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 チゴユリは、林床に生え高さ20cmあまりの小さな多年草です。4~6月に茎頂に1〜2個の白いかわいい花を咲かせます。花後、地中ではランナーが伸長し始め、秋には1cm~60cmに伸びたランナー先端で新芽が形成されます。冬にはその新芽を除いて全て枯れてしまいます。このように、多年草ですが毎年親植物が枯れて栄養繁殖体を介して更新される擬似一年草なのです。そして更新されるたびに生育場所を少しずつ移動します。有性生殖である種子以外でもランナーによって新天地を開拓できるという特徴があります。
 飯綱高原には多数のチゴユリが群生しているところがあります。6月初めそこで縞斑のチゴユリを見つけました。しかし、斑が入っていたのはその一株だけでその回りにも、遠くの株にも斑入りのチゴユリは見つけられませんでした。
 斑が入って白いところには緑の色素・クロロフィルがありません。クロロフィルは葉緑体の中にあって光エネルギーを吸収する大切な役割をしています。そして吸収された光エネルギーを用いて、根などから吸い上げた水と気孔から取り入れた二酸化炭素で炭水化物を合成しています。これを光合成といいます。その観点からすると、斑入り植物は光合成のスピードが落ちて正常の株に比べて成長が遅くなるリスクがあります。大切な光合成を犠牲にしてまでなぜ自然界で斑が入ったチゴユリが見られるのでしょうか。
 斑入りの原因には大きく分けて二つ考えられます。一つは、感染や物理的刺激によるもので二つめは遺伝子の変異によるものです。このチゴユリは、同じユリ科の観葉植物であるオリヅルランの斑と類似しているので遺伝子変異によるものと考えられます。この斑入りが自然界で不安定なことは、莫大な株数の中で一株だけしか見つからなかったことからも明らかです。人為的に保護しなければ廃れてしまう運命なのでしょう。
 園芸に限れば斑入りは観賞価値が高いと見られ、特に日本で珍重されています。オリヅルラン、アイビー、ポトス、フィカス・プミラなど斑入りが一般的な観葉植物だけでなく、古典園芸植物である万年青(おもと)や、原産地が南アフリカのクンシランさえも日本に来て斑入りの品種が確立され販売されています。自然界では競争力が低く絶えてしまう品種でも、人の力で選別し挿し木・株分けなどの栄養繁殖で保存されると後世にその遺伝子が残ります。

 ところで、正常と斑の部分で細胞にどのような違いがあるかが興味がもたれるところです。そこでナカフオリヅルランの葉の顕微鏡写真を撮ってみました。

 葉の断面

 上が緑色をした部分の顕微鏡写真で、下が斑入りで白い部分です。細胞の配置や構造には両者で変わりは無いようです。南アフリカ原産で乾燥に非常に強いオリヅルランの表皮は大きな細胞からできており、光沢があるクチクラ表皮組織で内部を乾燥から守っています。斑入り部分には葉緑体がどこにも見られませんでした。

 葉の表面からの顕微鏡写真

 通常の緑色の部分と斑入で白色の部分を顕微鏡で観察しました。

 葉緑体の粒

 表面から見た葉の顕微鏡写真です。上の写真よりさらに拡大しました。楕円形の葉緑体の粒が細胞内にいくつも見えます。

 境界領域の葉緑体

 緑色の部分には葉緑体の粒が見えましたが、白色の部分にはそのような構造物は見られませんでした。葉緑体を持つ細胞と持たない細胞が整然と並んで接しているのがわかります。

 この写真のように、斑入りの部分には葉緑体が全く無いため白く抜けて見えます。写真では分からないのですが、白い部分には葉緑体の前駆体である色素体プラスチド)という器官があるそうです。一般に、色素体に光が当たれば葉緑体に分化するのですが、斑入りの部分では何らかの理由で葉緑体に変われない色素体が存在しているということです。

 葉緑体は、光合成細菌が細胞内に共生したことが起源と考えられています。葉緑体は独自の核酸を持ちDNA複製をして増殖しますが、植物にとって利益になるように植物細胞側がそれをうまくコントロールしています。

 その観点から、斑入りには次のような原因が挙げられます。
1.葉緑体をコントロールする遺伝子など、核中の遺伝子に変異があって斑が生じる。
2.葉緑体の遺伝子に変異があり、葉緑素が無い細胞が増殖する。細胞質を持つ卵細胞からのみの遺伝なのでこの場合、斑は母性遺伝となります。
3.茎頂分裂組織の三層構造のうち、いずれかの層で葉緑素を失う変異が起こる。周縁キメラと呼ばれる斑です。中斑になったり、外斑になったりします。例えば、内側の細胞層で葉緑素が欠失すると中斑になります。これは株の中では安定した斑入りですが、子孫に遺伝しないという特徴があります。種子が外から二層目の組織を基に作られるからだそうです。
 その他、
4.ウイルスが感染して斑が入ったり
5.トランスポゾンと呼ばれる動く遺伝子が発色の遺伝子に影響を及ぼすと斑になる
ことが知られています。