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デジャ・ヴュ01 伊集院警部補の憂鬱 ] 鴻上さん原作で第三舞台の作品「デジャ・ヴュ」をR.U.P.プロデュースで上演。えー、この時点で不安倍増Up中でした。だって、「R.U.P.プロデュース」っつーことで。いやー、トランスとかあんまいい思い出なかったし。 そしてその生理的に受け付けなかった河原さんに始まり、河原さんに終わった芝居でした。河原さんがいなかったらどうなっていたやら。圧倒的な存在感でしたね。やった役がおいしかったという話もあるけど。この「デジャ・ヴュ」なんですが、私もとの話知らないんです。第三舞台版も知らない。だから初めて見たんですが、ところどころに「あー、鴻上さんだー」というセリフがありました。「無報酬の愛」とか何かそんな感じ?あー、もうたまりませんな、こういうセリフが。 でも。 この作品、第三舞台版は知りませんが1部のシーンは総集編みたいなビデオで見たことがあるのです。そしてその中にすごい好きなシーンがあります。それは山下裕子さんが演じた「時不二子」のラストの長台詞。今回は広岡さんでしたが。「男たちよ」から始まるすっごいかっこいい見せ場です。もうすごいすごいかっこよくて、私は山下さんのそのシーンだけ見て前後の流れ全くわかってないにも関わらず非常に感動した覚えがあったのです。だからもう楽しみで楽しみでしょうがなかったんです。なのに。 とちった上に言い直してました。 結構前半皆とちりまくりでした。ギャグも寒いなーと思う部分も多かったし。でもアドリブっぽいところでとちってもそれはそれでまた笑えたりするし、ギャグも寒くてもそれはそれでいいやというところもあったんでどーでもよかったですが。もうねー、ここをとちられたのだけは私は非常に許せません。ここをとちってどうする!しかも言い直してどうする!やり直していいシーンじゃないっ!んでもって広岡さんこの台詞を泣きながら言ってたのですが、全然その思いが伝わってこない。「何泣いてんの?」って感じなんだもん。あーもう、このシーンでまさか拍子抜けするとは夢にも思いませんでした。もうこのシーンがだめだったことで、私のこの芝居への評価は地に落ちています。そして広岡さんという女優さんに対する評価も同じくです。もう彼女の時不二子は2度と見たくもない。 女優さんで1番良かったのは西尾まりさんでしたね。吉野公佳さんはもう、別に何であなたはここにいるんじゃいって感じでしたが。佐藤アツヒロさんは声が既にリーチかかってましたね。危険です。で、河原さんはもう言うことなしなんですが、河原さんとともに絶賛されている長塚圭史さん。えー。悪くなかったです。面白かったです。上手でした。特に目がピカーッて光った時にはもう爆笑しちゃいましたよ。でもね。どうしても、です。どうしてもナイロンの大倉さんとダブってしょうがないんです。ギャグの感じも、不思議なキャラも。全てが今まで私が見た大倉さんの演技にかぶってるんです。そして、どうせ同じなら大倉さんで見たいと思わせてしまうのです。だからどうしてあんなに長塚さんが絶賛されるのか、ある意味疑問だったりします。いや、上手なんだけどさ。だけど大倉さんと同じにしか見えないんだよー・・・。 演出もホンも悪くなかったというか、むしろ面白く上手にできていたような気がします。(こういう書き方偉そうですが)でもなー。鴻上作品でギャグだけのシーンから一瞬で胸の奥をギュッと握りつぶされるシーンにもう本当に一瞬で変わったりすることがあるのですが・・・。今回そういう心の一瞬の変化っつーんですか?そういうのなかったんですよね・・・。ギャグから一変してシリアスになったりしてるんですが、それに心が伴ってないというか。んー、上手に言えない。例えば「朝日のような夕日をつれて」でゴドーとウラヤマ・エスカワの3人が何かアホっぽいこと延々とやって遊んでるのに、いきなりゴドーがつっぷしてそれに2人がぽそぽそと話し掛けたりする・・・というああいう変化っていうんですが。見ている私の心情もあっという間に切り替わらせられるのですが、今回そういう私の方の変化がなかったんですよね。そのまま流れているというか。それはもう鴻上さんでしかそうならないってことなのかなーと思ったりしました。 だから、というわけではないんですが・・・。いえ、むしろ時不二子でとちられたってのが非常に大きいからだと思うんですが、とにかく「第三舞台版のデジャ・ヴュが見たい」という気持ちしか観劇後残りませんでした。それは今のこの芝居を否定するという意味ではなくて、とにかく鴻上芝居が、っつーよりも第三舞台が恋しくて恋しくて仕方なかったんだと思います。こればっかはしょーがない、ってことにしてください。 (4/15 19:00 紀伊国屋ホール) |