな、唯そのとき授けらるることを言え、これを言う者は汝らにあらず聖霊なり》
 久蔵は身体の震えるのを覚えた。学もあり見識もある祖父の真明の質問に、ことごとく答え得たのは、まことに聖霊(神の霊)によるものであるとの確信に満たされ、聖霊の導き、その力を改めて信じた。そして、この二年間、礼拝に欠かさず出席し、高倉牧師の説教に耳を傾けたことの恵みを思った。真明は「皇室のことにおいて過ちを犯さずば、ヤソを信じてもよい」と、機嫌よく久蔵の入信を許した。その後一週間、真明は久蔵をつれてまわり、久蔵を人々に紹介し、「この孫は本物のヤソぞ」と誇った。


 ペトロもヨハネも無学な普通の人でありました。西村らとて二十歳の若輩であり、受洗三年目の新米クリスチャンでありました。しかし、キリストの御霊がその人のうちに働くとき、そのような取るに足らぬ者であっても、決してこの世の知識や権力に負けない者となるのです。
目次

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

お問い合せはどうぞお気軽に
日本キリスト教団 荒川教会 牧師 国府田祐人 電話/FAX 03-3892-9401  Email:yuto@indigo.plala.or.jp