カスミ草とヒランヤ
今回は植物の秘めるパワーと六芒星について。

 

高校2年生も終わりの方が近くなった冬のこと。

友達が、私たちの間で人気のある、おじさん先生の顔をいたずら描きしました。
それも、私の机に。

鉛筆なのでいつでも消せるし、「いつもニコニコやさしい○ちゃん」などとコピーまで付けてくれているとおり、可愛らしい絵だったので気に入ってそのままにしておきました。

ところが数日後、その後ろにお化けのように襲いかかる三角目の影の落書きが書き加えられていました。ごていねいに「影の声」などと記名までしてあります。

これは、さっきの家庭科の時間に私の机を使ったとなりのクラスの男子に違いない!誰かは知らないけど、ウィットに富んだやつだ。
私は’影’の頭に包丁の絵を刺して「許さん! by光の声」と書いておきました。

次の週には、包丁が消され絆創膏に描き換えられており、「エリザベスー!」と言って介抱する悪魔の絵が描いてありました。
落書きは互いの応酬によって家庭科の授業で教室を空ける度ごとにひどくなり、いいかげん収拾がつかなくなってきた頃に、私たちと部室を共有している某部の男子部員が声をかけてきました。

「クラス、2組だよね? 」
「うん」
「ひょっとして、席、窓際から2番目の、前から3番目じゃない?」

ははーん、私はピーンときました。こいつめ。

「そうだけど」

「−−−お前、なんか机に落書きしてるだろ。」

・・・あれ?書いてる当人じゃないのかな? ・・たしかに、ちょっと離れて見ても判るほど真っ黒くなっちゃったからねぇ、机。
・・・
「うん。してる」

やりすぎだぞ、と注意されるのかな・・と思った瞬間、

「俺様の芸術がめちゃめちゃじゃないか」

こっ、こいつーーっ!

もともと顔は知っていたものの話したことのなかった私たちは、これを機会に机全体に広がりつつあった落書きを消し、代わりに顔を合わす度に「よくもエリザベスに・・」だの「悪魔ー!」だの、ほんの二言三言ではありますが会話するようになりました。

彼は、M君といいました。名前もしばらく経ってからやっと知った感じでした。

それからしばらくたったとき、その部屋に行くと、M君から唐突に「何か入れ物がないか」と聞かれました。「これは?」と紙の箱を指さすと、「水が漏れると駄目なんだ。なんかプラスチックか金属のがいいんだよな」と言います。

「何につかうの」
と聞いたにも関わらず、返ってきたのは答えではなく 「あった!これでいっか」というセリフでした。

それは小さなプラスチックのカップで、もう一度何に使うの、と聞こうとしたものの「じゃ、外行こう。いくぞっ」 ・・と言われてしまって、勢いに押され一緒に廊下に走り出たのでした。

小走りになりながら、大股ですたすた言ってしまう背中を追い必死で大声を出します。

「ちょっとー!それっ、何に使うのっ?」
「土だよツチ!外だ、そと!」
「土〜?土入れて何すんのー?」
「種だよタネ!いーからついて来てみ!」

昇降口から靴を履いて、正門から出て、道路の脇の空き地に来ると、M君が言いました。

「やべっ、あー掘るもの持ってこなかった。おいどーすんだよ、掘るもの忘れちゃったじゃないか、どうする」

・・・それは私のせいなわけ?

「手で掘れば?」
「しょーがない、手で掘るか」

M君が手指で土を集めようとしましたが、数回も表面ばかりをこすっていてだめだと判り、私は思いついて

「ねー、そのカップで掘ったら?」と言いました。

「なんだよ、もー最初っからそうすれば良かったじゃないか、お前そういう事はもっと早く言えよ、ほらできたじゃないかーどうしてくれるんだー」

・・・だからなんで私のせいなんだってば

うらめしそうな口調で土をみるみる掘り、とにもかくにもカップにいっぱいの土を入れて、M君はポケットからあるものを出して見せました。

「ほら。これをだな。」
「何これ」
「カスミ草のタネが偶然あったんだよ」
「あの部屋に?」
「ああ、で、やっぱ種は植えてやらないとかわいそうだろー。」

学校で部屋に種があったからって植えようとするかね。

「よしっ。じゃあこれをちゃんと花まで咲かせるように。」
「えっ!?私が咲かすの??」
「んー、とりあえず交代で面倒見よう。まず俺が持って帰って芽を出させるから。」

なんですとー?

