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<META name="GENERATOR" content="IBM HomePage Builder 2001 V5.0.3 for Windows">
<TITLE>宗教遺跡</TITLE>
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            <TD height="60" width="128"><A href="index.htm"><IMG src="casu3_n1.gif" width="60" height="60" alt="ボタン" border="0"></A></TD>
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            <TD width="128" height="247"><BR>
            <A href="sub1.htm"><IMG src="image1.gif" width="120" height="41" border="0"></A><BR>
            <BR>
            <A href="sub2.htm"><IMG src="image2.gif" width="120" height="41" border="0"></A><BR>
            <BR>
            <IMG src="image3.gif" width="120" height="40" border="0"><BR>
            <BR>
            <A href="sub3.htm"><IMG src="image4.gif" width="120" height="40" border="0"></A><BR>
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      <TD align="center" valign="top" width="855" height="1130" bgcolor="#CCFFFF"><BR>
      <BR>
      <IMG src="casu3_l1.gif" width="437" height="24" alt="ライン" border="0"><BR>
      <H1><FONT color="#3300CC">宗　教　遺　跡</FONT></H1>
      <IMG src="エルサレ.JPG" width="710" height="222" border="1"><BR>
      <FONT size="-1" color="#000000">上の写真は、オリーブ山から見たエルサレムの旧市街、この街はユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三つの宗教がともに聖地とする古都。<BR>
      </FONT><FONT color="#000000"><BR>
      </FONT><BR>
      <BR>
      <TABLE border="0" cellspacing="0" cellpadding="0">
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          <TR>
            <TD valign="bottom" height="466" width="798"><FONT size="+2" color="#000000"><B>【旧約聖書の世界】</B></FONT><FONT size="+2"><BR>
            　</FONT><FONT size="+2" color="#000000"></FONT><FONT color="#000000">旧約聖書は、紀元前12世紀から前2世紀頃までの約1000年間にわたっての、イスラエル民族が書き残してきた記録といわれています。また、エデンの園などの冒頭の記述については、紀元前4000年〜3000年頃のメソポタミアの歴史事件の反映とも考えられます。<BR>
            </FONT><BR>
            <IMG src="命の木06.JPG" width="162" height="210" border="2" align="left"><BR>
            <IMG src="バベルの塔跡04.JPG" width="268" height="194" border="2" align="left" style="text-align : center;"><B><BR>
            　［アダムの木］　</B>左の木は、イラク南部チィグリス川とユーフラティス川が合流するクルナという都市にある。アダムとイヴが蛇にだまされ知恵の実である林檎を食べたと言われている木。<B><BR>
            　</B>　この木がどうしてそう呼ばれるようになったかは不明。単なる枯れ木にしか見えない。林檎の木かどうかも不明。<BR>
            <BR>
            <B>　［バベルの塔跡］</B>　右の写真は聖書にでてくる、バベルの塔の跡。写真中央部の窪地で緑色の場所。現在のイラクにある、バビロンの都市の中央にあったといい、塔は７階建てで高さは約９０メートル、１階は９０メートル四方、７階は約２０メートル四方だった。<BR>
            　この塔は、BC689年バビロンに侵入したアッシリア人によって徹底的に破壊された。<BR>
            　メソポタミアでは紀元前3000年頃〜前500年頃まで、ジグラットという階段状の神殿が30以上も見つかっていおり、バベルの塔もその中の一つと考えられています。形状については、後述、ピラッミットの項にウルのピラミットとして写真を載せていますので参考にして下さい。（ウルは後のアブラハムとなるアブラムが生まれ育ったところと言われています。）<BR>
            <BR>
            <IMG src="シナイ半.JPG" width="239" height="175" border="2" align="left"><B>　［シナイ半島の山並み］</B>　右の写真はシナイ半島の山並み、シナイ山の写真もあるのですが、この地域の雰囲気を感じてもらうため、あえてこの写真を選びました。<IMG src="モーゼ墓02.JPG" width="219" height="146" border="2" align="right"><BR>
