「もう笑わなくちゃ」(6) P.156〜P.157

午前零時 於 スナック「ゲロ」
 クラブが閉店になって、五人は「ゲロ」へと舞い戻ってきたのだった。なにしろ、吉田彰を夜明けまで引き止めておいて、結婚一周年の喜びを夫婦で分かち合せないというのがその夜の目的だったのだから、他の四人は吉田彰が、のってくるようにと、あれこれ手法を考えて工夫の上に工夫をこらして彼を楽しませた。そうすれば、幸子は一晩中夫の帰りを待って疲れ果て、夫吉田彰を憎むであろうとの算段であった。四人の作戦に、もとより単純な吉田彰はうまくのせられ、家庭の事など省みてはいない様子であった。
 一方幸子はといえば、夫の帰りを楽しみに部屋を片付け、狭い部屋ながらもテレビやラジオを押入れにしまい込んで広くみせ、結婚一周年記念の夜をエンジョイしようとケーキまで買い入れてその夜の七時から待っていた。小さなちゃぶ台の上に小さなケーキ。ケーキとはいっても、安物だから生クリームの下は空気でいたるところに穴が開いたようなパン質のケーキ。真ん中にはろうそくが一本たてられている。“結婚一周年おめでとう?の文字は、生クリームで描くと高くつくので、エンピツの先で掘った文字。八時になり九時になり十時になっても夫は帰ってこない。そのうちにだんだん眠くなって、柱時計が知らせる時の音にうつらうつらのつぶらな瞳を時折りびっくりさせるように開いてはため息をつき、またコックリコックリと、それでもまだ横にはならない。美しい新妻の姿がそこにはあった。

午前零時 於 スナック「ゲロ」
 騒ぎ疲れた五人は、そろそろ散会しようということになった。

Z「それではそろそろおひらきにしたいと思います。」
吉「もう一軒行こう、もう一軒。」
H「吉田くん、もう帰った方がいいよ。奥さんが待ってるじゃないか。」
Hの言葉に吉田彰はびっくりしたように立ち上がった。
吉「あっ!今何時?」
U「五時だよ。」
吉「えーっ。」
 A「アハハハ……。」
吉「俺帰る。」
四人の見送りを背中にうけながら、吉田彰は人が変わったように困惑した表情をみせて

次へ(P.158〜P.159)