「よし、一週間交代で見よう。お前枯らすなよ。」
「こんな小っちゃなカップで育つかなぁ」
「何言ってんだよ、こういうものは根性だよ」

勝手に気合いを入れられて、私は抗う気も起きず、その日M君は家にそのカップを持って帰ったようでした。

翌日から、部活で顔を合わせば「まだ出ない」とぼやいていたM君ですが、ちょうど1週間たつ頃、「おい!芽が出たぞ!」と大喜びで声をかけてきました。そして、「明日持ってくるから、明日から面倒見てくれ、立派に育てろよ」といかにも嬉しそうに言いました。

「どうだ、まいったか」と言わんばかりに自慢げで、私もとても楽しみになりました。

翌日見せてもらったカスミ草の芽は、なんだか判らないほどどこにでもありそうな、小さな双葉でした。背が1センチ以下、双葉は合わせて5ミリくらい・・と、本当に小さくてひょろひょろしてました。

「これ、今日双葉が開いたところなんだよ。」

へぇ、と脇から下からぐるぐる見ながら、こんなちっちゃなカップで、少ない土で大丈夫かな・・とおもっていました。

「じゃ一週間よろしくたのむぞ?」

というわけで、ついに私の所にカスミ草がやってくることになりました。
M君はこのカスミ草が育つのを相当期待している気がしました。

たいへんだなぁ。

育てるのが、という事ではなくて、こんなにも期待されているこの花を預かるプレッシャーが。

私は家に帰るとまず水をカップに溢れるまで入れ、吸い込まれない余った分の水を捨てると、北側にある台所の上に置きました。窓があるので、外の光で明るい方がいいだろうし、水道ならよく使う場所だから、忘れてても目に付けば、水やらなきゃって思い出すだろうし、すぐに水がやれるし、などと考えていました。

そう思って、気を付けなきゃと気をひきしめていたはずなのに、もう翌日には私はすっかりこの双葉ちゃんのことを忘れてしまったのです。いえ、翌日は憶えていました。学校でも、M君に様子を聞かれたのでした。けれどその日は、「昨日水をたっぷりやったから、根腐れしないように今日はやらない方がいいだろうな」と思いながらカップを見たら確かにまだ湿っていて、「しばらく水は与えない方が良さそう」と思ったのです。

それが「しばらく様子も見なくてもいい」という事では無かったのに、それっきりになってしまったのでした。

毎日水道を使っているにも関わらず。

そしてある日、水道に来たら突如目に入ってきたのです。土がすっかり干からび、表面が一枚の皮のようにめくれ上がって、その上に眠るように枯れ草色の双葉が倒れている例のカップ。

私は一気に突き落とされた気持ちになりました。

どうしよう!あんなに気を付けなきゃと思っていたのに。

慌ててカップを手に取り、双葉に触れると、カサ、という擦れるような手触りがしました。
この感触。すっかり乾燥しきっている。

・・・・・・ミイラだ。

兎にも角にもとりあえず、反射的に水道の蛇口をひねりカップに水をなみなみ入れました。土の表面が、乾燥しすぎのためか逆にバリアのようになり、水は透明なまま層になってなかなか吸い込まれません。
双葉の方は、水に浮いたようになり、葉との境界は表面張力のように曲面になっていて全く水となじみません。

透明な水の中の枯れ葉の飾りもののようになってしまったカスミ草を見ながら、やっと頭がものを考えました。
どう考えても、死んじゃってるよね・・
明らかに手遅れ。無駄なことをしている、と判りました。
これが自分のカスミ草だったら、見つけた瞬間も「やっちゃった・・・」と思って諦めたでしょう。

