■□静寂なる、白き王の。 〜四〜 <<noveltopnext>>
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知らないという事は、幸福だ。
この薄い膜の向こうにあるのは

醜い、醜い、醜い






空は高く、蒼く、澄み渡っている。
陽は差し込むのに、気温は上がらない。
今朝方、霜が降りていた。
数百年前は、温暖化などの問題があったというのに
今では、温暖化はなりを潜め、少しずつ自然が回復している。
文明は進化しながらも、ループする。
そんな事を、彼女が呟いていた。
「うっ、くっ!?」
ビクッと跳ね上がる体。
思考が離れた瞬間に、内部に押し入ってきたからだ。
「っ、すまない……あ、の……痛かったか?」
痛くはない。
慣れるまでと、無理矢理以外は。
とても、とても、熱く、どうしようもなくなる。
吐き出した内なる、それを言葉にするには、戸惑われて
「苦しいだけ」
もう一つの事実を告げる。
もともと受け入れる場所ではないし、相手のは大きいし。
「そうか……」
覆い被さる、彼の表情が安堵に染まる。
「動く、ぞ」
「え? ……うん」
帯が絡まる腰を掴まれて、ゆるりと緩穏に攻められる。
何か、あったのだろうか。

ルルーシュが、変わった。







幼い好意の延長線上だと思う。
ルルーシュから『好きだ』と告げられた後から、変化した。
見目は19歳であるけれど――C.C.には16〜7にしか見えないと
失礼な事を言っていた――一応、正しい時間軸では30を過ぎている男だ。
中身は、もう400歳以上である。
本気になるワケがない。
だから、変化の意味が解らない。
行為を止められる事はなかったけれど、乱暴な事をしなくなった。
苦痛に歪むと、心配する声をかけられて
最後は必ず、後位のような顔が見えない体位ではないものになった。

何があったのだろうか。

心に、余裕ができたのか。
誰か、恋する人でも、できたのだろうか。

「ふあっ!?」

声が抑えられない。
合う、紅い鳥の宿らない紫の瞳が細められた。
「すごい…な…お前……いやらしい、顔」
頬に、その細い指先が添えられる。
言葉は虐めるものではなくて、恍惚としていて
「っ、そこは…ぃや、だっ…っ!?」
「此処は、駄目なら……はぁ…こう?」
耳元で、低音で囁かれ、全身が震え上がる。
内部から、自分が暴かれる。
これは、恐怖だ。
歓喜に対する。
「くぅ…ううう、うっ、あ、うっ、ああっ、」
熱い、駄目だ。狂う。

君の瞳には、俺は映らないのに。
私の瞳に、映しているのは、過去であるのに。

手が、重なる。
抱きしめられる、その温もりは、
寒い夜より痛かった。






お風呂で、体を洗われ、客間に戻ると
そっと隣りにルルーシュは座り
身を寄せてきた。
また、するのだろうか。
そう思った自分が、浅ましい。
「寒い、から」
一言云って、擦り寄ってくる様は幼い子供そのものだ。
「ごめん、障子を……」
「このままでいい、」
縁側から見える、その景色は、冴え冴えと。

「なぁ、スザク」

瞳を向ければ、見上げる眼差し。
自分は、もう身長は伸びないけれど、
彼が『彼』であるのなら、越される事はないだろう。
紫の色が煌く。
ルルーシュは、変わった。
「前、言っていた『きんつば』の事なんだが……」
自分の、スザクの事を聞くようになった。
誕生日や、親の事、何処から来て、どのような生い立ちか。
どんな歌が好きで、どんな色が好きで、どんな人が、好きなのか。
他愛もない、探求。
全てを答える事はできない。
だが、嘘もつけない。
曖昧な返事と、薄い膜で覆った言葉で応えた。
一度だけ、何故、聞くのかと聞いた。

――人間、だから、な

人間は考える葦。
思い、考え、知る事で存在する。
言葉を面面と並べて、そして

――スザクを、知りたい

この奥の、真実に触れたら、最期だ。
そう、全て、知った瞬間に、最期の秒針が音を鳴らす。
僕らが
私たちが
俺たちが

ルルーシュがスザクを
スザクがルルーシュを

理解しあえば、繋ぎ止める事はできない。
そう出来ている。
何も知らずに、ルルーシュは無邪気に笑うものだから
スザクも微笑み返した。
言葉が足りない。
言葉が満たされれば、終わる。







どうしても、理性が抑え切れなくて
やはり、抱いてしまう。
けれども、相手は変わらず、隣りにいてくれて、安堵する。
客観的に、自身を非難しながらも
ルルーシュは身を寄せた相手の存在に鼓動が高鳴った。
「今も昔も、あまり景色は変わっていないよ」
音を紡ぐ、その唇を見つめた。

