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アルカスとカリスト

カリストは女神アルテミスに付き従うニンフでアルカディアの山野を駆け巡り狩猟の日々を送っていました。

ある日天上から下界を眺めていた大神ゼウスがカリストの姿を認め、例によってその激しい欲情を抱いたのです。

夏のある真昼間の事、彼女が疲れて一人で森の樹蔭の柔らかい草の上で仮眠をしていたとき、ゼウスはこれを目ざとく見つけ、女神アルテミスに扮してその傍らに立ち、今日の狩猟の成果を訊ねると、無邪気な少女は一切の疑念を抱かず嬉々として女神に答えていきました。すると突然ゼウスがその姿を現し、抱き着いて接吻したのです。

驚きとともに畏れ拒んでも、ついにゼウスの力にかなう事はありませんでした。その後しばらく、彼女はこの秘密を知る森を憎み、槍も弓も壁に掛けたまま悲しみに打ちひしがれていました。しかし、やがてまた狩猟の魅惑に抗しきれずいつともなくアルテミスの群れに加わるようになりました。はじめはゼウスの変身かと疑っていた女神からも、また付き従う他のニンフからも迎えられ、疾しさからの恥じらいも感じ取られずにすみました。

ところが、ついに彼女の秘密がばれるときがやってきたのです。それから九の月が経ったある日、アルテミスは森の池で暑さをしずめるために水浴びをし、供のニンフたちにも衣を脱いで水浴びさせました、そして少女もまた強いて仲間入りをさせられたのです。その姿を見るや否やアルテミスは美しい眉を険しくひそめ、決然とした口調で叫びました「この森より立ち去りなさい、この清らかな泉を汚すのは許しません。」

こうして、哀れな乙女は懐かしい狩りの群れから追い退けられたのです。しかし、彼女の不幸はこれでとどまる事はありませんでした。いよいよカリストがゼウスの子を産み落としたとき、突然ゼウスの妻ヘラが表われカリストに対し呪いの言葉を投げかけたのです。カリストは女神に泣いて許しを請いました、しかし、ヘラがその手を差し伸べると、見る見るうちにカリストの両腕に毛が生え、美しい唇は醜い獣のあごになり優しい声はしわがれたうなり声になってしまったのです、こうしてカリストは熊の姿に変えられ猟犬に吠え立てられながら森の奥へと姿を消していったのです。

カリストの産んだ子はアルカスと名づけられ、祖父リュカオンの手で育てられ、自分の母の成り行きも知らずに元気よく育ち、15年もすると立派な猟師へと成長しました。

ある日、彼がいつものように野獣を狩りにマイナロス山のふところ深く入ったとき、一匹の大熊に遭遇しました。これこそ彼の母であるカリストだったのです。カリストはすぐにこの少年が我が子である事を悟り、懐かしさと愛おしさのあまり、アルカスの持つ弓も槍も忘れて少年のもとに走りよったのです、しかし、そうとは知らないアルカスはおもむろに矢をつがえ、大熊の胸を射ようとしました。

しかし、この時、さすがのゼウスもこの恐ろしい罪科が果たされるのを不憫に思い、一陣の疾風とともに母と子を天へと巻き上げ、アルカスも小熊の姿とし、共に星座として北の空に据えたのです。

ところが、女神ヘラの怒りはそれで収まらず、大洋神オケアノスをそそのかし、ほかの星々は一日に一度海に入り休むのに、この親子だけは絶えず北の空をめぐりつづけ、決して休む事を許されないようにしてしまったのです。