■□静寂なる、白き王の。 〜六〜 <<noveltopnext>>
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とうの昔に、許している。
自分も、
そう、『神』と該当されるモノ達も

なのに何故?

簡単な事だ。
彼の者の絶対的な『モノ』は『神』ではないのだ。









「お兄様、何処か具合が?」
「兄さん、何かあったの?」
目に入れても痛くない、妹と弟がキッチンで朝食の片付けをしている
ルルーシュに問いかけた。
本来ならば、それとなく接してルルーシュから理由を聞こうと思っていたのだが
そんな悠長に待っていられないほど、兄の動作が変だった。
昨日は生徒会主催の誕生日パーティがあって
経費が云々言いながらも喜んでいた。
しかし、心、此処にあらず。
笑みを浮かべつつも、何もない所で転んだり、柱に頭をぶつけたり。
しかも、得意な料理を、焦がして失敗させたり、
終始眉間に皺を寄せて云々と考え込んでは、ほんわ〜と花咲くように笑んだり
昨晩は遅くまで服を選んでいた。
「いや、別に、何もないが」
洗い物を終えて、
エプロンを畳んでイスにかける。
心配そうに見上げる二人の頭を撫でるルルーシュは
やはり何処か、そわそわしていた。
「兄さん、あの……」
「咲世子さんの云うコトをよく聞くんだぞ。
今日、出かけるが、6時には帰るから――」
「う…うん。ナナリーは任せて」
「ロロがいなくても、私は大丈夫ですよ!」
「よく言うよ! この前、僕がいなきゃ遅刻だったじゃないか」
「あれは、偶々です」
「コラコラ、喧嘩をするな――そろそろ、出かけるから」
小突きあい始める二人を軽く叱り、ルルーシュは歩み出す。
その足取りは、鼻歌を口ずさみスキップでもしそうだった。
「あう……兄さん…どうしたんだろ」
「……デートでしょうか……」
「ででででででででででででっ!?!!!!!
駄目だ!兄さん!兄さんには僕がいるのにっっ!!!!」
飛び出さんばかりのロロを、がしりとナナリーは腕を掴んだ。
「何処に行くんですか? 今日は任されたのでは??」
「いなくても大丈夫って言っていたじゃないか!」
「発言に責任を持たなければ、お兄様に嫌われますよ」
ぐっとなるロロをナナリーはニコリと微笑む。
ナナリーも、飛び出して兄の後をついていきたい衝動はあるけれど
あんなに嬉しそうな兄の姿を見ては
そうもできない。
何より、兄は6時には帰ると行ったのだ。
もしデートだったとしても、それでも兄は門限通りに帰ってきてくれるのだ。

兄が、其処に、微笑んで、一緒に、



それは、幸せ。


「兄さァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!!」
「お行儀が悪いですよ!!」









待ち合わせは枢木神社の第一鳥居前。
時刻は午前10時。
コースプランは向こうが決めると言っていたが、
想定される状況を推測し、1500通りのサポートをインプット済み。
服装は、普段着ている黒や赤系のものではなく
白とピンクのさわやかなモノだ。
(別に、わざわざ買ったワケではないぞ!)
と、誘われた日、早々に服を買いに走ったルルーシュである。
小走りで道を歩み、脳内でシュミレート続ける。
(財布は持った、サポートプランも十分、ハンカチも持ったし
時間は大丈夫……でも、本当なんだろうか)
普段はポジティブシンキングであるが
彼に関してはネガティブになりやすい。
あの貼りついた笑顔で
――ごめん、急用が出来てしまって……
と、ドタキャンされる可能性がなきにしもあらず。
そもそも、『好きだ』と言ってくれた事さえ

「ルルーシュ、おはよう!」

思考を止めるように、彼は、いた。
黒いコートに白のシャツ、ジーパン。
裾の長い黒のコートはすらりと伸びた長身を際立たせ
30過ぎに思えぬほどの、容姿のあどけなさを目立たせた。
ふと、その黒コートの長い裾の揺れに、脳内が揺らぐ。
掠める記憶の欠片を過ぎて、それでもルルーシュは思考を停止させていた。
和服以外の彼を見たのが始めてであり
直面している現実に嬉しさ最高潮だった。






やはり、ルルーシュの性格を察して約束の一時間前に
来て正解だったとスザクは思った。
駆け寄ってきたルルーシュは、白いジャケットに淡いピンクの
襟シャツにネクタイ。クリーム色のスラックス。
遠い記憶の中の、彼とは違う――実際はゼロという記憶を封印
された時と同じ色合いの服装だ。
彼には黒の服が似合うが、白の服も似合う。
容姿もあるだろう。
けれど、それより彼の内面の二面性を見せられているようにも思えた。
悪魔のような一面。
天使のような一面。
相反の一瞬の煌き。

