考作舎の思考・論文

 

 ここ数年じんわりと世の中の話題になっているもの、それは平成の大合併でしょう。何事賛成、反対の声は上がるものです。しかし世の中というものは時代の求めにより変転し、姿を変えていくのが常というものでしょう。私の住んでいる大迫町花巻市になりました。もともと職場がは花巻の私にとっては大変便利なことです。証明書類なども花巻市役所でこと足りることになったのですから。

 想えば大迫町も昭和30年に1町3村が合併して出来た町です。当時は盛岡まで自転車で行ったものだという話を聞きます。今から30年前の大迫に登山に行ったことがありますが、国道396もまだところどころ未舗装でした。雨が降れば冠水して通行止めです。それも警察や行政が来て標識を出すということではなく、水が出たから通れなくなったというだけです。水が引けばまた車が通るという、まあのどかなことでした。そんなころですから当時の早池峰山へと続くみちは日本の田舎の原風景でした。霞たなびく北上山系の山々をバックに茅葺家の点在する鮮烈な美しさは今でも目に焼きついています。

そういう村々が何故合併しなければならないのか、もう盛岡、花巻まで自転車で行く人はいなくなりました。今は車です。この車のもたらした移動時間の短縮により、感覚的に地域が狭く感じられるようになります。当然行政サービスのテリトリーも広がってきます。そのことも平成の大合併の大きな要因となっているでしょう。新幹線の試験車両も東京盛岡間を2時間を切るという勢いで突っ走っています。世の中の流れを見ていると、私たちは時代の波に乗ってサーフボードで駆け抜けて行くようなスピード感でワクワクしてきます。
                                   2006.3.4

  田舎のバス

 “田舎のバスはオンボロ車 デコボコ道をガタゴト走る”昭和20年代の流行歌です。バスが交通手段として用いられてから岩手でも80年位は経っているでしょう。それから今までの進歩と言えば鼻有りバスから鼻無し形へ変わったり、車掌がいなくなりワンマンカーになったことでしょうか。基本的にはさほどの変化はありません。あの大きな図体に乗客が数人だけの乗り合いバスが走っているのを見ると、ダイナソーのようで、過去の遺物としか言い様がありません。

 何故バスがこれほどまでに時代に取り残されてしまったのでしょうか。公共性が高いということで営業許可のハードルが高く、独占的な経営事業となり競争による進歩がなかったからと言えるでしょう。今後タクシー会社や運送業界の参入が許されるならば、新しい形の交通形態が出現することでしょう。

 まずはあのバスの形が変わるでしょう。小回りがきくようにもっと小さくなるでしょうし、もうオフロードの田舎の道はありませんから車高も低くなることでしょう。携帯電話などを取り入れてバスの位置確認をしたり、乗車客は停留所以外の場所からでもバスに乗れるようにもなるでしょう。市町村で運営している通院バスや買い物バスも民間に委託することで、より効率が良くなるでしょう。

 見回してみるといつの間にやら時代にそぐわなくなってきているものが多く見えてきます。タクシーなども3〜40年前とは役割が変わってきたのではないでしょうか。かつてはタクシーに乗るという行為にステータスチックな意味もあり、大いにチップなども払ったものでした。ドライバーは給料よりもチップの方が多いという時代もあったのです。今はA地点からB地点へ行くだけの交通手段にすぎません。駅のタクシーなどは10人乗りのワゴン車を使って地域や方面を決めて、乗り合いタクシーにしても良いのではないでしょうか。

 先日三沢市に行ってきました。商店街が正にシャッター通りです。店を開いているのは10軒に1軒もあるんでしょうか。その静まりかえったゴーストタウンのような眺めに驚きました。

 日本国中の街が変わってしまいました。中央からの郊外への大型店舗の進出が直接的な要因でしょう。しかし彼らを責める訳にはいかないでしょう。彼らは時代の変化を読み取って商業的にうまく成功を収めたということですから。

 街の変革の原因はモーターゼネレーション、車社会によるものです。車の台数が増えることによる市街地の交通渋滞、駐車違反の取締り、買い物をするために駐車料金を支払わなければならない、それと駐車場の不足、これらの不都合に対処出来なかったからなのです。全国的な現象というならば誰の責任でもありません。時代の流れというものでしょう。

 こういう現象は今までにも無かったわけではありません。世界の各都市を見ても新市街、旧市街と言って、時代の要求に合わせて変化してきたのです。

 今市街地の没落の原因が見えてきて、それじゃあどうすれば良いのかは、私たちの責任でしょう。南部藩政からの名残である鉤形に曲った道がまだ残っている盛岡の道路事情を含め、車社会に合った街とは何かなど、どうしていくかこれからの課題でしょう。

 

