幸福論〜四季

 

谷町や桃の間垣を曲がる僧

 

くりかえし見る船のゆめ明け易し

 

家一軒つぶしてのちの朧哉

 

春宵のそれぞれに立つ眠気かな

 

春雷や病院食に芋サラダ

 

たましいの脚の在りかや春疾風

 

ありようを悟りし朝の春炬燵

 

待つという美しい澱ひな納め

 

眠れずに木を切る与作が東風のなか

 

踏み切りでカレーをおもう点しごろ

 

桜散る日は家居して潦

 

花まつり昔ぼさつがみた夜空

 

手水への雨を共有するふたり

 

野良猫が雨だれを聴く軒あやめ

 

となり家に象きたるらし衣替

 

縁側の先の夜明けに薔薇をおく

 

黄菖蒲が海までつづき病癒ゆ

 

パセリセージ・ローズマリー&タイム日永かな

 

金雀枝やただ極楽があるばかり

 

ゴルゴダの花にまみれて麻衣

 

入梅の古家の二階ハーブ香

 

卯の花をくたして卑弥呼あくびする

 

街を出て五つ目の駅ゆすらうめ

 

あじさいの福を満たしてよもすがら

 

ザイールも今日は晴れやろ芝を刈る

 

麦打ちを聴いて灯ともす夕餉かな

 

野にひとつ麦笛だけの無人駅

 

大工らのひるめし無口薄暑かな

 

幼子の髪切る夕の大暑かな

 

雲の峰またなにもなき一日を

 

黒南風やカリブの西にも雨林かな

 

片陰や子は拾円をにぎりしめ

 

鮨とるや庭からのぞく仏間の灯

 

胡瓜もむ手になつかしき昔かな

 

漱石が子規まつ夕べ夏館

 

しずけさや物書く音も簾どき

 

端居という国に生まれて夕餉かな

 

家々の屋根また屋根の午睡かな

 

夏風邪やひねもすポアロと暮らしおり

 

畦道の格子格子にみちおしえ

 

風ふいて夏蜜柑という地球がある

 

ふるさとは木暮れ木暮れて家路かな

 

サルビアがつづく地球に生まれつく

 

窓辺より葎のにおう読書かな

 

娘巣立ち駅舎の裏の浜昼顔

 

団扇もつ手の力ぬけ遠花火

 

貧乏なことを風鈴賀しており

 

山百合や南木曽の先にアベマリア

 

ひょうたんの葉群のなかの眠り婿

 

青蔦の這うほどぬるき時間かな

 

妻と出会い地球一面萩の朝

 

街道が銀河へつづき風の盆

 

叡山の影うすくなり餞暑かな

 

どことなく櫂の音する雁渡し

 

号泣しそのまま野辺へ彼岸花

 

苦しみは生きる(かたち)や吾亦紅

 

大江戸の闇に灯せる蜜柑かな

 

悲しさよ旅籠の上の鰯雲

 

みちのくや通草のなかに一昔

 

山葡萄やがて己があるきだす

 

旅の中に病癒えゆく秋浅し

 

わが妻を宝と思う石榴かな

 

薄ら日の菜園春をはらむべし

 

雲おりてくるほど胸に真澄かな

 

魚屋町魚売り果てて野分かな

 

おもむろに太郎ねむらす秋思かな

 

アンデスの空路を釣瓶落かな

 

碧空や龍馬の肩に牛膝(いのこずち)

 

胡桃すって丸い地平の人となる

 

葛城や帰る日もなき冬隣

 

町々のいずこも冬至祭かな

 

霜月や探偵店をしまいつつ

 

坪庭の隅に小春や幸の神

 

初時雨あのころふたり先斗町

 

年の暮れ山陰本線海に寄る

 

星星やしじまが除夜を切り取って

 

入宵の無口楽しむ雁木町

 

たれも見ていぬのに枯葉とどまりぬ

 

穹窿やむかし砧にたくす恋

 

朝霰きょうは休みと決めてしまう

 

冬瓜を炊いて夕べの家あかり

 

寺町の寺のほうから雪催

 

細長き島の突たん冬鴎

 

木枯を小壜に入れる読書かな

 

あるがまま生きていいんよ雪風巻(しまき)

 

狐火や城下の木戸の温き内

 

コロッケはいよいよ温し虎落笛

 

鎌鼬いやなら嫌で炬燵かな

 

中山道くだるゲルダや雪女郎

 

われ愛す柚子湯のゆずをつぶす人

 

鬼よ来い地獄よ開け寒すみれ

 

凍み豆腐夜明の山がそこにある

 

梟や森の出口の豆腐茶屋

 

あお峰やおそい朝餉にむかご飯

 

永劫の長屋の(とき)をふくと汁

 

蝋梅や明日香と呼ばれる宇宙の端

 

橙に心かざして温い空

 

股引を脱いで深空にかけておく