夏豊。日本プロ野球が生み出した屈指のサウスポーである。
江夏に関わる記録は数々あるが、今回紹介する2つの記録は、江夏らしさがプンプン漂うもの
    だろう。

     まずひとつめ。昭和45(1970)年9月26日、甲子園で行なわれた阪神−中日戦。
    ・・・、まあ、四の五の言わずに、テーブルスコアでその記録の凄まじさを味わっていただこ
    う。ドラゴンズの打撃成績である。安打は赤で表示する。
    註:飛=フライ、ゴ=ゴロ、直=ライナー、邪=ポップフライ、安=ヒット

 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13
8 中 左飛     二飛         二ゴ         二ゴ                
打8伊藤竜                                             左飛    
9江 島 三振         右飛         三振         三ゴ         遊飛
7菱 川 三振         三振         一ゴ         遊ゴ         捕邪
3ミラー     三振     三振         中飛         三振         三振
2木 俣     三振         遊ゴ         三直         三飛        
4高木守     ニ安         遊飛         右飛         二飛        
6一 枝     三振         左飛         中飛         右飛        
5島 谷         中飛         二ゴ         右飛                
打5江藤                                             三振    
1田 辺         遊飛         中飛         三振         三ゴ    

     どうです、この記録。気がつきましたか、江夏は2回に高木守道にセカンド内野安打を
    許した後は、13回まで完全に抑えているんです。数えてもらえばわかりますが、なん
    と34打者連続で凡打に仕留めているわけです。パーフェクトゲーム以上の記録なんで
    すよ!
     しかし、なんで13回まで行くのか。もちろんダメ虎打線も中日・田辺投手に抑えられて
    無得点だったからです。砂浜に砂で城を作り、すぐに波に壊されるような無為な状況が
    続き、とうとう、延長14回表、この回先頭の木俣達彦捕手が、江夏の速球を捕らえて、
    ものの見事にレフトスタンドに叩き込んだ。ガックリきた江夏、心臓発作を起こしてしまい
    ダウン。そのまま入院するハメに陥った。江夏投手は、ふてぶてしいように見えても、
    生まれつき心臓が弱かったんです。
     これだけにピッチングをして負け投手。「骨折り損のくたびれ儲け」とはこのこと。

     さて2つめはどうかな。
    昭和48(1973)年8月30日、やはり甲子園で行なわれた阪神−中日戦。
    この年は阪神と中日、巨人に広島が激烈な優勝争いを演じていて、首位阪神と2位中日
    のゲーム差わずかに0.5というギリギリのところで、8月28日からの阪神−中日3連戦
    があったわけだ。初戦、死闘の挙句2−2で引き分け、第二戦は9−2で中日打線が爆発
    し、首位にのし上がった。そして迎えた3戦目が問題のゲームだ。

     阪神は万全を期してエース・江夏が先発、ドラゴンズも左腕エースの松本幸行投手が
    マウンドに登った。松本は、独特のクイックモーションで打者を翻弄、シュートとスライダーを
    武器に、タイガース打線に的を絞らせない。一方の江夏は豪速球で中日打線を牛耳る。
    4回に谷沢健一一塁手、5回に広瀬宰遊撃手を四球で歩かせたのみで9回を抑えきった。
    しかしゲームは終わらない。相変わらずのダメ虎打線が、松本を打てなかったからだ。
    さらに10回、11回と三者凡退に終わらせた。依然ノーヒットである

     このままでは3年前の二の舞になる・・・。江夏はそう思ったのではないだろうか。
    「そんなに打てなきゃワシが打つ」と言って、延長11回裏の打席に向かった。江夏は、松本
    の投じた変化球(カーブもしくはスライダー??)をフルスイングすると、打球は詰まりながらも
    フラフラとライト頭上へ舞い上がった。タイガースファンと江夏の思いを乗せたボールはラッキー
    ゾーンに飛び込むサヨナラホームランと相成った。
     ノーヒットノーランを達成した上、自らのサヨナラホームランで決着をつけてしまったのだ。
    ちなみに、延長戦でノーヒットノーランしたのはこの記録だけ
     試合後のインタビューで、しみじみと「野球はひとりでも勝てるもんやなあ」とつぶやいたとか。
    こうして、見事に3年前の落とし前をつけてしまった江夏豊。こんなすごいピッチャー、もう二度と
    出ないだろうな。

 *情報提供いただきました岸本保さま、ありがとうございました!

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