でもこのカスミ草は預かりものだ。とっても期待してる人がいる。
だめでもいいから、最後まで手を尽くしたって納得できるまで、諦められない。

そう言い聞かせながらも絶対無駄だと諦めているくせに、私は水が早くしみるようトントンとカップを軽く落として振動を与えたりしました。

そして火事の時マクラを後生大事に持ち出してしまうように、なんの目的もなく自分の部屋へカップを持って上がりました。

階段を上がりきりながら見えてきた部屋は日差しが柔らかく入り、足を踏み入れた瞬間。

目に入ってきた東の窓。焦げ茶の木の勉強机。部屋の気。その瞬間私は「はっ」とひらめきました。後頭部から、頭の中身を撫でながら気体で出来た指揮者の手が一カ所から曲線を描いて両手を広げたようでした。

とり憑かれたように大学ノートと赤とオレンジのカラーペンをとり、ノートを広げると私はほとんど自動書記のようにぐりぐりとフリーハンドで六芒星を描き始めました。色は鮮やかなオレンジでなければいけない。星の線は太くないと。1.2センチ以上にはなりました。中央の六角形に3重の円を描きました。色の薄いペンの赤にオレンジを気が済むまでかさねて、インクが次のページにまで滲みました。

グルグル書きながら、ふと私は自分が書いているこの六芒星がどうして植物に有効なのだろう、と思いました。

自分は確信に満ちてこれを作っているけれど、誰に聞いた覚えもないし、、

あ、そう言えば、ヒランヤって聞いたことがある。

中学生の時にここへ引っ越してきた日、片づけきらなかった段ボールの山に囲まれて弟の部屋に父も私もみんなで狭い思いをして寝ることになったんだっけ。その時初めて私は夜のラジオを聴いたんだ。
いつもの「えのさんの、おはようさ〜ん!」みたいに爽やかに始まるのとちがって、柏原芳恵ちゃんがつぶやくような静かに「芳恵、お茶って大好きなんです」と語りかけてきた。
アイドルがラジオに出てたなんて!
この一言ですっかりラジオの虜になって、’松田聖子の夢で逢えたら’とか、色んなスター目当てに私は深夜番組を聞き始めたんだった。

それで「ヒランヤ」のコーナーがあった。
「ヒランヤをたばこの下に敷いて吸い比べ」とか、いろんなリスナーからの「ヒランヤを使ってこんな効き目があった」報告があって、その時、花瓶の下にヒランヤを置くと切り花の保ちが良くなるって言ってた気がする。
そして、ヒランヤは金色で六芒星の形をしてるって言ってた。針金とかで自作してみても効く、って。

オレンジ色じゃなくちゃ、と思った自分の行動を思い出しながら「金色に近い色ってことなのかな」などと頭の後ろで考えました。

私、その時の事をどこかで憶えてて、とっさにやろうと思いついたのかも知れない。

そういえばヒランヤを開発した本人か会社の人だか、ラジオに直接出てきたことがあったぞ・・あれ、電話で出たのかな・・効果を強めるために色んなパターンを開発してるとか・・

とりあえずこれでいい、と思える、手書きのヒランヤができました。さて。日当たりがよくて日差しの強すぎない、東の窓の桟にこれを置いてみよう。駄目かも知れないけれど・・おこう。

六芒星の一つの角は、東に向けなくちゃならないんだ。どっちが東だろう?

いつもなら捜し物に手間取るくせに、何故かその日は引き出しに昔の学研の付録だと思われる小さな方位磁針が直ぐ目に付くところに入っていたので、なるべく正確にこの自作ヒランヤを設置することができました。

そしてきっちり中央にくるように、一番小さな円の真上にカップの中心を合わせて、私はカスミ草を見つめました。

これだけじゃダメだ。念じなきゃ足りない。

本当にもう祈るような気持ちで、私は東の方向に向かって糸でも突き刺すかのようにひたすらカスミ草が蘇るよう念じました。誰かにお願いするのではなく、カスミ草自身に生き返る力がみなぎるよう。

よし、と納得するまで力を込め終わって、ふと私は考えました。

はて。東に六芒星の角を合わせるっていうのは、どうして思ったんだろう?