彼は、生きている。
彼は、死んだ。

スザクはゆっくりと微笑んだ。

「行こう。ルルーシュ」

頷く、彼を見つめて前へと歩み出した。
音が聞こえる。
終わりの、最期の、音。
待ち望んでいた。

乗り越える時。

あの時も、今日のように、澄み切った青空で。






「やっぱり、賑やかだね。駅前って」
キョロキョロと駅前に来たスザクは、立ち並ぶビル群を見上げる。
賑やかな雑踏に、溶け込んでいるようで、明瞭にスザクという存在はいた。
「あまり、来ないのか?」
「うん。これといって、用もないからね」
黒のコートを揺らして、スザクは振り返る。
「誘った本人が、それで大丈夫なのか?」
腕を組んで言うルルーシュに、スザクは笑う。
「えっと、大丈夫だよ」
「……お前な、」
やはり、サポートプランを立てて良かったと思った。
それを言おうとした時だ。
トンッと見知らぬ男がぶつかってきた。

グニャリ

視界が一瞬、歪む。
意識が遠のきそうになる手前、グイッと腕を掴まれた。
「ルルーシュ、」
ふわりと、額の、赤い鳥のような痣が視界に入る。
真摯な淡褐色の瞳が翠に煌き、それはすぐに消えて
微笑む彼がいる。
「あっち、行ってみようか」
そのまま、腕を掴まれたまま、歩み出す。
「ああ、」
背後に、車の騒音が聞こえて
あまり気にせずに思考をスザクに向けた。
(……今、腕を掴まれている)
掴まれ、ぐいぐいっと引っ張るように見えて
誘われるような自然な引き方だ。
逆に、引き寄せて、腕でも組もうか。
(いやいや、オカシイだろう! 同性同士で腕を組むなど!)
自分の思考に、ルルーシュはツッコミを入れながらも
安堵感と、キモチの昂ぶりを感じた。
ルルーシュにとって、あまり感慨はないが
自身の顔が綺麗と部類されているのは知っている。
その手の方面から、狙われる事もあり――本当に危機的状況の時は
何故かいつも、スザクが救出してくれていたが――嫌悪はあるが
否定はしていない。
何より、自分が、同じようにスザクに感情を向けているのが
矛盾を生んでいる。
説明はできない、この感情は、愛にも、恋にも、友情にも似ていて。
綺麗事に収まり切らない、それは正しく本能に思えた。

スザクが、好きだ

それが、全ての答だ。
(腕を……いや、手を繋ぐのは、普通に見えないだろうか?)
30過ぎの男であるスザクは、見目は自分と何ら変わり無い年代に見える。
芯のある強さを感じさせながらも、ふんわりとした雰囲気は可愛らしい。
可愛らしいと表現できるが、少女に向ける可愛らしさではなく
幼い少年に向けるモノだ。
それは童顔も起因しているだろうが、決して女の子に見える訳ではない。
手を繋ぐのは、変だろう。
だが、しかしだ。
悔しいが自分より少し大きい手は、温かく包み込み安堵と優しい気持ちにさせる。
(でも、いや……スザク、スザク)
眉間に皺を寄せて考え出す始末のルルーシュの腕を引き、
スザクは歩む。
「わー、あれっ!」
「…おい、急に腕を引っ張るな!」
「ごめん、ごめん。あれ、見てよ! 猫さんだ」
ニッコリと笑うスザクに、何か普段と違うモノを感じる。
口調が、だ。
「お前、猫が好きだったな」
「噛まれるけど、ね」
甘い声色は同じだけれど、違うのだ。
そう、同じ年齢で、肩を並べて、いるような。
普段の、それでも年上である雰囲気が微塵も感じられないのだ。
「あ〜、あっちの子猫も可愛いなぁ」
ウィンドウショッピングと言うべきか。
ペットショップのウィンドウに、可愛らしい猫たちが外から見えるように
設置されたスペースにいる。
終始、此処は見られる場所であるから
ストレス軽減の為、決められた時間でしか此処にいないだろうけれど。
上手い具合に、客足を誘う効果はあるようだ。
はふっと吐息を零して見つめるスザクに、ルルーシュはクツリと笑う。

