サイの飛ぶ歌      1 子供たちがね よちよち歩きで ぼくより確からしいんだよね 起こりうる確率は 向こうが上なようなんだ たとえば 落ちるときに 子供ってのは まるっきりおっこっちゃうんだけど ぼくの落ち方ときたら きみには見せられないような いやらしさなのさ それから 昇天するときはっていうと 子供たちは天国に入りやすいんだ ぼくは何もかも引きずり堕ろさなけりゃ 昇天は できない それでも ぼくにしてみれば 昇天の方が起こりうることだと信じたいわけでね 手をつなぐべきじゃないだろうね ぼくに きみは見えず きみに ぼくは見えない 色付きの存在しない空間が ぼくたちが存在している原因でね ぼくたちが存在するために そんな空間も存在するといった具合なのさ 触れたら 溶けちまうよ バランス とるより 崩壊は難事業でね そのくせ 女にゃ弱いってわけなのさ    2 知ってるよ ぼくの言葉が沈みがちなの 原因も分かってる きみたちより上にぼくがいるからさ 知ってるよ 弱い詩だ これは 苦しいと言ってみな ほら つらい つらいと 言ってみな みんなが ぼくの苦しさを察して 気にしだすころには ぼくは苦しさと同化して幾らか楽になってる そのとき ぼくは 気をつかってくれるみんなに気を使わせとけばいい? もっと前に自分から助けてくれと言うべき? 哀れんでみせたっていい 腹を立ててみてもいい でも 報われないのは 僅かなくいちがいでね これを救わないわけにはいかないのさ 自由? そのことなら何度も聞いた だけど ぼくも きみも 自由なんだ ぼくも きみも かつて在って すでに在って 将来も在るということ 今 だけが在るのかどうか ただ 今 というのが そもそも同義反復でね 存在しかけたけど まだ 何も 存在したことなんかないってのが 真相じゃないかね ニヒリズムじゃなくてさ 始まってないってことさ まだ 何も    3 ぼくが 苦しいと言えないとき きみたちは 生き生きと働いていた 世界を支配しているのはきみたちだよ 奴隷のやり方でね ぼくは それを告発しようとしてるわけじゃない だいたい ぼくが真実を口にする まえに ぼくは きみたちに撃たれて 息も絶え絶えになって やっと 「撃たれた」とでも言い残すのが 精一杯なのかもしれないんだぜ ジョン レノンが死んで何も変わらなかったように ぼくが灰になって 何もかも変わるかもしれない ぼくは 突然画面に混入してきた 死に うろたえて 感激する間もなく させる間もなく 毒も入ってないリンゴにあたって クソまみれの最期をとげるぐらいが 関の山さ くやしいけどね 上手な死に方なんて 知らねえからな 血反吐を吐くまでしゃべりまくっても ぼくを苦しめてる針は 花びらのようにぼくを締め上げるだけで 決して殺しやしないのさ 甘いかな きみに殺されたいと 言おうか きみを殺したいと 言おうか お気に召すまま    4 ぼくは 何を惜しんでんだ? 花か 実か きみは 探してごらん ぼくは どこにもいないよ 呼ばれる名前が ぼくを指定しないように ぼくは いない それが望み じゃないということが問題の全てだ 残念ながら 期待に沿えそうもない ぼくに期待しないでくれ そういうことを言っちゃいけないってことを 知っていながら言わずにゃいられないってことさ ぼくが期待することさえできれば 少しは楽になる ぼくは自分自身に期待して何度も裏切られて もう自分を期待できるなんてことは信じてねえんだよ もちろん 誰を期待することもできない 待つことがすべてなんだ からっぽの気持ちのままでさ ただ 待ってなきゃならない いっしょうけんめい空虚な仕事をしながらさ 「ゴドー」を書いたベケットは偉いと思うね ベケットは 待つことを主題にして「ゴドー」を書いて 観客に ゴドーを待たせることに成功した みんなは 舞台を見つめながら ゴドーは 何なのかって考えた そんなもんいやしないし いないから来ない 少なくとも劇の間には そんなことは絶対起こらないんだ 全てのシーンが終了して ライトが消え 幕が下りて みんなが食事でもしてるころ ゴドーは舞台にいる 神隠しにあった登場人物がゴドーで ゴドーを舞台から消した現実が つまりは 観客としての ぼくたちなんだ 残る手は たぶんひとつ ぼくが自分を消去しちゃうほかない と ぼくは思うね    5 発狂したら きみたちに ラブ・レターを書くよ それまでは御免だ 重荷を背負うのは憎悪に対してだけでいい ぼくは 立つことを学んでるんだ パリじゃなく ここで 示準化石になるために 立つことを強いられてる ぼくが空中分解すると 歩き出して間もないきみたちは ぼくの破片をよけきれずに 逃げ惑いながら死んでしまうだろう だから ぼくには自爆することは許されてない 急降下も宙返りもきにもみも禁止 ぼくは ひたすら上昇していく 上がっていく宇宙の中で 下がることは暴力に近く きみたちは 疲れて 地上に降りようとするぼくを 決まって天上へ追い返してるんだ きみたちの言い草は いつもこうさ 「叫ばないムンクに用はない」 ぼくの問いも いつもひとつで こう 「どうして?