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VOL66 実践哲学研究会会報 |
男と女
80歳を過ぎたご婦人が入院しました。見舞いに来た御主人が帰る時、奥さんが「タッチ、タッチ」と言ってベッドの中から手を上げました。夫はその手に軽く手を当てて、さよならの挨拶をしました。その姿を見て、付き添いのおばちゃんが気に障ったようです。「いい年をして」と私に言うのです。何か、年をとったならば夫婦は枯れて、男と女の感性も無くしてじい、ばあとして淡々と過ごすのが良しと思い込んでいるらしいのです。その付き添いのおばさんは、年をとった者同士が、手をタッチするのが恥ずかしいと思っているようです。
人それぞれの考え方があるのだなあと改めて思いました。自分のことを振り返ってみると、今64歳、若いときは60歳も過ぎた老人を見ると、何か他の惑星から来た宇宙人のように見えて、何を考えているのか理解できない人種のように思えていたのですが、今自分がその年になってみると、確かに見かけは老人そのものです。しかし、心の中はあの、ニキビ面していた15〜6、20歳の頃と何の変わりもありません。まだまだ心の中は、さほど成長もせず、他人の発する言葉に一喜一憂して、心は傷つきやすく軟らかいのです。若い人から見れば、ばさま、じさまに見えるでしょうが、いくら年をとったとしても、男も女も異性には変わりなく、心ときめく存在なのです。80歳を過ぎても「タッチタッチ」と言って手を合わせ、コミニュケーションを取れることって、とっても素敵なことだと私は思います。
40歳も過ぎる頃になると、夫が構ってくれなくなると不満を漏らすご婦人方が多いと聞きます。女性の心の中の花を枯らさないようにしたいと思います。ちょっとした心遣いが必要です。妻に何かのお世話をしてもらった時は「ありがとう」を言うとか、誕生日や結婚記念日にはプレゼントをしないまでも、「おめでとう」を言う気持ちです。そう、物、金ではなしに、気持ちを現すことで、妻という花は生き生きと咲きほこるのです。私はいつも妻には感謝し、それを口に出しています。夫婦でも全部は甘えてはいません。どっか心の片隅に他人だという思いがあるのです。だからこそ、他人の私にいつも色々と面倒を見、気を使ってくれて有難うという気持ちになるのです。まして気軽に「お母さん」などと呼んで、お袋変わりになど、しようとは思いません。今でも名前にさんずけで声をかけています。いつまでも恋人のような存在であって欲しいと思っています。愛だ恋だと言うと、何か若い人達の専売特許のように思われているようですが、むしろ老いてからこそ、愛や恋が輝いてくるのではないでしょうか。
先日、私の友人60歳と彼女50歳、手を取り合ってこれからの人生を支えあって行くという誓いをし、私の所へ報告に来てくれました。彼女は数年前に御主人に先立たれ独り身です。もちろん友人も今は自由な身です。大いに祝福したいものです。おたがいにそれぞれの人生の荒波を潜り抜け、色々な体験を積み重ねてきた人達です。言うならば立派な大人です。その大人同士が、確かな眼で見、選んだのですから、しっかりと二人の道を歩んで行かれることでしょう。私がこのお二人に感動したのは、恋をして結ばれたということです。中高年の一人暮らしでは何かと不便です。老後のことも心配です。入院する時の保証人が要るから結婚しましょうという人達も多いと聞きます。それはそれで、暮らしをより便利にしていく、守っていくという知恵でしょう。でも私は、年はとっても男と女は、やはり便利さよりも、愛や恋で結ばれた方がいいと思います。年だからといって愛や恋を恥ずかしがってはいけません。愛こそが人生で一番大切なことではないですか。
恋をするということは、相手の人に総てを捧げる心です。互いに都合の良いようにするというのは、自分のことを守ろうとする心です。自利、利他、私にも良い、あなたにも良いでしょうというところで手を打っているのです。でも恋をすれば、自分がありません。あなたの為しかないのです。だからこそ相手の心の中に、その心根に何とか応えようとする心が産まれてくるのです。己を捨ててこそ浮かぶ瀬もあるのです。愛には勇気が求められるのです。己を捨ててまで恋に生きる、その勇気に私は惜しみない拍手を送りたいと思います。
横浜で塗装業を営んでいる友人がいます。私が船に乗っていた時からの付き合いです。まだ結婚もしていない時に、今の奥さんが船に面会に来ていました。若い頃は、中国映画の女優、チャン・ツィーにそっくりでした。今はもう子育ても終わり、友人と一緒に奥さんも現場に出て、仕事を手伝っているというのです。工事現場では、夫婦のペンキ屋さんといって有名なそうです。普段、家で強がりを言っている職人仕事の男たちも、心の中ではきっと羨ましいと思っているのではないでしょうか。夫婦で働く、とっても素敵なことですし、回りにも妻という花を枯らさないでねというメッセージを発信して、よい影響を与えていることだと思います。
任天山人