囲炉裏 第二話

雪が降る。鎧戸を締め切った家の中は 昼だというのに 裸電球の明かりだけ。朱赤に燃える炎が手元に赤く映る。 雪下ろしの雷が轟く。風の向きが変わって、戸板を揺さぶ る。 今度こそ、と願いを込めて、お睦を縫っていた。縫い目 は見る事が出来ない。火の傍によって糸を針に通しながら。 傍らでは姑が石臼を挽く。縦線下の粳米を真ん中の穴に落 としながらごろり、ごろごろと臼を回す。舅は藁を槌で叩 いて柔らかくしている。 身寄りの無かった私を嫁にしてくれた舅姑には、言葉で は言い尽くせないほど、感謝している。後は、丈夫な赤ん 坊が生まれてくれれば、もう、望むものは無かった。2度、 流してしまった私に、男の子で無くても良いよとまで言っ てくれたのだから。 あの人は雪の降り出す前に出稼ぎへと行ってしまった。 名前を考えて、はがきを出すからと言って。 とん、とお腹が内から蹴られる。もう少しだから、元気に 生まれてきてね。 ねじ巻きの時計が時を打つ。シクシクと進めていた針を一時 止めて、少し、体を伸ばした。玄関で音がする。 ガタガタと入ってきたのは上の家のお嫁さんだった。夏 に男の子を生んでいる。 「ちっと、豆炒ったすけ、食わんかね」 風呂敷包みから丼に入った豆が取り出される。 「婆ちゃ、元気かね」 姑が声をかけた。 「腰ぁ痛ぇってあで、今、寝てらあで」 少し困った顔をする。 「そいがあかね、冷えるすけねえ」 石臼の周りの新粉をはき集めて盆に移した姑が立ち上がる。 「後でアンボを持っていくすけそ、おとなしく寝てらっし」 「わぁりいねぇ」 そういって、上のお嫁さんは帰っていった。 こね鉢に取った新粉に少しずつ湯を加え、こねてゆく。 耳たぶくらいの硬さにこねたものを一掴み位にちぎる。大 根の葉の味噌で煮たものを包みこんでとじる。鍋に沸かし た湯でぐらぐらと茹で上げた。 「ちっと、いってくらあね」 そう言って姑は雪の降りしきる中へ出て行った。 大きなお腹から、火箸を伸ばして囲炉裏に埋めたアンボを ひっくり返す。自在鈎に掛けた鉄瓶がシュンシュンと音を たてる。パンパンと足踏みをして藁沓から雪を落とす音が した。 「ばぁか降ってきたあよ」 すっこを脱ぎながら姑が言った。 全部払い落としたつもりだった雪が流れ落ちて板の間に 水滴が落ちる。台所から漬け菜を出してくると、そのもま ま囲炉裏の傍らに座った。舅も手を休めて囲炉裏に近寄る。 灰の中から焦げ目のついたアンボを掘り出す。灰を叩き 落として、二つに割った中から味噌の香りがたった。 臨月になったのに、あの人からの手紙は来ない。顔には 出さないように努力はしているけれど・・・・・。 重いお腹を抱えて、そっと冷たい寝床に体を横たえると 不安に捕らえられる。無事でいるだろうか。生まれるのに 間に合わなかったらどうしよう。もしかして、向こうで女 の人に夢中になって忘れ去っているのだとしたら・・・・ しっかりしなければ、と思いつつ。寂しさが募る。 珍しく晴れ上がった日、本家の旦那さんが私を迎えにい らっしゃった。 「転んだら、大事だすけ・・・・」 不安がる姑。 「ダイジョブだすけ、オレがちゃんと、付いてるすけな」 そういって、宥めて私の手を引いてくださる。 藁沓の靴底が、キュキュッと、粉雪を踏みしめる。久しぶ りに眺めた雪原は、銀粉を散らしたかのよう。時折、風に 吹き上げられた雪が、マントの襟元から入り込んできて、 思わず首を竦める。 「驚かそうとおもったすけ」 奥様がそうおっしゃって、にっこりとほほえまれた。未だ に何のことか判らない私は、勧められた座布団に苦労して 正座をした。 ネジ巻き式の掛け時計が、ジィィーと微かな音を立てた後、 ポォーンポォーンと時を告げる。 ジリンジリン・・・と、黒く艶やかな電話が鳴った。聞き なれない音に思わず強ばる。 「おまさんに」 電話を取った旦那さんが、手渡して下さった受話器を両手 で受け取る。 大切な人が、私の名前を呼ぶ。あなた・・と呼びたくて、 でも、本家の旦那さんの前では、はしたないかも、と思い 口に出せなくて逡巡する。 『元気か?』 「・・はい」 泣かないようにするのが、精いっぱいだった。
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