ぼくは叫んだじゃない? 聞いてなかったの?」    6 もう とっくにぼくは 影を売り渡しちゃったんだよ ぼくの後に伸びるのは ほとんど ぼく自身 きみたちが いかさまに 気づく頃まで 生き延びられるのかどうか そこが 勝負だ 宇宙が上がってくなら ぼくは下がってやる だからさ きみたちは もうぼくの影を追うことはないんだ きみたちが にせもののぼくと思ってるものは ぼくそのものなのだよ 現在ってのは未知の過去のことだ 過ぎ去ろうとしない過去のことなんだ ぼくも きみも幽霊のように 過去の時制を侵しつづけて いつか必ず影をなくしちまう もう そうなったら 亡霊を敵視できない 二つ三つ質問して まさしく あなたは私の父上でしたと 認めるばかりさ ぼくたちの記憶は未来を向いて ぼくたちの背後に横たわっている ぼくたちはそっちの方向へ後ろ髪をひかれる だから 歌うよ ぼくは ぼく自身をなくしてでも ぼくは 歌うよ 分かったかな ほんとうに恐いものは 生身の人間だけなんだ    7 それでも いくら きみが欲しいと言っても やれないものだってある 手形は切れても 生身の肉は切れないからな 痛さぐらいは感じるわけだ 感謝するよ 創造主に つまりは 誰にも感謝なんかしないってことだけどね ぼくは 自分の小鳥が死にかけてれば 何とかしてほしいと思うわけよ 何もしないからな どっちかっていうと見殺しにした小鳥の死体を 踏み潰していくのが 造物主のやり口でさ しかも昼間 鳥の目の利かない夜間は 無関心でいるくせにさ これは創造主の定義と合わないんじゃない? だから 神はいない 簡単さ 神がいないことの証明なんか いると思ってるやつにとっては 何もかもが神である他ないんでね それがすでに神はいないって言ってるようなもんなんだ    8 またしても ぼくたちはたどりついてしまう 不足した大陸に もっと先まで 行くことは禁じられているわけでもなく 手ごろな救済をいくつも ばらまかれて 笑っちゃうんだ ぼくも きみもね 生まれた時のことは覚えてるかい ぼくたちは みんな はだかで 生命そのものさ といった顔で わあっと 泣いたはずじゃないか いつのまにか 産声をあげなくなって かわりに ぼくたちは薄笑いを浮かべ NOと言ったり YESと言ったり 分からない と答えたり しはじめたじゃないか 通りすぎていく人よ いったい何年待ったらいい シーラカンスも退化して 1億年前の地球にも 人類が発生するまで    9 世界が花を持っているときは 気をつけたほうがいい 愛も憎しみも根はひとつで そのひとつを ふたつに分ける魔術とは 手を結ぶわけにはいかない だけど くやしいのは たとえば木星まで衛星を飛ばすことは 誰にもできないってことなんだ 太陽系の外目指して飛んでるの あれは人間が作ったんじゃないぜ その証拠にもうみんな忘れてる 木星が何色してたか もう 先に進むことはできないんだろうか そんなことはない もし 先に進むべきでなければ 後ろ向きに後戻りするさ これなら違反じゃないだろう? 未来を憧憬するやり方で 過去を懐かしむわけだ もしくは その反対 きみに言わせれば ぼくは幻を見てるんだと いうことになるのかね 自分を英雄と思い込んでる きちがいということに なるのかな でも まだ神話時代なんだぜ もっともっと神学から解放されなけりゃ 英雄志願の若き阿呆が出てくるのは おしまいにゃならねえさ きみたちには何も分かってないなんて言うつもりはないけどさ きみたちがひざまづくところは まるで逆立ちでもしてるみたいだぜ    10 分かったよ もし ぼくが正しければ きみは正しくない それだけのことだ なかったことにしよう 罪を犯したのは ぼくじゃないし きみでもない ぼくたちは何億人分もの十字架をかついで その重みで 天国を失った いつまでも 歩きつづけに歩く旅と 終点のない宇宙を手に入れて ぼくたちは 自分たちの終末を予定した うまくいくかな きみは笑っているだけだ 「永遠」に 止まった きみの若さに ぼくは関係しない 滅ぼす手段を手にして ぼくと きみ自身とどちらのスイッチをおすか悩んだあげく 一人で妊娠し 一人で出産して ごくろうさま ぼくは認知しないよ 誰の子か分かったものじゃない 想像上の怪物 神話の英雄にでも育つかね 先のことは 分からないけどさ そいつが 本当に ぼくの子だと分かったら ぼくは母子ともども 絞め殺しに行くからよ 用心しときな    11 さよなら 写真をながめていると ぼくは はりつけになる 日光を呼ぶぼく もう 死ぬこともないだろう とても うれしい さよなら ぼくのために 死んでくれるのだね まるで 時間を失くした時計だね きみは さよなら もう お昼になっても 来ないのだね 呼んでも ぼくを愛してくれないのだね そっちは 真昼だろうか 海に浮かぶきみの時間 取り戻しにくるかい いつでも こちらは 真昼だよ 何も静止していないから 生きているといえる その程度の 幸福さだよ くるかい ここへ