防風林と浜山

私が生まれ育ったところは福岡県糟屋郡古賀町花見というところです。
花見という地名は大友宗麟が名を付けたといわれています。
小・中・高の夏休みの40日間、ほとんど毎日のように海に行っていました。
花見の浜は潮の流れが速いため海水浴場には適してなく、
よその町の人はいなく、地元の人がちらほらと「水浴び」を楽しんで
いました。
   
小学生の頃は家から海水パンツ一つで、タオルも持たず、
砂利、砂の道をはだしで歩いて海に向かいます。
夏、日差しの強い日は道路が焼けて、足の裏が熱くて歩けません。
道の端にたくましく生えている背の低い草を見つけ、
それを目指して駆け出し、草の上で足を冷ましながら
5分の道のりを海に向かいます。
松の林に入ると日陰があり、もう大丈夫です。
その林を抜けると青い海が見えます。
   
中学生の頃のことです。海をぷかりぷかりと浮かびながら
沖の方にゆっくりと1時間ほど進んでいきました。
浜からはずいぶんの距離になっていました。
さて、帰ろうかと浜に向かって泳ぎ始めました。
数分泳いでも一向に陸に近づいていないような気がします。
泳ぎを止めました。潮の流れが速いことに気が付きました。
「ここは落ち着いて」と体力の消耗に気を遣いながら少しずつ
陸に近づくことにしました。2時間ほどで浜にたどり着きましたが、
そこは隣町の福間でした。焼けた砂で冷え切った身体を温め
少し体力を回復してからテクテクといつもの浜まで歩きました。
見慣れた景色を見つけ安心しました。
   
日本の海のある街は、振り返れば山が見えます。
(関東平野は広いので、東京近郊の海が見える町では
この山のある景色は望めません。)
花見の海を沖の方まで泳いでいくと砂浜が海岸線になり、
防風林の向こうに山が見えてきます。その山々は犬鳴山系です。
この町では山の向こうから朝日が昇り、海に夕日が沈みます。
相島の右側に赤くなって、大きくなって沈みます。
夕焼けのときはさらにいい景色になります。
   
知人が福岡に出かける時、「お土産は何がいいですか?」
と言われたら「松露饅頭」をお願いします。
松露という「キノコ」の形をしていて中に
漉し餡が入ったまん丸のお菓子です。
「松露饅頭」は本来、唐津近辺の松原の銘菓ですが、
福岡でも売っています。今年(2008年)の7月に帰郷した時は
久留米の岩田屋で手に入れました。
その売り場で東京の渋谷東急東横店でも曜日限定で
売っていると聞きました。
   
「松露」についての話をします。
「ショウロ(松露)は腹菌亜綱イグチ目ショウロ科のキノコ。
菌糸体はマツの根に菌根をつくり共生する。
ユーラシアと北アメリカに分布し、ニュージーランドで
栽培もされている。
子実体は春と秋、海岸などの松林の地上に土に埋もれた状態で発生。
半ば地上に現れることも多い。
やや平たくゆがんだ球状ないし団子状で、
子実体の下には根状菌糸束がある。
白色後黄褐色となり傷つけると赤く変色する。
地上に露出した部分は早く黄褐色になる。
胞子の成熟前は食用。若い時期には独特の果物を思わせる芳香と
サクサクとした歯ごたえがある。」(wikipediaより)
   

大豆ほどの大きさのカニ
カメラ目線で快く応じてくれた

花見の松の林の中にも40年前までは松露を見つけることが出来ました。
今は松林の手入れが行き届かず見つけることが出来ません。
全国的にほとんど見ることが出来なくなったようです。
以前は私のお祖父さんが中心になって管理をしていました。
私が小さい頃は年に2回くらい「松葉かき」という
行事がありました。
晴れた日に松林中に落ちている
乾燥した枯れた松葉を集めて持ち帰ります。
松葉小屋いっぱいになるまで夕方まで繰り返します。
集めた松葉は燃料として少しずつ、
風呂の焚き付けやご飯のかまどに使います。
松の葉は油分を少し含み、火付きも良く重宝します。
「松葉かき」の「かき」は「掻き集める」という意味だと思います。
「松葉かき」をする前の地面は茶色で、掃いた後は
白い砂地に目の粗い「松葉箒」の後が付いています。
このような掃除をすることで茸の菌が
活動できるのではないかと考えられます。
今回の帰郷で見た限りでは林の中に白い砂は見られませんでした。
(松の木は冬でも緑色の尖った葉を付けています。
銀杏や欅のように冬になると葉を落とし、
幹と枝だけになることはありません。
枝の先のほうにある新しい葉はさらに成長し、
古い葉は茶色になり地面に落ちます。
見かけは緑のまま新旧の交代をします。)
   
「松葉かき」は大変な作業です。私たち(兄弟)子供は最初、
真剣にお手伝するのですが、直ぐに飽き、遊びに移行します。
砂の地面を30センチほど掘り、
用意しておいたサツマイモを置きます。
芋の上に20センチくらい砂を置くことが上手な焼き芋の作り方です。
その上に松葉、小枝を集めて、火を付けて「焼き芋」を作ります。
テレビドラマのワンシーンで、焚き火の中から焼き芋を
取り出すところを見ることがあります。
そんなやり方で作った焼き芋は表面は真っ黒焦げになります。
出来上がると大人たちに知らせて
休憩の「おやつ」の時間になります。
   
そんな事を色々と思い出しながら、花見の海の写真を撮ってきました。
  ※「花見松原」
寛文年間(1661〜1671)に植えられた数百本の松が、玄界灘の潮風によって
種々な格好にたわめられ、白砂と調和して見事な景観を呈している。
   
  ※「花見の名」
昔は藤の名所であったといい、豊後の大友宗麟が毎年花見の宴を張ったので、
この名があるという。
人文社「郷土資料事典・福岡県」より