川事件第二幕である。
昭和53(1978)年秋。11月20日、江川は100名以上の報道陣が押し寄せる中、成田空港へ
    戻った。そしてその足で、かねてより代理人となっていた自民党衆議院議員・船田中(元衆議院
   議員の船田元氏の祖父)
氏秘書の蓮見進氏のクルマに乗り込み、都内の蓮見秘書の自宅へと
    向かった。そこで、巨人入団へのウルトラC、驚天動地のプランを聞かされることになる。

     彼らが着目したのは、プロ野球協約第138条だった。少々長くなるが、事の本質を確認するため
    に、まるごと引用するのでおつき合い願いたい。

      第138条(交渉権の喪失と再選択)
       球団が選択した選手と翌年の選択会議(筆者注:ドラフト会議のこと)開催日
      前々日までに選手契約を締結し支配下選手の公示をすることができなかった
      場合、球団はその選手に対する交渉権を喪失するとともに、以後の選択会議で
      再びその選手を指名することはできない。ただし、その選手が文書をもって再び
      その球団に選択されることを承諾する場合はこの限りでない。


     赤字の部分に注目して欲しい。船田氏と蓮見氏は以下のように解釈できるとしたのである。この
    年、ドラフト会議が行われるのは11月22日。そして前年ドラフトにより江川の交渉権を獲得したライ
    オンズの交渉期限は11月20日までだ。つまり、11月21日に関する表記は何もない。だから、
    どこと契約してもよいのだ、という論法である。

     さらに以下の条文にも目をつけた。

      第131条(新人選手の選択)
       球団は日本の中学校、高等学校、大学に在学し、未だいずれの球団とも選手契約を
      締結していない選手(以下「新人選手」という)と、選手契約を締結するためには、選択
      会議で同選手に対する選手契約締結の交渉権を取得しなければならない。

      第141条(契約可能選手)
       球団は、選択会議終了後、いずれの球団にも選択されなかった新人選手と自由に
      選手契約を締結することができる。
ただし、第135条(選択選手)の規定により選択する
      ことのできない選手とは選手契約を締結することができない。(以下略)


     巨人サイド(というか船田サイド)は、ドラフトの前日は、ライオンズの契約が切れたあとであり、
    この間であればどこでも契約可だと見た。上記の通りである。そして131条で述べている新人選手
    とは、在学中の選手のことであり、江川は卒業生なのだから、これには該当しないはずである、
    と主張したのだ。

     しかし、いかがですか、この論法(^^;)。さすが国会議員が絡んでいると思いませんか?
    なんだか、憲法9条をゆがめて曲解して、固有の戦力は持たないと書いてあるのに、自衛のため
    の戦力保持を否定しているわけではない、なんて解釈しちゃうのに似てますよね?(^^;)
     当時、國學院大學の法学部教授を務めておられ、大の野球ファンとしても知られる佐藤隆夫氏
    は、自著の「プロ野球協約論」の中で、「協約138条にいわゆる「前々日」とは、西武の江川選手
    に対する交渉権存続の最後の日であり、前日において他球団が選手契約を締結できるとは規定
    していない。前日とは、各球団に新人選手選択の余裕を与えるための事務的手順のための日で
    ある」と述べている。さらに、この日は閉鎖日のことであり、大リーグなどでは、この閉鎖日が2
    週間設定されていることも表記しておられる。
     また、「在学生、卒業生ともに133条に規定される新人選手である」と、当たり前のことも改めて
    述べている。
     ようするに、巨人並びに船田サイドの主張は、言葉尻をとらえた揚げ足取りに近い、かなり低レベ
    ルの恥ずかしい文言だったのである。

     話を戻そう。
     江川は仰天し、そして苦悩した。本当にそれでいいのか、法的に問題ないとして、道義的にはど
    うなのか。世論から非難されるのではないか。しかし、政治家、そして巨人軍の後ろ盾もあった。
    彼は決心した。
     江川の意志を確認した蓮見氏は、巨人代表の長谷川実雄氏と顧問弁護士・山本栄則氏と協議、
    法的に問題のないことを確認し合った。そして蓮見氏は、明けて11月21日午前2時30分、時事
    通信社と共同通信社に対し、明朝11月21日午前9時より「江川選手に関する記者会見を行う」と
    伝えた。江川は、その前の午前7時には父親を交えて、船田事務所において、巨人との入団契約
    を終えていた。

     この年からクラウンライターより経営権を譲り受けた新生・西武ライオンズは、無論そんなことは
    知らない。11月20日、交渉期限が切れたことにより、江川の獲得を断念する旨を発表した。
     そして21日、巨人の会見。青天の霹靂だったのは西武だけではない。ドラフト会議実行委員会
    に集まったコミッショナーほか、プロ野球関係者も同様である。まず巨人は、セントラル各球団の
    承諾を取り付けようと、実行委員会の開催されるホテル・グランドパレスの喫茶室に5球団の代表
    呼び、事態を説明した。さらに会議においては、金子鋭コミッショナー鈴木竜二セ・リーグ会長
    らに事情聴取を受ける形になった。セ・リーグ各球団ははもちろん反対で意見統一され、セントラルの
    鈴木会長も巨人から出されていた江川の選手登録をその場で却下した。

      激昂した巨人・長谷川代表は、球団事務所に帰るやいなや、押し掛ける記者連に対し、
     「こうなったら脱退だ。中央突破あるのみ、全面戦争だ!」と言い放った。そしてその言葉通り、
     後ほどこう発表した。「巨人軍は重大な決意のもと、明日のドラフト会議には出席しない。そして
     明日、リーグ会長とコミッショナーに異議申し立てを行う」。


注釈:メールにて、Kまさんより「船田元氏の父親は元栃木県知事の譲氏であり、中氏は祖父にあたる」と
    いうご指摘を受けました。このような誤りはなかなか気づかないのですが、今回はKまさんのご指摘
    により修正させていただきました。ありがとうございました。

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