[ 贋作・桜の森の満開の下 ]
(思ってること全部書きたいので、いつにもまして長文ごめんなさい)


「さよならの挨拶を言ってから殺してくださるものよ」
「好きなものは、憎むか殺すか争うかしなくてはいけないのよ」

夜長姫の最期の言葉(微妙に間違ってるかもしれません)を初めて読んだ時、(たらちりにしては 珍しく事前に原作読んだし!)ものすごい衝撃を受けました。何だろう、何て言えばいいんだろう。 どうしてこんな言葉を思いつくんだろう。どうして夜長姫は最期にこんな言葉を言えるんだろう。 ...いろんな思いが芝居を見る前から胸の中にうずまいていた。

劇場についてその奥行きに、客席まで取り囲む桜のセット(というか絵?)、見やすい座席に 「ほほー」と既に満足しきり。そして開演。何でしょう、あの幻想的な最初は。 鬼がいるからってのもあるけど、既に狂気の世界の中に不釣合いなほどにさわやかな堤さん演じる 耳男。明るくあどけない笑顔。目に入るもの、耳に聞こえるもの、それら全てがまるで楽しいことの ように笑顔いっぱい。桜の森の下は何か恐いけれど、それでもどこかその恐さを楽しんでる 感じがした。多分あの芝居の耳男は若いんだろうな。少年なのかもしれない。だから少年少女 特有の「恐怖が楽しい」という感じが、最初の耳男には感じた。
そこで登場する夜長姫。あの声は!あーびっくりした。最初鬼の面つけてるってのもあって 「ほ、本当に深っちゃん!?」と思わずにはいられませんでした。正直しばらく信じられんかった。 まぁそんなオープニングで話が始まるんだけど・・・。既に虜だったな、今から思えば。
そして、荒川さん登場。ああいう動きやああいう演技って大倉さんだけじゃないのね。あのような 役者さんを大倉さんしか知らなかったせいもあって、ある意味カルチャーショックだったわ。 大倉さん・荒川さん恐るべし。犬山さんかわいいし、アオマロ(名前忘れた)の身のこなしには びっくりさ。何か浮いててそれが良かった。

で、古田さん演じるマナコ。...すんません、少しせつなかったです。だって、マナコの衣装って パンツは結構ゆとりがある作りのような気がするのよ、それなのに腰からお尻のラインが! パッツンパッツンで!!そしてそれすらも愛しい私って!!ラブリー。面白かったし。もうすっげぇ 笑いまくった。小暮先輩の登場も笑いました。でも1番笑ったのは、京野ことみちゃん演じた 早寝姫に腕ぶんぶん振りまわれていた時だったなぁ。「意外といいこと言うかもしれません!」を 聞いた時、もう涙出そうだった。古田さん最高。
そして入江さんは!何て真面目な演技で!しかもかっこいいし!入江さん好きだけど、まさか入江さんを 「かっこいい」と思う日が来るとは!「ヨーグルト」は笑えたし!でもオオアマかっこいいし! たまんねぇ。ゲル状最高だったし。オオアマが缶を蹴った時、あの演出最高。
野田さんは・・・(笑)。思わず笑ってしまうが、私はやっぱり役者野田秀樹も好きみたい。最高。

深っちゃんの声びっくり。どこからあんな甲高い声が出るの。そして声が楽ぎりぎりに見た のに全く枯れてないってのもすごい、かわいかったなぁ。エナコの首を切らせようとする時の、 「耳男ー!ポーン!」ってのが非常に好きでした。何ていうか、想像していた以上の夜長姫でした。 最期の言葉は原作の方が実は衝撃強かったのだけど、それでもすごかった。狂気の姫でした。
でもしいて言えば、夜長姫は無邪気で純真無垢な残酷さを見せた時の方が狂気がすごくて思わず ひきました。あまりの狂気っぷりに。逆に低い声で鬼になってる時の方がちょっと姫の狂気に 比べて弱かったかなぁ・・・と思うこともないわけでは。でもそれでもすごく良かったんだけど。 っていうか夜長姫が頭から離れない。
終盤桜の森で「きりきり舞いして死んでいくわ!」と 嬉しそうに叫ぶ姫は本当に狂気以外の何者でもなくて、その深っちゃんのキレっぷりに思わず 口をポカーンと開けて見つめてしまった。桜の森の狂気に私まで魅入られたかのように、ただただ お間抜け状態に口が開いてたよ、2回とも(汗)。耳男じゃないけど、やばいと思うよそりゃいくら 何でもあれは。