 もう40年も前のことです。外国に初めて上陸したのはワシントン州のタコマというカナダ国境に近い田舎町でした。そこで感じた印象は間延びです。町がだだっ広いのです。店と店の距離が長いのです。

 今日本の地方都市で起きているシャッター通り現象と良く似た風景です。シャッターというものは町全体を閉鎖的にし、暗いものにする働きがあります。商売を止めてもシャッターを下ろさずに住宅として使用すれば、人が暮らしを営んでいる集合地としての景観は保たれるでしょう。店と店の距離が長い間延びした町は歩くのには向いていません。疲れるのです。そう、アメリカは車で歩く町だったのです。全てが車中心で動いている町を見て驚いたものでした。港から町の方に歩いていると必ず車が止まって町まで送ってくれるのです。そんな、歩いていくなんてという思いがあるのでしょう。

 商店街が寂しいなあと思ったら、やはり町はずれには巨大なショッピングモールがあり、町の人は一週間分の食料の買いだめをするのだそうです。今の日本と似ていました。

 これからの都市は車を中心とした街づくりが必然になるという考え方に立つと色々なことが見えてきます。かつては間口に税金がかかった為にうなぎの寝床と言われた、間口が狭く奥に長いしもたや風建築は過去のものとなり、路上駐車が出来たり、街中の空き家はそのままに放置しないでさら地にして駐車スペースに向けるとか、人口の密集した街ではなく間延びした町になって行くように思われます。

 市街地の活性化というとどうしてもテーマは賑わいになります。商店街に人が溢れかえっていた昔のことを思い描くのでしょう。地元の人たちの気持ちは痛いほど良く分かるのですが、そのことに私はズレを感じます。時代は変化しているのです。街の有り様も変わってきました。そのことが車社会によるものだと仮定してみると、住まいと暮らしが街の中にあったころと違い、ベッドタウンと言われる住宅地から街中の商店街まで車で移動しなければなりません。そして必要となるのが駐車場です。想像してみて下さい。かつて商店会主催の七夕祭りなどは人で溢れかえり立錐の余地も無いほどの人出でした。その位の人たちの車を収容する駐車場の大きさを、商店街の裏にどれほどのスペースを必要とするのでしょう。店と駐車場の比率は?、私は瞬時に大型店舗の駐車場が頭に浮かびました。正に郊外型大型店舗の構図そのものでしょう。

 商店街を昔に戻すということは大変むずかしいことなのです。ですから発想を変えて、これからの時代に合う、今までになかった新しい街とは何かを考えなくてはなりません。

 電車や地下鉄の発達した都会はともかく、車でしか移動できない地方都市の有りようとは、私はゆったりとした余裕のある町並みを想像したりするのです。

街には街路樹が茂り所々火災や災害時にも非難できるような、水の流れる小さな公園が有り、広い道路には車の駐車できるスペースが設けられているような街。そんなことは出来るはずがないと思われることでしょう。でも理想が無ければ計画を立てられません。何処を目指して行こうとしているかが肝心です。ハリウッド映画で描かれているような未来都市の道路が高架橋で三重にも四重にも重なって、人間はビルの中か地下で暮らすような未来は望みたくはありません。工業と都市が結びつくのではなく、人間が尊重されるのは、農業都市と言われるような緑と自然を取り入れたものではないでしょうか。

中心街の空洞化、国家的な大問題でしょう。これをなんとかしなければならない、早急な対策を、と色々な試みがなされています。しかしまず、原因は何かをとらえなければならないということでしょう。そして新しい都市のあるべき姿を描かなければなりません。なのに国の打った手は大型店舗への規制と駐車違反の取締りの強化です。そして郵便小包の配送車までも取り締まりの対象になりました。法の網のかけ方が全国一律で一方的な見方には権力に対しての一抹の不安を禁じえません。商業生産性の立場でみると、この件に対してはもう開いた口が塞がらないという状態ですが、アドバイサーの私たちの立場は世の動きを批判することではありません。どんな状態のときでも問題の解決のために、それではどうすれば良いのかを考え提案していくことなのです。

 大型店舗への規制は既存の小売商業者へのポーズとしては評価されるものの、実際にはあまり効果をなさないでしょう。大型店を中型店にして法の規制をクリアして、各企業がそれぞれに道路沿いに出店して新しい商業ストリートと呼べるような、今まで以上に工夫をこらした集客性のあるものが出現してくることが予測できます。

 駐車違反取締りの強化も、いずれ世論を受けてより良い方向に変化していくでしょう。運転手が車を離れている間、変わりに運転席に座って取り締まりに対抗する珍商売や、ラーメンストリートでは車までの出前も出現したようです。ああすればこうする、もぐらたたきのような庶民のしたたかさにも脱帽です。