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恋愛戯曲 ] 「人はなぜ恋に落ちるのか」 私、鴻上作品見ると必ず「問答無用の強制的なまでの感動」とでもいうのでしょうか、そういう衝撃のようなものを受けるのです。第三舞台の作品を見た時も、サードステージプロデュース(コーマ・エンジェル)作品も、そしてこのユニットの作品も。自分の頬を伝う涙の理由もわからないんですが、胸が痛くなります。鴻上さんの作品は、私が隠してしまいたい、自分自身が見たくない「私の傷」を剥き出しにされるような錯覚に陥ります。けれどその傷を剥き出しにして、苦しめられているわけではありません。その「傷」も私の一部だと、私が認める力をくれているような。まぁ、例えですけど。痛さを感じるのですが、どこか「やさしい」痛さだったりするのです。全部の作品で共通してそんなことを感じてました。 今回、そういった衝撃や「やさしい痛み」とかそういうの全然感じなかったんですけど。本当に私は鴻上作品を見たの?!みたいな驚きはありますが。何かさらっと流れてしまった2時間だったのですが。まさか自分が鴻上作品見て、そんな風に思う日が来るとは。何かショック。 じゃぁ今回は何が私を変えているのかなーと思うとわからないことだらけなんですけどね。強盗2人は唐突だった上に、結局何をしたかったのさ?とも思うには思うわけで。旗島さんが好きじゃー!とは再認識したものの、だけど本当にあの2人必要だったの?とも思えるわけで。んー。「人はなぜ恋に落ちるのか?」って言うからあの山荘でドラマの為に「私と恋に落ちて」と言ったのが本当になるのか?とか思ってたんです。でも、結局はずっと筒井さんに片思いしていた永作さんが自分の恋をはっきりと断ち切る為の全て自作自演なわけでしょ?「恋に落ちるのか?」よりは、「恋をどうするか?」だったような気がします。結局「人はどうして恋に落ちるか?」なんてわかんない。でも、その「恋をどうするか?」は選ぶことができる。その為にはたとえ暴走してでも何とかしようとする人がいる。ってのは、わかりました。わかったけど無理矢理だよ。恋は人を無理矢理にさせてしまう、とでもいうんでしょうか。 役者としては良かったのか悪かったのかもわかりません。特に筒井さん。んー。あの人の雰囲気って独特ですね。メランコリー・ベイビーの時はそれがすごい良かった。普通な人って感じもすごくすごく素敵だった。だけど、今回はその「自然さ」「普通の人っぽい」雰囲気がとても嫌だった。あの人だけ芝居に融合されてないように思えてしまったのです。ミスキャストとまで思わないんだけど、どうしてもその彼の持つ自然さと芝居の雰囲気を同じモノのようにしたがる私がいて。それがいけなかったのかなぁ? 実はあと2回も見ちゃうんですけど。だから、そうやって回数を重ねればまた違う印象を持つのかなー?とか思ってみました。そして、じわじわとあのいつもの痛みがやってくるのかな?とも思うんですけどね。どうなんでしょう。 「泣かない為にはどうすればいいか知ってる?誰かを慰めるの」 (2/2 19:00 新宿紀伊國屋ホール) 2度目見てきました。前回不満大きかったというか、今から思えば不満しか残らなかったような気もするんですが・・・。でも、2度目見たら素直に面白かったです。やっぱり私は鴻上さんの芝居好きだなーと、実感してまいりました。 色々グダグダ書こうかなーとも思ったんだけど何でもいいや。面白かったですよ、何も残らなかったけど。何か泣きそうになったような気もしますけど、どこで泣きそうになったのかすっかり忘れるほどです。帰り道に「プロパガンダ」戯曲の「あとがきにかえて」を読んで大ダメージを受け、その後プロパガンダのラストシーン読んでて思わず電車の中で泣きそうになったことは覚えてます。でも、「恋愛戯曲」のどの部分で泣きそうになったかなんて全然覚えてません。でも高山さんの「〜だぜぇぃっ、ベイッベェェ」は全然忘れられそうにありません。強烈すぎて、何かファンになってしまったような錯覚に陥る。(←いいじゃん、ファンになったって) 前回筒井さんに感じた違和感は今回は感じませんでした。まぁ、「へぃ、マァユゥミィ!」とかああいうのは何か見ている方がむずむずしてくるので勘弁してほしいですが。あ、今突然泣きそうになった場所思い出した。最初の方ですね。「私が私だったからよ」というあのセリフですね。何かかっこいいと思ったら胸がわけもなくつまったんだったっけ。ラストの方も好きです。