■□静寂なる、白き王の。 〜参〜 <<noveltopnext>>
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傷つけても、傷つけても、傷つけても
奪っても、奪っても、奪っても

変わらない

どうすれば、いい?










酷い事をした。
最低な事をした。
それでも、アイツは其処にいて
それでも、アイツは笑って
それでも、アイツは遠くを見ている。
いっそ、此処に来なければ、

俺を見て、くれるだろうか?

ボンヤリと、ルルーシュは境内に続く長い石階段を仰ぐ。
今は慣れたが、昔は此処を上るだけで息が切れた。
この階段の先には、
様々なモノが待っている。
それは、恋情であったり
それは、欲であったり
それは、悲しみであったり
それは、怒りであったり

それでも、ルルーシュは上るのだ。
この階段を。

一歩、一歩、前へと進む。
駆け上った、あの幼い日。
黒衣を着た、彼が立っていた。
追いかけてきた子供たちを叱り、平和的に解決させた男。

――助けてくれなど、頼んではいない!!

礼を言わず、怒鳴りつけた自分に、彼は怒る事もなく
一瞬だけ瞳を閉じた後に苦く笑った。
ポケットから、ハンカチを取り出して、暴れる自分の顔の汚れを拭いて
その吹いたハンカチを投げ渡してきた。

――勝手な事をして、ごめんね

――おい! これっ、

――捨てていいよ

手を軽く振って、去って行った。
その日から、この、階段を上る日々が続く。
最初は、ハンカチを返しに
次の日は、名前を聞きに
その次の日は、神社の参拝を理由に
その次の日は――……。
林間学校や修学旅行、妹と弟の看病をした日以外、ずっと。
高熱であっても、此処に来た。――その時は、珍しく盛大に怒鳴られたけれど。
何故、其処までして此処に来るのだろうか。

好き、だから?

それだけで。
此処に来ようとする、自身は滑稽すぎる。
性欲処理の為か。
わからない。

想いさえ、もう、ぐちゃぐちゃだった。

解らない事は、嫌いだ。
いっそ、責めて、怒鳴りつければいいのに
まるで彼自身が引き起こしたような、そんな表情を見せるのだ。
そして、次の日には、もう微笑みを見せて、他愛もない会話をし始める。

ルルーシュを、見てくれはしないクセに。

それでも、変わらない彼に期待してしまう自分と
そう期待してしまう自分を冷ややかに否定する自分がいる。

それで、核心がある、矛盾が、

ルルーシュは長い階段を上る。

笑っている、彼。
昔と、変わらない。

「……」

ふと、ルルーシュの中で、何かが引っかかった。
出会いから、七年……もう八年目だ。
ルルーシュは声が青年のモノへと変わって、身長も伸びた。
では、彼は。
七年前の、枢木スザクは――



「ルルーシュ、」





階段を登り終える。
其処には、袴姿のスザクがいる。
昔と、変わらない、その姿で。

「相変わらず、寂れているな」

昨日は、その前は、その前の前は。
酷い事をしたというのに、

「そんな事ないと思うんだけど」

少しだけ掠れた声で、彼は苦く笑った。
声の掠れる原因を作ったのは、自分だ。
変わらない。
変わらない、相手の態度に安堵して
変わらない、相手に、憤怒する。
眼球の奥が痛くなり、顔にルルーシュは手を当てた。
「ど、どうしたんだい! 何処か、具合でも」
差し伸べられる手は、
どうして、自分に差し伸べられるのか。
「っっ!!!」

バシンッ

振り払った、手の先に
悲しそうな瞳が見える。
「あ……その、ごめん」
すぐに謝ったのは、彼だ。
それに、頭に血が上る。

「なんなんだ! なんなんだよっ!!! お前はっっ!!!」

どうして。
どうして。
どうして。

「……ルルーシュ……、」

呼ぶ声に、視線を外す。
体が震えているのは、寒さの所為だ。

「お前なんか、お前なんかっっ……」

嫌いだ。

音は声にならない。
視線を上げれば、困った顔をする相手がいる。
取り乱したりせずに、ただ、困った顔をする。
それだけ、なのだ。
「ルルーシュ、」
唇を噛み締める。
どうしようもなく、悔しく胸が痛い。
視界が滲み、目尻が熱い。
背中を向けて、ルルーシュは階段を掛け降りた。

「ルルーシュ!!」

声が聞こえた。
けれど、気配は遠のいて行く。
駆け出したのは、自分だ。
けれど、視界の滲みは消えない。

スザクは、追いかけてさえ、くれない。












翻される、その体。
スザクは上げられた、その睨みつける瞳から
ボロボロと零れている涙に驚いていた。

何か、してしまったのだろうか。
彼を、苦しめてしまう事をしてしまっていたのだろうか。

ルルーシュは、普段はクールであるが
実際は感情の起伏が激しい子だ。
怒鳴り、呼び声にも止まらず、走り去って行く相手。
持っている箒を投げ捨て、追いかけようとした。

サァァァァ……

風が、冷たい風が顔に当たる。
一歩、前へ踏み出した足を戻す。

「追いかけ、ないのか?」

いきなりの問いかけ。
振り返らずとも、誰なのかは解る。
彼女は、いつも突然だ。
「……私の事を、嫌いみたいだし……嫌だろ? 嫌なヤツに
追いかけられるのは」
言葉を言った途端、溜息が聞こえる。
振り返れば、呆れ顔の魔女。
「本当に、救いようのない程の馬鹿だな、お前は」
「そうだね……救いようがない」
「そういう意味では、ないんだが――それにしても
アイツも変わらないな」
その緑の髪を揺らして、笑った。
彼女から視線を外し、ルルーシュがいた場所を見る。
明日は、きっと、来ない。

