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の事件は、筆者にとって非常に印象深い。なにしろ、実際にTVで生中継を見て
いたのである。
昭和57(1982)年8月31日。横浜球場での横浜大洋−阪神戦。
7回表タイガースの攻撃。藤田平の打った打球は、三塁と本塁の中間あたりに
フラフラと上がった。処理しようとした横浜大洋の三塁手・石橋貢は、これを取り
損なってしまった。この時、石橋のグラブに触れたかどうかは微妙であった。
その打球は、フェアエリアに落ちたあとにファールエリアに転がった。その間に
藤田は一塁に駆け込んでいる。
この時、三塁塁審の鷲谷亘は、石橋のグラブに接触していないとしてファールと
判定した。これに頭に来たのは阪神ベンチ。「石橋のグラブに触れたではないか」と
猛烈に抗議した。興奮した島野育夫コーチ(現中日コーチ)と柴田猛コーチが
大暴れして、鷲谷審判員に殴る蹴るの暴行。止めようとした岡田功主審に対しても
何度も蹴り上げた。
激怒した審判団はグラウンドから退場した。この時、岡田審判は怒りに任せて、
プロテクターとマスクを思い切りグラウンドに叩き付けたのを筆者はよく覚えている。
判定に怒った監督が、選手をベンチに引き上げさせることはたまにあるが、審判が
退場してしまうという現象は、そう滅多にあるものではない。
試合再開しようにも、それを宣告すべき審判が態度を硬化していなくなってしまっ
たのだからどうしようもない。結局、阪神・安藤統男監督が審判団に謝罪して、島野
および柴田両コーチを退場処分して、試合は再開された。
暴力コーチの無軌道ぶりにも驚くが、阪神球団の態度にも呆れる。事態をまったく
軽視しており、彼らには特に処分を下さなかったのだ。世論からの猛攻撃を受けて
改めて驚いた阪神と、事態を直視したセントラル・リーグは、ようやく両コーチに
無期限の出場停止処分と罰金10万円を課した。
読まれている方は驚かれたのではないだろうか。無期限出場停止はともかくとして
罰金わずかに10万円である。これだけのことを仕出かしたのにこの程度なのだ。
それも、下田武三コミッショナーからの強い勧告があってからの話だと言うから、
もはや何をか言わんやである。
下田コミッショナーは元最高裁判事だ。阪神とセ・リーグの動きの鈍さに呆れたの
ではないだろうか。
ちなみに、この事件は横浜地検が動き、両コーチを傷害罪で略式起訴している。
当然であろう。
残念なことに、翌58年には、改悛の情著しいとして、両コーチとも処分を解かれて
いる。だが、夏休み期間中、22,000人のファンの前で、TV中継されている中で、
プロ野球のコーチが、暴力団よろしく審判員を袋叩きにしたのである。永久追放で
当たり前ではないか、と筆者は信じている。