「浮気していると、アーサーに嫌われるぞ」

「え、」

少し驚いた顔が、此方に向けられる。
同じように驚いた顔をルルーシュもする。
言葉が、するりと零れ出たからだ。
「アーサーって、」
「…すまない。生徒会で飼っている猫なんだが……」
スザクに生徒会との交流は、当然ながらない。
相手が驚くのも当然だろう。
「そっか、可愛いくて、素敵な猫さんなんだろうね。きっと」
何事もなかったかのように笑う。
それが、少しだけ寂しそうに見えた。
「……スザク、」
何か、言おうとした。
けれど、その前に、手を握られた。
「あそこの、クレープ美味しそうだ!」
「っ、スザク、おいっ……」
それは自然に握られて、唇が勝手に綻んでしまうし、頬が熱くなる。
その手が誘うままに、止めた歩みを進めた。
背後に何か、喧騒が聞こえたが、ルルーシュの思考までは届かなかった。




ルルーシュの手を引いて、歩む。
周りは、賑やかで、変わりの無い平和な世界。
だと、言うのに。
(ルルーシュは、もう、償いは終わっている、)
明日を望んだ、その自らの死によって。
そして、魂そのものを鎖で繋がれ、血を流し苦しみを与えられたCの世界で。

なのに、何故。

今日、この日、越えられれば
彼は明日へと、羽ばたける。

なのに。

スザクは内心で、舌打をした。
コードをCの世界に繋げ、彼の命を奪う切欠を見つけ潰す。
当初は、傍にいるだけで回避できるかと思われたが
この澄み渡る青空の下。
『死』そのものが、ルルーシュを絡み取ろうとしている。
手を握り締めて、進む、この何処にでもある歩道でさえ綱渡りを
している気分にさせた。
(今日が、終われば……ルルーシュは幸せになれるんだ)
命の心配もなく、

自分ではない、誰か、と。

浮かび上がる、その感情は笑みで消す事ができる。
彼は、『彼』ではない。

けれども。

小さな、身勝手な、我が侭だった。
今日は。

「よいしょっと、ごめん。歩き通しだったね……疲れたかい?」
「いや、」
そうは言っているが、少しの疲労が見える。
クレープを食べるという理由をつけて、近くのベンチに腰掛けた。
握っていた手を離す。
「…ぁ……」
「ん? どうしたんだい?」
「いや、別に」
何だろうか。
とても残念そうな顔をしている。
考えて、スザクは自分の持っているクレープを見た。
「抹茶小豆が良かったんだろ? やっぱり」
持っているクレープを交換しようか。そういう意味合いで差し出すと
フンッとルルーシュは鼻で笑う。
「そんな邪道なもの、食べられるか!
クレープと言ったら、プリン&クリームだろう」
バンッと効果音が付きそうなポーズで、そのクレープをルルーシュは見せる。
「邪道とまでは言わないけど、君のも、オーソドックスじゃないと思うよ」
「戯言を……プリンだぞ。プリン。
ぷるんぷるんとした食感と、上品な味わい……多少、甘味が強い気もするが
クリームとの絶妙なコンビネーションは、至高の極みだ」
彼が熱弁するのは、よく解らないけれど。
そこまで、美味しいと言われると、とても美味しそうに見える。
もそもそっと小口で食べて、ルルーシュは、その綺麗な顔を
一瞬だけ花咲くような素直な表情になった。
すぐに、通常のクールなモノへと戻るが。
「美味しい?」
「ああ、」
何か言われるかと思ったが、素直にルルーシュは頷いた。
本当に美味しいのだろう。
「ふふ、邪道を頼むからだ」
「だから、邪道じゃないって…はむっ…んぐ、むぐ…うん!抹茶小豆、美味しいよ」
本来の抹茶よりも甘味が強いけれど
程よい苦味と小豆の控え目な甘さが、とても落ち着く味だ。
「俺の方が、美味しい」
「食べてみないと、解らないよ」
その見目は華奢な肩に手を置いて、ルルーシュのクレープを一口租借する。
「む〜〜……悔しいけれど、これも美味しいな」
「……な…な、おまえっっ!?!!」
傍目からも解るほどにルルーシュが真っ赤になっている。
「ルルーシュ?」
見上げるスザクの眼差しに、ルルーシュの視線が泳ぐ。
小首を傾げるが、相手は何かに動揺しているとしか解らない。
「……」
「あ、間接キスだね。これって」
「っ!?! …す…すざ……」
「なんて、冗談だよ」
ニッコリと笑って言うと、一瞬、花咲くような表情だったのが
脱力したものとなり肩を落とされた。
お前は、そういう奴だったよな…とブツブツと呟くルルーシュを見て、
スザクは周りを見渡す。
(……右の方へは行けない…工事の鉄材が落ちる。
前方も作業中の資材が倒れ込む……左の方は、交通事故…
かといって、此処に居続けるのも駄目だ……)
拳を握り締める。
偶然と不運を装い、ルルーシュに『死』を降り注ぐ。
鎖で、また、あの場所に縫いとめて
リセットされた状態――つまり他の縁のある者が死を迎えた後
また生まれ、19歳にて、死ぬ。
何度も、何度も、何度も、痛みを味合わせて。