耳男は。もう。ラブ。たまらん。かっこいいし、っていうかどっちかっていうとかわいかった。 友達は「二の腕がたまらん」って言ってたんだけど、私はむしろあの髪型が・・・。(でも2回目 見た時、二の腕がたまりませんでした。) やっぱり耳男は底抜けに明るい感じで、何かその 明るさが良かったです。その方がラスト少年時代より3年経って人も愛して、そして その目に入るもの、その耳に聞こえるもの、桜の森の恐怖に楽しむどころか怯えるようになった その感じが生きてたから。いつまでも下り続けていられるほど人は強くない。芝居の最初の耳男と ラストの耳男は、まさにその言葉通りだった。
耳を切られて「痛ぇよー」と泣く所、「耳男が逃げたぞ!」と言われ怯えながら逃げる所、何か 明るい中に見せ始めてくれた弱さ・もろさが胸に焼き付いちゃって。たまらん。そして、そんな 弱さを見せだした耳男の支えになっている夜長姫がまたかわいいんだ。「明日からいい子になるの」 とか、「私はお前が...、もとい!お前は私がいないと生きていけないのよ」とかかわいすぎ!!

原作を読んだ時の夜長姫の最期の言葉に受けたあの衝撃。正直深っちゃんの最期の言葉には 原作ほどの衝撃は受けなかった。(他の芝居に比べれば十分衝撃受けてるが) でも、夜長姫が 鬼に変わる瞬間。あの満開の桜吹雪!どう表現していいのやら!何ていうか、違う世界に一気に ひきずりこまれた気がした。一瞬で。観劇中異世界に連れて行ってもらってる気はしてたけど、 それでもその中からさらにどこか違う、狂気の世界へ本当に一瞬で引きずり込まれた気がした。 いつまで続くんだろう、どこまで続くんだろう。そう思いながらそれでもその美しさに心 奪われて他に何も考えられない。ずっと続けばいいと思った。ずっとこの美しい世界を見続けて いられるのなら、それでも幸せなのかもしれないと思ってしまった。そして、そんな中もつれあう 夜長姫と耳男。耳男がつらそうなのに対して、私は夜長姫は幸せそうに見えた。鬼の面を 被っているのに、その面の下は笑顔なんじゃないのか?って思えるくらいに、それでも姫は無邪気に 遊ぶ子供のように思えた。今まさに自分と耳男がきりきり舞いしているという現実を誰よりも 楽しんでいるように思えたのだ。「殺しあう」その何よりも楽しい行為を、誰よりも 愛している耳男とすることができたという、彼女にしか理解できない至福。そんな気がしたのだ。 だから、「さよならの挨拶をしてから殺してくださるものよ」という最期の言葉に つながるのかなぁ・・・と思ったりして。

夜長姫の遺体に泣きながら小さな声で「...ねぇ」と声を何度も何度もかけている耳男が せつなかった。夜長姫の狂気が恐いというよりも、夜長姫の中にある果てのない何かが恐かった のかな。愛しているのに、一緒に転がることができないほど怯えてしまう、その感情が何か とてもせつなかった。一緒に生きたい(行きたい)のに生けない(行けない)。愛する人の目に 見えるものが自分の目には見えない。愛する人は何かを呪っている。だから彼女が何かを見つける度 (=鬼)人がたくさん死んでいく。その得体の知れない恐怖。そして、愛する人が自分を殺そうとしている。そこから生じる混乱と恐怖。 「俺もせめてお詫びの一言でも言ってからと思ってたのに...」そう泣く耳男は悲しいほど 普通の人に見えた。普通の人のようだからこそ、一緒に見ている客席の私まで悲しくせつなく なったのかもしれない。

「好きなものは、憎むか殺すか争うかしなくてはいけないのよ」 耳男は好きだから 殺したのかな。憎んでるようには見えなかった。恐れてはいただろうけど。じゃぁ夜長姫は? 好きだからこそ、憎んでほしくてそして殺してほしかったのかな・・・。

何で耳男が自分のバッグにあんな布を持っていたのか謎がないわけじゃないけど、それでも 最後桜の花びらになって消えるって演出いいよね。原作がそうだけど。全ては桜の森が見せた 幻想なの?って思えるのがいい。どこから幻想だったのか。幻想ではないのか。わからないけど、 桜の中の耳男の笑顔が最後すごい大人っぽいのにはぐっと来る。そして、何よりも、 「いやぁ、まいった。...まいった...。」の声に胸がつまって、何とも言えない気持ちになった。

私の頭の中には、まだ桜が舞ってる。思い出すと胸がつまる。ふと、満開の桜の木の下に たたずんでみたい衝動に駆られるほどに。

ビデオ出すかTV放送しておくれ。忘れられないなら、どうせならいつまでも目に焼き付けたい んだ。

(6/28 19:00 新国立劇場中劇場)
(6/29 19:00 新国立劇場中劇場)

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