枢木スザクを、知らない。

慈愛の象徴と対象がナナリーとロロであるならば
スザクは綺麗なモノと醜いモノ、暴力的なモノに、温かいモノ。
相反の激しい感情の象徴だった。
簡単に言えば、『好きだ』。
だから、知りたいと思う。
だから、聞いた。
最初は、遠まわしに聞いていたのだが
相手は残念なほどに天然で、空気を読んではくれない。
このような相手には、直球が良い判断している。

彼の年齢は、30過ぎ。
誕生日は7月10日、O型。
幼少の此処に、数年住み、各地を転々とし
今は此処にいる。
純粋なる日本人で、親は亡くなっている。

探せば、同等の生い立ちを持つ者がいるかもしれない。
珍しくは無い。
だが、その後、少しずつ、聞いた話に、胸を揺さぶられるのだ。

友人がいた。
その人と、分かり合えたのは二年も満たない。
その友人とは、相反の概念を持ちながらも、道は重なったのだという。
だが、もう、亡くなっている。
そして、想い人がいる。
綺麗だが、狡猾で冷酷、しかし優しく情の熱い人らしい。
あの、『女』か?
とあの時は思ったが、どうも違うようだ。
遠い目で、その人の事を言うものだから。

「私は、片思いばかりだから」

お前が、それを言うのか。
ルルーシュは内心で、身勝手な悪態をついて
ふと浮かんだ言葉を音にする。
「片思いをする者は、心の優しい人らしいからな」
「……え?」
「ユフィが言っていた」
ユフィとは愛称で、本名はユーフェミアだ。
ランペルージ家の親戚にあたる、従妹だ。
ぽやっとしている所は、スザクとよく似ている。
「………スザク?」
瞳を見開いて、一瞬の動揺。
その後、何かに安堵したかのようにスザクは笑った。
時折、スザクは、このような態度を取る。
それは、ルルーシュが感じている違和感の正体であろう。

スザクは変わらない。

性格や心ではない。
容姿がだ。
記憶は曖昧で、長年、蓄積されていく情報では
変化に気づく事は容易ではないかもしれない。
だが、スザクは、変わらないのだ。
額の、痣も、気になる。

まるで、それは――




アイツみたいだ






(っ、アイツって誰だ?)
眼球が痛み、瞳を擦った。
ふと、スザクの着物の襟から見える背骨の部分に瞳が留まる。
小さな歯型と、掠り傷。
自分がつけたモノだ。数日は消えないだろう痕に、征服欲が満ちる。
「あのさ、ルルーシュ」
「なんだ?」
「君さ、あの……」
何か、スザクは言おうとするが
何でもないと、彼は言葉を濁した。
その、透明な翠色の瞳。
日本人である彼ならば、翠というより淡褐色と表現が正しいかもしれない。
日本人で翠色の瞳は虹彩異色症などの遺伝的なモノとなる。
けれど、彼の瞳は翠。
煌きは、自分を放さない。
そんな事を考えるルルーシュの瞳の色も
アルビノではない者では、極めて稀な色だ。
瞳に、映る、自分だけ、

「好きだよ、スザク」

相手は微笑み、瞼を下ろすだけ。










ふわり、ふわりと、教室内は微睡みを誘う。
寒さは増しているが、室内には暖房が設置されており
頭をぼんやりとさせた。
教師の講義を左から右へ無くし、肘をついて、視線を落す。
窓からの黄金の陽光が縁取り、美しい姿は絵となっている。
だが、実際は、絶賛、居眠り中だ。






薄い、薄い、膜の、向こう。
ザラつく視界の先。
紅い業火の埋め尽くした街。
兵器の残骸。

ああ、これは教科書で見た事がある。

世界の英雄と謳われているゼロの、最期の戦い。
歴史書には、全世界の戦力がアジア大陸、日本列島とに
集まり反世界合集国勢力と戦争が勃発。
俗に光のラグナレクと呼ばれ、一ヶ月ほどで、その大戦は終了した。
光の如く、戦場を駆けた英雄。
残念ながら、その英雄は、その際の負傷より
大戦より一年後、命を落としている。

