「こんなに近くにいるのに」

著者 財津和夫
発行日 1993年11月19日
発行所 PHP研究所

この本の最後の項 P.208

「自分は自分と人」

私には親友と呼べる相手が居ない。孤高を気取っている訳ではない。友人はほんとにいいものだ。
普通、人は願うと否とにかかわらず親友を得ている。それでは私の性格の悪さが孤独をつくっているのだろうか。いやいや、そういう人はそれなりに親友ができるものだ。
私の出身地は博多である。東京からずいぶん離れたところにある。
大学を途中でやめ、音楽でメシを食おう、と上京した。十四年前のことである。チューリップというバンド名をもつ五人組のひとりであった。本来ならば、この五人と、あるいはそのうちのだれかと親友関係を生み出すのが常識的なのだが、残念なことに、このメンバーと私の間には世代の差があった。
ただ、ベースを弾いていた吉田という男が同世代であった。彼とは高校生のときに同じクラスで知り合った。ビートルズを介して、二人は仲がよかった。授業中もビートルズの楽譜に二人して熱中し、先生から教室の後ろに並べて立たされた。それでもそのまま二人はビートルズ談義を続けた。下校時の路上、歩きながら彼とビートルズを二声で歌った。香椎宮に通じる長い直線の並木道だった。昼下がりに吹く風が、その石だたみにくっきりと描かれていたプラタナス達の影を揺らした。
七年前、吉田は音楽をやめた。彼に何が起こったのか、今でも分からない。
私は昔から「人は人、自分は自分と人」だと思っている。自分の私生活は半分、他人の私生活は全部守ろう、と考えてきた。この考え方は、先方が寂しがっているときは冷血に受け取られることがある。だから、吉田が人生に迷っているときでさえ何も気付かなかったのかも知れない。私に親友がいないのはこれが原因のようだ。
吉田には大学入学時に入学金を借りた。ローンで返済したが、当時彼がいなかったら私は大学生になれなかった。