憎しみは確かにあった。
シャーリーの言葉を聞いた時も。
あの、ゼロレクイエムを謂われた時も。

人は憎しみ続ける事はできない。
消える事もないけれど、穏やかに溶け込むのだ。


もう、僕は、君を許している。
ユフィもきっと、君を許していたんだ。


何百年も過ぎて、やっと認めた事。
やっと解った事。
彼は罪を負い過ぎた。
だが、もう、償いは『死』ではなく『生きる』事の『業』として
背負えば良い。
そう、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだのだ。


(だから、君は……幸せになるべき、だ)


嘗て、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが得られなかった分まで。

「スザク?」
彼は聡い。
微笑んで、後方を見た。
その視線を追うように、ルルーシュも視線を向ける。
「アッシュフォード……君の通っている学園が見えるね」
「屋根部分だけだがな」
幸せを、感じた、偽りの、遠い日。
変わらずに、其処に。
「行ってみるか?」
「え?」
すぐに断ろうとした。
だが、今、此処での最良の選択だった。
スザクは笑みを浮かべる。





部外者の学園内の訪問には、手続きが必要である。
だが、ルルーシュは副会長だ。
生徒会の客人として、アッシュフォード学園内へと案内する。
デートとしては、良いとは思えないが
スザクが学園を見る瞳が、いつもと違ったからだ。
彼にとって、悪夢のハジマリであろうけれど
自分にとっては、最初の一歩だった。あの時、以来の筈のスザクは
何処か懐かしそうに学園内を見ている。
「アッシュフォード出身ではないよな?」
「……なんか、懐かしくて」
此処ではないとも取れるし、此処だとも取れる曖昧な返事。
時折、スザクは、そのような言葉を返す。
聞いても、聞いても、やはり何処か詳細不明な点が多かった。
けれど、曖昧な言葉を返したりするが
嘘を吐く事はなかった。
「教室、行ってみるか?」
「うん、」
頷いた彼を連れて、教室へと案内する。
当然だが、休みの日なので教室内は誰もいない。
ヒンヤリとした室内の、窓から光が射し込み、
部活をする生徒の声が微かに聞こえた。
「俺の席は、此処だ」
「そうなんだ」
瞳を細めて、そしてスザクは周りを見る。
服装は私服であるが、その体つき、顔は、十二分にこの学園内に
生徒として入っても違和感はないだろう。
「転校生として、月曜日から登校するか?」
クスクスとスザクは笑う。
「こんな、オジサンが登校するワケにはいかないよ」
「そうか? 18歳と言われても違和感ないぞ」
「酷いなぁ。童顔って言いたいのかい? こう見えても気にしているんだけど」
薄い硝子が張られたような、隔たりを味わいつつも
微かに見える、彼自身。
それは核心を震わすのだ。
すっと姿勢をスザクは正し、日本人がよく行うお辞儀をした。

「本日付より、配属となった、枢木スザクです。
宜しくお願いします」

ルルーシュの冗談に乗ってくれたのだろう。
でも、思う。
同じ学園で通い、青春を謳歌する――きっと今よりも楽しい。
その眼差しを見つめて、唇を開いた。

ツキンッ

眼球の奥が痛み出す。





――屋根裏部屋で話そう……久しぶりに使ったよ
――一年ぶり、かな?





二度。
そう、二度。
偽りの、仮面を被って。


「っ、」
「ルルーシュ!」
駆け寄り、心配そうに見るスザクに、ルルーシュは瞳を擦りながら
大丈夫だと手を振った。
「睫毛が入っただけだ。よく、入るんだ」
睫毛の長いルルーシュの言葉に、スザクは納得したようで
安堵したように息を零す。
時折、そうだ。
スザクに出会ってから、瞳が痛むようになった。
それは突然でありながらも日常茶飯事なので、驚くほどの事ではない。
相手の安堵の仕方に、首を傾げると
応えるようにスザクは苦く笑った。
「私の、知人でね…君のように時々、瞳を痛そうに擦っていた人がいて
視力事態に異常はなかったんだけど…常時、カラーコンタクトを外せられなくなって」
「先天性色素欠乏症、つまり、アルビノによる羞明か?」
瞳を少し伏せられて、曖昧な返事がルルーシュに帰ってきた。
「その知人は、俺に似ているのか?」
自分が、ではなく
知人が、自分に似ているのか。
あくまでその部分を強調して聞いた。
一瞬だけ、瞳が揺れて、スザクは微笑む。
「どうだったかな」
彼は、嘘を吐かない。
けれど、本当の事も、真実も告げてもくれないのだ。
風のように掴めない。
誘導尋問を掛けようかと思ったが、唇を結んだ。
何処か、遠い眼差しで、視線を逸らされたからだ。
「ん? どうしたんだい?」
気づいた時には、スザクの手首を掴んでいた。

