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  • マムシグサ(サトイモ科テンナンショウ属)

この植物の特徴は、食虫植物のサラセニアを思い起こさせる独特な花の形にあります。マムシグサは食虫植物ではないので、この花で虫を捕らえ栄養を吸収することは無いのですが、虫をトラップして花粉を運ばせるというたいへんユニークな仕組みがありますので紹介したいと思います。

まずは、その生活史から。     地下の芋(塊茎)に栄養を蓄える多年草で雌雄異株です。種子から発芽したマムシグサは、一定の大きさになるまで何年間かは葉だけであり、花をつけられません。ある程度塊茎が大きくなってくると、まず雄花をつけます。さらに何年かして十分塊茎に栄養をため込んだ後は雌花をつけることができます。一度雌株になった株でも雄株に戻ることもあり、栄養状態によって雄雌が分かれるいわゆる性転換植物なのです。

その構造について     葉は2個で、それぞれが鳥足状の小葉に分かれています。花は仏炎苞で覆われており、構造的にミズバショウ(サトイモ科ミズバショウ属)の花と似ているとみて差し支えありません。仏炎苞の色は、写真1/2のように緑色のものから紫褐色のものまでバリエーションがあります。そしてどの色の株でも白色の縦縞が入っています。送分昆虫を迷わせることなく導くための模様なのかもしれません。仏炎苞の一部が屋根のように伸びていますが、これは筒の中の花を水から守るための雨よけの働きをしています。また、天井を覆い暗くすることで、一度花に入った昆虫が明かるさを求めて上から逃げ出さないようにもしていると考えられます。
仏炎苞の屋根をめくり上げて雄花序と雌花序を観察しました(写真左3:雄株)(写真右4:雌株)。筒の中から覗いている棍棒状の付属体の大きさが雌花序の方が太いのがわかります。     それから仏炎苞の巻き方ですが、上の写真1/2のように右前のものもあれば左の写真3/4のように左前になっている株もあります。着物の「合わせ」が男女で逆になっているように、雄花序、雌花序で決まっているわけではありませんでした。花の発生段階で偶然決まるのか、遺伝的に決まっているのかは不明です。
「合わせ」の元の所を拡大したのが写真5/6です。左の写真5は雄花序で小さな穴が形作られているのがわかります。この写真では見えにくいのですが、穴の周りに花粉が付いているのも確認できました。花粉まみれの虫がこの穴から出た証拠です。右の写真6は雌花序で、雄株のような穴はなく、ぴったり閉じられています。雄花序の付属体の方向から入った昆虫(主にキノコバエの仲間)を付属体の下にある雄花で花粉まみれにしてこの小さな穴から外に出し、雌花に向かわせ受粉させる仕組みです。虫たちはにおいでおびき寄せられているらしい。
雄花(写真左7)と雌花(写真右8)を観察するために花序を断面にしました。付属体の太さは断然雌株の方が太く大きく、雌花の上にある「返し」も大きく張り出していました。雌花序に入った虫が簡単に上から逃げないような仕組みになっています。雄花にも「返し」はありましたが、「返し」と仏炎苞の隙間に少し余裕があります。
主な送粉昆虫はキノコバエですが、それより少し大きいショウジョウバエの仲間やアリが迷い込むこともあります。写真左9:雄花序に入ってしまったショウジョウバエはその脱出口から逃げることを試みましたが、穴の大きさが体より小さかったので、穴に詰まってしまってそのまま死んでいました。また、アリたちは花序の中に落ちている虫を目当てに花序の中に入ることもありますが、仏炎苞は大変滑りやすくできているので、歩行の名手のアリでも上から逃げるのは一苦労です。写真右10は、雌花序の上から覗きこんでいます。雌花序には脱出口がないので、キノコバエは逃げ出すことができず、雌花序の中で絶命することになります。花序の根元の方は明るくできているので虫たちも安心して奥の方に落ちていくのでしょう。
以上の様に、においでおびき寄せたキノコバエを雄花序では花粉まみれにして脱出口から外に出し、雌花序では虫を逃がさず受粉の仕事をさせるというかなり高度な構造と作戦をとっている植物と言えると思います。