項番 日付 項目 内容
13 2008.05.03

183系往路
「足利藤まつり1号」が、急いで小山駅に行かなくちゃ
宇都宮線下り9番待避線。1ヶ月ぶりの小山駅です。
上野からの「足利藤まつり3号」入線。
お客さんは、足利(富田)で下車するので桐生止です。
6両満席状態(JRさんホクホクですね)
ヘッドマークあり(GW限りなのに)
10:10乗務員交代して両毛線へ
宇都宮線(東北線)下り9番待避線から両毛線へは、ポイント一箇所で入れます。
2008.05.03

485系往路
何と常磐線「いわき」から来ましたです。
183系よりチョットくたびれていますね。(塩害のせいで)
この列車も6両満席です。
この16番線北進の出発信号が青になるのは、年に何回あるのでしょうか。(南進は水戸線で常時)
さー発車です。先ずは、14番を渡ってと。
水戸線から両毛線に入るには、宇都宮線(東北線)の上り線、下り線を横断しなければなりません。

中央下の車止めが水戸線15番線、
左側のホームが宇都宮線上り(退避線)13番線です。

何処のポイントで渡って行くのでしょうか?。
如何でもよい事なのですが、どうも気になるのです。
私も鉄系の一員になってしまったのでしょうか。
此処は何処だ!
?? まだ、宇都宮線上下本線を渡っていない様子です。
両毛線に渡るとすれば此の辺でしょう?
左の115系が両毛本線、EF210が宇都宮線上り本線
2008.05.03

183系復路
17:02「足利藤まつり3号」が帰って来ました。
上左の両毛本線に入って行きました。朝の9番線から上野へ
2008.05.03

485系復路
17:10手前で2分間停車 そうですポイントが!
宇都宮線の上下線が空かなかったのです。
錆びている渡り線が開きました。
やって来ました。此れから如何する?
渡り線からすんなり宇都宮線の上下本線を横断しました。
第2場内信号どちらの16番でしょうか?
この列車小山駅17:14発
福島県の「いわき」には何時に着くのでしょうか。
いくら快速とは言え20時過ぎでしょう。朝7時に「いわき」を出発して来てさぞかしお疲れ様です。
お客さんの行かれたところ↓
http://www.ashikaga.co.jp/index2.html

「いで爺」は、庭に咲いた藤で我慢我慢でした。
2008.05.04 16番の確認
12 2008.05.02 中央の線路が手前の今は無き旧橋梁に
項番11の思川方の築堤も整地されていました。
項番1の
1888年(明治21)に当時の両毛鉄道が建造した煉瓦積み橋脚も(半年の間に)すべて撤去されていました。

左奥がもとの思川の本流だったのですが、橋脚を撤去した事で上流下流の落差(約2m)がなくなり、流れが平坦になりました。
此れで、鮎・鮭が溯上できる事でしょう。

橋脚を保護していたテトラポット(コンクリート)の残骸が山積みです。←
まだまだ河川改修工事は続きそうです。
(JRの予算ではなく、県の予算で)
丁度、小山発高崎行の上り電車が鉄橋を渡って来ましたのでおまけに1枚。
ところで18x?系でしたっけ。
いや、107系のようでした。

これで、「両毛線第1思川橋梁シリーズ」は、終わりです。
11 2008.05.01 2007.10.09撮影
半年間掲載するのを忘れていました。
というか、退職前仕事が超忙しかったものですから。

いよいよ旧両毛線第1思川橋梁の撤去です。
線路はすでに撤去されて、築堤も崩す作業中です。

で、煉瓦造りの橋脚の撤去工事の写真は撮れずじまいでした。
小山方
思川方
40tクレーンだそうです。
ワイヤーを掛けるフックが4箇所に取付けてありました。

吊り上げ開始


無事着地
10 2007.05.26 思川駅方にある新橋梁接続用のコンクリート橋。
旧線路は、土盛りの上に敷設されていた。

総工費45億円も撤去工事を残すのみですね。
もう、思川の増水で運休になる事はありません(^o^)

[下野新聞記事(2007.05.19土)] は、こちら
小山駅から2.5Km地点標識

確かに旧第1思川橋梁側の線路が切れています。
望遠なので、急カーブに見えますが結構緩やかです。

旧第1思川橋梁の撤去工事は、何時から始まるのでしょうか?

明治の遺産[1888年(明治21)に建造された煉瓦積み橋脚]がまた一つ姿を消します。
2007.05.25
深夜

2007.05.26
未明
2007.05.26午前01:30頃)
眠くなったので、これまで!!
てな訳で、小山方の接続完了です。
酒を呑み過ぎ、酩酊状態でやっとの撮影でした。
とにかく、人力作業が重要な線路切替工事でした。
既設線路を切断
ベロが8本ある重機(ベロを振動させて砂利を締める機械)
線路を持ち上げる機械登場
既設・新設線路のずらし完了

線路を上方向に大きくずらすため重機で砂利を掘削
小さくずらすため人力で砂利を掘削
人力で線路を上方向に小さくずらしている
切替作業開始(23;30)
下り最終通過(小山行き23:20)

上り最終通過(桐生行き23:15)

2007.03.24 [架線高さ調整作業]

線路の切替は、5月23日未明
始発から新鉄橋に切替わるそうです。
2007.03.23 [架線張り作業]

2007.03.21 [新第1思川橋梁]

新しい架線の吊り金物が柱に取り付けられました。
次の工程は、架線張りですね。
2007.03.10










思川の思川駅側は、小山側に比べ20m以上の落差があり、線路も結構な勾配になっています。

[10.6下り勾配標識]
10.6m/1000
2007.03.10

[小山駅方]

[ 思川駅方]
[両毛線新第1思川橋梁]

2007.03.10現在
工事の進捗も架線を吊るのみとなった。



信号機
 →








2007.03.04










[両毛線第2思川橋梁]

「こらア〜!!」と言う人はいませんでしたが、線路に立ち入ってはダメですね(T_T)。
前の信号機がなので、後ろ(小山方面)から電車は来ないのです(^;^)。
単線ですけど一応信号機の理屈は、知っていますので。

第1があれば第2がありますよね!
第1橋梁から数100m思川駅よりにあります。
川に架かっているのではなく、橋の下は2本の農道と用水堀になっています。

ここは小山市豊田地区(島田)、昔から豊田米と言って米どころですが、小山側に比べ20m以上の落差がありよく洪水にみまわれたとか。
そうそう、旧島田橋は思川増水の度に流されていたっけなア〜。
そこで、田んぼに土盛りして線路を敷き橋を架けたをいう事です。だから、橋の下は川ではないのです。
2007.03.03 [在りし日の「小山ゆうえんち」&両毛線第1思川橋梁]

今はなき、観覧車・小山タワーが写っています。


[栃木県の土木遺産]より

増渕清司さん撮影
URL:http://www.doboku.shimotsuke.net/index.html
歴史ある土木構造物に関する素晴らしいHPです。
2007.02.27 [両毛線第1思川橋梁]  2006.07撮影

いやはや錆びだらけの鉄橋になってしまいました。
1888年(明治21)に当時の両毛鉄道が建造した橋脚は煉瓦積み。歴史を感じます。
数十年前にコンクリートで補強した様です。
鉄橋下で水浴びした小学生の頃は、コンクリートは無かった。
コンクリート部分の橋脚下4.5m標識で運行規制、橋脚下4m標識は即運行停止です。
トラス構造になってないので、突風で電車が転落? ああコワア〜(*_*)。

両毛線