好きだけど、多分ねー。あのねー。いっちゃん最後の筒井さんの「こんなのどうですか?」(みたいなセリフだったと思うけど)によっていきなり「はぁっ!?」という気持ちになって終わっちゃうから何も残らないんだろうな。私の個人的希望としては、永作さんの「なんてね!嘘だよ」みたいなセリフの後無言の笑顔で終わってほしかった。「で、この後2人は?」っていう余韻がほしかったというか。私としては筒井さんのセリフがあるため、「で、この後2人は?」じゃなくて、「で、結局この2人は何なのさ?」になってしまうのです。上手く伝わるだろうか、このニュアンスが。カレーの匂いは嫌というほど伝わってきたが。 大森さん上手だわー。いやいや、本当。うまいよね、うまいわ。永作さんと2人で背中くっつけてクルクル回りながら思い出話するシーンなんか、大森さんが上手すぎてどうしようかと思うほどですよ。素敵。 そうそう、前回「ここまでが芝居だったんですか!?」という筒井さんのクライマックスのセリフがどうも理解できなかったのね。役者2人が飛び出しちゃった後。「ここまでって、どこまでじゃぁっ!!」とプンスカ思っておりました。んで、今回もまたそう思った後、いきなり理解したように思います。「役者2人に実弾を1発入れておこうと言ったけど、実弾なんて本当は入れてなくて役者2人がそうやって切れる所までがまゆみたちの計算した芝居だった」ということだったんです。わかりにくい。違う? よくできてる芝居だと思います。話題の主要2人も見事に溶け込んでたとは思う。でもそこまでだったような。溶け込んだ後に何も発しないのかい?って感じで。まぁ・・・。これはこういうものなのかなーと。 どーでもいいことですが、斜め後ろの席のお姉さん方が見るもの全て口にしてました。例えばチャッカマンが出てきたら、「あ、チャッカマンだわ」とか。見りゃわかるっちゅーんじゃ。ぷんぷん。 (2/2 19:00 新宿紀伊國屋ホール) さて、千秋楽。・・・・そこにきて初めて気づいたんだけど、これって「夢落ち」?多分最初の方にあった(どのシーンか忘れたけど)マユミの「冗談よ!」が最後の最後の「冗談よ!」まで飛んで、んで向井が「こんな作品どうですか?」って言う・・ってこと・・・・?つまり3つの世界を行ったりきたりしている芝居は全て向井が考えたってわけで、実際にはあの最初の「冗談よ!」から仮想された1つの案を見ていたってことになるわけで・・・・。ふぁぁあああああああ?わからんっ。 何か最後自分の恋を封印しようとするマユミと、最後の最後に自分の思いを知ってしまった向井の2人はどうなるんだろーとか気にしていたけど、結局お話ってことなのかー。マユミも向井に本気で恋していたわけじゃないのかなー。んー、全ては見た人次第ってことかな。そう思えばまぁ、おもしろいかなー。夢落ち勘弁してくれよ、とかも正直思ったけど、これが果たして夢落ちなのかそうじゃないのか、マユミは本当に恋していたのかそうじゃないのか、向井はマユミに恋したのかそうじゃないのか。全ては見る人次第・・・・。そう思えば、何かワクワクしてきた。どうなんだろー。どれが本当なんだろー。っつーか本当なんてあるわけないじゃんよー。とか思いながら勝手に想像しながら。でも公演終わってからそうワクワクしてどうするよ、私も(笑)。 「あなたに会えなかった日は、胸の奥に鉛が落ちた」 この表現大好きです。思い切り胸をわしづかみにされるような感覚になりましたわん。とりあえずこのシーンは大好きです。マユミが向井への思いを語り、その思いを抹殺しようとするそのシーン。恋だとわかってからの葛藤を語るこのシーンが非常に非常に大好きです。多分、恋した人は皆これに非常によく似た思いをしているはずだ!って思うと、マユミの気持ちが非常によくわかって胸が私まで痛くなっちゃった(笑)。やっぱり鴻上さんの言葉好きだーっ。 しかし、まぁ。面白いとは思うんだけど、やっぱりあんまり胸に残らないなぁー。何でだろう。こんな非常に好きなシーンがあるにも関わらず。何でかなー。 考えてもしょうがないことを考えてみたりしてみた。えっと、第三舞台でこの芝居やったら誰が何の役やるのかなーとか。 鴻上さんらしくない部分と鴻上さんらしい部分があった芝居だな、と思ったです。夢落ちだとしたら、そんな手段を鴻上さんが使うとは思ってなかったし。でも逆に私はそれがわかった方が面白いと思ってしまった。わかってから2度目、3度目見てたらどうだったかわかんないけどね。 (2/25 18:00 新宿紀伊國屋ホール) |