S-記憶のけもの-/遊◎機械スペシャルプレゼンツ 小さな青山円形劇場という劇場に、チラシと同様の不思議な青い世界が既に広がっていた。ビニールハウスのような部屋が真中にぽつんと。こんな視界が悪い中で芝居をするの?とも思いましたが、そういう演出なのかもしれないと何故か納得しておりました。そして、開演。白い衣装に身を包んだ萩原聖人。不思議な感覚に陥るような彼の記憶を喋り出す。ふーんって思っていたところに、大きくなる音楽。4方向の壁に映し出されるサブリミナル効果?ってくらいな凝った映像。ナイフを取り出しビニールを切り裂いていく萩原聖人。既に演劇というよりも、ドラマか映画を見ているような感覚になっていた。すっげぇ、かっこいい。(ちなみに、萩原さんは私たち側のビニールを掴もうとして何度も空気を掴んでいた(笑)) LONG AFTER LOVEを見たとき、「何て綺麗な芝居なんだぁー」って思ったんですけど、これも「きれい」。ちょっと違う種類のきれい。そして、猛烈に切ない。水に漂っているようなそんな不思議な感覚になって、それでいて激しくもなく静かに切ない愛を描いていく。っていうか、本当に切なかった。3人の登場人物の衣装が純白で統一されていたから、尚更3人の思いが純粋に思えて、それがまた、猛烈に切ない。 愛っていうからてっきり恋愛を描いているのかと思ったけど、家族愛なのねぇー。萩原聖人と西田尚美は兄妹だし。白井晃だけ恋愛か。彼らの母親が好きっていう。今、母親に愛されていないと思っている子供なんてたくさんいるだろうし、そのまま大人になった人もたくさんいるでしょう。きっと見ていて他人事ではないと思った人も少なくはないはず。拒絶しつつも母親の愛をいつまでも求めていた萩原聖人。記憶できない彼が、覚えている少ない記憶は母親の背中。泣いている母親。抱きしめられた記憶も、母親の手が暖かい記憶も、やわらかい記憶も持たない兄と、その記憶を持っている妹。時折記憶を思い出すたびに妹への憎しみを表す兄と、それでも兄を包む妹・・・・。 西田尚美は初舞台だそうで。つたない部分はたくさんあったけど、何よりもかわいかった。必死になって兄を助けようとする姿はいじらしく、アテ書き?ってくらいにぴったりしていた。あの役は彼女でいいし、彼女じゃなければいけないような気がした。萩原聖人にいたっては、TVでは研ぎ澄まされたナイフのようにしゃきっとした演技が結構印象に残っているんですが・・・。記憶できない障害があるからか、ぽけーっとしている姿が見覚えなくて、かなり新鮮でした。ずっとぽけぽけしているから、時折見せる彼の狂気、慟哭がかなり胸をうった。っていうか、この人うまいね。白井晃さんは・・・・。一言喋った瞬間に空気が変わるんだもん。上手すぎる、この人。すごい。2人をずっとずっと見守っていたそのやさしさが全身に溢れていて、何だかじーんときた。 この芝居が扱っているテーマは猛烈に重い。父親をナイフで刺したりとかね。そんな重いテーマだから芝居全体に流れている緊張感はとんでもない。そして、息抜きみたいなシーンもない。当然笑いも1回もない。はりつめているから疲れると言えばそうなのだが、それでも見る側の集中力が途切れることもなく、笑いはなくても彼らの純粋さがやさしく心に広がっていった。 記憶をなくす兄だから、忘れないように会話をテープレコーダーに記録する、ノートに記入する。記憶をなくしはじめてから10年分。その2つの小物はもうすごい重要でしたね。狂気に完全に支配されて妹をビニールでくるんで、幼い頃妹を抱いて微笑む母親を見て憎しみを覚えた記憶を叫ぶ兄。郵便ポストに電池を入れて『爆弾のつもりだった』と告白する兄。ノートの使い方は上手だと思った。 そして。白井晃が10年前に起こした事故によって母親は死に、兄は記憶ができなくなったという事実。白井晃が母親を好きなのは途中でわかったけど、記憶まで彼の責任だったとは思わなかった。『僕は何でもない』と言いながらその事実をノートに書けない兄。白井晃に『うそだ』と飛びかかり、『僕はあの人に聞かなくちゃいけないことがあったのに!!』と絶叫する・・・。その声は、溢れるほどの母親への愛を表していて、ものすごく痛かった。 そして、母親の兄に対する愛がわかったところはまぁいいとして、(いいのか?)その後猛烈に痛かったのが西田尚美が兄に向かって『私はあなたの妹です。あなたに会いに来ました』とあらたまって言うところ。彼女、涙をこらえているような声で言うんだもん。そうやって名乗ったのが確か初めてだったんだもん。その後やさしく母のように彼を抱きしめて・・・・・。猛烈に綺麗なシーンだった。私からは西田尚美の背中しか見れなかったけど・・・。 ラストシーン。萩原聖人がテープレコーダに向かって『これは今日の記憶。とても大事な思い出をもらった。今日のことはいつまで覚えているかな。忘れない努力をしよう。』みたいなことを言うんですよね。これにはやられた。そう言うだろう事もそういうラストだろうなってこともわかっていたけど、それでもがつんと胸に響いた。それでも数分後にきっと彼は忘れてしまうだろう。そんな事実が待っていても、それでもそれはとても切なく幸福な瞬間に思えた。 本当にきれいで、本当に静かな余韻が続く芝居だった。儚いからこそ美しく、儚いからこそ切ないってのがまさにこの芝居。今でもこの芝居の余韻が続いている。まるで水の波紋のように、何度も何度もあの芝居の光景が目に浮かんでくる。『死んでいく瞬間に微笑むことができるような、そんな思い出があるほうが幸せだよね』みたいなことを西田尚美が言います。記憶できないという事実は、その日々の自分を捨てていくようで、足跡も残らず、決して脱出できない迷宮に入りこんだようなものなのかもしれません。そんな中、一瞬でも彼が思い出した母親への深い愛をいつまで覚えていられるのか。 涙は流れなくても、心が受けた衝撃はとても大きいものでした。伝える事が完全にできないままさ迷った彼らは、とても純粋に思えました。ビデオでも何でもいいです。機会があったら皆さん、ぜひ見てください・・・・。 |