「俺は、此処にいる……ずっと」

淡褐色の虹彩が揺らいだ。
唇から発せられた言葉に、動揺でもしたかのように。

あの日から、この瞳に映し、名を呼び、手を伸ばし、
あの階段を上って

俺たちを阻むのは、一体、何であるのか。



――重なる事を、許されてはいない。

音は、男のものであり、女のものであり、若くもあり、老いてもあり、
人間であり、人間ではない。
不確定な物質の、現象を越えた根本にあるものに
語りかけてくる律する調べ。


ならば許しは、必要か?


笑みをルルーシュは浮かべた。

「スザク、」

伸ばされる鎖、それは、彼女との契約の縛りではない。
瞬間、ルルーシュの意識は、堕ちた。





手を、掴んだルルーシュを見つめる。
発せられた言葉に、スザクは心臓あたりが痛くなった。
君が、瞳に映し、名を呼び、手を差し伸べてくれる。
それに触れた時には、もう、君はいない。

触れられるのは、最初と最期だけ。

今の君は、あの『ルルーシュ』ではない。
だが、鎖が、死の手が、絡んだまま。

僕らは、出会った。
出会った事は、君に触れるというコト。

ならば、今度、触れたら、それは最期という意味。

君は、君ではない。
けれど、その声で名を呼ばれる事に震えている存在は
一体、誰なのか。

「スザク、」

微笑んで、名を呼ぶ相手に、スザクの内から
何もない筈なのに溢れてきそうだった。
溢れてくる、それは、律する前に咽喉が音とする。

「ルルーシュ……私も……俺も、此処に――」

音は途切れる。
言葉を飲み込んだのではない。
止めざる終えなかったのだ。

ガシャァァァァァンッ

硝子が割れる音。
鉄の、それは、
「っ!!!」
銃声だった。
ルルーシュを抱き込み、スザクは後ろへと飛び退く。
サイレンサーでも付けているのか、被弾の音しか、響かない。
(どうしてっ、)
銃を撃たれた事実ではなく、銃で攻撃されている状況に動揺する。
皇暦の、あの時ではない。
統制された、その平和の仮面を被った世界だ。
ルルーシュは、ブリタニア皇族ではなく、ただの、ランペルージ。

『逃げろ! スザク!!!』

キィンと意識が揺らぎ、そして力強く響くのはC.C.の声だ。
この場にいない、魔女の声はコードを通じて響いた。
コードを持つ者は繋がっている。
普段は、C.C.の方から繋がりを切っている。
彼女曰く、スザク自身の内部と繋がるのは嫌だから。らしいが
他者の侵入に揺らぐ不安定なセカイを気遣っての事だと知っている。
そんな彼女が、前触れもなく接続してきたのだ。
眉間に力を込め、意識の一部をCの世界へと飛ばす。
見える意識の理の狭間。

数人の、者、が、

狙いは、『コード』。

権力者が、有限の人間が欲する永遠。
不老不死の、呪縛。

Cの世界へ意識の一部をリンクさせたまま
スザクはC.C.と意識の回線をつなげる。
『俺は大丈夫だ。君は、』
呼びかけると、不敵な笑声が伝わった。
『私を、誰だと思っている?
それより、お前の傍に、いるのだろう?
気をつけろ。
お前は体力だけは取り得だが、油断はするな』
大丈夫だというのは本当であるだろうが、救援へ向かえる程に
余裕がある訳ではないのは伝わる。
C.C.が意識の回線を遮断した。
スザクへの負担を軽減する為だろう。
彼女の言う通り、スザクは体力――所謂、戦闘能力は高い。
それに不老不死なのだ。
銃弾に撃たれ、火に焼かれても甦る。
『コード』の謎に触れた者が、欲して、スザクやC.C.に
捕獲を理由に『刺客』を向けられる事は初めてではない。
100年ほど前には、頻繁に宛がわれていた。
軍での知識や、追われる事での『先輩』でもあるC.C.もいる事で
問題はなかった。何度かC.C.が捕われたり、負傷した事もあったが。
此処、数十年は、数回ほど落ち着いてはいた。
今更、驚愕するほどの事実ではない。
慣れている。
しかしだ。
今は、一人ではない。
共にいるのはC.C.ではない。
今日という日に、宛がわれるのは――。
リンクさせているままの意識が映す、その様々な過程と末路。
赤く、紅く、赫く。
「……ルルーシュ、」
抱き込んでいたルルーシュを見た。
彼を護りぬくという意志を込めて、見つめた相手の紫電の瞳。
それは、あの美しき煌きを宿していない。
「ルルーシュ? ルルーシュ!!」
肩を掴んで呼びかけるが、反応がない。
あるのは、虚ろ。
瞳を開き、呼吸をしているのに、意識がない。
此処にあるのは、まるで傀儡のように。
スザクの前髪が揺れて、額の赤い鳥の痣が発光した。
恩讐、黒い太陽、神の星、不安定な、細胞の向こう。
白と黒のセカイを通り越した先。