正しいと思うのに、胸が痛いのは、何故だろうか。

C.C.に視線を戻すが、彼女は教えてはくれない。










最悪だ。

癇癪の起こした子供以下だ。
自身に非難を浴びせて、自室のベッドにルルーシュは突っ伏していた。
視界の片隅に、携帯がある。

あの人に、触れたい。
あの人に、見てほしい。

本当は、酷い事など、したくはないのに。
手に入らないと、解っているのに。



もう、どうすればいいのか、解らない。





薄暗い室内で、永延と続く解決の策。
しかし、冷静な部分が一つずつ、却下していく。
ベッドに突っ伏していたルルーシュは、のそりと起き上がる。
瞼が重い。
「夕食の仕度を、」
ふらりとした足取りで、扉へ行き、そして開ける。

「うわっ」
「きゃっ、」

二つの悲鳴、見れば、車椅子の妹と、そして尻をついている弟。
ナナリーとロロだ。
「? どうした?」
「え? あ、あの…えっと〜〜…お腹が空いちゃって、ね!」
「……はい、夕食の時間ですから」
慌てるロロと、小さく笑みを浮かべるナナリー。
二人の、その姿は、心配させてしまった事が如実に解る。
吹き荒れる感情を、仕舞い、ルルーシュは笑んだ。
「悪かった。昨日、眠るのが遅くてな……すぐ、夕食にしよう」
「うん! 僕、手伝うよ!」
腕まくりをし、ぶんぶんと手を振り回すロロに
苦笑して、ナナリーの車椅子の取っ手を掴んだ。
「ロロ、食材の準備を頼む」
「うん!」
兄に頼まれ、嬉しそうにロロは笑い、転びそうな歩みで走って行く。
「お兄様、」
「なんだ? ナナリーは、皿を並べるのを手伝ってもらうつもりだよ」
「眠る時は、言って下さいね」
その、自分よりも薄い紫の瞳が、見透かすように煌く。
理由は、解らないだろう。
けれど、この内にある変化を、ナナリーやロロは気づいている。
それに気づかないフリをして、ルルーシュは笑った。
「ああ、心配させてしまって。すまなかった」
首を左右に振って、ナナリーは前を見据える。
「私は、本当に解らない時は、お兄様や咲世子さん、生徒会の皆さんや、ロロに
聞いたりします」
「え?」
「思っていても、言葉にしないと、伝わらない時もありますから」
ナナリーの言葉に、息を詰める。
「ナナリー?」
見下ろせば、其処には微笑んでいる妹。
「宿題で、解らない所があったんです。教えて下さい、お兄様」
ルルーシュは笑みを返した。






どうすればいいのか、解らない。

けれど、もっと、気づくべきは


枢木スザクを、自分は、知らなすぎた。














今日も、この、長い階段を見上げる。
だが、階段を上る一歩が踏み出せない。
自身の不甲斐なさに、妹や弟の姿を思い出し掻き消す。

ああ、認めよう。
昨日も、俺が悪かった。最悪だった。


怒鳴られるかもしれない。
無視をされるかもしれない。
いつもと変わらず、映さない瞳を向けてくるだけかもしれない。
拳を握り締め、ルルーシュは階段を駆け上る。

(見守っていてくれ! ナナリー!! ロロ!!)

全力疾走で、駆け上って、そして。



「……ルルーシュ、」



呆然と、驚いている彼がいた。
理性的でも、理論的でもない、衝動的な動作は好まない。
けれど、彼相手には、それしか、ない。
「ルルーシュ、どうし……っうわ!?」
抱きついた。
思いっきり、タックルするように抱きついたのだが
彼の体は容易にルルーシュを受け止める。
腕を回して、力を入れると、体がピクンと震えた。
「……ルルーシュ、あの……」
勘違いしているだろう。
されて、仕方が無い。
身を少し離して、スザクを見上げる。
「お前なんか、嫌いだったよ」
瞬く瞳に、ルルーシュは微笑んだ。

「だから、これ以上にないほど、俺はスザクが好きだよ」

呆然としているスザクに、ルルーシュは瞳を顰める。
「…あ……え?」
「馬鹿が、」
唇を寄せる。
触れて、その唇を舐めて、啄ばむ。
状況に付いてこれていないスザクを抱きしめて、そして瞳を合わした。
「昨日は、悪かった」
「昨日? いや、別に、私は――」
「寒いな。スザクが入れた、お茶が飲みたい」
瞳に、一生、映らなくとも。
自分は、良い子ではないから。
その視界に、嫌でも入ってやろう。
手に入らぬなら、手に入れるまで。


だが、それよりも先に

話をしよう。
俺を知ってほしい。
君を知りたい。













離れの方へ、歩んで行く二人を、魔女が
C.C.が瞳に映す。
「なぁ、スザク……アイツにとって、喪失は何であるか
知っているか?」
彼が、決めた期限。
その時には、呪縛の一つが消えるだろう。

「それが、解らなければ……お前は、また、アイツを『殺す』事になる」

自嘲気にC.C.は笑った。
教えてやればいい。
だが、それでも、彼には解らないだろう。




「なぁ、スザク……それが、ルルーシュではないのなら
お前の想う、ルルーシュは何処にいるのだろうな」







答はすぐ傍に。
冬は寒さを連れて、終わりの秒針を進める。





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あと2、3話で終わります。
言っても解ってくれない子っていますよね。
スザクは自らが納得しないと、わかってくれない子だな〜と。
多少、スザクへの態度に変化がありつつも
この後、やっぱり美味しく頂くルルさんです。(若いので)

+++++++
長引いています。
ある所で続く!ってしたかった為です。