目の前の、それは
まさしく、教科書に掲載された写真の光景だ。


ふわり、ふわり、



まるで雲の上を歩いているような、そんな足取りで
歩く黒衣の者。


「やめろっっ!!!!」



凛々しき、女の声が轟音の中に響く。
黒衣の者は歩みを止めない。
それに、女は唇を噛み締め、そして手を伸ばした。

「やめろ!!! 殺すな!!!!!」

光が、視界を覆う。
螺旋に、上へと昇るは恩讐。

罪には、罰を。
償わなければならない。
此処に、因果を変化させる分子は存在していない。
するは、また、別の刻みだ。

それでは、約束を違える。

黒衣の者が、剣を突き刺す。
刺さるは、その少女。
だが、少女は、哀れむように見下ろしている。

「それでは、約束を果たせはしないな」

少女は言い放つ

「ああ、これも罪だ。
お前は、また罪を重ね、業を背負う」

少女の手が、相手の額へと触れる。

「だが、その『罪』はお前のモノではない。
そうだ――馬鹿な坊やだったな
罪を償うのは、罪を重ねた者でなければならないのに」


ツグナイは、本人であるとは限らない



この瞳が、何も感じなければ
悪い夢から、醒めれば




「そうだ、アイツはいない。
アイツの、残した、純粋なる願いも、お前自身から消えてしまった」

腹に刺されたまま、少女は身を寄せて、その者を見上げる。


「うあああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああ」

耳を突き刺す悲鳴が響く。
そして、掠れた声で、何度も、黒衣の者が叫んでいる。



君ガ、イナクテ、寂シイ










ジリッと全身に激痛が走り、眼球が痛み出す。
瞼に手を当てれば、痛みはすぐに消えた。
思考が現実へ戻れば、目の前には、円らな瞳。
「もう! ルルったら聞いてるの?」
愛くるしい表情の彼女は、シャーリーだ。
「ああ、すまない」
「そこは嘘でも、聞いてるって言えばいいのに」
「嘘をついても、無駄だから」
そういう問題ではないとシャーリーは言いながらも、ニコニコと笑っている。
「それより! 今週の土曜日。絶対にサボったら駄目だよ!」
生徒会の仕事だ。
そこそこに活動しているルルーシュは偶にサボるが、割り当てられた仕事は
きちんとこなしている。
シャーリーには、いつも『やればできる子だから』とサボりなどを注意を
受けているのだが、これほどにしつこく言われるのは珍しい。
「リヴァルだけでは、無理な処理なのか?」
「うわっ、ひでぇ!!」
ルルーシュの気遣いのない言葉にリヴァルは傷ついたような表情をする。
それに、息をついた。
「わかった。今週の土曜日は、必ず」
軽く微笑んでルルーシュが言うと、シャーリーは頬を染めながらも
笑顔を返してくれた。
そんな二人をリヴァルは囃し立てるのだが
ルルーシュは意味が解らず首を傾げた。









今日も、階段を上る。
寒さも増して、息が白い。
トンッとのぼり終えると、竹箒を持つ、彼。
「ああ、ルルーシュ、こんにちわ」
「ああ」
「今日、たくさん柿を貰って……柿好きかい?」
「嫌いではない」
「良かった。こっち来てくれるかい」
誰が、スザクに柿をあげたのだろうか。
あとで、チェックしておく必要がある。
そう算段しながら、離れへと歩むスザクに後ろから抱きついた。
「っ、ルルーシュ、危なっ…い…じゃないか」
「……その割には、ビクともしなかったな今」
「え? まぁ、丈夫だから」
案に自分は軟弱であるといわれているようにも
思えなくもない発言を、敢えて流して
袂から見えるうなじへ唇を寄せようとした。
「っ……」
息が、詰まる。



痕が、ない





独占の証が。
一時の所有の刻みが。
赤みが消える程度なら、問題はない。
だが、そのあっという事実さえなかったように消えている。
黄色人種の『白肌』だ。
夢であった、それほど朧な記憶ではない。
これでは、まるで
これでは、まるで

違和感が、不協和音を脳内に響かせる。
そして、あの、出会った日の、彼の姿が過ぎるのだ。



――ルルーシュ




不協和音が、けれど、重なる記憶に
答を奏でる。

「ルルーシュ、どうかしたかい?」

そして、腕の中のスザクが振り返らずに問う。
その声は、何処か威圧のある優しい声だ。
浮かんだ、その答は、馬鹿げたものであるのに笑い飛ばせない程に明白。
「別に、何もないが……」
答えれば、スザクが少しだけ振り返り、ふわりと微笑んだ。

「そうか、なら……いいんだ」


スザクにではない。
何かが、恐ろしく思えて、強くスザクを抱きしめた。






そう、スザクは
出会った、あの頃から、変わらない。

容貌に、年が重ねられない。







老いぬ、体は、それは――









彼は『ヒト』ではない証拠だった













急に抱きつき、そして強く抱きしめる相手の手に
スザクは手を添えた。
今日は12月2日。
あと三日。
彼を絡み取る因果の一つを振り払う時。
一つの理由が終わる。
それを終えても、在ろうとしていたけれど

ああ、ルルーシュ、気づいたのかい?





知ったら、最期。サヨナラだ。
神に憎まれ、神に愛された子よ。




その伸ばされた手は、俺の知るルルーシュではない。
でも、最近、想うんだ。
それも、気づいたら最期なんだけど。
何が悲しいのか、もう解らないんだけれど。

それでも、想う。
その指先に、縋れたら









薄い膜の向こうは、醜い、醜い、『俺』がいる





(続)
++++++++
あと3話。一話増えました。
スザクはコードを持っているので、ルルーシュの心からのギアス
『生きろ』はきえちゃっています。
いかに、スザクを納得させるか(いや、むしろ納得した後の
彼の自己完結に気をつけろですが)
でありますな〜。
+++++++++
スザク好きですけど、面倒な人だと思っています。