5、弱い人間

 

 光が意識を取り戻したと聞いて、健太と恵が病院

に駆けつけた。

「よ !元気か」

「ばかね、もっとましな言い方ないの、おはよう

光ちゃん」

 恵が言った。

「あんまり変わらないと思うぜ」

 健太が不満そうに言う。

「なによ !」

「なんだあ、やんのか」

 二人のいつもの、口喧嘩を聞いて光は

元気付けられた。

 そして光は、地下鉄のテロでの生存者は

光だけだと聴かされた。

 光は、藤谷の事が心配になり、二人に聞いて

みた。

「藤谷は学校に来てる?」

「どうしたの、藤谷さんなら今日も元気に学校に

来てたわよ」

 恵が心配そうに言う。

 それから光は、藤谷の事は口にしなかった。

 あの子とかかわりあうと、きっとまた何か起こる、

という恐怖心がそうさせていたのだ。

 そして二日後、光は退院した。

 退院後、連合国の公安警察に地下鉄のテロの

事を色々と聴かれたが、絶対に藤谷の事は

話さなかった。

 

 光は体調も良くなり、また学校に通うようになった。

 光は、藤谷とは言葉を交わさなかった。もともと藤谷は

言葉数が少ない方だったので、二人は隣同士の席

なのに目を合わすのも避けている様だった。

 

 そして数日たったある日のことである。

 光は朝、教室に入ってなにげなく黒板を見た。

 黒板の隅には、日直の覧があり、そこには藤谷と光の

名前がかかれていた。

 そしてその日の授業が終わりホームルームの時間が

来た。

「明日、発表会があるので、音楽室の掃除を手伝って

ほしいんだけど、そうだ、今日の日直の二人、藤谷さん

と、中谷君、少しだけ手を貸してくれる。

ごめんなさいね」

「え、僕ですか・・・わかりました少しだけなら」

 光は、いやな予感がしながらも返事をしてしまった。

 

 音楽室で 二人は、お互い何もしゃべらずただ机を

拭いている時に女教師が入って来た。

「ありがとう、机を拭いたらもう帰ってもいいわよ。私、

校長先生に呼ばれているから、じゃお願いね」

 女教師は出て行ってしまった。

「早く済ませて帰ろう」とつぶやきながら、光が雑巾を

しぼっている時、ピアノの音が聞こえた。

 それは優しくきれいな旋律だった。

 光がピアノを見ると、藤谷が座って弾いていた。

 背筋を伸ばし、ピアノを弾くその姿は、何処にでもいる

15歳の少女だった。

 光はその姿を見た時、もう藤谷への不信感は、

無くなっていた。

 

 掃除が終わり二人は学校を出た。

 藤谷が前を歩き、少し間をあけて光が歩いている。

 光はおもいきって声をかけた。

「ピアノ弾くんだ」

「そうよ」

「きれいな、メロデイだね」

「蛍、て言うの」

「蛍 ? 」

「そうよ、お父さんが作ったの」

 光と藤谷の距離はもうなく、肩をならべて歩いている。

「お父さん音楽家なの ? 」

「オーケストラでピアノの担当だったの」

「だった ?」

「死んじゃったの、PPPのテロで」

「僕と同じだ・・・」

 光は、父と姉の事を思い出したらしく、表情は暗く

なった。

「聴かないの、私がどうやってあの地下鉄から

脱出したか」

 光は立ち止まってしまった。手には握りこぶしが

作られている。

「僕は弱い人間なんだ」

「臆病で、卑怯で、人から命令されば、はい、としか

言えないし、小さい頃からいつもそうだったんだ」

「有紀姉ちゃんが居なきゃ、一人でなにも

出来なかったんだ」

 

「もっと、自分に自身を持てば」

 

「中谷君は、本当は弱い人間なんかじゃないと思う」

「どうして、そんな事が言えるんだ」

 光は藤谷をにらみつけた。

「私が、あの電車の中で渡した液体は、だだの水よ」

「うそだ!!」

「うそじゃないわ、あなたは誰の力も借りず、自分の力で

あの窮地を乗り越えたのよ」

「うそだ、うそだ・・・」

「さよなら」

 立ち止まっている光を後に藤谷は行ってしまった。

 光は茫然と立ちすくんでいた。

 まるで親にしかられた子供のように。

 

 

 

 

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