            　シナイ山は、モーゼがエジプトを脱出してイスラエルに行く途中、神から十戒を受けた所。アラビア語で「ジュベル・ムーサ」＝「モーゼの山」といい、シナイ半島の南端近くにあります。私が訪れた１９７７年当時はまだイスラエル領、現在はエジプト領です。荘厳な山並みが続く。<BR>
            <BR>
            <B>　［モーゼの墓］　</B>エジプトを脱出したモーゼが、40年間の放浪の末にたどり着いた場所が現ヨルダンのマダバ。モーゼは死ぬまでイスラエルには入れず、この地で死んだ。旧約聖書によると、モーゼの跡を継いだヨシュアに率いられたイスラエル人がカナンの地に入ったのは、出エジプト後約80年後こととされる（紀元前1400年〜1200年頃の話）。モーゼの墓のあるネボ山はマダバから北西約９キロ。ネボ山は聖書に書かれている「ピスガの頂」にがいとうするといわれています。<BR>
            <BR>
            <BR>
            <BR>
            </TD>
          </TR>
        </TBODY>
      </TABLE>
      <BR>
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          <TR>
            <TD valign="top" width="794" height="1032"><B><FONT size="+2" color="#000000">【キリスト教関連写真】</FONT></B><BR>
            　<FONT color="#000000">キリスト教関連の写真は沢山ありますので、チョット変わった物を集めてみました。</FONT><BR>
            <IMG src="降誕洞窟2.JPG" width="145" height="217" border="2"><IMG src="聖墳墓教会.JPG" width="144" height="217" border="2"><IMG src="受胎告知絵.JPG" width="255" height="171" border="2"><IMG src="聖ジョージ教会.JPG" width="149" height="226" border="2"><BR>
            <BR>
            　<B>［聖降誕教会内部］　</B>左1、イスラエルのベツレヘムに建てられている教会の内部、写真はイエス降誕の洞窟とされる処。この教会はコンスタンティヌス大帝により325年に建てられ、200年後サマリア人より破壊されたが、皇帝ユスティニアヌス（527-565年在位）により修復、増築。現在使用されている世界最古のキリスト教会。<BR>
            <BR>
            　<B>［聖墳墓教会］</B>　左2、エルサレム旧市内にあるキリスト教徒にとってはもっとも神聖な場所の一つ。キリストが十字架に架けられたゴルゴダの丘とされる場所にあり、キリストの贖罪死を記念するためコンスタンティヌス大帝が335年建立した教会。614年ペルシャ軍によって破壊されるが、1099年十字軍がエルサレムを占領したときに、ロマネスク風に教会を再建する。<BR>
            <BR>
            　<B>［受胎告知教会］　</B>左から3、ナザレにある教会、内部のモザイク画は「細川ガラシャ夫人」堂本印象画伯の原画による。<BR>
            <B><BR>
            　［聖ジョージ教会］　</B>右端の写真は、モーゼの墓があるネボ山から約9キロのマダバにある教会。ここには、パレスチナのモザイク地図があり聖書ゆかりの地名が157ヶ所も記載されており、キリスト教世界の至宝であり学問的にも貴重な価値がある。男が指し示している楕円形の場所がエルサレム。城壁で囲まれている内部の北門から南に向かって列柱街路が続いている。<BR>
            　<B><IMG src="褐色のマリア041.JPG" width="174" height="215" border="2" align="left"><BR>
            </B><B>　［マダルーペ寺院］　</B>左の写真、メキシコにある世界的に珍しい褐色のマリア。この地はアステカ時代トナンチンという女神の霊場だったが、土地のインディオ、ファン・ディエゴが聖母マリアのお告げを聞いたということで、ここに教会が建てられた。<BR>
            <BR>
            <IMG src="太閤殉教.JPG" width="327" height="152" border="2" align="right"><IMG src="教会内壁画02.jpg" width="233" height="152" border="2" align="right"><BR>
            <BR><BR><BR><BR><BR><BR><BR><BR>
            <BR>
            　<B>［クエルナバカのカテドラル］</B>　上右の２枚の写真は、メキシコシティの南約80キロにあるフランシスコ派の修道院、1529年に創建。太閤秀吉のキリシタン迫害により（1596年）犠牲となった日本の26聖人殉教の壁画がある。<BR>
            写真の文字は＜皇帝太閤様が殉教を命じ……　＞と書いてある。<BR>
            <BR>
            <IMG src="イオニアス教会05.JPG" width="229" height="154" border="2" align="right"><IMG src="青十字架04.JPG" width="231" height="154" border="2" align="left">　 <B>[ギョレメ岩窟教会]</B>　トルコのカッパドキアにある、岩山を掘ってつくった教会。標高は1200〜1500メートル。4世紀頃からキリスト教の僧が住み込み、7世紀から13世紀にかけて数百の岩窟教会が掘られた。左の壁画はエルマル・キリセのフレスコ画。<BR>