『ルルーシュ!!』

Cの世界の一部。
ルルーシュが、いる。
鎖に繋がれている彼の、存在そのもの。
だが、今は、いつもは開かれている瞳は閉じられ
思考エレベーターに似た塊が蝕み侵すように絡みつきだしている。

『死』の手。

ルルーシュの魂を、来世へ持っていこうとしているのだ。


俺の、邪魔をするのなら、『敵』だ。


奥歯をギリッとスザクは鳴らした。
額の、コードが強く発光する。
王の『器』ではないスザクの持つコードは、ギアスを経て得たモノではない。
正当なる継承でもない。
突然遺伝子の、変異のように、あのCの世界へ入った日
ルルーシュの死を浴びた後に『コード』が宿った。
外なる欠片の一部の、異端。
コードによって、Cの世界に繋げ、『神』へと膝をつく。

罪に許しを乞う。
贖罪は、『神』へ。

だが、許しを乞うているのも、贖罪も、此処に在する『神』へではない。
だから、此処では永遠の許される事のない『罰』となる。

窮極の混沌の中心を基に
時空連続体の外側へ還らないのは、
限定的なものしかない世界に
繋ぎ留めているのは、映した、只、唯一の『王』。

故に、スザクを蝕む。
屈する事がない、屈する事ができないスザクという魂は
痛みを与えられ続け
干渉する『神』の恩恵は受けない。
ルルーシュに絡む、それを剥ぎ、引き千切る毎に、ブチブチと音をたてて
脳の細胞が壊され、血管が切られる。
しかし、不老不死の、Cの世界に留められた『情報』という基盤が
基へと巻き戻す。

「ルルーシュ」

意識の一部を、其処へ残し現へ戻り
Cの世界と、現のルルーシュへ同時にスザクは呼びかける。
虚ろにさせられている、彼に、声は届いてはいない。
「行こう。死の向こうへ。
必ず、送るよ。明日へ」
言葉は、誓い。
あの、覚悟を見せたルルーシュへ敬意を示した時と同じ。

「君は、皆と共に、生きるべきだ。」

その儚い体を、スザクは抱きしめた。




超えて、行ける筈だ。
君は、『王』なのだから。






被弾の音と、洗練された気配。
スザクはルルーシュを抱きかかえて、廊下へと出た。
学園内に一般人の気配はない事が、救いだろう。
軽やかに背後へ飛び退くと、横の窓硝子が割れ、黒い武装スーツを着た
者が数人、侵入してきた。
調べられているだろうが、敢えてルルーシュの顔を向こうへ見せないようにする。
「あまり、此処の窓は割らない方が良いよ。
弁償代、かなりの高額になるから」
姿勢を低くさせて、武装した者たちが構える。
訓練された動きに、世界の平和が『偽りの仮面』である事が解る。

