リーフ投手はつらい役どころだ。うまく抑えて当たり前、ヘタに打たれれば、ファ
ンや監督に白い目で見られる。それよりつらいのは、交代したばっかりにみすみす
   勝利投手の権利を失ってしまった投手に顔向け出来ない、ということだろう。

    それを、よりによって3試合続けてサヨナラ本塁打を食らった投手がいる。
   南海の名ストッパーとして鳴らした佐藤道郎である。

    昭和48(1973)年5月30日、後楽園球場での対ロッテ戦。Wヘッダーの
   第2試合、8回裏途中から佐藤は登板した。実は佐藤は、5月27日近鉄戦
   Wヘッダーに2試合とも登板、29日ロッテ戦にも投げており、4連投だったの
   である。
    
    さて、その試合。9回表を終わって3−1と南海リード。しかし佐藤は連投の
   疲れもあったのだろう、1点を奪われたあと、代打の榊親一にサヨナラ3ランを
   浴びてしまった。

    1日おいて、6月1日の阪急戦(西宮球場)。4−3と1点リードして7回途中か
   ら松原明夫をリリーフした佐藤は、8回に同点に追いつかれ、9回には福本豊
   にサヨナラホームランされてしまう。

    翌日、同じく西宮での阪急Wヘッダー第1試合にも佐藤は投げた。7−7の
   同点で迎えた延長10回裏に登板したものの、長池徳二にサヨナラ本塁打を
   かまされた。
    第2試合も1点を争う展開になったのだが、さすがの佐藤もリリーフを買って
   出る気力は失われていた。結局、そのまま先発の西岡三四郎投手が投げ抜い
   て、4−3で逃げ切った。

    佐藤の名誉のために書いておくが、佐藤はこの悲劇に遭うまでは42イニング
   を投げて、被本塁打は池辺徹(ロッテ)に打たれたわずか1本だけなのだ。本塁
   打には縁遠い投手だったのである。

    さらに、上記の文章を読んでお気づきの方もいらっしゃるだろうが、佐藤は9回
   のラストイニングだけ投げる今時の軟弱リリーバーとは訳が違うのである。
   横浜の佐々木が凄いのは誰でも認めるところだ。だが、リードした最後の1イニ
   ングしか投げないという点が、筆者にはどうしても気に食わない。佐藤や宮田
   正典(巨人)ほどとは言わない。が、ちょっと前の広島・津田恒美や中日・郭源治
   などは、同点だろうが、8回からだろうが投げたのである。佐々木にそれが出来
   ないとは思えない。



      戻る