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リレイヤーV ラストの「カット」というセリフを聞いて暗転になったとき、私の全身に鳥肌がたったのを今でも覚えています。なんでかわからないけれども、その時私はむしょうに泣きたくなったのです。絶望に支配された富樫さんの悲しげな姿と、その横で微笑む現実では決してありえない3人の姿。これは第三舞台の話なのかと疑いたくなるほどにリアルな、そんな芝居でした。(第三舞台の話ではない、と、鴻上さんは戯曲の中で言っていますが) つぶれかけた劇団。その存続を危うくさせた1つの戯曲。それが「リレイヤー」。きっと事実に基づいたその芝居を、2人の役者が朗読する。この芝居は朗読の舞台、劇中劇、劇中劇中劇という3つの世界が予告なしに入れ替わって行きます。見るのは大変でしたが、それでも違和感なしに入って行けたと思います。 つり橋のエチュードのシーンは本当にもう、おなかが痛くなるほどに笑ったものです。今でもビデオを見ると確実に大笑いします。テレビとかではさわやかな好青年を演じる京晋介さん。「俺はうんこまーん♪」はないでしょう(笑)。その時の困った感じ?の小須田さんも素敵です。「ああ、もう、はいはいはいはい」って顔が言ってます。 集団には絶対に起こり得る話ですよね。世の中にはたくさんの集団があるから、その中でのコミュニケーションがいつもうまくいくとは限らないものね。その中で自分はどうするべきか。富樫さんの苦しみも非常に良く理解できるのですが、私はつぐみちゃんの絶望がとにかく痛かった。自分も何とかしたいという気持ち。でもできないという葛藤。必要とされない悲しみ。憧れの集団の実情なんて見たくないという気持ち。赤杜さんを取られたくないという気持ち・・・・。いくつもの絶望の中で、つぐみちゃんが壊れていったのはしょうがないことだったのかもしれません。 奈美さんや曽田さん、赤杜さんの苦しみがわからないわけではないけれど、彼らは本当にその渦の真っ只中にいます。富樫さんもつぐみちゃんも無関係では決してないけれど、少し中心から外れているんですよね。だからこそ、中心にいる人たちとは違う苦しみや悲しみがある。どちらが軽いわけでも重いわけでもない、そんなやるせない気持ちになります。 何とかしたくて頑張る人たちと、何とかしたくても何ともできない人たち。もしかしたら本当は何にもしてほしくないと思っているかもしれない人たち。たくさんの思いが交錯する中、芝居はさらに深い絶望へと向かって行きます。富樫さんの最後の「どうしたの?」という呟きは痛い、本当に悲しい。だからこそ、奈美さんの最後の微笑みは、あんなにも悲しいのかもしれない。 すべては終わるというラスト。絶望そのものには無力でも、涙をふくハンカチにはなるかもしれない。そんな幻の劇団。涙をふいてもらうどころか、ラストの「カット」という一言で私は涙を誘われた(笑)。 私もそれなりに集団の中で過ごしてきている今、たくさんの絶望を経験してきたかもしれない今、彼らの苦悩は、私の話でもあります。 |