蔦きうい 歌集
●果実生活 果実生活 2006年短歌研究新人賞予選通過
●水祭 水祭 2005年『玲瓏』61号 天井桟敷入選
*2006年短歌研究新人賞の予選通過作品です。
辛いこと足早にすぎルノワール旧居の裏に苺畑が
いちぢくをリュックにつめて鉄橋のむこうの通過儀礼の森へ
春ふかき帽子の中の蝶々が産み落とす夏蜜柑ここのつ
プルーンを煮詰めるはしから舐めてしまう人とひっそり秋の夕暮
ビワのなる屋敷の少女へ千代紙のヒコーキおって飛ばす はつこい
あげ初めしばかりの前がみ朽田への道たどりつついつか林檎は
夏という迷路たちまち西瓜手に祖父の家までたどりつけない
キーウイの酸いを鼻腔に土こねる酒井田柿右衛門のてのひら
ピスタチオ島の港で量りつつ量りつつ老い穏やかに折れ
左遷されたアルキメデスの眼になお降り注ぐアーモンドの花
彼岸から奥の座敷へおりてきた桃にすべてを託してもみる
頭痛にはパインの缶詰効くという話をハノイの屋台で知った
河原町蛸薬師上ル丸善のレモン爆発せず霧ふかし
台風の去った夜明けに用意するグレープフルーツ・グレーのスーツ
マンゴーにうまみ少なしされど言え海と森とが羞じるさいわい
冬の朝バナナ焼く間にことごとく世間がはがれ落ちつつ幸へ
たちつくす結核病棟どこまでも梨の畠がつづき はるかぜ
百年の眠りの果てに姫がみる東鳩オールレーズンの夢
古代という刻の容れもの山道であけび教えてくれた人恋う
アボガドとタコをマリネし待つことの累々と笑み来れよ明日
命つきるまでの徒然ひと樽のクルミにうもれ立ち去れ馬車よ
死との距離むねに抱いて窓ぎわにメロンをひとつ 熟れぬひねもす
求めても求められない神という絶望として描く桜桃
安達太良のあらしの洞にたえしのぶ智恵子千年前の梅酒は
吹き荒ぶ風・雪・あられ絶海の孤島にとどく蜜柑ひともり
いくつもの長いトンネルいくつもの未来の天使 夜のブドウは
野イチゴに夢中となるまま青白い巨大な篭のふたりとなる
李ひとつ一つかむたび自由という靴音をきく 夏のうら窓
もっともっとわがままになれ人生は短しラズベリーチョコケーキ
幸せの時限爆弾あの人の耳にスダチのピアスを贈ろう
*『玲瓏』61号で塚本邦雄先生最後の「天井桟敷」コーナーに選ばれました。
ぎりぎり間に合った!という感じです。以下、先生の選評です。
●カエサルが片足冷やすルビコンの背に煮えたぎる肉の視
●三叉路で村人にきくあの沼の履歴は神の諦めとそよ
「賽は投げられた」カエサルがポンペイウスを討つため、ルビコン河を越えたのは前四九年。終身獨裁の執政官になつて、ブルータスらに暗殺される五年前のことである。その際、すでに敵意に満ちた視線があつたと、作者は村人から三叉路で聞き齧つた運命論を言ふ。(塚本邦雄)
先帝が死んで千年浴槽に沈む果肉の熟さざる時
善悪を焚く中庭に翳り差す永き祖系の水脈のくゆりの
水浴みしていた姉の目が急速に「ひと測り得ぬ」星の吼え声
ねむるとかねむれないとかではなくて王女の肉を梳るみず
カエサルが片足冷やすルビコンの背に煮えたぎる肉の視
彰子さえおらねば今頃この人は里も野焼と靄る半蔀
かごめかごめ幼馴染はつれなくて樽は象形の浮かぶ海淵
宮谷へみずが呼んだと坊が言うその姉の死の村の風俗
壺の中に溺れる神を見ない振りしても小骨があふれくる朝
どこからか伸びくる細い水にすがる外は悪意の森よあけまで
零れ落ちる量子を見てから春風とあけてもあけても誰もいぬやみ
三叉路で村人にきくあの沼の履歴は神の諦めとそよ
死は進むわたしはとどまる隊商を終えて酪茶の緋の一滴
少年少女葛飾わたりの水田べり明日を閲せぬ酷いへび
老年老女水村山郭酒旗の風きのう安堵が辻過ぎり
閉ざされた鎧戸の裏ひそやかに涙こんこん外はサルビア
あお鬼の非在はるけしやまなみのかの薄氷に映るなかぞら
八百重みち盥に月を遷しこみ今宵十七鄙へ嫁入り
霧ふかく龍おい詰めて息をのむ谷間谷間に孕む茶の花
春あらし硝子戸たたく枕辺の白湯に中也がしのびこむ午