            <BR>
            　<B>［聖イオアニス・ランパディスティス修道院］</B>　トルコの南にあるキプロス島トロオドス山地に点在する一見農家の家屋の様な建築群。ビザンチン時代ギリシャ正教のフレスコ画を保存している聖堂の一つ。こんな寂れた山村にあるとは思えないほど立派なものですが残念ながら写真撮影は禁止。現在、キプロスは北のトルコ系住民と、南のギリシャ系住民で島二分している。どちらのフレスコ画も世界遺産に登録されています。
            <BR>
            <BR>
            <BR>
            </TD>
          </TR>
        </TBODY>
      </TABLE>
      <BR>
      <BR>
      <TABLE border="0" cellspacing="0" cellpadding="0">
        <TBODY>
          <TR>
            <TD width="786" height="753"><FONT color="#000000"><B><FONT size="+1"><FONT size="+2">【イスラム寺院】</FONT></FONT></B></FONT><B><FONT size="+1"><FONT size="+1"><BR>
            <BR>
            <IMG src="岩ドーム遠02.JPG" width="283" height="175" border="2" align="left">　</FONT></FONT>［岩のモスク（黄金のモスク）］<FONT size="+1"><FONT size="+1"><BR>
            　</FONT></FONT></B><FONT size="+1"><FONT size="+0">エルサレム旧市街神殿の丘に建つ現存する最古のイスラム建築。もともとは、内部にある巨大な岩を覆う目的で建てられました。<BR>
            　『聖書』</FONT></FONT><FONT size="+1"><FONT size="+0">によると</FONT></FONT><FONT size="+1"><FONT size="+1">、</FONT><FONT size="+0">アブラハムが息子のイサクを神への犠牲として捧げようとした場所。</FONT><FONT size="+0"> <BR>
            　イスラム教徒にとっては、マホメットが大天使ガブリエルに導かれ、天馬に跨って飛来着地した場所。マホメットは、この岩の上から光の梯子を昇って天界を訪れアツラーの前にひれ伏し、梯子を下りて地上の岩に立った。そのため、イスラム教徒にとってはサウジアラビアのメッカ、メディナに次ぐ第三の聖地となっています。<BR>
            　モスクは、691年ウマイヤ王朝第五代カリフ、アブドゥル・マリクが建立。屋根の材質やタイルの装飾などは幾度も修復されているが、基本的な姿は1300年以上変わっていない。<BR>
            <BR>
            <IMG src="ブルーモ.JPG" width="227" height="171" border="2" align="left"><BR>
            　<B>［ブルーモスク］</B><BR>
            　トルコのイスタンブールにある、正式名称はスルタン・アフメト・モスク。アメフト1世の名で1609年工事が始まり1616年に完成した。他の国のモスクのように、外壁に華やかな装飾はないが、壁を飾る白地に青いタイルと、そのドッシリとした建築様式は素晴らしい。イスタンブールでは唯一6基のミナレットを持つが、イスラム教の総本山メッカの大モスクも6基だったため、アメフト1世は総本山のミナレットを1本追加させて7基にさせたと言う話も残っています。<BR>
            <BR>
            <FONT size="+1"><FONT size="+0"><IMG src="マスジット門06.JPG" width="188" height="282" border="2" align="right"><BR>
            　<B>［マスジット・イ・シャー（王のモスク）］</B><BR>
            　</FONT></FONT>イランのイスファハン、イマーム広場の南端にあるモスク。左の写真は広間に面した、モスクの入口イーワーン。このモスクは、高さ４８メートルのミナレット付<FONT size="+1"><FONT size="+0"> <FONT size="+0">きの門をくぐると、通路が45度曲がる設計となり礼拝堂がメッカの方向に向くようになっています。<IMG src="揺れる塔02.JPG" width="136" height="207" border="2" align="right"></FONT></FONT></FONT><BR><FONT size="+1"><FONT size="+0">　この門も内部も薄青い（ペルシャンブルー）精緻なモザイク装飾がとても美しい大モスク。サファヴィー朝のアッバース1世が、1612年に着工を命じたが完成したのは1638年。大王はその前に没した。<BR>
            <BR>
            <B>　［揺れるミナレット］</B><BR>
            　イスファハン近郊にあるメナーレ・ジョンバン、聖人アムー・アブドッラーの廟。門の上に立つ2本の塔の片方を揺らすと、もう一方も揺れる。<BR>
            　実際に見ていると、身体を預けて相当の力で揺らす為、塔が折れないかと心配になる、揺らしている人は一生懸命なんだろうけど……　。もっともこの特徴がなければ誰も訪れないモスク。<BR>
            </FONT></FONT><BR>
            <IMG src="ビビハニム03.JPG" width="261" height="174" border="2" align="left"><FONT size="+1"><FONT size="+0">　<B>［ビビハニム・モスク］</B></FONT></FONT><BR>