「剣を向けるのなら、覚悟をしろ。
俺は、魔女ほど慈悲深くは、ない」

円らな淡褐色の瞳が鋭く細められ、翡翠色を強める。
瞬間だった。
スザクの姿が消える。
動揺する間もなく、武装した者の前に消えたスザクが姿を現す。

「ぎぐああああああああああああああああ!!!!!!!」

それは動物じみた絶叫だ。
声を上げたのはスザクではない。
武装した者の一人だ。
スザクが触れた瞬間、狂うように叫び出す。
肉体的な痛みではない。
精神的な痛みを、ダイレクトに叩き込んだのだ。
痛みが、恩恵を受けていないスザクだからこそ、C.C.とは違い、その者の真理をも
揺るがす奥深くを傷つけるほどに触れられる。
発狂する者を蹴り飛ばし、その勢いを利用し、前へと躍進する。
スザクの姿が消えているのではない。
速過ぎて動体視力が、スザクを捉えられないのだ。
銃弾を避け、一人、また一人と、絶叫を上げて、地へ突っ伏させる。
動きはとても、青年一人を庇いながら抱えている者とは思えないモノだ。
屍のように倒れた者たちを跨ぎ越えて、続々と武装した者たちが侵入してくる。
飛躍し、横の壁を蹴り、銃の雨を避けて、階段の方へと浮く。
そのまま、階段の壁へと着地するように足がつき、
踊り場へと跳躍する。
地に足がつくと、目前の壁へと跳び、壁を蹴り、次の階の廊下へ着地する。
(このまま、ルルーシュを連れていかなければ)
Cの世界に残っている意識が、向こう側を見せる。
駆けて、駆けて、駆けて。
窓を割り、破片からルルーシュを身で庇いながら中庭へと跳び出る。
同じように追う者も、宙へと跳ぶと、着地している筈のスザクが此方へと
回転をかけるように蹴ってきた。
それを踏み台に、上へと跳躍する。
蒼く澄み切った空は、夕闇へと染まり始める。
校舎の壁を蹴り、尚も上へと跳び、屋上へと着地した。
群を成すように迫る武装した男を蹴り飛ばし、ルルーシュを下ろす。
虚ろなるまま、だが、すっと立ったままでいる彼に、黒いコートをスザクは翻した。

あと、少し。
あと、少し。

青を失う、空。
越える。


銃口をある者がルルーシュへと向ける。
スザクの赤く、額のコードが発光した。


「邪魔をするな――――――ッッッ!!!!!」



空気が振動する。
圧倒的な威圧と、存在。
ルルーシュを庇うように身を盾にしたスザクから
鮮血が飛び散る。
虚ろな、ルルーシュの頬に、その血が付く。
白い肌を赤く汚す事で、自身の血が赤である事を知らせた。
空も、血の色に染まる。



ブチリッ



肉の引き千切れた音。
スザクは幼子のように、微笑んだ。

『死』の手を、断ち切った音だ。










白い闇。
無名の闇の、ある其処に、いる。
それは、彼そのもので。
微笑んで、手を伸ばしている。
鎖で繋がれた腕は、それでも彼へと届く。
触れて、その手を握り締める。


等価の、代償を。



失わなければならない。
そう告げるのは、一体、誰であるのだろうか。




「――シュ、ルルーシュ!」
呼び声に、意識が現へと戻る。
目の前には、安堵した笑みを浮かべるスザクがいた。
「あ……、スザク……?」
「人に質問しといて、聞いていないなんて酷いじゃないか」
「え?」
明確になる思考。
辺りは、アッシュフォード学園ではなく、公園で
自分とスザクはベンチに座っていた。
空は蒼穹を失い、夕闇から群青に染まり始めている。
「いつのまに……学園から、戻って」
「学園? ああ、あそこから学園が見えるね。
もう暗くなっているから見えづらいけれど」
笑声を湛えて、言葉を並べる様は
ずっと此処にいたと示唆していた。
「学園がどうかしたのかい?」
額に手をあて、考えるが、途中から記憶が抜けている。
何かの喪失を感じるのだが、
それ以上に何かの解放が伝わった。
「ルルーシュ、」
名を呼ばれて、瞳を向ければ微笑みを浮かべる彼がいる。
何処か疲弊しているように見えるのは
自身が質問しすぎてしまったからだろうか。
「5時までに帰らなければならないんだろう?
行こう、ルルーシュ」
戸惑いは、差し伸べられた手と、繋がる指先の温もりに消える。

ふわり、ふわり、ふわり。

まるで夢から現へと戻るように。
スザクに誘われるように、歩むのは、夜道へ変わっていった道。
自身の家の外観が見え出すと、今という現実が終わる事を明確にさせた。
「スザク、」
歩みが止まる。
繋げられた手が、簡単に離れた。
「……家に、寄っていかないか?」
離れたくなくて。
思わず言ってしまった事に、俯く。
「ありがとう。でも、今日は、やめておくよ」
「そうか、」
スザクが、あまり他人との接点を造らないようにしているのは知っている。
ナナリーとロロに、これを機にスザクを紹介したいのだが――無理強いはよくはない。
何より、『今日は』と言っている。
今日でなければ、良いのだとルルーシュは解釈した。
「あ、そうだ! これ、渡しそびれていた」
コートの内ポケットから、黒い正方形の小箱を出し
そっと差し出してくる。
「誕生日おめでとう。気に入ってくれれば、嬉しいんだけれど」
「……」
瞳を丸くして、ルルーシュは驚く。
誕生日であるから、プレゼントを貰うというのは容易に予想できるのだが
スザクからというのは予想していなかった。
理由としては、デートという事実に浮かれて念頭に浮かべていなかった事。
誕生日プレゼントを残る『物』として貰うのは初めてであった事からだ。
丁寧にそれを受け取り、見上げると微笑まれる。
「開けてみて、」
優しく囁かれ、頬に熱が宿るのを感じつつ
震える手で開けた。
黒に映える、銀のシンプルな懐中時計。
全身が震える。
ナナリーやロロから貰える祝いの言葉やプレゼントは
言うまでもなく嬉しい過ぎるもの。
生徒会や従兄、従姉妹からのものも。
だが、それとは別枠で、嬉しくて、泣いてしまいそうだった。
実質、涙が滲んでいたかもしれない。
「スザク……これ、大事にする」
素直ではない部分が、ありがとうと言葉に出来ないでいるが
しっかりと想いは伝わったようだ。
彼の顔が綻ぶ。
「…ん。ありがとう」
優しい声色の後の、少しの沈黙。
薄暗い辺りの、闇に映えているようで、溶け込むようで。
満たされている今。
何故か、喪失感を拭えない。
貰った時計をジャケットのポケットに入れ、スザクを映した。
彼は変わらず、此処に、在る。

