「沈丁花」
2月23日は沈丁花の日。去年の3月頃に録音は完成できましたが約1年待ってこの日に発表します。
よしだ屋珈琲店の近くにあるミッドタウンは2007年3月30日に開業しました。以前そこには防衛庁(現在は防衛省)がありました。その前はGHQが接収していて戦中、戦前は旧日本軍の麻布一連隊がありました。さらに時代を溯ると、江戸時代の250年ぐらいは長州毛利藩のお屋敷がありました。さらに溯ると戦国時代は江戸の街はなく広い武蔵野原生林の中にポツリポツリと集落があったのでしょう。ミッドタウンを造るための工事の前に学術的な発掘調査があり、古墳時代、弥生時代、縄文時代の遺跡が見つかりました。この土地は海に近く、川があり、ちょっと高台で水の害がなく住みやすいところだったことが判りました。2002年の春、発掘調査の結果報告の展示が1日だけ一般公開がありました。1時間ほど見学しました。興味深いものが沢山ありましたが此処では触れません。
江戸時代以降、この土地は武装した若者が命をかけて何かを守ろうとしていました。二・二六事件(1936年2月26日の早朝)の日、二等兵だった落語家の故・柳家小さんさん(永谷園のコマーシャルに出演していた)のテレビ番組を見たことがあります。事件当日、何が起きたのか訳がわからず、麻布三連隊の塀の周りを右往左往していたそうです。麻布三連隊(現在は新国立美術館、江戸時代は宇和島伊達藩のお屋敷)の将校を中心にクーデターを企てましたが未遂に終わりました。
この事件のことがずっと気になっていました。この曲の詞を書こうと考えていた時、NHKテレビのアーカイブスで「二・二六事件」の番組を見ました。また、同じ頃、よしだ屋のイブニングオーナーの貸切で「講談」があり、演目が鹿児島の知覧の飛行場から出撃した特攻隊の話「ホタル帰る」を聞き、若者は何のために、何を守るために戦うのか、を考えさせられました。そして私の結論は、それぞれの若者は自分の大事なもの(大事な人)、のために戦ったのではないか。それは家族だったり、愛しい人だったり、国家だったり。そして、守るものがあることは幸せなことだと気付きました。
防衛庁が市ヶ谷に引越しましたがこの広い土地の買い手が見つからず2、3年の間廃墟になっていました。敷地内は雑草が伸び塀の周りの植え込みも手入れすることもなく荒れ放題になっていました。正門の辺りに、この季節になると沈丁花の香りがしていました。やがて買い手が見つかり、庁舎を取り壊す工事が始まりました。
「沈丁花」 詞とmp3音源を掲載します。 (ページを開くとすぐに曲が流れます。)