天然ガスは石油や石炭とくらべて炭素を含む割合が小さいので、燃焼したときに二酸化炭素の排出量が少なく、有害物質も排出されません。二酸化炭素についていえば、石炭を燃焼させたときに出てくる排出量を100とすると、天然ガスの場合は44となります。  天然ガスは、これまで火力発電や都市ガスなどとして使用されてきましたが、上に述べたような特徴から、最近ではガソリンに代わる自動車の燃料として積極的に使用することが検討されています。さらに、燃料電池の燃料をつくるための原料としても期待されています。しかし、これまでに確認されている天然ガスは、現在の消費量で計算すると2060年くらいまでに枯渇してしまうと考えられています。  ところが最近、天然ガスの主成分であるメタンが氷のように固体になった物質が、大量に海底に眠っていることがわかってきました。この物質は「メタンハイドレート」と呼ばれ、新たな天然ガス資源の候補として注目を集めています。

  1. 南海トラフはメタンハイドレートの宝庫である
     「東海沖の南海トラフ(海溝)でメタンハイドレート層が発見されました。この南海トラフに眠っていると推定される全メタンの量は77兆立方メートルです。これは、現在の日本で使われている天然ガスの1400年分に相当する量です」。そう語るのは、東京大学大学院理学系研究科の松本良教授です。松本教授らも参加して行われた資源エネルギー庁の調査では、南海トラフに厚さ30メートルほどのメタンハイドレートを含む地層が広がっていることがわかりました。この地層の約30%はメタンハイドレートで占められており、1平方キロメートルあたり1.84立方キロメートルのメタンハイドレートが存在することになります。さらに地質調査所海洋地質部の佐藤幹夫主任研究官らの調査によると、南海トラフ全域におけるメタンハイドレートの広がりは4万2000キロ平方キロメートルに達します。これから計算すると、南海トラフに眠っている全メタン量は、上に書いたとおり現在の日本で使われている天然ガスの1400年分に相当するわけです。

  2. メタンとはどのような物質か
     メタンは、炭素と水素からなる炭化水素と呼ばれる化合物の一つです。メタンは炭素原子1個と水素原子4個とからなる物質で、分子式ではCH4と表現されます。メタンは、地球に最もありふれた燃えるガスで、自然な状態では生物の遺骸などが微生物に分解されることによって発生します。メタンは分子の中に炭素原子が一つしか含まれていないので、燃焼したときにガソリンなどとくらべて二酸化炭素の排出量が少ないのが特徴です。ガソリンや軽油とくらべると、20〜30%の二酸化炭素排出量をを削減することができるといわれています。また、硫黄やそのほかの不純物を含まないため、燃焼したときに硫黄酸化物や窒素酸化物、煤(すす)などの有害物質も排出しません。このメタンを主成分とする天然ガスを自動車の燃料などとして使用していくことが検討されているのは、さきに述べたとおりです。。このメタンが水と結合して固体の結晶となったものがメタンハイドレートです。

  3. 天然のメタン貯蔵庫
     メタンハイドレートは、永久凍土などの陸域にも存在しますが、多くは大陸棚や海溝斜面などの海底下に存在します。メタンハイドレートは、圧力が高く、温度の低い場所でなければ氷のようなハイドレートの状態で存在することができないからです。
     メタンハイドレートが生成されるためには、温度や圧力のほかにも、十分なメタンガスと水があること、メタンハイドレートが生成されるためのスペースがあることなどが必要です。このような条件が満たされたときに、泥や砂などの間をぬってメタンハイドレートの結晶ができていきます。こうして天然のメタン貯蔵庫であるメタンハイドレートの層ができあがるのです。
     メタンハイドレートの層がよくみられるのは、水深が1000〜2000メートルくらいの場所で、海底から100〜300メートルの深さのところです。また水深が500メートルくらいの浅い場所では海底から数十メートルくらいのところ、逆に水深が4000メートルという深い場所では海底から500〜600メートルのところにメタンハイドレートの層があることもあります
     掘削によってサンプルを回収する場合、メタンハイドレートは高圧・低温でなければ存在できないので途中でとけてしまいます。また、あらい砂粒のすき間をうめていたり、堆積物の中に埋没したかたまりとして回収できたとしても、みるみるとけてしまいます。松本教授はアメリカ南東岸のブレークリッジで回収したメタンハイドレートのサンプルのようすを次のように表現しています。
    「海底から掘りだしたボーリングコアの中に白く不透明で異常に温度の低い部分がありました。切り出すとみるみる分解を始め、表面はメタンガスの気泡でおおわれました。それがメタンハイドレートでした」。

  4. 海底下には膨大な量のメタンハイドレートが眠っている
     南海トラフは世界でも有数のメタンハイドレートの分布地です。また、南海トラフのほかにはアメリカのオレゴン州沖、中米のコスタリカ沖、アメリカ東海岸のノースカロライナ州沖などで存在が確認されています。さらに太平洋やカリブ海の沿岸、ノルウェー沖の北大西洋、ベーリング海、オホーツク海、南西アフリカ沖、インドの沿岸などにも存在すると推定されています。これらの情報から、メタンハイドレートの形で世界の海底に眠っている全メタン量は1000兆〜5京(10の15乗から 5×10の16乗)立方メートルと推定されています。この全メタン量は、現在世界で使用されているエネルギーの5〜200年分に相当します。ちなみに、石油の埋蔵量は現在世界で使用されているエネルギーの40年分です。
     ただし、注意しなければいけないのは、石油でも天然ガスでも、資源となり得るかどうかについては十分な検討が必要だということです。
     「現在メタンハイドレートについてはその分布や量を調査している段階です。密度が薄く、回収が難しい状態で存在していては、いくら総量が多くても資源として用いることはできません。そう言う意味では、我々が南海トラフで発見したものは十分資源となり得る可能性を持っていると思います。しかし、今後資源として使うためには、どこに、どのような状態で、どれくらい分布しているのかということを詳細に調査していかなければいけません」(松本教授談)。

  
このページは「ニュートン」2001/1月号の記事を参考にさせていただきました
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