書 名 | 出 版 社 | 書 評 |
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出 版 日 | ||
価 格 | ||
雨 過 天 晴 |
集 英 社 文 庫 | 「故宮(博物館)の文物」から、「(画家・平山郁夫を通して観る)慈悲へのあこがれ」まで著者の体験、交友、中国の歴史などを語るエッセイ集。表題の「雨過天晴」とは、中国の後周世宗柴栄(さいえい)が家臣に対し、青磁の色を「雨過天晴雲破処」(雨があがったばかりの空の青さ。それも、雲が破れるようにして晴れはじめた、そのあたりの青だ)と注文したというエピソードからとったもの。著者は「青ということばは、青年とか青春とか、生命力に満ちたものに用いられる。私たちがさまざまな青を愛し、青磁の色に自分達の理想を託そうとするのは、生命を愛するからにちがいない」と表現する。私(yamateru)は、この本の中の「近代史認識の不足が、日本人のアキレス腱だといわれている。それを克服してはじめて二十一世紀の世界で尊敬されるはずだ」と言う著者の言葉が非常に印象に残っている。 |
99/3/25 | ||
660 | ||
杭 州 菊 花 園 |
徳 間 文 庫 | 杭州は南宋時代の首都である。蘇州とともに名園の多いところで、神戸の華僑・銭延真の故郷でもあった。見事な菊づくりで知られる銭は、杭州で庭園づくりに励み、その熱意と抜群の感覚に師匠から庭園づくりの一切を託された。心魂を傾け思う存分腕を振るう銭であったが、依頼主が初恋の人を奪った政商・李巨元と判ったとき、ある怨念が胸に宿る。そして名園「菊花園」は完成した......。表題作ほか六編を収録。 |
99/10/15 | ||
560 | ||
白 い 泥 |
徳 間 文 庫 | 神戸の貿易商社・ジャクソン商会がシンガポールに送った寒天の積荷から死体が発見された。被害者はジャクソン商会に出入りの営業マンの常岡新一と判明。常岡は収賄の弱みを握って営業部の湯浅秀明を恐喝し、さらに年若い社員の深尾昭子とは強引に関係を結んでいた。常岡の足取り調査に難渋する県警の竹森警部だが、思わぬことで殺人の意外な動機を知る。誠実一路に生きた男の暗転する魂の深淵を抉る長編推理。 |
99/05/15 | ||
520 | ||
唐 詩 新 選 |
新 潮 文 庫 | 大国の興亡から友との別離、飲酒の宴、森羅万象を詠み込んだ膨大な唐詩の数々。古来、日本人の心を潤してきた唐詩を、著者の該博な知識をもとに、清朝、七夕、秋雁、涼州詩など24のテーマにまとめ唐代人の暮らしと彼らが感興をもよおす様を彷彿とさせる形で紹介する。名詩に終始せず、著名詩人の意外な詩や永く沈黙していた無名詩を甦らせる、意欲に満ちた唐詩私選、 240編。 |
92/05/25 | ||
秘本 三国志 1巻−6巻 |
文 春 文 庫 | 我が国でも昔から好まれたお馴染みの「中国の戦国時代」を描いたドラマ。著者の陳舜臣氏は、中国の人(ただし、神戸生まれの神戸育ち)だけに、出来るだけ史実に忠実に書きあらわそうとの配慮がこの本の随所に窺える。その意味から、故吉川英治氏の書いた「三国志」とは、登場人物の人となりやエピソード等についての解釈に微妙な相違があると思う。ともあれ、どちらの三国志も我々読者を十分に楽しませてくれていることは間違いない。 |
82/07/25 | ||
2820 | ||
耶 律 楚 材 下巻−無絃の曲 |
集 英 社 文 庫 | 楚材とは「外国で用いられる人材」を意味する。自国を滅ぼした他民族に仕えた父が,わが子に与えた名だった。長じて儒仏の教えと天文を修め、北の草原から押し寄せる圧倒的な力から、人命と文明を守る志を得る。チンギス・ハンに召された時、楚材28歳。遥かサマルカンドへ至る西征に従い、「焼き、殺し、奪い、去る」モンゴル軍の破壊の様を目の当たりにするのだった。 西征東伐に明け暮れるモンゴル帝国の政(まつりごと)の頂点にあって、楚材は孤軍奮闘、政・軍・監の三権分立や文教政策に力を尽くす。モンゴルの破壊力を、民衆を守る警察力に転化する大目標があった。しかし、大ハンにつづき、彼に絶大な信頼を置いた太宗オゴディが没し、激烈な後継者争いが......。 チンギス・ハンに仕えて23年、楚材52歳の冬のはじめだった。ユーラシアを舞台に描ききる、天才宰相の波乱の生涯。著者独自の歴史観により、実在した人物を活写した大ロマン長編小説。 |
97/05/25 | ||
1080 |