            　ウズベキスタンのサマルカンドにある中央アジア最大のモスク。1398年から建築が行われていたが、インド遠征から凱旋したティムールはこの出来映えに不満を持ち、インド、ペルシャなど各地から優秀な職人や建築家を集めて、自ら工事現場の監督として建造した。写真（広角20mmで撮影）では大きさが解らないが中央のモスクは縦140メートル、横100メートル。ティムールの死後3年目に完成したが、すぐに壁面が崩れ落ちるなど崩壊が進んで無惨な姿をさらしているが、現在ユネスコの修復工事が進められている。<BR>
            <BR><BR><BR>
            <BR>
            <IMG src="ナディール.jpg" width="198" height="221" border="2" align="left"><BR>
            　<B>［ナディール・ディヴァンベギ・メドレッサ］<IMG src="アブデ塔上1.JPG" width="203" height="218" border="2" align="right"></B><BR>
            　左の建物は<FONT size="+1"><FONT size="+0">1622年キャラバンサライとして建築されたが完成後<FONT size="+0">神学校に変更されたもの。</FONT></FONT></FONT>ウズベキスタンのブハラにある。何故ここに取り上げたかというと、正面のアーチに２羽の不死鳥が描かれているから。この神学校の前面は<FONT size="+1"><FONT size="+0">「リャビハウズ」といい、</FONT></FONT>池とそれを取り囲む木陰がある市民の憩いの場。レストランやチャイハネが並んでいる。<BR><BR>
            　<B>［アブデレフの<FONT size="+1"><FONT size="+0">螺旋尖塔</FONT></FONT>］</B><BR>
            　イラクバクダットの北方130キロのサマラには、バベルの塔を描いた絵のような巨大な渦巻き状の塔（マルウィヤ螺旋尖塔）があります。基壇を含めた高さは53メートル。外側に柵がないため不安だが内側に手摺がついています。サマラの北方6キロあるのが右の螺旋尖塔、高さは30メートルほどだが何処にも掴まるところがない、高所恐怖症でない私でさえ、頂上付近で今まで感じたことの無いほどの恐怖感を味わった。塔の途中で外側を向いている女性は恐ろしさのあまり身動きがとれなくなっているところ。<BR><BR>
            </FONT></FONT></TD>
          </TR>
        </TBODY>
      </TABLE>
      <BR>
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          <TR>
            <TD width="755" height="139" valign="top"><FONT size="+1" color="#000000"><B><FONT size="+2">　【拝火教遺跡】</FONT></B></FONT><BR>
            <BR>
            <IMG src="拝火教寺院.JPG" width="281" height="184" border="2" align="left"><IMG src="ゾロアスター1.JPG" width="123" height="183" border="2" align="left">　拝火教のゾロアスター（中央の写真の人物）は、紀元前550年頃、アフガニスタンで生まれたらしいが、イランにも何カ所か生地という場所がある。紀元前６世紀に興り古代ペルシャの国教となるが、紀元7世紀イスラム教の隆盛とともに衰退した。<BR>
            　左の写真は、ヤズドにあるゾロアスター教本山の神殿、中では1520年あまりも耐えずに燃え続けている聖火がある。<BR>
            <IMG src="拝火教神殿02.JPG" width="133" height="201" border="2" align="right"><BR>
            　左の写真は、ペルセポリスの近くにある、アケメネス朝諸王の墓のそばにある、拝火教の神殿。<B><BR>
            <BR>
            </B><BR>
            <IMG src="沈黙の塔01.JPG" width="223" height="150" border="2" align="left"><B>［沈黙の塔］</B>　<BR>
            ゾロアスター教では、死者を埋葬するのは土を汚す、火葬にするのは空気を汚すという理由で、沈黙の塔に運んで鳥葬にした。左の写真はヤズドの町南東にある沈黙の塔。100メートルほどの２つの丘の上にある。向こう側が女性用、こちら側が男性用。左下の写真は男性用の塔の上部。真ん中の窪みに遺体をおいておくと、ハゲタカが3日くらいで処理してくれる。1900年に法的に禁じられたが、40年前まで密かに行われていた。<BR>
            <BR><BR>
            <BR>
            <IMG src="鳥葬跡03.JPG" width="217" height="144" border="2" align="left"><IMG src="ニサ拝火教柱01.JPG" width="214" height="144" border="2" align="left"><B>［ニサ王宮の柱］</B>（紀元前2世紀〜３世紀）<BR>
            　下の柱は、トルクメニスタンのニサにある、パルティア王国の城壁で囲まれた遺跡にある柱。柱が3本合わさった形は、ゾロアスター教の特徴。<BR>
            <BR>
            <BR>
            <BR>
            <BR><BR>
            <BR>
            </TD>
          </TR>
        </TBODY>
      </TABLE>
      <BR>
      <IMG src="casu3_l1.gif" width="437" height="24" alt="ライン" border="0"></TD>
    </TR>
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