ラジオでそんなことは言っていなかった気がしました。どこかで見たのか、忘れてるだけかも知れないけれど、内側に三重の円を描いたのと、鮮やかなオレンジ色じゃなきゃと思ったのと、方位が大切だって思ったことについては、なにか別なところから受けた啓示だったような気がしました。

とにかく駄目で元々だ。。

しかし夕方になり日が落ちて、夜寝るときにも、枯れ草となった双葉に蘇る気配はなく、ただ乾燥して白茶色だった茎と葉の色が水のせいでワラビの煮物のような濃い茶色になっていただけでした。
私は「このまま腐ってしまうな」と思いました。

腐って溶けたようになった茎を想像しながら「ドロドロになる前に捨てなきゃ」と思ったものの、もうパジャマになって寝るばかりだった私は、「今からわざわざしなくても、明日捨てればいいし、どうせ駄目なら一晩待っても同じだ、もしかして夜中にもっと水を吸うかも知れないし・・」など捨てきれない未練も手伝って、そのままにして寝てしまうことにしました。

明日の朝これが母に見つかって「またこんな枯れたの処分しないで」と叱られるかな、などと心配しながら。

そして翌朝、

・・・奇跡は起きていました。

誰がどう見ても一度死んだとは思えないほど、カスミ草の芽は青々として、茎の色は薄黄緑、双葉は前よりも濃い緑、しわなんてないどころかつやつや光っているようでした。

信じられない。

私は思わず触れてみました。固くてピチピチして、張り裂けんばかりに中が詰まっている感じがしました。

東のパワーだ!だから、朝、効いたんだ!朝日が東側に上ってくるから・・!!

誰も言わないのに勝手にそう思いこんで、私は思わず太陽に手を合わせて拝んでしまいました。
はぁ〜ありがたやありがたや、ナムナム、という感じ。(別にそうは言いませんでしたが)

一体この子を預かってから何日たってたんだろう?あいつは私のこんな苦労も知らないだろう。もう今日か明日が交代の日のはずだ。
私は何故か勝ち誇ったような気持ちになりました。

えぇーい、絶対花咲かせろよォ!

「はい、じゃよろしく」
「なんか全然育ってないなぁ」
「なぁーに文句言ってんのー!大変だったんだからー、もぉ一週間まいにち世話見てさー」
「それ「面倒見た」か「世話した」かどっちかじゃねーか?」
「も、言い間違っただけでしょーよ」

・・・とまあ色々ありましたが、私は無事にM君に元気なカスミ草をバトンタッチする事ができました。

めでたし、めでたし。

おわり

参考: おととい判明したヒランヤと六芒星の違い

私はこの当時、六芒星のことをヘキサグラムとかダビデの星とか言うのと同様に「効果があるもの」という前提で使う時は六芒星のことをヒランヤと呼ぼう、という事なのかと思ってたんですが、

この体験談を載せるにあたってインターネットで調べてみたところ、ヒランヤは六芒星と全くイコールではなかったのでした。。

「ヒランヤ」は中央に水晶玉だかレンズだかがはめ込まれていて、その枠として六芒星の形をした金属の額を使ってあり、
前に太陽の写真を置く等の一定の条件を満たすと効果の出る道具、として特許だか実用新案だかに申請している名称、とのことでした。

一昨日まで知らなかった・・・

ところで、ヘキサグラム(六芒星)やペンタグラム(五芒星)などの「形」についてどういう効果がある、という事を「例の彼ら」に言われたことがあります。
その時になって、カスミ草の謎が解けたという気は多少しました。

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