手と捕手を除き、いちばんボールに接触する野手は誰だろう? 聞かれるまで
もなく一塁手と答えるだろう。なにしろ、内野ゴロがあれば、一塁に送球する可能
    性がいちばん強いし、一塁ゴロだってあるし、フライだってある。
     なのに、試合でボールに触らずに済んだ一塁手だって?

     昭和57(1982)年5月23日、秋田で行われた近鉄−西武のWヘッダー第2
    試合での話。このゲームで西武のファーストを守ったのは、スタメンで広橋公寿
    6回から片平晋作なのだが、両者ともに守備機会ゼロ。刺殺もなければ補殺
    もなし、もちろん併殺もなし。おまけに牽制死もなければエラーまでなかった。

     では近鉄打線が内野ゴロを打たなかったのか。いや、いくらなんでもそんなこと
    はなかった。

     いきなり初回先頭打者の平野光泰がセカンドゴロを打っている。が、この打球は
    一・二塁間の飛んだために、一塁の広橋も打球を追っていたので、ゴロをさばいた
    セカンドの送球を受けたのは、ベースカバーに走った投手の杉本正だったのだ。

     2回、二死一塁で吹石徳一がサードゴロ。しかし、打球をさばいた三塁手は二塁
    へ送球して、一塁走者の有田修三を封殺。二死だったから一塁へ送球して併殺を
    狙う必要もない。

     3回、無死二塁。大石大二郎がピッチャーゴロを打った。さすがにこれは一塁へ
    送球するかと思われたが、二塁走者の森脇浩司が飛び出してしまい、投手は三
    塁へ送球して森脇を刺した。

     9回、一死一塁。有田修三がサードゴロ。三塁手からセカンドへ送球してフォース
    アウト、一塁に転送してダブルプレー・・・と思いきや、一塁走者の羽田耕一が巧み
    にスライディングして、一塁送球を阻んでしまったのである。
     こうなると呪われている気すらするねぇ(^^;)。

     結局、ライオンズの一塁手は、投手からの牽制球を受けるのみだった。
    この手のものは記録的に非常に地味で、スコアをとっていた公式記録員も見過ご
    していた。後日、記録を整理して初めて判明したという次第。

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