「もう笑わなくちゃ」(2) P.148〜P.149
ハイクでやってきたのだった。
「おはよう!」
「………」
誰一人として事務所の人間は返事をしなかったが、生来の楽観的な性格を持つ彼は、彼らに対して小指の先ほどの猜疑的な心を向けようともしなかった。鼻歌を鳴らしながら、彼は事務所の中をまるで社長が検閲見回りするかのような態度で巡り始めた。すると事務所のデスクに座る八十人程の男女は、ひそひそと陰口をさゝやき合うのだった。
「まいっちゃうよねェ、自分を何様だと思っているのかしら。」
「殿様だと思ってるんじゃないのかい、あの髭で。」
「だからタレントっていやよ。」
こんな言葉がいつも彼の背中にむけてささやかれる。しかし、彼はなおも無関心を装って……、いや無関心そのもので、超然とした姿を事務所のなかへみせていた。実際、吉田彰はチューリップの評判を落としていた。“チューリップのコンサートの時に、いつも二〜三人の少年少女が失踪するのは、吉田彰が香港のサーカス小屋へ売りとばしているからだ?――こんなうわささえ巷では流れていた。そしてそれは事実であった。若者の純な心を食い物にして生き続けている男――それはまさに悪魔としか喩えようのない冷酷無比な生活態度であった。
このことを重くみたチューリップの他のメンバー四人は、協議の結果吉田彰に刑罰を与えようということになった。
Z「これ以上奴をのばなしにしておくと、日本国全体の存続問題にかかわってくる恐れ
がある。快楽はエスカレートするものだから、早期のうちに彼にダメージを与えなくて
はならない。」
H「ダメージといったって、一体どういった作戦を立てれば良いのだろうか。具体案を
出してくれよみんな。」
U「うん、奴にも弱点はあるはずだ。どんな生き物だって完全という文字はあてはまら
ないものだ。馬の耳に念仏というくらいだから……。」
A「馬鹿!それを言うならとらぬ狸の皮算用だろうが!」
Z「アホか、おまえたちは。そういう場合は猫に小判と喩えるものだ。よく覚えとけ。」
U「ちがあろうもん!それは!」
A「みんな頭の悪かねェ!狸の皮算用で正しかっちぇ。」