「俺は、スザクが好きだ。
お前が何者でもあっても、たとえ、禍い者であっても」

言葉は流れるように発せられる。
少しだけ、スザクの瞳が揺れた。
いま、この時。
彼の、何者も映さない瞳に、映っているように思えて。

ふわり

羽根が舞い降りるように。
そっと近づけられた顔は額に口付けられた。

「スザク……」

熱い。
歓喜と熱が駆け巡る。
スザクからキスをされるのは初めてであったからだ。

「私も、ずっと――」

風が吹く。
「はは、いつまでも此処にいたら、風邪引いてしまうね」
確かに、そうだ。
もう一度、家に寄っていかないかと誘ってみたが
スザクは頷かなかった。

「じゃあ……、また、あした」

明日がある。
すり抜けるように、スザクは離れて

「さよなら、ルルーシュ」

手を振り、そして黒いコートを翼のように翻して
去って行く。
その背を見えなくなるまで見つめるルルーシュに、彼は振り返る事はなかった。
二人の間に、風が吹きぬけて、星が見え始める空へと舞い上がり、消える。
スザクの歩みは止まる事はない。
そして、真実を全て、伝えてはくれないが
スザクは決して、嘘は吐かないのだ。

そう、嘘だけは。









冴え冴えの月。
凍てつく空気。
石段を上り、見える枢木神社。

「時計をプレゼントするとは、お前としては
シャレた贈り物じゃないか」

響き透る声は、魔女と謳われるC.C.だ。
服装は朝見た物ではない。
若干の疲弊を感じられるのは、そういう意味なのだろう。
近づき、彼女の髪を梳く。
クツリと笑われた。
「さすが、C.C.だね」
「当然だ。お前も、相変わらず無理をする」
スザクは微笑んだ。

「これで、終わりだ」

彼に時計を贈った。
相手の時間を束縛したいという意思表示にも思われるが
実際は違う。
自身の、『時間』を置いて来たのだ。
C.C.は瞳を伏せる。
「置いていくのか?」
それは最期の、通告のようで。
「違うよ、C.C.
置いていくんじゃない。
元から、歩んでいる道が違う。
そして、歩みを止めてはいけない。
それは……彼の、願いだ」

前へ、前へ、前へ。
彼には、愛すべき者たちが、たくさんいる。
幸せに、なれるのだ。

そして、自分たちの、繋がりは、此処で切れた。


「だから、越えられたのだな……お前たちは」


その眼差しは、無関心の中で
憐れんでいるようにも、蔑んでいるようにも見える。
夜闇に消えない金色の瞳。
スザクは、満たされたように笑んでいる。
その奥の、流れているモノの色が見えてはいないのだろう。


お前は、また、ルルーシュを殺したのだ。

傍にいて欲しいという想いに気づかず、
踏み潰して
優しく、微笑んで、



スザクという『王』の至宝の、『剣』。
その喪失は
『王』にとって、最大の喪失。

決して屈してはいない、『神』への
等価な代償に値した。

「そうだよ。だから、これで最期。
彼とは、サヨナラだ」

微笑む彼は、何処か『白痴の神』に似ていた。










(続)
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スザクには、ギアスは宿る事はないかなぁと思ったのは
R2後半を見ての見解でした。
伏線回収は〜と最後まで嘆きつつも。
スザクの存在が、外的な何かと捉えているのは
ブログの小説然り、同人の長編然り、一貫してでございます。
あるお約束な切り方をしたいので、
残り2話となります。
去る理由が、生死などの問題がなければ
よくよく考えるとスザクは酷い男やな〜と思いつつ。
随所随所、真相?の説明を省いております(長文すぎるので)。
フィーリングで感じ取ってやってくれると嬉しいです。

さて、この頑固頭を砕くにゃ〜、どないすっべか

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まぁ、一つしかないと思うぞよ。