まで記載した「乱闘シリーズ」(これもけっこうご好評いただいた。みんな、そんなにケンカが
好きなのか!?(^^;))は、選手、首脳陣、審判や観客まで巻き込んでの殴り合いが多かった
    が、今回はさらに試合放棄のおまけまでつく。

     時は昭和29(1954)年7月25日のこと。場所は大阪球場、カードは阪神−中日である。
    なぜ関西で行なわれた阪神主催ゲームなのに、甲子園ではなく大阪球場なのかというと、
    当時まだ甲子園にはナイター設備がなかったため、ナイターの日程の時は、大阪球場を間借り
    していたためである。そう、この試合はナイターであった。

     ご存じの通り、この年は中日が初優勝を飾り、そのままの勢いで日本シリーズでも西鉄を
    撃破して日本一になった。一方の阪神も優勝争いに参加し、最終順位で3位になっている。
    好カードだったのだ。
     ファンの期待に違わぬ熱戦は、9回を終わって2−2のタイスコア。しかし延長10回の表、
    ドラゴンズは主軸の杉山悟左翼手が豪快にレフトスタンドへアーチを掲げるなど集中打を見せて
    一挙に3点を奪い取った。その裏のタイガースの反撃が騒動の要因になる。

     先頭打者の代打・真田重男が、カウント2−2からの投球をファイルチップした。そして、この
    打球を中日の河合捕手が直接捕球したかどうか、判断の難しいプレーとなった。主審の杉村
    正一郎審判は、いったんファールと宣告した。この判定に対し、河合をはじめ中日サイドが
    「直接キャッチしている」と抗議する。杉村主審も自信満々の判定ではなかったようで、すぐに
    各審判員を集めて協議した。挙げ句、「今のプレーは河合が直接捕球したものと認める。従って
    三振である」と宣告した。

     当然こうなれば、今度は阪神が黙っちゃいない。「いったん下した判定を覆すとはなにごとか」
    と、阪神ベンチからは闘将・藤村富美男三塁手兼助監督が飛び出し、杉村球審の胸を突いて
    猛抗議した。慌てて松木謙次郎監督も飛び出し、藤村と杉村の間に割って入った。これ以上、
    藤村を興奮させてはならない。藤村には連続試合出場の記録がかかっている。ヘタに審判に
    手出しして、退場処分を食らい出場停止にでもなったら目も当てられない。抗議をするならオレが
    する、というわけだ。

     とはいえ、松木だって面白くない。相手の抗議を受けて簡単に判定を覆すとはなんだ、ことは
    ルール適用の問題ではなく、アウト・セーフ、フェア・ファールの類である。審判の判定が最終決
    定のはずだ。無論、自軍に不利な判定になったから怒ったのであろうが。
     ムカムカしてきた松木は、このいい加減な審判を懲らしめてやろうと、大外刈りをかけようと、
    杉村審判の腕を掴んだ。松木は柔道三段の猛者である。その腕は球界内に轟いており、杉村
    も、もちろん知っている。「ヤバイ」と思ったのか、杉村は技をかけられぬよう、グラウンドに座り込
    んでしまった。これでは投げ技は出来ない。松木は何度も杉村を立たせようと、腕を引っ張ったが、
    杉村は根が生えたように地べたから離れない。

     審判と阪神の押し問答に興奮したファンの一部、100名ほどがグラウンドに乱入した。身の危険
    を察した審判団は、審判室へ逃げ込んだ。グラウンドは興奮したファンが大騒ぎ、これでは試合に
    ならぬ。阪神サイドは諦めて、ファンを説得してスタンドへ戻ってもらい、真田の三振はしぶしぶ認め
    て、リーグへの提訴試合にすることを条件に試合再開を了承した。
     スタンドへ暴徒が帰ると、ようやく審判はグラウンドへ登場、まず暴力行為の松木監督に退場を
    命じた。これは阪神としても仕方ない。その後のこと(提訴試合にすること)を審判と、阪神サイドの
    次席責任者である藤村助監督、金田正泰主将が話し合ったが。杉村主審はあることに気づいた。
     目の前の藤村である。元は言えば、こいつが私に暴力を振るったのが原因ではないか。こいつも
    除外しなければならない。
    杉村は、まだ目を血走らせている藤村に対し、「さっさと風呂へ行きたまえ」と言った。大リーグでも
    「シャワー室へ行け!」というのは、グラウンドから出て行けと同義語なのであるが、直接「退場」と
    言わなかったため、藤村の方は退場だとは受け取らなかった。これがまずかった。

     結局、1時間あまりの中断の後、10回裏阪神の攻撃は、真田三振で1死から再開された。
    簡単に2死目もとられたが、そこから吉田義男遊撃手が四球を選んで出塁した。続く渡辺もライト前
    へヒットして2死ながら1、3塁というチャンスを迎えたのだ。ここで登場したのは、阪神ファンの期待
    を一身に背負った、主砲・藤村である。しかし藤村は退場処分になっているはずである。少なくとも、
    宣告した杉村球審と、監督・助監督が退場のあとの責任者である金田主将は、そう理解していた。
    金田は藤村の代打に石垣を起用する旨を杉村に伝えた。藤村の代打ということで緊張した石垣は、
    入念に素振りを繰り返した。ところが、ベンチ前で素振りしているその石垣の前を藤村がバットを
    持って横切り、打席に向かったから事件が起こった。

     ボックスに入った藤村に対し、主審・杉村は「君は退場だろう」と言ったので藤村は頭に血が上った。
    「そんなことがあるか」と杉村に突いて猛抗議。ファンも藤村退場を知らなかったから(当時は場内
    アナウンスなどありません)、「なぜ藤村が打てないのだ」と、再度怒りが爆発。今度は500人余りの
    観客が場内に侵入した。さきほどの怨みもあるから、ファンの暴れ方は尋常でなく、恐れをなした
    審判団が逃げ出ると、鬱憤晴らしに球場設備をことごとく破壊して回った。こと、ここに至り、収拾は
    ほぼ不可能と判断、試合中止が決定された。この混乱を鎮めることができなかったのは主催球団の
    責任にあり、ということで阪神の放棄試合と相成った。よって、試合は9−0で中日の勝ちとなったが、
    10回に飛び出た杉山のホームランはマボロシとなった。
     ところで藤村だが、制裁金5万円と出場停止20日間の処分を受けた。これにより、ずっと続けてい
    た連続試合出場は1014試合で途切れてしまった。
      ファンによる、贔屓の引き倒しの好例でもあった。


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