トップ > 神話の杜 > 中国の神話「牛飼いと織姫」

牛飼いと織姫

あまり人気の無い山のふもとに一人の牛飼いが住んでいました。彼は一頭の年老いた牛を飼っていて、毎日、草原に出かけては牛に草を食べさせていました。

ある日、いつものように草原へ出てみると、あたり一面が十歩先も見ることが出来ないほどの霧に包まれていました。その時、草を食べていた牛が、突然牛飼いに話しかけました。

「ご主人様、ここから南にある川のほとりで、仙女が数人水浴びをしています。仙女たちに気づかれないように、川辺に近づき、彼女の羽衣を一枚隠してしまえば、仙女の一人をご主人様の妻とすることが出来るでしょう。」

牛飼いは、この牛の云うとおり川辺に近づくと、確かに数人の仙女が水浴びしているのを見ました。早速、牛飼いは近くにある羽衣を一枚隠し、その場から逃げ出しました。これに気づいた仙女たちは大慌てで、羽衣を取り、天に帰っていきました。しかし、ただ一人織姫は天に帰ることが出来ず、羽衣を取り返すため、牛飼いを追いかけました。

織姫は、牛飼いに羽衣を返してくれるように頼み込みましたが、牛飼いはこれに応じず、家に持ち帰り、羽衣を誰にも分からないところに隠してしまいました。そして、織姫に自分の妻となって欲しいと頼み込みました。織姫は羽衣が無ければ天に帰ることも出来ず、仕方無しにこの申し出を受け、牛飼いの妻となりました。

織姫は、天上では織物が得意だったので、牛飼いの妻となっても、しょっちゅう機織をしていました。牛飼いは、年老いた牛の世話をしなくなり、織姫の織った織物を売って生活する日々が続きました。年老いた牛は毎日自分で草原に出かけ、草を食べるようになりましたが、そのうち病気にかかってしまい、藁を積み上げた上に寝込んでしまいました。牛飼いはこの年老いた牛の背をさすりながら、大変悲しみました。

その時、この年老いた牛が再び、牛飼いに語りかけたのです。

「ご主人様、私はもうじき死にます。私が死んだら、私の皮をはぎ、袋を作って、それに黄砂を詰め、私の皮で作った紐で縛って、これを毎日持っているようにしてください。必ずお役に立てるときが来ます。」

年老いた牛は、話し終えると、息を引き取りました。牛飼いは、この牛に不憫な思いをさせたことを詫び、嘆き悲しみましたが、牛の遺言通り、皮をはぎ、袋を作りました。

それから、数年経つと、牛飼いと織姫との間に女の子と男の子の二人の子供が出来ました。その間にも、織姫は羽衣の隠し場所を聞きだそうと、牛飼いに尋ねましたが、牛飼いは何かと言葉を濁し、話を逸らすのでした。しかし、織姫は諦めず、今度こそはと牛飼いに尋ねました。

「私の羽衣は、何処に隠してあるんでしょう。私たちの間には、娘も息子もいます、この二人を置いて去っていくことなどありません。どうか羽衣を返してください。」

牛飼いは、それもそうだと考え、ついに羽衣の隠し場所を教えたのです。織姫はすぐさまその隠し場所から羽衣を取り出すと、身にまとい、たちまちのうちに天に昇ってしまったのです。驚いた牛飼いは、娘と息子をつれ織姫を追いかけましたが、天に昇られたのではどうにもなりませんでした。しかし、その時、牛の皮袋を背負うと、たちまち体が軽くなり、織姫を追いかけることが出来ました。

追いつかれそうになった織姫は、銀の髪飾りを抜き、後ろに線を一本引きました、その線はたちまち大河となり、牛飼いの行く手をさえぎりました。すると、牛飼いの持つ皮袋から大量の黄砂が流れ出て、その川をたちまちのうちに埋め尽くし、織姫を追いかけることが出来ました。再び追いつかれそうになった織姫は、再度銀の髪飾りで大河を作りました。今度は牛飼いの皮袋にも川を埋め尽くす黄砂は入っていませんでした。そこで、皮袋を縛る紐を解き、織姫に向かって投げました。紐はするすると伸び、織姫の体を捕らえました。

こうして、二人が争っている時、突然、白い髭を生やした神仙が降りて来て云いました。

「私は、天の玉帝陛下の命により、お前達の仲裁に来た。織姫はこの川の東側に、牛飼いは西側に住むが良い。だが、牛飼いよ、これで織姫との縁が切れるわけではない、年に一度七月七日の夜だけは川の東側で、織姫と合うことを許そう。」

天の玉帝陛下の命令とあれば、それに従わなければならない。牛飼いはついに織姫を追うのを諦め、川の西側に住み、織姫は川の東側に住みました。

晴れた日に、秋の夜空を仰ぐと、一筋の銀の川が見えます。これが、織姫の作った川で、織姫は東(こと座のベガ:織女星)、牛飼いは西(わし座のアルタイル:牽牛星)にそれぞれ星として輝いているのが見えます。